25.朝飯を食べてただけなのに
「ふあぁ~……二日と少しを馬で走っただけなのに、もの凄く疲れちゃった。まだ18時だけど、このまま寝れそう…」
風呂を済ませ、部屋に戻ってくると、ベッドに寝っ転がっているエルがそう言った。
「文字通りの遠征だからな。俺も、流石に少し疲れた」
シルドはそう言うが、表情からは疲れを感じさせない。何なら、たった今荷物の道具をベッドの上に広げて、整備を始めたくらいだ。
(顔には出てないだけで、疲れているのは感じ取れるけど…私ほどじゃないわね)
「あんまり疲れてない癖にー…そんな体力、どうやったら手に入るのかしらね?」
シルドは、手作業に集中したまま答えた。
「…勇者一行での冒険は、ほとんど徒歩移動だったからだろうか。思い返せば、割と馬鹿にならない運動量だな」
「えぇ?噓でしょ、それで魔王城近くまで行ったの?」
疲労からか、覇気の無い声で質問を繰り返す。
実際、シルドが元居たベルニーラッジからでも、魔王城までは最短1週間が良い所。
その距離を徒歩で歩くとなれば、何の罰ゲームなのか伺いたくなるぐらいだろう。
「馬を連れて行くとなると、その分の餌や、諸々の管理が必要になってくる。そこが問題だったんじゃないか?言われるまで、全く気にしたことは無かったが…」
確かに、歴代の勇者一行を見ても、どれ一つも馬を使って行動していた者らは居ない。
稀に荷車や、往復する道中で馬を借りることはあっても、彼らが行き付くのは激戦地である最前線。
それが通例だからという理由だとしても、納得できる。
「あ、そのナイフ…」
シルドが様々な道具を整備していく中、護衛の依頼を受けた時に、シルドが賊に対して使ったナイフが出てきた。
「それ、隠し持ってたことに一切気付かなかったわ。何か特別な魔法とか、掛けてあるの?」
「いや、単なる投げナイフだ。士官学校の卒業記念で贈答された、普通のサバイバルナイフもあるぞ」
シルドは、普段から身に付けているローブの内側に手を伸ばすと、もう一つのナイフが出てきた。
投げナイフとは異なり、何に使うのかよく分からないギザギザと、投げナイフ以上に冷たく光る刃を見て、少し寒気を感じた。
「…そっちのサバイバルナイフ、多分だけど対人戦も想定されているヤツ?」
「そうだ。中々に丈夫で、剣を真正面から受けても壊れないんだが、今の俺には戦闘で活用させる場面が無いからな」
「戦い慣れしてる人の懐って、怖いわねー…でも、贈答品をちゃんと使ってるっていう所は、ちょっと意外かも」
「何故だ?」
不思議そうな顔で聞くと、エルは転がりながら答えた。
「だって、シルドって沢山お金を持ってるのに、全く使っていないじゃない?だから、贈答品とかは、大事に仕舞っておくタイプだと思ってた」
節約家というか、倹約家とでも思われていたのだろう。
お金を使わないのは、単に使う場面が無いからだ。特に趣味も無い。
「使える物は、できるだけ使う方だぞ。適材適所という言葉がある様に、使ってやれずに風化させてしまうのは、可哀想だと思っている。まあ、貰い物である以上、他よりも丁寧に扱う所はあるがな」
言葉を紡ぎながらも、ナイフを傾け、光の反射を使って刃こぼれが無いか確認する。
私は、暖色の灯と、シルドの作業音を聞いて、良い感じに眠くなってしまった。
うつ伏せの体勢で、抱いている枕に顔を預けたまま、シルドの姿を見続ける。
「……ねむ…」
「用が済んでいるのなら、もう寝た方が良い。慣れない野宿続きで、あまり睡眠が取れていなかっただろう」
シルドは、確認するまでもなく私の眠気を察知したのか、作業を続けながら言ってきた。
「………」
私は、その言葉に反応するまでもなく、眠気に負けてしまった。
──翌朝
「……んがっ…あれ…?」
少し寝ぼけながら体を起こすと、既に朝になっていた。
日の出とまではいかないものの、かなり早い時間帯だ。警戒態勢を保ったままだが、この通り、シルドも寝顔を晒している
「………」
(あー…これ、かなり貴重な瞬間なんじゃない?)
状況を理解すると、一気に眠気が覚めた。
普段、私の前では絶対に寝顔を晒さなかったシルドが、今まさにその寝顔を晒している。
(こうして見ると、やっぱり年相応ね。可愛い寝顔~)
私はニヤけながら、音としてカウントされなさそうなほどに小さな声が出た。
笑い声というよりは、掠れた吐息。それに反応してか、シルドはスッと目を開けた。
まるで、ただ目を瞑っていただけみたいに。
「うわっ!」
「何だ?何か用でもあったか?」
「い、いや!別に何も無いけど…」
私は、寝顔を見て笑っていた事実を隠すことにした。
警戒態勢で寝ているから、普通に寝るより疲れが残るはずなのに、シルドからは疲れが全く感じられない。
「吐息だけで目を覚ますなんて、どんな気の張り方をしているのよ。普通にビックリしちゃった」
「士官学校での必修科目にも組み込まれていたんだ。それも、散々やらされたものだな」
シルドは私が寝る前と同じ様に、再び荷物をベッドの上に乗せる。
私は自分のベッドに戻り、座り込む。
「これだけだと、朝飯にならないな…」
塩漬け肉を包んだ袋を手に、シルドがそう呟く。
「なら、市場にでも出てみない?他の国だと見ない食べ物とか、売ってたりするんじゃないかしら?」
「……気になるな。よし、行ってみよう」
(ご飯の話になると、意外と釣りやすいのよね、シルドって…)
エルは”フフン”と、してやったり顔で少し笑んだ。
──市場にて
陽が昇り始め、町の建物に横向きに陽が射し始める頃。
フェアニミタスタの市場は、既に開店準備が整いつつある状態だった。
「城下町だからかもしれないけど、凄く活気付いてるわね」
露店同士のやり取りや、協力して商品を運んだりする声が聞こえる。
辺りを見回していたシルドが足を止め、ある露店で声を掛けた。
「このマジックマッシュルームは幾らだ?」
「3個で銀貨10枚。幻覚対策か?アンタには必要無さそうだが」
店主は笑いながら言った。俺を知っているから、そう言ったのだろう。
「そうかもな。このリンゴも、1つ貰おう」
「それは銀貨2枚。毎度ー」
店主に硬貨を渡し、エルの元へ戻る。
顔を見ると、エルは変な顔をしていた。突っ立ったまま、横目で気まずそうにこちらを見ている。
「ほら、リンゴだ。腹に入れておけ」
「…何、私が”お腹空いた!”って、駄々をこねる子供みたいな扱いを受けてるの?」
エルは不服を声色で表しながらも、ありがとうと言ってリンゴを受け取った。
続けて市場を見て回るが、中々物珍しい食べ物は見つからない。
見慣れた食べ物はあった為、流石に俺も腹が減ってくる……その時だった。
「シルド。あれって、どう?」
エルの指が差す方を見ると、露店ではなく屋台が見えた。
2人ほど並んでいて、早朝にしては客が居ることに驚いた。
屋台の中では、巨大な肉塊を棒に刺し、ゆっくりと回しながら火を通している。
屋台に近付くほど、甘辛いソースの良い香りが漂って来た。
「ヤバい。凄くお腹が空いてきた…」
エルが心底溜まらなさそうだが、列には並ばなければならない。
俺もエルも、腹の鳴る音を堪えながら順番を待った。
「──ネ。またきてヨゥ!」
そして、ようやく俺達の番が回って来た。
「いらっしゃい!お兄サン、2つ?」
店主は片言で、外見としても恐らくは違う国の出身だろう。
俺は、少しだけ嫌な予感がした。
「………」
エルも、片言の店主を見て気まずいのか、再び横目の変な顔をしている。
「ああ。2つで頼む」
「お兄サン、大きいの?」
「あ…ああ」
片言自体は問題無い。ちゃんと聞き取れる。
だが、この言語における言葉のレパートリーが多くないのか、言葉足らず感が強くて少し混乱する。
「お姉サンは…ああっ!!!」
「ひっ!?」
店主が大きく驚きの声を上げて、エルも同じく悲鳴紛いの声を上げる。
「エレフじゃないすカァ!ワタシ、始めて見るね!」
「えぇっ、あー……????」
「ムカシから聞いたヨ~。ホントに綺麗で、ウツァカシイね!!」
店主は満面の笑顔で、真っすぐに親指を立てた。
何を言っているのかよく分かっていないエルと、それを気にせず表情豊かに話し続ける店主。
面白いから、何も言わずに見ている俺だ。
「あっ……あははっ…」
(多分、親指と笑顔を見て、良い事を言われていると判断したのだろうな)
店主とは対照的に、引きつった笑みと無理矢理に乾いた笑い声を引き出した。
「お姉サンは、普通のか小さいの……アー、ムネェが大きいから、大きいの?」
途中無言になったかと思っていると、店主は視線を数十センチ下に下げ、指を差した。
「?……っ!な、何言ってるの!?」
流石に指を差されたら察せたのか、照れながら両腕で胸元を隠す。
(文化の違いだろうが、攻めた事を言うな…)
「アハハッ!照れェ~。お姉サン、照れェ~!」
不敵な笑みを浮かべながら、店主は調子良く両手でエルを指差す。
「助けてよシルド…!」
「これネ、実はフェアニミティストの料理じゃない。ワタシの国の料理!」
エルが恥辱と、悔しそうな表情で俺に訴えてくる。同時に、店主も俺に話しかけてくる。
(この共通語を上手く使えていないということは、ここら一帯からかなり離れた国の出身なのだろう)
「しかも、この料理、国と味違ウ!ワタシアレンジ!ギャーッギャッギャ!!!」
かなり独特な笑い声を上げながら、料理を完成させていく。
「できたネ!」
渡されたそれは、薄く円盤状に焼いた生地の中に、肉と野菜を交互に詰めて挟んだ物だった。
「ケベブね!美味しかったらまたオイデ!」
出来立ての”ケベブ”を2つ受け取り、俺とエルは顔を合わせる。
「普通に美味しそうよね。喫茶店で、この生地に似たケーキを見た気もするけど…」
エルが”ケベブ”を観察をしている中、俺は脳を空にして、手に持っていたそれを頬張った。
味の感想を待っているのか、エルは俺の表情を伺っている様だった。
「…うん、ちゃんと美味いぞ。ソースがピリ辛だな」
俺の感想を聞くと、エルも大きく口を開けて頬張った。
「ん!本当だ。まろやかだけど、甘味と辛味がある…!」
エルが夢中で頬張る様子を見ながら、俺も食べる手を早める。
すると、従軍騎士と思われる鎧を着ている者が、こちらに向かって歩いて来ていた。
騎士の従者は2人。3人共従軍騎士に見えるが、鎧の装飾が最も華やかかつ、一番前の大柄な者が統率者だろうか。
「シルド様。早朝に恐縮です」
俺の前へと来るなり、その3人は一斉に膝を着いた。
エルは驚きのあまりか、目を見開いた状態で咀嚼を続けている。
視線が相手を見上げるものへと変わり、最敬礼と言える態度を公衆の面前で晒している。
「待て。俺は既に従軍者ではないのだから、その礼節は控えてくれ。変に目立つ」
「作用でございましたか。では、失礼して…」
俺の言葉をくみ取り、3人は普段と同じ様に立った。
(この統率者、かなりの恵体だな。俺より10cmは身長が高い)
そして、統率者と思われる者が兜を外すが──?
「改めまして、早朝より失礼致します。シルド様」
統率者の性別は、女性だった。
甲冑の中で声を発していたからか、兜を外す前と声が全く違う。今は、より女性らしく聞こえる。
その顔は、エルに負けず劣らずで美しく整っており、体格からしても男性だと思っていたので、俺は少し面を食らった。
金の長髪で、まるで人間になったエルの様にも見える。
俺とこの3人が立ち会った際、周囲の者達は物珍しいと視線を向けて来ていたが、今は違う。
この統率者が兜を外した際、周りの男女共に黄色い声が上がった。
「今回、我々が貴方様の元に参りました理由ですが、我らが王からの勅令でございます」
(勅令を受けるということは、位の高い騎士か…)
想像を巡らせていると、統率者らしき女騎士は巻物を渡してきた。
巻物には、王家の紋章が付けられている。つまり、王直筆の書物ということ。
俺は封を解き、そこに書かれていた文言を読んでいく。
── シルド・ラ・ファングネル 様 ──
突然のお達しとなることを、どうかお許しください。
貴方様が、既に除隊された身であることを承知の上でお力添えを頂きたく、この手紙を急ぎ用意いたしました。
ご存知かもしれませんが、昨今のフェアニミタスタでは、他国との領境にて紛争の発生が相次いでいます。
つい先日の出来事なのですが、所属不明の第三勢力が紛争に参戦してきたと、戦場の兵士から通達を受けました。
最早、我らの軍隊だけでは解決できない状態になってしまった所に、貴方様が城下町に滞在されているとお伺いしました。
受けていただける場合は、既に報酬の用意ができております。従者に伝えた後、城にお出で下さいます様、お願い申し上げます。
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(…つまり、支援要請ということだな)
軍事間での支援要請であれば、特に問題は無い。
しかし、それが退役した者も含め、一般人に要請するとなると、色々な問題が出てくる。
しかも、外国からの要請となれば尚更だ。”命を落とした場合、遺体は受け渡されるのか”とか、”鎮圧後に復讐”として、一生を派閥に追われる可能性もある。
だからこそ、軍もとい国家は一般人に支援要請を強要することはできないし、受ける場合は双方慎重に話を進める必要がある。
「如何なさいますか?」
文を読み終え、手紙を戻す所で女騎士が聞いてくる。
エルは終始目を見開いたまま、俺の様子を伺っているみたいだ。
俺は少し考えた後、返答した。
「…受諾しよう。案内を頼む」
最後までご覧いただき、ありがとうございます。
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