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30.メガトンパンチ 致命的なエラーが発生しました。

エピソードの区切りをミスって、前話のタイトルをひねらずに改造したみたいなタイトルです。

対戦よろしくお願いします。


「それで、あなたが強くなるために何をしたのか、教えてくれる?」


「だから、それは俺が知ったことじゃない。特別なことは一切していないんだ」


「そう……なら、あなたの情報をばら撒くのと、お弟子さんの命の2つなら、どちらを選びたい?」


心当たりはなかったが、エルを人質に取られてしまうのは望ましくない。


理由になるかは分からないが、自分が訓練をする際に心掛けていた事を話してみる。


「強いて言うのなら、人一倍努力をしていた。士官学校で自分よりも素振りをしている者が居たら、その人物よりも多い数の素振りをこなすようにしていた」


そう伝えるも、女は微笑のまま、俺の意見に納得していない様子だった。


「それと、俺の仲間に危害を加えるつもりなら、今すぐにでもお前を殺す」


真実を伝えるつもりが無いとでも思ったのだろうか。女は微笑から、無表情へと変わった。


「殺せないはずよ。あなたは有名人だもの」


互いに一歩も引かず、顔には出ない苛立ちを表すように睨み合う。


「士官学校に居た時、俺は常に自分より強い者と、自分を比較していた」


「………」


女からは何も反応は無いが、表情は微笑に戻っていた。


「毎日100回素振りをするという者が居た時、俺は101回を振ろうとした。だが、当時11歳だった俺には、50回も振れなかった」


「それを克服もとい達成するため、普段の素振りに加えて、筋トレや走り込みをする様になった。そして、1年も経った頃には、数百回はこなさないと息切れすらしない体になっていた」


「100回の次は150回。150回の次は200回と、誰かの記録を破ると共に、自分の肉体が進化していくのを感じていた。それは素振りだけではなく、筋トレや走り込みも同じだった」


「そうして誰かの記録を抜いていく内に、遂には自分自身の記録を抜いていくことになった。その結果、俺は素振りを10万回こなしてようやく息が上がる体になり、魔王討伐部隊の一員にも抜擢された」


ここで少し呼吸を挟み、女に質問をした。


「聞きたいんだが、お前は肘と膝の軟骨が擦り減って、手術をしたことはあるか?」


「無いわ」


即決で言われたが、想像通りだったので間を空けることなく話を繋ぐ。


「俺は10万回を超えた後、数日に渡って肘と膝に痛みがあったことから、医者に診てもらったことがある。その結果は、重度の軟骨の損傷だった。原因はもちろん、トレーニングのし過ぎだ」


「その症状から、俺には両肘両膝の魔法手術が必要とされ、次の日には手術を受けた。訓練に復帰した2日後には、自身の体がいかに壊れていたのかと共に、自分が度を超していたことに気付けた」


言い終えて、女の顔を見る。


「それで?」


話を信じていない様子の女に対し、俺は瞬時に剣を抜いて、女の足先の地面を全力で叩き切った。


周囲には轟音と揺れが発生しており、おそらくフェアニミタスタ軍やエルにも気付かれているだろう。


「これが結果だ。まだ何か聞きたいか?」


土煙が収まるのを待つ間もなく、俺は女の首を掴んだ。


あくまで身動きを制御する程度であり、締めてはいない。


「スキルも魔法も使っていなかったわね。信じていなかったけど、正気の沙汰とは思えないわ」


女の表情は、歪んだ笑みへと変わっていた。だが、これまでに見たこの女の顔の中で、それが最も幸せそうな表情に見えた。


「最後に聞いておく。お前は俺の家を襲撃した者と、関係あるのか?」


「それには、一切関与していないわ。私も、最後に聞かせて?」


首を掴まれている最中だというのに、肝が据わっているのかそのまま質問を続けてきた。


「それほどの力があるのに、戦場に戻らないのは何故?」


不気味な笑みのまま、女は問い掛けてきた。


俺はその質問と表情に影響され、望まぬ感情が湧き上がってくる。


「今のあなたに加えて、勇者アルサールに魔法使いレーネオラ。そこに2人の新人も居るのだから、負ける理由が見当たらないのだけれど?」


気持ちが悪くなってくる。


少なからずも、自分が意識してしまっている証拠だ。


「魔王だって、月日が流れる毎に力を増している」


苦し紛れに返答するが、答えにはなっていない。


「尚更、何故戻っていないのか気になるわ。でも、その表情から察するに…」


気持ち悪さを前にして息が上がる俺と、不気味に笑う女とで目が合う。


俺の顔を舐めまわす様に見た女は、一つの結論を出した。


「あなた、恐れているのね」


俺は、女の出した結論を否定することができなかった。


言葉を出す余裕すら失っていた。激しい動悸を感じる。


「でも、自分の死は恐れていない。自分の所為で、仲間に迷惑が掛かるのが、そんなに嫌?死ぬよりも嫌?」


眩暈も発生し、勝手に姿勢が低くなっていく。


息切れ、動悸、眩暈により、まともに体を立たせることさえ難しくなってしまった。


「だからといって、仲間が命を掛けて戦っているのを見ているだけ、というのも受け付けない。複雑な感覚をしているのね」


俺が嫌っているのを分かった上で話しているのか、執拗に話を掘り下げてくる。


気持ち悪さは失せないが、耳鳴りと共にこの女への苛立ちも湧き上がって来た。


女の言葉を聞くくらいなら、耳鳴りで音が聞こえなくなった方が心地良いくらいだった。


「仲間を死なせたくない、だけど戦場には戻れない。それだけ自責しているのなら、優柔不断になっても当然ね?」


「……オルト・ウォーロック」


俺は、防御系のスキルを唱えた。


「…?」


それも、自分ではなく、女を対象にして。


「───ッ!!」


自身に掛けられたスキルに驚き、女は手元によそ見をしていた。


その隙を突き、俺は統率者4人相手にもしなかった、全力の一突きを繰り出した。


らしくもなく、久しぶりに牙を剥くほど全力を込めた拳は、俺の想定を超える威力で機能した。


拳を振り切って0.3秒だろうか、そのぐらいまでなら遠方へ吹き飛ぶ女の姿が見えたが、2秒が経った今はもう見えない。


俺はそれだけを確認すると、今も尚込み上げてくる気持ち悪さに負けて、再び膝を着いてしまった。


今度は膝を着くだけではなく、辺りに敵が居ないのを良い事に、そのまま仰向けに倒れ込んだ。


「はぁ……」


女が消えて、ベルニーラッジを出た時と同じく、俺の求めていた静寂が訪れた。


程良いそよ風に、今の俺には癒しともとれる、草木のざわめき。


その空間に身を任せ、速くなった呼吸を整えていく。


(地面が…暖かい…)


良く日に照らされている証拠だ。


あらゆる症状に負けて、忘れてしまっていた感覚が戻ってくる。


(小さかった頃は、よく木陰の下で寝転がっていたな…)


ベルニーラッジ城下町の門を出てすぐ、緩やかな丘上に木が生えた場所がある。


外で遊ぶとなれば、孤児院の子供達の間では、真っ先に挙がる遊び場だった。


(…ベッシー……)


もちろん、子供達だけでは外に出させてもらえない。監視役の修道女も、常に1人は居た。


毎度ではないが、ベッシーが同行していた時もある。


(…ベッシーが生きていたのなら、こんな思いをしなくて済んだのだろうか…?)


彼女の事については、清算できたわけではない。今と同じ様に、気分が悪くなるから思い出さないようにしているだけで、今でも何かできたのではないかと思い返しては後悔が残るだけ。


あの後に新しい目標ができたから遠ざかっていただけで、ベッシーの死については未だに"たられば"を考えてしまう。それも、ここまでの強さを持てるようになった今なら、尚更強くそう思う。


その度に、過去は変えられないという事実に打ちのめされる。


弱気になると、すぐに彼女の姿が思い浮かんでしまう。


(……話したいなぁ…)


「ちょっと。今度は何をしたの?」


弱腰のまま思いにふけっていると、視野外からエルの顔がひょっこりと出てきた。


「………」


その顔を見た瞬間、思わず思考が消えてしまった。


美しい顔立ちも、長い耳も、エルフの種としての特徴である他ない。


だというのに、少しだけ…ほんの少しだけ、ベッシーと姿が重なって見えた。


「…言ってなかったな。これが、俺の弱点だ」


「えぇ?」


幻覚を断ち切り、地面に倒れたまま話し始める。


「除隊してからできたトラウマがある。少し想像しただけで、このザマだ」


エルは特に顔を変えず、腕を組みながら地面に寝っ転がっている俺を見下ろしていた。


「人間が病気と呼ぶような、ありとあらゆる症状が一気に発生する。こんな状態で最前線に戻ろうなんて、まともな使い物にすらならないはずだ。どうせ、周囲に変な迷惑を掛けて終わる」


「ここで女の人と居たんでしょ?その人に何かされた?」


「ああ。そりゃあ、もうな…この通り、体がすくんで身動きが取れない」


額から汗が流れている。


初めて見るシルドの状態を前にして、そのトラウマが本物であることが痛く伝わって来た。


「ど…どうすれば治るの?」


「落ち着ける姿勢のまま、少し待つしかない」


レイズ・スピリットという戦意を高めるスキルを覚えているが、今は俺自身の精神が安定していないため、精神力を使うスキル自体の使用ができなくなっている。


「私、そういうのに作用してくれる魔法は、一切覚えてないんだよね…」


俺の事情だというのに、エルは申し訳なさそうな顔をしている。


「気にしなくて良い。顔の知っている者が近くに居るだけで、大分余裕が持てる」


息が上がっているのを隠しながらそう言うと、エルは困り顔も含めて笑った。


エルが俺の近くまで歩み寄った瞬間、誰かがこちらに向かって歩いて来ている音が聞こえた。


「シルド様!…おや、エルフォレストラ様?」


呼び声と共に姿を表したのは、女騎士であるロズテッサだった。


近衛兵だというのに、従者を連れずに周囲が不確かな所へ入っていくのはどうかと思うが…


「この斬撃跡は…それに、先ほどの大きな衝撃と音に加えて、一体何があったのですか?」


エルは振り返り、俺が答えるのを待っていた。


「…偶然、大型の魔物がここに居て、思わず全力で殴ってしまった」


それを聞いたエルは、驚きの表情を露わにしていた。


逆に、ロズテッサは納得したような表情になっている。


「そうでしたか。しかし、何故地面で横になっているのですか?もしや、どこかに重傷を負われたとか…!?」


俺が答えようとすると、エルが遮るように話を繋いだ。


「さっきの戦いで、少しトラウマに当てられているみたいです。本人は、少し待てば治るって言ってるんですけど…」


(な、何を……?)


倒れた姿勢故に、エルを制止することすらできない俺は、哀れにもエルに話を合わせる他無かった。


「…やはり、シルド様も苦しんでいるのですね」


「?」


ロズテッサの表情が少し曇り、声色も暗くなった。


俺とエルは、ロズテッサの予想外の反応に対して、疑問を浮かべる事しかできなかった。


「ご安心ください。応急処置があります」


ロズテッサはそう言うと、腰元の小物入れから何らかの液体が入った小瓶を取り出した。


俺達の方に寄りながら、それが何なのかを説明する。


「これは、精神的な不安に作用する薬草で作られた、飲み薬の一種です」


「副作用は一切ありません。よろしければ、私が介錯をさせていただいても?」


俺の左脇に着いたロズテッサは、飲ませてくれると言う。


精神的な不安に作用する薬…聞いたことが無いので、少し不安が残る。


「す、凄い純度…ポーションに近いんですね」


エルが解析魔法を使ったのか、興味深そうに小瓶を見つめていた。


そのお陰で、怪しい飲み物では無い事が分かったので、少し安心できた。


「ええ。詳しい説明をしたいですが、シルド様のご容態が心配なので、後ほどに」


話し終えると、2人が返事を伺うように俺を見る。


「…頼む」


息切れを抑えながら、俺はそう答えた。


「承知しました。では、失礼して…」


ロズテッサは片腕で俺の上半身を起こし、もう片方の腕で小瓶の栓を開け、ゆっくりと飲ませてくれた。


当の俺は、慣れていない状況に身を置かれた所為で、体調が悪いながらも少しソワソワしていた。


(かなり筋力があるんだな…)


甘い味とハーブが香る謎の液体を飲まされつつ、俺は状況から目を逸らすために、別の事を考えようとしていた。


全体重ではないとはいえ、人の半身を片腕で受け止められる女性など、あまり想像がつかない。


それに、重い物を持ちながら腕が震えていないという点を見ると、かなりの筋肉量を持っていることも伺える。


「………」


右脇に居るエルが、俺の事を変な目で見ている気がする。


顔を動かせないから確認こそできないものの、無性に変な視線を送られているような気がする。視野の端に見えるエルが、俺の顔色を伺っているような気がしてならない。


全貌は見えないので何とも言えないが、感じる妙な視線からしてポジティブな感情を持っているとは思えない。


「では、ゆっくり下ろします」


液体を飲み終えると、再び地面に体を下ろす。


すかさず、俺はエルの顔を見た。


「?…どうかした?」


その表情は、普段と特に変わっていないようだった。


気の所為だったことにして、俺は”何でもない”と伝えた。


最後までご覧いただき、ありがとうございます。

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