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29.久しぶりの全力パンチ


シルドの戦いを始終間近で見ていたサドラーは、一生を掛けても忘れられない戦いになると誓った。


自分も、軍の一纏まりを指揮る者として、戦闘にはそこそこの自信があった。


実際、私は軍での死闘が評価された結果、第一分隊の隊長という役職を頂いたのだ。


だが、先ほどの戦いを見せつけられてしまえば、そんな自信は自意識過剰なのではないかとすら思えてくる。


隊長である私は、冒険者で例えると上級冒険者の成り立てと言えるだろう。


彼も私も、従軍という経歴は一致しているはずだ。それなのに、何故彼と私とで、ここまでの差が生じているのか?


しかも、彼の年齢は17なのに対して、私は32歳。


軍に勤めてからは、既に12年の月日が流れており、大人としても多くの経験を積んできていたはずだ。


その結果が、目の前に居る17歳の青年に嫉妬している。


勝手な考えだが、私が軍人として勤めた12年間を否定されている様な気がして、嫉妬の感情が心の中に湧いてしまう。


文字通り、常人とは思えない。生まれ付いた時点で、私達とは違う何かを手にしていたのではないかとすら思っている。


嫉妬の感情も通り過ぎ、上級冒険者の中でも逸脱した実力を持っているであろうシルドに対し、幾つかの疑問が浮かび上がってきた。


あれほどの実力を、どの様にして手に入れたのか。


彼が魔王討伐部隊から除隊するというのは、当時の全国に大きく報道されていたはずだ。


その報道で語られた引退理由は、”これまで通りに戦えなくなったから”。


それなのに、たった今目の前で見せられた通りの実力を持っている。これまで通りに戦えないというのは、”身体の欠損により、十分に戦えなくなった”という意味合いで取られていたはずだが、そうではないのか?


当時の彼の代名詞と言える、ラッシュ・アウトこそ使っていなかったものの、部隊所属時の彼はこのような戦い方はしなかったはずだ。


そして、そんな戦い方ができると判明すれば、広報の組織が黙っていないはず。魔王との戦争が続く今、広報組織の主な役割は戦況の報告と、魔王討伐部隊に関することが主な記事となる。


彼が部隊を退いてから、1年しか経過していないこともあり、彼がどの様にしてあの戦い方を可能にしたのか、親しければ真っ先に聞いてみたいほどの気掛かりだ。


そして、彼に支援要請を伝えたロズテッサ様も、彼らと共に戦場に来ている。ということは…



──前哨基地天幕にて


シルドとエルに支援要請を伝えた女騎士である、ロズテッサが前線の様子を監視していた。


強いて言うなれば、彼女は前線で戦う自国軍を見ているのではなく、シルド個人の動きを監視していた。


(世界最強…その称号を加味した上で、あの御方を見ていたつもりだったが…)


国勢を掛けた依頼でもあるため、ロズテッサは監視役としてシルドとエルを見張っている。


もちろん、これも本命だ。だが、この監視には、もう一つ訳がある。


それは、他国の重要人物にもなるシルドという男を、戦力的な脅威として観察するためだ。


そして、ロズテッサもサドラーと同じく、上級冒険者と比較しても例外と言える様な戦い方のシルドを見て、唸る姿勢から抜け出せない状態だった。


(シルド様が公的な所から姿を消して1年間、彼に纏わる噂はどれも信じ難いものばかりだったが、この様子だと噂の大半は正解だったのかもしれない…)


”眠れる獅子”。ここ最近のシルドは、そう表現されていた。


部隊から抜けて、公的な存在ではなくなったシルドの戦闘中に遭遇したという人も少ないため、母数の少ないただの噂話としか思われていなかった。


その戦いを見て、ロズテッサはジュリア王へ伝える言葉を決めた。


(あの御方の存在は、未だ変わらず国が傾くほどだ。それを承知した上で、ベルニーラッジはシルド様を手放しているというのか…?)


大岩を壊せる。シルドが戦いで見せたのは剣技でもなく、代名詞のラッシュ・アウトでもなく、ただそれだけだった。


単純ではあるが、それが大規模にできるとなると、戦術に大きく影響する様になる。


攻撃力はもちろん、奇襲や撤退など。地形を無視してできるというのは、他国には真似できない強みだ。


(もし彼が、我らフェアニミタスタ軍と対峙するとなれば、軍は甚大な被害を受ける事間違いないだろう…いや、その前に止められるのだろうか?)


大岩を破壊していた時のシルドの表情は、汗すらかいていないほど余裕を残している様だった。


大岩を破壊するのがそこまで容易なら、彼が全力で戦うとなれば、それ以上の何かができるのは確実だろう。


距離を取っているからこそ、こうして冷静にシルドの姿を観察し、その脅威度合を見極められている。


(もし、目前であのような戦い方を見せつけられてしまえば、私とて冷静では居られないのだろうな…)


ロズテッサは、それこそが国を傾かせる点だと確信した。



──最前線にて


大方の団員が片付き、残りは逃走を試みている者ばかりだった。


その残党を全て捕まえるべく、フェアニミタスタ軍はヴァンタスの勢いを押し返す様に追い回っていた。


「ね?傷一つ負わなかったじゃない」


「………」


シルドは不機嫌そうな表情のままだが、別段何を言うこともなく溜息を吐く。


「これもずっと気になってたんだけど、このナイフはどうしたの?貴方が不意打ちで刺されるとは思えないんだけど?」


エルはそう言うなり、ナイフが刺さったままの箇所に顔を近づける。


「あまり近づくな。真意は知らんが、魔獣も麻痺するほどの毒が塗られていると、これを使っていた男が言っていた」


それを聞いたエルは、再びシルドに対して眉をしかめた表情に変わり、口数を増やしてシルドに問い詰める


「それが分かってて刺したままなの?というか、分かってて刺されたの!?」


「………」


「本当、信じられない…!今すぐ抜くから、そのまま動かないで!」


シルドは無言だが、エルが言うことの方が完全に正しいので、抵抗することなく治療してもらうことにした。


猛毒とのことなので、エルはまず解析魔法を使ってナイフの状態を調べる。


(投げナイフだから刀身は長くないし、一応傷口は浅いけど…本当に毒は塗られているし、かなり強力なものね。皮膚に触れただけで感染するタイプみたい…)


そして、患者に処置を施した時と同じ様に、痛み止めを掛けてから物体操作の魔法、最後に回復魔法を掛けた。


「貴方、毒耐性のスキルでも使ったの?毒感染はしていないみたいだけど」


「…知らなくて良い事もある」


そう言った時のシルドの表情は、何か考え事をしている様にも見えた。


命を落としかねない行為をしておきながら、シルドはその事についてよく考えていない様に見えたため、エルは更に不満感が強くなった。


(なぜ、あんなにも呑気に接近戦を…?)


その実は、シルドは呑気かつ陽気な気分で戦っていた自分のことを、今になって振り返っていた。


(考えた所で分からないが、何かの声が聞こえていた様な……??)


自分の身に危険が迫っていた時を振り返ると、何かの声が聞こえていた様な気がする。


ヴァンタス共との乱戦になった時は、危険因子が迫り来ている方向が聞こえていた気もする。


(普段なら、あんな戦い方はするはずがない…思いつきすらしない。左腕を失っていながら、零距離戦というのに相応しい様なあの戦い方は、手が塞がれているのと同義だ)


シルドが剣ではなくガントレットで戦う様になった経緯もそれであり、確かに敵や物を掴むことはあっても、投げ飛ばしたりなど一時的でしか掴むことはない。


そのはずなのに、先の戦いでは”掴んだまま岩を壊して走り回る”なんて、それこそ相手が俺より強かったら直ぐに武器で攻撃されて終わる話だ。


(あの4人を見て、本能的に自分より弱いと判断していたのか…?)


片腕になってからは、様子見から入ることが多い戦闘だが、4人との戦いではそれも例外だった。


(まさか、あれが”森の声”というやつなのか……?)


あくまでも、聞こえていた”感じがする”声に対して、エルも言っていたのと同じく更に疑問が深まった。


結局何が結論付けられることもないまま、妄想と考察だけが線を引き続ける。


「その様子だと、森の声を聞いたことに自覚があるんでしょう?今は状況が状況だから聞かないけど、後でちゃんと聞かせてもらうからね」


「………」


また感情を読まれたか。


不満そうな表情と声色のエルをさておき、何かが風を切る音が聞こえる。


その方を向きながら、エルが自分の背に隠れる様に移動する。


「な、何よ?」


矢の類が飛んできている要だが、変な風切り音だ。


空を見上げる様に風切り音の方を見ていると、何かが括りつけられた矢が飛んできていた。


切り捨てようと剣を構えると、矢の軌道が不自然に変わり、俺の左側の地面に突き刺さった。


「えっ…!?」


エルは地面に突き刺さってから矢に気付いた様で、それと同時に驚きの声を上げる。


その矢に括りつけられている紙を見てみると、それはヴァンタスのシンボルでも、言葉が綴られているわけでもなかった。


ただ一つ、何らかのマークが印されていた。


「何これ…?笑顔のマークみたいだけど…」


笑顔のマーク。それも、無邪気な笑顔ではなく、ピエロの様な笑顔のマークが印されていた。


そのマークの口元だが、妙に見覚えがあった。


マーク全体を見るとピエロにしか見えないが、他を遮り口元だけを見ると、途端に見覚えが強くなった。


「…果たし状というやつだな。行ってくる」


「このタイミングで!?私達って、軍の支援要請でここに来てるのよね!?」


エルの反応をよそに、俺は矢が飛んできた方へと歩き始めた。



──歩くこと数分


「気付いてくれたのね」


木々の間を通り過ぎ、少し歩いて着いた場所には、微笑の女が立っていた。


「お前がヴァンタスを率いていたのか?」


「私は彼らをお金で雇っただけだから、少し違うわ。あなたの気を引きたかったというのはあるけれど」


微笑の女は、以前宝飾店で会った時と同じ様に、微笑んだ表情のまま変わらない。


「何が目的だ」


俺が聞くと、少し変わった返答が帰って来た。


「あなたの強さよ」


「…?」


金や、何かしらの特定物ではなく、”俺の強さ”が目的だと返された。


「以前なら、ラッシュ・アウトが一番気になっていたのだけれど、今はもう違うわ」


すると、微笑の女は腰元に提げていた剣を抜き、空に向かって一振りを見せた。


しかし、その斬撃は俺が最も見覚えのあるものだった。


「この通り、2つまでなら一振りでできるようになったわ」


一振りで2つの斬撃が発生する。それは、間違いなくラッシュ・アウトだった。


エルの高速の2連撃とは違い、俺のと全く同じである、一振りで複数の斬撃が出ていた。


「前にも会ったが、お前は一体何者なんだ?」


ラッシュ・アウトを自力で覚えている上、そのオリジナルを使うことができる。


その時点で、これが先ほどの4人とは違って、無視して良い者だとは思えなかった。


「”情報屋”と言うのが、最も近いかしら?だけど、得た情報を誰かに流しているわけでもないわ」


「なら、何がしたいんだ?何故、ラッシュ・アウトが使えるんだ?」


「ただの探求心。ラッシュ・アウトは、あなたをずっと見張っていたから。使えるようになったのは、あなたのお弟子さんが使えるようになってかしら?」


エルを知っているとなると、尚更この者の危険度は高くなる。


「私は、あなたの強さの源が知りたいの。ラッシュ・アウトを覚えられれば、それだけで変わると思っていたけど、実際は斬撃が複数出てくるだけ」


「私が知りたいのは、大岩を破壊しても傷一つ付かず、そんな無茶な戦い方をして、汗すら流さないほどの強靭さを持つ、あなたの肉体。もしくは、あなた自身」


「どうしたら、あんなに強くなれるの?」


女は言い終えると、少しだけ距離を詰めてきた。


その表情は、作り笑いの微笑というよりかは本来の笑みに近くなっており、状況からして不気味さを帯びている様にも見えた。


「俺が知った力じゃない。俺の事を見張っていたのなら、俺の代わりにお前が知っていてもおかしくないはずだが?」


「あなたを初めて見たのは半年前よ。あなたのような上級冒険者が、バーサークを使っているのは驚きだったけれど」


”あれ”を、バーサークだと思っているのは都合が良い。


俺は指摘することなく、話を繋げていく。


「半年も使って知った、俺の情報には何があるんだ?」


「孤児院出身、”賊だけを倒し回る子供”」


この言葉を聞いて、俺は少しだけ驚いた。


孤児院出身というのは、俺を知っている人ならほとんどが知っているであろう情報だから、別に珍しくない。


だが、その”賊だけを倒し回る子供”というのは、当時の新聞の見出しになったワードだ。


俺の記憶が正しければ、あれは一度しか取り上げられていなかったはず。どこかにその時の新聞が保管されていたのか?


「11歳で士官学校に入学、13歳で代表候補の強さを持つ。勇者アルサールと魔法使いレーネオラに、戦略戦と対魔法使い戦で敗北」


「諜報部隊にも招待されていたけど、試用期間で辞退。コードネームは”コンバット”」


「フェアニミタスタの近衛兵とナイフ戦になるも、撤退に成功している」


なるほど。”かなり知っている”ようだな。


「あとは、誰でも知っている情報だけね」


「概ね合っているな。それだけの情報、誰から聞き出した?」


特に最後の、コードネームとフェアニミタスタでの出来事については、軍事関係でも諜報組織の記録にしか残っていないはず。


この女が言ったことだけだと物騒に聞こえるが、諜報部隊が使うナイフは刃が無く、混乱と気絶の魔法が掛けられている。


自分の姿を見られた場合、対象にナイフを当てて記憶を消すというのが目的だったが、おかげで自分は撤退できた。


いくら肉弾戦が得意とはいえ、流石に苦戦はしたがな。


「あなたと親しい人以外よ。当時の話を知っている人や、誰かから聞いただけ~みたいな人に当たっただけ。一部は軍関係者にも聞いたけれど」


「コードネームとフェアニミタスタでの出来事は、一般人に知られていないはずだ。どこで聞いた」


俺が少し詰めると、女も少し笑みが解けた。


「教えても良いけど、あなたにとって、一番最悪なことが起きるわよ?」


「それは脅しか?」


更に一歩詰め寄り、ガントレットの金属音が響く。


「いいえ?あなたの信じるもの、除隊してから忌みながらも信じ続けているものを、裏切ることになるわ」


「……強気だな」


その言葉を聞いて、もし本当に女の言うことが起きたとすると、少し気分が悪くなった。


女と少し距離を取り、気持ちを落ち着かせる。


当てずっぽうで言ったのかは知らないが、俺の心の内でさえも知っているのか?


最後までご覧いただき、ありがとうございます。

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