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24.いざ行かん、フェアニミタスタへ


──数日後の朝


町の近くにある馬宿で馬を借りた私達は、早朝ながらも既に走り始めていた。


フェアニミタスタまでは3日掛かるそうで、道中はほとんど町が無いから野宿になるとのこと。


特に強い魔物も出ない為、退屈な旅路になるかもしれないと、シルドは言っていた。


(かと言って、宿が取れるルートを経由すると、1週間も掛かっちゃうしねー…)


野宿をする旅は、私がデカルダに来る時にも何度かしていた。


できれば、水場が近い所で野宿したいとは思う。



──数時間後 その日の夜


「…何だか、本当に何も起きないまま夜になっちゃったわね」


「下級の魔物にすら出会わなかったな。平原を走っているというのも関係しているだろうが」


2人で焚火を囲いながら、退屈だった1日に愚痴を漏らす。


ちなみに、焚火の周りでは持ってきた塩漬け肉と、近くで見つけた野生のトマトを串に刺して炙っている。


連れてきている馬2頭には、干し草を与え、傍で休ませている。


「よしよし…ケルンと、ポルンって名前なのよね?双子な上に、韻を踏んでる名前も素敵ね」


ほとんどの馬宿で同じだが、貸し出し用の馬にも名前が付いている。


名付けをすれば飼育しやすい他、借りた者でも管理がしやすいという点がある。


宥めたり、呼び寄せたりする際には、名前を呼んでやることが有効だからだ。


「干し肉は焼けたぞ。トマトは…分からん」


「もう焼けたの?」


エルは、焚火の前に戻って座った。


「このトマト、小ぶりだけど凄く美味しそうじゃない?火を通すと、甘味が増すのよね~」


野生の物にしては、ハリもツヤも良かったとは思う。


「火傷しそうだな」


「少し冷めるのを待たないとね。…もしかして、引っかかったことある?」


「………」


”引っかかったことある?”とは、熱されたトマトを噛み、口の中を火傷したことがあるのかということだろう。


「え~?シルド、そういうのはあんまり得意じゃないんだ~?」


揶揄う様な声色で、エルは俺の様子を伺っている。


特に振る舞いを変えたわけでもないのに、それがバレたということは…


「…感情を読んだな」


「イタズラにも使えちゃうのよね~♪」


そう言うと、エルは串肉を頬張った。


悔しさが無い…わけではないが、それで怒るほど、もう子供でもない。


(悪戯で笑う顔も美麗なのは、流石エルフということだな)


ただ、目の前に笑顔があるというのは、喜ばしい事だ。


ここ最近は、何かと安堵する機会が増えた様な気がする。


以前は、常に何かに追われている様な感覚に囚われていた。


(自分の話を聞いてもらえたからだろうか…?)


以前よりも、明らかに心に余裕ができた。


「んまんまんま♪」


美味そうに串肉を頬張るエルを見ながら、その夜は何事も無く過ぎていくのだった。



──次の日の夜


「ぷぁあ~…本当に何も起きないわね」


野営地を決めてすぐ、エルは地面に寝っ転がった姿勢で言った。


退屈過ぎるあまり、腑抜けというよりかは、間抜けな声を出している。


「誰かとすれ違うことすらないルートだからな。昨日と違って、今日は途中で村に寄れたが…」


手持ちには、立ち寄った村で買ったパンと、野菜が少し。


持参している塩漬け肉と合わせれば、ちょっとしたサンドウィッチになる。


「水場もあるし、先に水浴びしちゃおうかしら」


「分かった。俺は飯を用意しておこう」


そうして、エルは布を持つと、湖がある茂みの中へと消えていった。



「ふぅ………」


湖の大きさは、20m以上はあるだろうか。凡そ、人一人だけが独占する様な大きさではない。


(解放感すご~い)


私は端に居るが、そこから一望できる湖の景色は、とても綺麗だった。


月が湖に反転して映るほど、生き物一つ居ない様な、穏やかさを持っている。


夜風で周りの木々が揺れる音も、目を閉じて深呼吸をすれば、故郷の森に戻った気分になれる。


『見てる』『女の人。後ろ』


リラックスのあまり、森の声が聞こえてしまった。


(えっ…)


慌ただしく水音を立てて後ろに振り返ると、そこには私から見ても、妖艶な容姿をしている女の人が立っていた。


「ごめんなさい。私も水浴びに来たのだけれど、エルフの女性が居るとは思わなかったわ」


(だ、誰!?物音とか、何一つ聞こえなかったんだけど…!??)


「こ、こんばんは…!」


驚きが隠せないまま、軽く会釈をしてしまう。


その女の人は、私の隣で水浴びを始めた。


それも、自分の裸体を一切遮らずに。堂々と、見せつけられているみたいだ。


(…すごいなぁ~……)


私も自信はあるけど、この人の体は、像になりそうなほど完璧な感じがする。


「うふふっ…妖精さんと出会えるなんて、しばらくは運が良くなりそうね」


「そ、そんな大した者じゃないですよ」


未だに緊張が溶けないまま、会話を繋げる。


その女の人は、ずっと薄すら笑みを浮かべているが、愛想笑いだろうか?


(感情を読んでみても…うん、よく分からない…)


少なくとも、この人は緊張していない。


「エルフさんは、どこから来て、どこに行くのかしら?」


「えっと、デカルダから来てて、フェアニミタスタに向かってる途中です…!」


「そう。フェアニミタスタ…」


そこで一度会話が途絶え、水音だけが辺り一帯に響く。


私は座り込んだまま、体を隠す様な姿勢を保っている。


「緊張してるの?」


「ん゛っ!…あ、あまり人前で裸になることが無いので…」


私は変に出た声を抑え、答えた。


彼女も一通り体を拭き終えたのか、私と同じく座っていた。


一向に緊張が解けない私に、彼女は薄ら笑みを向けてくる。


「可愛い。エルフは長生きするって聞くけど、お幾つなの?」


「ぴったり160歳です」


「へぇ……」


再び、静寂が流れるかと思いきや、彼女が私の髪に触れてきた。


何故かは分からないが、この人の動作は、全く物音が鳴らない。


「ひゃっ!」


「あら、ごめんなさい。綺麗な金色の髪が、凄く目に留まってしまって」


髪とうなじの間を、女性の手がするりと通り、何とも言えないくすぐったさが背筋に響いた。


「そう、160歳なのね…容姿は私より年下に見えるけど、長生きさんね?」


「まあ、エルフですから…」


薄ら笑いを向けてくる彼女に、私もぎこちない笑顔で答えた。


そんな私の顔を見ると、彼女は立ち上がった。


「お先に失礼するわね。どこに人目があるか分からないから、気を付けて?」


「は、はい。貴女も、お気を付けて…」


女性は、布を体に当てると、木々の茂みの中へと消えていった。


(ずっと薄ら笑いしてて、不思議な人だったな…)


私もシルドの所へ戻ろうと、水場から上がる。


元々、水浴びは体の汗を流す程度のものだから、長い時間水に浸かっていると、体調を壊す可能性がある。


ちょっとだけ不気味で、最初から最後まで緊張してしまっていたが…


(凄い体つきだったなぁ……)


布で体の水滴を拭いながら、そんなことを思うのだった。



──次の日の夕方 フェアニミタスタ城下町 検問所にて


あの後は、特に何が起きることも無く、シルドが用意していたサンドウィッチを食べて就寝。


そして今日も、本来であれば野営の予定だったのだが、夕暮れ時になって検問所に到着した。


もしあと数分遅れていたら、私達は野営をすることになっていただろう。


「城下町在住の、レイエナ氏の紹介ですね。このまま通っていただいて結構です」


城下町に入りやすい様にと、知り合いが送ってくれた紹介状のお陰で、軽い荷物調査だけで入ることができた。


私達が城下町に入ると同時に門が閉められ、目の前には完成ながらも人で賑わっている光景が広がっていた。


(この時間なのに、女の人も、小さな子供も居る…)


治安の良さは、噂に聞いていたものと大差無い様だ。


他の町でなら、夕方の時間帯には、むさ苦しい男達で溢れ返っている。


宿を目指して歩きつつ、町の風景を眺めているが、どこもかしこも老若男女関係無しに賑わっている。


「相変わらず、治安の良さが光っているな」


「そっか。シルドは来たことがあるんだっけ?」


「ああ。東之国に行く途中で寄った程度だが」


中央広場でもない、ただ門を潜った先の光景だけでも、治安の良さを伺うことができた。


そして、宿の通りに繋がっている中央広場に到着すると、華やかな景色が広がった。


優しい暖色の光が灯され、人が多く賑やかではあるものの、どこかに静けさを持ち合わせている雰囲気。


(ち、治安の次元が違う…!)


まだ開いている露店も多く、他の町では一切見たことが無い光景が広がっている。


警備兵の数も十分で、道案内や子供と話す余裕も持ち合わせている。


「…ここ、本当に住みやすそうね」


初めて見る光景を前に、エルは圧倒されつつ言葉を出した。


「”住めば都”が、確証されている様な国だからな。それに加えて、ここは王と間近の城下町だ」


「フェアニミタスタって、確か女王制度なのよね?今も、女王様が権威を持ってるって聞いたけど…」


「俺も詳しい事は知らないが、厳密に言うと、女王制度ではない。他の国では女王が認められていないだけで、フェアニミタスタの歴代の王は男女混合だ」


フェアニミタスタという国家誕生の歴史について、もう少し詳しく掘り下げよう。


この国は、ある1つの国から独立した国であり、元から今の様な治安の良さは、持ち合わせていなかった。


他国と同じ様に、女子供は日が沈む頃には家に籠るというのが常識だった。


しかし、元の国が他国との戦争によって、三派に分かれて内乱が勃発。これが実質的な原因になり、元の国は戦争に敗北し、3か国に分かれることになる。


その一つが、女性が男性と対等な権利を持てないことに不満を持っていた、フェアニミタスタの創設者…つまり、当時のフェアニミタスタ派を率いた、男女混合の自警団だったという。


その者らが欲したものは、男女分け隔てのない安全。女性が何時外に出ても、安全と言える様な国を作ることをモットーにしたとか。


結果、今のフェアニミタスタが誕生。王が男女混合なのも、国の騎士団が男女混同なのも、その時の習わしが受け継がれているからだ。


そうしてしばらく歩いていると、宿に到着した。


「いらっしゃい…って、シルド様じゃないか!何か入用かい…?」


受付の女性が騒ぎ、広間に居た人物全員がこちらを見てきた。


コソコソと、小声で俺の名前を口にしている。面倒なことになったな…


「いや、普通の宿泊だ。空いているか?」


「ああ、空いてるよ。大部屋と個部屋、どっちだい?」


「…個部屋にするか?」


エルに確認する為、後ろに振り返りながら聞く。


すると、エルは少し気まずそうにしていた。


「あの人かしら?シルド様の弟子になったという…」


「シルド様は言わずもがな、あのお弟子様も中々の腕前なのだろう…」


耳を澄ますと、近くにいる女戦士達の小言が聞こえてきた。


今までは婚約者だとかで疑われ続け、それで慣れていたが、ここでは俺の弟子であることを指摘されている様だ。


今までとは違った指摘に、別側面でのプレッシャーを感じているのだろう。


「…?あっ、どうしたの?」


数秒経つと、エルは正気に戻った。


「大部屋の方が、お嬢ちゃんは嬉しいかな?」


「なっ、何でですか…!?」


含みのある笑みを浮かべる女性に対し、エルは少し顔を赤らめていた。


「あまり茶化してやるな。歴とした、1人の弟子だ」


「ほーん?立派に師匠してるんだねぇ?」


(何故、皆口を揃えて同じことを言うんだ…?)


女性がそう言うのと揃えて、近くでコソコソ話をしていた者からも変に声が上がる。


喧しいと思っていると、エルが声を掛けてきた。


「ねえシルド。襲撃の事もあるし、大部屋の方が良いんじゃない…?」


「奇遇だな。同じことを考えていた」


俺がエルに意見を聞いたのは、襲撃のことがあったから。


別々で狭い小部屋より、お互いに危険を管理しやすい大部屋の方が良いと思っていた。


「何だい。結局、大部屋にするのかい?物は壊さないでおくれよ」


大部屋を借りたいと伝えると、女性は再び変に笑みを浮かべた。


宿には風呂も設置されていたため、早めに入って部屋でゆっくり過ごすことにしよう。


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