3.続 駆け出しのエルフ
(1日に2回もギルドに行く事になるとはな…)
既に日没が近づきつつある夕暮れ時になって、2人はようやくシルドの家に到着した。
シルドは少し疲れた顔をしているが、シャーレティーはそうでもないようだ。
それは、シャーレティーが話を聞く側だったためなのか、純粋に外の世界を楽しんでいたためなのかは分からない。
少なくとも、シルドの話を長い道のりで聞き続けたことにより、多生なりとも彼が心を開いてくれたように感じている。
「あっ、見えてきた!あれがシルドの家なの?」
木々の隙間から見える山小屋を指差し、こちらを振り返るシャーレティー。
その指先には、中ぶりのログハウスがあった。
2階建てにもなっているので、客人を匿うには都合が良さそうだ。
「さっさと入って、晩飯の準備をしないとだな…言っておくが、俺の料理は不味いからな。文句は言うなよ。言ったら追い出す」
「シルドの料理…?すっごく気になる!」
メシマズ宣言をするシルドに構わず、”英雄が作る料理”というインパクトが気になって仕様がないシャーレティー。
2人は家に入ると、まずは明かりに火を灯した。
シルドは支援系の魔法以外は全く使えないので、火打石を使って暖炉を付けた後、他の蝋燭に火を付けるために振り向いた。
すると、振り向いたと同時にシャーレティーの魔法により、一気に全ての蝋燭に火が灯った。
「こういう時には使うんだな」
「んー?だって、そっちの方が便利でしょ?」
(複数の対象に魔法を行使することは、相当な練習が必要だとか、あいつが言ってたな…)
シルドはシャーレティーが一斉に火を付ける姿を見て、仲間の魔法使いが言っていた言葉を思い出していた。
魔法使いレーネオラ・シルビュート。魔王討伐部隊初期メンバーの1人であり、今でもシルドにメッセンジャーを送ってくる張本人だ。
少し内気な性格ではあるが、仲間の前でならわんぱくにもなる仲間思いな女性。
世界最強の魔法使いと呼ばれており、最近の普及している魔法のほとんどが彼女によって作られたものであり、初心者用から上級者用までの魔法を幅広く作り出している。
パーティーの中で最も魔法に疎かったシルドは、度々魔法の何たるかを説かれていた記憶を思い出し、懐かしさを感じていた。
俺がパーティーから離れる最後の最後まで、”腕を再生する魔法を作る”と言って泣きじゃくっていたあの顔を思い出し、何とも言えなくなってしまう。
「そういえばさ、お風呂ってどうする?シルドはご飯を食べる前に入るタイプ?」
「いや、料理の下準備があるから俺はまだ入らない。先に入るか?」
「いいの?じゃあ、お言葉に甘えるね~♪」
シャーレティーが風呂の方に振り返ると、またも魔法の一言で湯けむりが立ちはじめた。
魔法と言うのは、生活面においてこんなに便利なものなのかとも驚いたが、人間がこのレベルに到達するまでには一体何年掛かるのだろうか。
彼女がウキウキで風呂を嗜む間、シルドは台所に立つ。
料理が下手と言ったものの、手つきは熟れている。味は不味くても、1年近く自分で飯を賄わなくてはいけなかったため、嫌でも所作に慣れは付いて来る。
調理用の固定具を使用しながら、シルドは片手で器用に具材を切り分けていく。
肉や魚などは針で刺して固定し、慎重に刃を滑らせる。
肉は軽くシーズニングを済ませ、そのまま焼き料理とする。
魚は身と調味料を鍋に入れて、蒸し料理にする。
芋や人参などの野菜は、専用のスライサーでそれぞれの形に切り分ける。
ここまでは難しい作業が多いが、最後に作るスープは比較的簡単だ。
鶏ガラに玉ねぎや人参などの野菜と水を加え、味は煮込んだ後に付ける。
煮込む時間を待っている間、装備の手入れでもしておこう。
「さっぱりした~。シルド!お風呂ありがとう…って」
風呂場から出てきては香ってきた料理の匂いに、少し面をくらってしまうシャーレティー。
流れるように台所へ足を運ぶと、完成した料理や煮込み・蒸し終わりを待っている料理を眺めながら、興味を示す。
「すごい…本当に料理してるじゃん…」
「今はスープの煮込み待ちだ。もう少し待ってくれ」
「本当だ。しかも野菜スープじゃん!私のこと、気づかってくれたの?」
「いや、普段から俺の作るスープと言えばそれだが…」
シャーレティーはスープに入っている具材・香り・色を見ながら、疑問に思う所が幾つかあった。
「…そっか!今は武器の手入れ中?」
「ああ。今日は熊を真っ二つにして血が付いたからな」
年季の入った布と油、砥石や鑢などの専門的な道具が、大きな袋から乱雑に出されていた。
「貴方、剣の手入れもできるのね。すごく専門的…」
「仲間が繕ってくれた物で、俺の持つ唯一のまともな武器でもあるからな。色々揃っているのも教わったからだ」
「繕ってくれたってことは、その剣はオーダーメイドってこと?資金十分で羨ましいわ…」
「オーダーメイドと言っても、仲間だった鍛冶師が作ってくれただけだがな」
「勇者のパーティーって、そんな人もいるの?」
魔王討伐部隊の初期メンバーではないが、冒険を始めて一番最初の村に着いた時、魔物が多くて道を通れないと困っていたところを救出する機会があった。
そこで、次の都市まで一緒に行動させてくれと名乗り出た者が、鍛冶師のゴレモドだった。
ゴレモドはお礼にパーティー全員に武器を作ると言い、勇者アルサールには剣と盾、魔法使いレーネオラは杖、そしてシルドが二振りの大剣だったということだ。
結局ゴレモドは次の都市では留まらず、勇者一行の一員として冒険を続けていた。
しかし、戦闘職ではないためステータスの低さが魔王城に近づく度に露になり、良い武器を持っていてもステータスによる戦力差を埋められなくなったことで、魔王城前の都市で鍛冶師としての仕事を手に付け始めた。
「なるほど…そのゴレモドさんは、都市でサポートに徹することにしたのね」
「俺は何でも良いと頼んだんだが、結果この二振りの剣を作ってくれたってことだ」
「何でも良いって…なら、剣を貰う前は何を使っていたの?」
「使える武器は何でも使っていたな。斧や槍、弓も使った」
「な、なにそれ!?そんなに沢山武器を扱えるって、なんかズルくない!?」
「何がズルいんだ…?俺は選抜隊上がりだから士官学校にも通っていたし、そこで各種武器の基礎を叩きこまれただけだ」
「だが結局、一番扱いなれていた剣に落ち着いたがな」
会話が弾んでいる所で少し惜しいが、スープを煮込む時間も、もう十分だろう。
シルドは台所に向かうと、最後のひと手間を加え、皿に料理を盛りつけた。
「できたぞ。何度でも言うが、俺の料理は不味いからな」
「でも、見た目は美味しそうじゃん!」
並べられた料理を見て、シャーレティーは期待を隠せないようだ。
本人は不味いと言っていたが、調理中の香りからは不味い料理など想像できなかったため、”英雄の作ったご飯を食べてみたい”という欲が更に掻き立てられる。
卓上に皿を並べ終えたシルドが席に着くと、2人の食事が始まった。
自分の手料理を誰かに食べさせたことが無かったシルドは、多少の緊張と共に食事を開始する。
「………」
シャーレティーが笑顔で肉を口に運ぶと、一瞬互いに無言の時間が生成された。
シルドがシャーレティーの様子を伺うと、何とも言えない様な表情をしていた。
「…何か、あまりにも無難な味ね。別に不味くはないわよ?」
「それ、不味いって意味じゃないのか」
真顔で感想を述べるシャーレティーに対し、事前に”不味いとは言わせない”と伝えておいたシルドは、語気を強めて感想を疑う。
「いや、本当に不味くはないわ。宿屋で食べるような質素な味っていうか…」
料理の味を確かめるように何度か口にしながら、シャーレティーは的を得た感想を探る。
「普通に普通の味だけど、レシピはどうなっているの?」
「その肉は塩と黒胡椒を馴染ませた後、バターで焼いたものだ。魚は下処理を済ませて酒で蒸している」
「…?それだけ??」
「何か悪いのか?」
まさかの単純レシピに合点がいくシャーレティー。
真剣に味の感想を探していた自分が馬鹿馬鹿しくなり、呆れの意味を込めたため息が出てしまう。
「道理で普通な味なわけよ。どれもほぼ素材の味じゃないの!むしろ、何で普通の味に作れているのか不思議なくらいだわ!」
出されていた肉は、焼く前のシーズニングとバターだけで味付けされた料理だった。
不味いと言われてもおかしくないレシピだが、何故かシルドの作ったこれは普通の味に仕上がっている。
魚も同様、塩を馴染ませた後に熱湯をかけ、酒と水を入れた鍋で蒸しただけだった。
「えぇ…魚の味一つで普通の味を再現できるって、もはや一種の特殊能力じゃない…?」
「まともな調理本を持っていないからな。俺は食べられて、栄養が摂取できれば良いだけだ」
王都を出てからの1年間、彼はずっと独りで生活をこなしていたため、基本的には自分本位で物事を決めていた。
自分独りだけで何事も上手く行かせるというのは、誰もが望むような事であり、誰一人として絶対に叶わない事。
多少の妥協点を見つけなくてはならなかったシルドは、料理がそれの一つになったのだろう。
「しょうがないな~…次からは私も手伝うからね?」
「味が良くなるのかはさておき、手が増えるのは助かる」
約束を交わした矢先、シャーレティーは一番期待していた野菜のスープを口に含むと、明らかな動揺を表した。
「…どうした」
(この味……)
魚や肉の料理とは違い、このスープには出汁も風味付けの薬草も入っている。
この時点で、食べられればいいと言っていたシルドのオリジナルの料理とは考えにくい。
なにより、そのスープを構成する全ての食材が、シャーレティーの舌に最も馴染みがあるものだった。
「…このスープさ、誰かに教わったもの?」
「ああ…昔、俺がまだ小さかった頃に教わったものだ。俺の料理だと、それが一番マシだろう?」
「…そっか」
人間から教わったということは、まずあり得ないだろう。
そのスープは、シャーレティーにとって地元の味と言える様なものだから。
それも、シャーレティーの村にしかないレシピで、村の収入源としても重宝されているため、レシピを知っているのは村の長か、一部の料理人だけだった。
このレシピを口外した場合は村からの追放。
それほどまでに厳重に規則が決まっていたはずだが、今口にしたのは紛れもないそのスープ。
複雑なレシピで、些細な変化でも別物の味に変わってしまうため、”たまたま同じものを作っている”なんてことは無いはず。
(…まぁ、間違いなくシルドは無関係というか無知そうだし、黙っておけば大丈夫かな……)
味気の無い料理だったが、そのスープにより2人の食欲は加速された。
箸が進みに進んだ2人はすぐに料理を食べ終え、食器洗いの相談へと移る。
風呂を頂いた上に、手料理まで振る舞って貰ったからと、シャーレティーは皿洗いを自ら進んでやろうとしていた。
シルドはしつこく食い下がってくるシャーレティーにしびれを切らし、ありがたく皿を洗ってもらうことにする。
(…1階と2階、どちらで寝てもらうべきか…)
体を洗い終え、湯船に浸かりながら考える。
山小屋で暮らし始めて以来、誰一人として客人を招いたことのないシルドは、現在進行形でシャーレティーの扱いに悩んでいた。
日中からずっと話し続けていたとはいえ、今日知り合ったばかりの他人であることに変わりはない。
1年振りにまともに接する相手として、どう対応すればいいのかが分からなくなってしまっている。
束の間の休息を終えて風呂を上がると、リビングにはシャーレティーの姿は無かった。
(食器洗いは終えているから…外か?)
テラスの方に振り返ると、月を見上げてリラックスしているシャーレティーが見えた。
「…あ。ごめんね、勝手に外に出ちゃって」
「別に良い」
特にそれ以上声を掛けることはなく、静かな時間がその場に流れる。
しばらくして、先に言葉を発したのはシャーレティーだった。
「…シルドはさ、不思議だよね」
「不思議…?」
「うん。剣を使うことができる上、格闘まで得意なんでしょ?」
きっと、出会い頭に倒した魔獣の熊のことだろう。
「得意と言えば得意だが…」
「羨ましいな~。剣が使えて、格闘も得意で、運動能力も抜群とか…一体、何をして育ったの?」
「…まぁ、幼少の頃に何をしていたかと言えば、運動ばかりしていたな」
「いやいや、運動くらいなら私だってしてたわよ。野原でかけっこなんて、人間もするでしょ?」
シルドの運動能力が、子供のお遊びで培われた物だと思えなかったシャーレティーは、少し笑いながら冗談と受け取る。
「…俺は孤児だったんだが、教会のシスターに修行という名のスパルタ教育を受けていたんだ」
「へぇー…意外かも。それなら、失礼な話をしちゃったわね」
まさかの生い立ちに、シャーレティーは少し申し訳なく感じる。
「平気だ。別段気にしていることでもないからな」
「そう。じゃあ、そのシスターさんとはどんな修行?訓練?をしていたの?」
「山の中で、生死をかけた鬼ごっこだ」
「…はい?」
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