28.怪物ダンス
──フェアニミタスタ軍 陣営にて
(ふぅ…かなーり疲れた…)
一通りの患者の処置を終えて、私はエリクサー入りの紅茶を飲んで休んでいた。
…と言うより、”労ってもらっていた”というのに等しいかもしれない。慣れない患者の相手に加え、処置も施していた私を見た看護師の方が、私に休むよう命令を出してくれたのだ。
(”初めてなのに、働かせすぎ!”って言われるとは思っていなかったけど…)
残りの患者がどこに居るのかを聞くため、看護師が常駐している天幕を伺うと、たまたま同時に訪れた看護師さんがそう言われてしまったのだった。
何故私ではなく、看護師さんにそう言ったのかは知らないが、迷惑を掛けてしまって申し訳ないと思った。
その看護師さんというのが、現在同じテーブルを囲んでいて、隣の席の人でもある。
「エリクサー入りの紅茶とか、初めて飲んだんじゃない?」
「そー……そうですね。エリクサー自体、あまり飲んだことが無いので…」
この人が、私の患者の処置におけるお目付け役の様な役割を持つ人で、ここに居る通り、従軍看護師の女性だ。
名前はサリエリだが、普段の呼び名はエリ。エルフの友人が1人居るらしく、私ともフランクに接してくれている。
「フェアニミタスタ軍だと、患者の治療に当たる人は、休憩時間にこれを飲むの。じゃないと、休憩後の治療で、魔力が足りないなんてことが起きちゃうからね」
”エリクサー入りの紅茶”と、名前だけを聞くとあまり美味しそうに聞こえないかもしれないが、意外とそんなことはなかった。
エリクサーはそのままではなく、何倍かに薄められたものを紅茶に入れている様で、香りに多少の違和感はあるものの、少し薬草の匂いがする程度。
(砂糖も少し入っているのかしら?普通のエリクサーに比べたら、凄く飲みやすいのよねー…)
ポーションにおいては、魔法使いレーネオラを筆頭に研究開発が進んでいるため、砂糖を加えても効果が変わってしまうというのが無くなり、飲みやすい様に甘味が付けられている。
エリクサーは少し違い、調剤に使う薬草の作用からして、砂糖と一緒にしてしまうと、砂糖の分量によって効果も薄くなっていく。研究開発はポーションと同時期から進んでいるが、ポーションの方が甘味の実現は早かった。
この紅茶に入れられる砂糖の量は、薬草のえぐみを消す程度が精一杯という所だろうか。
「香りも味も良くないし、普通に飲んだ方が美味しいんだけどねー…でも、効果はちゃんと有るから、我慢してね?」
「そんな、十分美味しいですよ!」
『また聞かれてる』『聞こえているけど、聞いてない』
「えっ?」
ふと聞こえた森の声に動揺し、思わず驚きが声に出てしまう。
「ん?どうしたの───」
エリさんが私の反応を不思議に思い、何があったのかを聞いてくると同時に、大きな振動が起きた。
そして、離れた所から、何らかの物体同士のぶつかり合う音が聞こえてくる。
私とエリさんはテーブルに捕まり、揺れに対応する。
(この音と揺れは、誰が起こしているの?)
『シルド』『シルドだけど、シルドじゃない』『半分半分』
(どういうこと…!?)
矛盾した森の声からの返答により、混乱を引き起こす。
今だに続く大きな音と揺れを、自身の目で観測したく思い、エリさんに話しかける。
「エリさん!私、患者さんの対応が終わったら、サポートに回る予定だったんです!」
「だっダメよ!きっと、何か爆発物でも投げ込まれているんだわ!」
森の声は、緊急度の高い出来事ほど、こちらが無意識でも語り掛けてくる。
そして、シルドが張本人ということは、つまり……?
「行きますね!また患者さんが入ったら教えてくださーい!」
「ちょっ、ちょっと!?」
エルはエリの反応を伺う暇もなく、身に付けていたエプロンとヘアキャップを脱ぎ、弓を手に持ち出ていった。
「───」
兵士達は、シルドの戦い方を見て、若干引いていた。
それは嫌悪感ではなく、理解できないことから来る反応だった。
建設用の振り子を用いて、やっとの思いで撤去できる大きさの大岩を、いとも容易く破壊しながら突き進んでいる。
それも、本人が心底楽しそうにしているのが、最も理解できなかった。
(か、怪物だ……!)
フェアニミタスタ軍 第一分隊長のサドラーは、シルドの姿を見て思った。
シルドはただ相手の胸倉を掴み、壁や床に叩きつけながら移動し回っているだけ。
たったそれだけなのに、規模が違う。あまりにも違い過ぎる。
スコップでもないのに、何故人体で地面が掘り返せるのか。つるはしでもないのに、何故人体で岩石を砕けるのか。
(歴代の上級冒険者の中にも、こんな戦い方をする者は居なかったはず…)
この戦い方を、最も近い職業で表現するなら、恐らくは格闘家に該当するだろう。
だが、この光景を見て、同じことが言えるわけがない。同じと言うことは、彼の戦い方をこの目で見た私が許さない。
汗の一滴も流さず、何の苦も感じていない表情のまま、軽やかに踊る様に人体を振り回して岩石を破壊する。
振り回されているのがただの一般人だったら、岩石に一度当てただけで息絶えるだろう。
(あれが、本当に魔王討伐部隊を退いた者の実力なのか…?)
明らかに、上級冒険者に匹敵するか、同等ということだけは言える。劣っているというのは、絶対に有り得ない。
かつては、勇者アルサールと共に世界最強との呼び声もあった人物だが、今になってようやく確信できた。
世界最強の一方は、確かに健在だと。
「───」
軽装備の男の体が、他の統率者達が転がっている所に投げ込まれる。
当然ながら、その男も既に気絶している様だった。
砕かれた岩の向こうから、シルドが姿を表す。
その表情は、何だかとても楽しそうな表情をしていた。微かに笑っている様な気もする。
依然として、汗や呼吸の乱れなどは、一切起こしていなかった。
「…さて、最後はお前だが?」
敵前でありながらも、ゆっくりと深呼吸をしてしまうほど、俺は何かを楽しんでいる。
だが、そんなことはどうでも良いじゃないか。
紛争の原因を突き止めて、フェアニミタスタの軍を助けて、それでジュリア王から報酬を頂く。
お互いに利益が出る。そんな行動を取っている最中なのに、俺は何に違和感を感じているんだ?
「…これでも、俺達はチームとしてやっているんだ」
「だろうな。枠割分担ができていない上に下手くそだが、互いを責めてはいなかった。で?それが何の話だ?」
槍の男はシルドの言葉に少し驚くも、息を切らしながら言葉を紡げた。
「仕事が犯罪だろうが何だろうが、俺達は生きるためにやって来たんだ。アンタだって、少し形が違うだけで、俺達とそんなに変わらないんじゃないか?」
俺は兵士の方に振り向き、まだ余裕があるかを確認してから話に戻った。
「何の時間稼ぎか知らないが、面白い話だ。だが、犯罪をしてまで金を稼ぐという道を選んだのはお前達自身であり、その少しの違いが極端過ぎたんだ」
槍の男は呼吸を続けながら、俺の話に耳を傾ける。
「善と悪。ここに中立なんていう存在があるか?善い事も悪い事もするのではなく、この世界は悪い事をした時点で、犯罪者という絶対的なレッテルを張られるんだ」
「だが、二極化しているが故に、善い仕事というのも有り振れていたはずだ。そんな中でも、お前達は悪を選んでしまった。その点が、俺達とお前達の少しの違いであり、絶対的な違いだ」
「法治国家において、”他の方法を知らなかったから”というのは、言い訳に過ぎない。残念だが、お前達は紛れもない犯罪者ということになる」
言い終えると、槍の男は息切れが収まったのか、息切れほどではない早めの呼吸になっていた。
話に納得したのか、相槌を何回か打ちつつ、少し俯いた。
「……ッ!」
隙でも見出したのだろうか。男は息を殺しながら槍を繰り出してきたが、いい加減にそういう小細工が通じるとは思わない方が良い。
何かの時間稼ぎであることも、呼吸が穏やかになっているのも全て察知済みだった俺は、男の槍よりも速く右拳を突き出して終わらせた。
「ふぅ……」
兵士達の方に振り返ると、らしくもなく一呼吸を置く。
兵士達は、未だにヴァンタスの団員との攻防戦を繰り広げていた。フェアニミタスタ軍の強さについて、ここら一帯の国では屈指だと聞いていたが、それは本当だったらしい。
民衆相手では武器を使うことはできなかったが、ヴァンタスは違う。
明らかに計画された参戦であり、国籍不明でもある犯罪組織であるヴァンタスであれば、武器による反撃をしても何の問題にもならない。
そんなフェアニミタスタ軍だが、流石に数で押されてしまっている。当然だ。その補填のために、俺とエルが呼ばれたのだから。
「───」
少し姿勢を低くしたシルドが、瞬時にその場から姿を消した。
轟音と共に再び姿を表した場所は、兵士とヴァンタスが戦っているど真ん中だった。
俺が着地した衝撃で、近くにいたヴァンタスの団員達は尻餅をついていた。
『右──』『──3─』
かなりの乱戦状態だったが、今なら何でもできそうなほど、俺は自身に満ち溢れていた。
それを有言実行する様に、攻撃を仕掛けてくるヴァンタス共を次々と吹っ飛ばしていく。
俺がヴァンタス共と戦い始めてからは、降参する者も出始めた様で、両手を挙げて兵士の方まで自首しに行っていた。
(大分、久し振りの感覚だな)
乱戦状態になるなど、まだ左腕があった時以来のはずだ。
俺が戦闘をなるべく早く終わらせる様にしていたのは、増援を呼ばれて囲まれるという状況を避けるためだった。
久しい状況と空気間を感じ、この状況に身を任せたいと思ってしまった。
つまり、俺は乱戦を望んでいたんだ。片腕を失くした状態で乱戦を受けるリスクが分かっていながら、俺は乱戦特有の周囲の滅茶苦茶さに焦がれてしまったのだ。
『左───』『─2──』
飛んできている矢を掴み取り、おまけに飛び掛かってきている者も、気絶のスキルを使って叩き落とす。
(素手で戦うことほど、心地の良いものは無い)
生身で相手を殴り、その感触や衝撃が直に伝わる、最も原始的な戦い方。
それでしか得られない様な感覚に魅了され、俺は殴る蹴るで一方的に攻撃をしていた。
中級冒険者程度だったのは統率者の4人だけだった様で、団員達は武装しただけの一般人と何ら変わりない実力だった。
そんな者達を大勢屠る俺は、正に雑魚狩りをしていると言えるのだろう。
そんなことが自覚できていながら、この拳を止められない。足を止められない。
まるで、長い間肉弾戦ができていなかった鬱憤を晴らすかの如く、俺は何かに憑りつかれていた。
少し地面を掘り返しただけで、多くの団員共が宙を舞い、尻餅をつき、ひっくり返る。
「───」
飛んできている火炎瓶も、矢も、魔法でさえも怖くない。
最早、防御の概念すら忘れ、攻撃のみに全てを注ごうとした瞬間、誰かが俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「シルドっ!」
「──…!」
それまで呑気に戦っていた態度とは打って変わり、埋もれていた正気を取り戻す。
(こんな戦地のど真ん中に、一体何を…!?)
瞬きする間もない速度で提げている剣を抜き、団員共をエルに近付かせないため、リーチを保って攻撃する。
エルは既に剣を抜いていて、ここに飛び込んて来た時点で剣で戦うつもりの様だった。
「貴方、絶対に何か変よ!」
周囲がうるさい状況の中、エルが大きな声を出して言う。
「何しに来たんだ!守り切れるか分からないんだぞ!?」
焦りと少しの怒りで力が入り、麻痺衝撃が普段よりも広範囲に広がってしまった。
「自分の身くらい自分で守るわよ!」
「それが無理だと思ったから後方支援に回したんだ!」
無鉄砲さと危険な参戦の仕方に腹が立ち、団員共を殴るのにも力が入る。
「…やっぱり貴方、何か変よ。終わったら、2人でちゃんと話し合いましょう」
「はぁ……」
疲れとはまた違う、呆れの様な溜息を吐く。
声を掛けてきたことも、危険因子を考えずに参戦したことも、エルの分も守らなければならないことも、襲い掛かってくる団員共にも、あらゆることに腹を立てていた。
(……ん?)
数えきれないほどの人数を麻痺衝撃で倒し続け、ふとした瞬間に頭の中に浮かんだ。
俺は今、何故こんなにも腹が立っているのか。
その原因として真っ先に挙がったのが、”俺の行動を制止されたこと”。
そして、エルに制止される前は何をしていたのかと言うと─────?
(何故、俺はあんなにも呑気だったんだ…?)
最後までご覧いただき、ありがとうございます。
詳細告知などはX(Twitter)まで!
https://x.com/Nekag_noptom




