27.玩具遊び
──フェアニミタスタ軍 陣営にて
シルドが前衛に出ている中、私は天幕の中に居た。
何もしていないわけではない。戦場に着いたら、先ずは兵士の治療に専念するという、シルドと練った計画を実行している最中だ。
「落ち着いてくださいね。すぐに治りますから!」
(次から次へと、患者数が多すぎる…!道理で、ヒーラーが数十人居ても足りない訳だわ)
正直、前に出て戦いたいという気持ちもあったが、今の私にはまだ早いということで、治療が済んだら後方支援に回ることになっている。
回復魔法は、一度唱えてしまえばそのまま作用するため、患者の対応には5秒も要らない。
5秒で1人の処置が終わると言うのに、未だに患者が絶えないということは、この紛争がどれだけ長期化していたのかが伺える。
(傷も患者によってそれぞれ…切り傷や打撲は見飽きるほどだけど、これは……)
次の患者へと移った私が目にしたのは、背中に広がる酷い火傷と、刺さったまま癒着したガラスの破片だった。
(いくら何でも、酷過ぎる…!)
火炎瓶の類を、背中に直接当てられたのだろう。人を殺すために作られた道具ではなく、ごく一般的なものを使って人を攻撃する。
これこそが、紛争の醜さなのかもしれない。生活をより良いものへと変えるための道具が、人を傷付けるものに変わってしまうというのが、何とも言葉が出なかった。
私は考え込みそうになってしまうが、息も絶え絶えな患者の手前、早急に処置に取り掛かる。
火傷の手当の前に、先ずは一時的に痛みを失くす魔法を掛ける。
「ノーモア」
次に、物体を動かす魔法。動かせれば、どんな魔法でも大丈夫。
そして最後に、体の傷を癒す魔法。
「エリクス・エデン」
傷の状態がかなり酷かったため、私が知る限り最上級の回復魔法を掛けた。
「お大事にー!」
そして、私は隣の患者の対応をする。
…毎度のことで、不思議に感じていたことがある。
(処置をしてあげた人達、何でか分からないけど、私の顔を見つめてくるのよね…)
誰一人例外無く、エルに処置をされた患者は、その後もしばらくエルの顔を見つめていた。
(て、天使だ…いや、女神か……)
(何をされたかは覚えていないが、最高の女性と出会った気がする…)
エルは、それがナイチンゲール効果だと気付かずに、患者の処置を続けるのだった。
──最前線にて
刃がぶつかり合う音と、刃物が空を切る音が交互に鳴る。
「…どうした?俺を殺すんだろう?」
「うるせぇんだよクソガキっ!」
彼が望んだ通りの、一対一が続行していた。
だが、相手は体力が切れかけている中、俺の体力は一切変わっていなかった。
乱雑に剣を振るうその姿は、士官学校に入って1週間も経っていない者の様に見えるほどだった。
最終的には捕虜にしなければならないため、こちらから生身に切りかかる様なことはしていない。
結果、相手の剣を受け止めるか避けるかの2択を続けていたが、相手は息が切れ始めている。
「俺のことは切れないが、息は切れるんだな。器用な奴が居たものだ」
普段なら言わない様な、皮肉を言葉にしてみる。
すると、相手は顔が真っ赤になり、太刀筋が消えた状態で剣を振り回し始めた。
余裕振った犯罪者達が、侮辱によって顔の色が変わるさまを見れるのは良いが、流石に飽きてきた。
「所詮、どいつもこいつも、これで終わりだ」
俺はそう言いながら地面に剣を突き刺し、素早く彼の首を掴んで剣にぶつける。
「………」
こうするだけで、大抵の者は気絶してしまう。
自分の強さに自惚れるわけじゃないが、中級冒険者が相手では体温すら上がらない。呼吸も変わらない。
俺が再び強くなるには、上級冒険者としての実力を持つ者か、魔王城近くにでも行かなければならないのだろう。
さもなくば、一生を雑魚狩りして過ごすことになる。
”剣に頭をぶつけて倒れる”という構図が可笑しくて、少しの笑いが漏れながら振り返ると、残り3人の統率者に期待を込める。
「さあ、一対三か?一対一か?」
3人揃って、顔に不安が浮かび上がっている。
顔を合わせて、何らかの合図を取ると、先ず2人が飛び掛かって来た。
「お前ぇら!殺れぇ!!」
重装備の男の言葉が響き、ヴァンタスは総動員でこちらに向かって走ってくる。
目の前の2人の攻撃を避けながら、周囲の状況を確認する。
兵士は補給が間に合った様で、盾を持った者の後ろに、槍や剣などの武器を持った兵士が居る。
しばらくは耐えられるだろうが、ずっと任せておくことはできない。
冷静な判断はできているつもりだが、何故だろう?
兵士達の心配よりも、自分に敵意を向けてくる者の方に気を取られてしまう。
(2人掛かりで手数は倍のはずだが、これでも体温は上がらないのか…)
2人に増えたはずなのに、状況が平行線のままだったことに飽きたので、俺の方から仕掛けることにする。
槍の男は俺の一振りを受け止めるが、受け止める力が足りないために、そのまま吹き飛んでしまう。
剣を払い終えた後、すぐにもう1人が攻撃を仕掛けてくる。
これが複数名パーティーの強い点のはずだが、こいつらの場合はバランスが悪い。
アタッカー2人で突っ込んでくるため、攻撃の手は繋げられるが、どちらか一方が退場してしまえばただの一対一だ。
受け続けるだけでは、心底面白くない。
「───ッ!」
少し力を入れて、斬撃変換を掛けた状態で振るってみる。
軽装備の男は防御の姿勢を取るが、それはほとんど機能しないだろう。
重い金属音と共に、男の体が宙に浮く。今の一振りを受けてしまった以上、骨折は免れない。
(…またこれだ。2人が立ち上がり、再び襲い掛かってくるのを待つ)
掛けたスキルは打撃変換のみ。だが、それなら格闘で十分なのではないか?
「…ハンデを掛けよう。お前達との戦闘は、あまりにも面白くなさ過ぎる」
2人は顔色を変える余裕すらないのか、息を切らしながら俺を睨んだ。
「言うじゃないか。流石、腕を折るだけのことはある」
息を切らしながら言ったのは、軽装備の男だった。
左腕をだらりとぶら下げていて、力を入れることすらできない様だったが、まだこの男の武器を見ていない。
いかにも、奥の手を隠している者の挙動だ。
「生け捕りのつもりだったが、こっちも命が掛かってそうだからな。これを使うのも止む無しってヤツだ」
彼が背中の腰元に手を伸ばすと、再び手が見えた時には投げナイフを持っていた。
「ただのナイフじゃないぞ。これには、毒が塗ってある。魔獣すらもがき苦しむほどの毒だ」
自信満々に投げナイフを見せつけるが、当の本人は余裕ではなさそうだ。
「それが本当なら、掠っただけで死に至りそうだが…当てられるのか?」
皮肉を込めて笑みを浮かべると、3人全員で襲い掛かって来た。
(変だな。戦闘中だというのに、こんなに気分が高まるとは…)
普段は言わない様な言葉が、次々と出てくる。謎の高揚感というか、とにかく気分が良い。
俺はそれを疑問に思いつつも、飛んできているナイフをガントレットで弾き、重装備の男に殴りかかる。
「やっと重い腰を上げたか。大声で団員を止めていたはずだが、何故再び動かしたんだ?」
重装備の男は、歯茎を見せながら斧を振り落としてきた。
斧が振り落とされる中、俺は斧の柄の部分を掴み、押すも引くも許さない状況を作る。
「随分と重たそうな装備だな。長期戦になると、さぞかし苦しいだろう」
斧を動かせないことに焦り、それだけに気を取られている男に向かって、頭突きをお見舞いした。
加減が悪かっただろうか?男は頭から後方へ吹っ飛んでいく。一応、俺は生身で、奴はヘルムを着けているのだがな。
防具を着込んでいるため、体を丸めて転がることすら許されない。
「はぁっ、はぁっ…くぅっ!」
激しく息切れを起こしており、斧を杖代わりに、膝を着くのが精一杯だそうだ。
「典型的な、自分の事しか考えていない装備だな。お前と同じ装備が数十人規模で居たら、重装歩兵として役に立つかもしれないが…」
重装備の男が息切れながら顔を上げると、着けているヘルムには頭突きの跡が付いていた。
「…それだけの装備をしておいて、ヘルムは安物か?冗談だろう??」
普通に理解が出来なかった。
”頭を落とされたら終わり”。これが、戦士として戦う上の常識どころか、戦争を知らない子供でも知っている様な常識だぞ?
いくら金が足りなかったとはいえ、何故心臓と同率で大事な頭の装甲を薄くしようと思ったのだろうか?
あまりの出来事に困惑していると、後ろから槍の男が奇襲を仕掛けてきた。
「なっ!?」
それを、確認することも無く体をひねりながら振り返り、重装備の男にもした様に柄の部分を握る。
槍の男は慌てず、槍から手を放した勢いで蹴りを仕掛けてくる。
見くびっていたが、これはそれほど悪くない。ただ、槍から手を放した時点で、死亡は確定になったがな。
「うあぁぁああっ!!」
出している足を掴み、床に土埃が舞う程度で叩きつける。
何をするにも、この4人は俺との相性が悪すぎる。俺が優位という意味で。
第一に、近接戦は俺が最も得意とする間合いだ。格闘も刃物の扱いも、実力には圧倒的なアドバンテージが有る。
『───ない』『避け───』
床に叩きつけた男を見下ろしていると、投げナイフが飛んできた。
風切り音で気付いていたが、あえて避けずに受けてみる。
「よ…よしっ!やったぞ!」
軽装備の男は、俺の背中にナイフが刺さった様子を見て、重大な目標を達成したかの様にはしゃいでいた。
鎖帷子を着ているとはいえ、スキルか魔法で貫通力を上げられたナイフは、簡単に鎖帷子を貫通する。
『毒が──』『早く──て』
「おめでとう。毒の効果はどれくらいで出るんだ?」
刺さったナイフをあえて抜かず、余裕を持って男に問う。
後ろで待機している兵士達から、どよめきが聞き取れた。
「余裕ぶった所で、もう遅いぞ?既に耳が聞こえなくなってくるはずだ。数秒の内に耳をはじめとして感覚が機能しなくなり、数十秒も経てば痛みと全身の穴から血が流れ出る」
「………」
その言葉を聞いて、何も話さず10秒近く待ってみる。
だが、その毒は一向に効果しなかった。
「……どうだ?何もできないだろう?」
互いに無言になってから数十秒が経過した所で、軽装備の男は問い掛けてきた。
”立つ”ということ以外の感覚を、全て全身の異常察知に割いてみたが、やはり何の異常も感じ取れなかった。
「この通りだ。残念だが、お前の毒は効かなかった様だな」
毒が効いていないことに驚いたのか、俺が体を動かした瞬間に、男は体を大きく震わせた。
「な、何で効いてない……??」
「毒耐性のスキルや、魔法が有るのは知っているよな?」
至極当然のことを聞くと、男は食い気味に答えてきた。
「当然だ!だが、この毒は何をしても防げた試しは無い…一体、何をした!」
「なら、毒耐性に強弱があるのは?あえて毒を摂取し、肉体に直接毒の耐性を作る手法は?」
「うっ…嘘だ…」
男は小刻みに体を震わせ、絶望を体現する。
『斧───』『危な──』
今度は、重装備の男が襲い掛かって来た。
似た様な展開に飽き飽きしていたため、早く終わらせるために少し力を込めて胴の部分を蹴る。
やはり、ヘルムだけが安物だった様で、この程度で胴のアーマーに凹みはできない。
直接的な攻撃は防げても、その威力までは分散できない。今、こうして男の体が飛んでいった様にな。
「…飽きた。終わらせよう」
重装備の男も、軽装備の男も、槍の男も顔を上げた次の瞬間。
シルドが居て、自分達も目を付けていた場所から、シルドの姿が消えた。
そして、それはシルドの姿だけでは無かった。
重装備の男も同時に消えていたのだった。
それを認識した瞬間、どこかから轟音が響く。
まるで、大岩などの分厚いものを、叩き破っているかの様な音だった。
その轟音からして、音の発生源はこちらへと向かって来ている事が聞き取れた。
「───」
そして、俺達の後ろの岩が砕かれた。
最早、驚くことすらできない。その正体は、シルドと重装備の男だった。
「ヘルム以外の防具は、こうでもしないと壊れないものだな」
まるで、たった今までバカンスでも堪能していたかの様に、シルドはとても落ち着いた息を吐いた。
別段、シルドと仲が良いわけでも、知り合っているわけでもないが、何だか様子がいつもと違って見えた。
「──ははっ…悪いな。手入れが行き届いた装備みたいだが、この通りの有様にしてしまった」
掴んでいた重装備の男を床に放すと、大きな音を立てて装備が崩れていった。
ボディプレートさえ、ガシャガシャと音を立てながら崩れていった次第だ。シルドが一体、轟音と共に何をしていたかなんて、明白だろう。
重装備の男は、既に気絶していた。もしかしたら、死んでいるのかもしれない。
あの装備になってから、一度も気絶しているところを見たことが無かったが…だなどと考えていると、次は軽装備の男が、シルドと共に消えていた。
「──あははっ」
楽しい。ただそれだけだ。
「ふふ────はははっ」
単純な楽しさだというのに、中々に止めることができない。
「ッ───!!」
岩を手で砕きながら、馬鹿みたいに突き進む。やっていることは、ただそれだけ。
この歳になって、砂遊びをしているのと同じくらい、くだらない行為なのかもしれない。
『そっちは───』『─ル──よ』
足を強く踏み込み、元の戦っていた場所へと戻って行く。
もちろん、砕かれていない岩場を経由してだが。
最後までご覧いただき、ありがとうございます。
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