23.溜まった金貨ととある事件
──翌朝 家から出てすぐの広場にて
今日も同じく、フェアニミタスタ遠征に必要な金貨100枚を稼ぐ為、魔獣関連の依頼を受けに行くつもりだった。
ウォーミングアップとして、外で筋トレを行っていたわけなのだが…
「ふんぬッ……くぉぉぉおおお…!!」
エルは、その美麗な容姿からはらしくも無く、思い切り踏ん張りながら腕立てに挑んでいる。
張り切り過ぎているあまり、頬が真っ赤になっている状態だ。
「エル、追い込み過ぎない方が…」
「私は゛18回の゛壁を゛越え゛た゛い゛の゛よ゛っっ……!」
エルはもう1回に挑戦し、踏ん張り過ぎて変な声になっている。
ちなみに、今ので16回目だ。
「…この後も依頼を受けに行くんだし、張り切り過ぎて疲労が溜まってしまうというのは、好ましくないんだが…」
「ぐええっ!」
この前と同じく、腕立ての途中で力尽きたエルは、顔から地面に突っ込んだ。
「………」
何とも言えない雰囲気になる。
エルからすれば、顔から地面に突っ込んだ自分が恥辱だろうし、俺としても以前と同じ光景を前にして、どう対応すれば良いのか分からなくなっている。
「…服、着替えないとね」
「ああ…」
少し経つと、エルがむくりと起き上がった。
以前は胸元にだけ集中して土汚れが付いていたが、今回は体全体が土塗れだ。
(体全体で地面に突っ込んでいたしな。当然か…)
そそくさと食事と身支度を整え、ギルドに向かった。
──エルが所属するギルドにて
「エルフォレストラ様。ご無沙汰しております」
「ご無沙汰してます!」
シルドは所属しているギルドに用事があったみたいで、私は私の所属するギルドに1人で来ていた。
報酬が金貨4枚以上の依頼が無いか探しに来たが、それと同じタイミングでギルドに来てほしいとの連絡があった。
(いつ来ても落ち着くなぁ…)
さっきまで、土に塗れていたとは思えない心境だ。
「本日お呼び出しした要件ですが、以前受注された魔獣の生態調査については覚えていらっしゃいますか?」
(確か、鹿の魔獣だったかしら?排泄が確認できなかったやつよね…?)
「はい」
「一部項目が確認できないとのことで調査書が提出されましたが、同じ依頼を受けた方々も確認できなかった様なので、未払分の金貨が払われました。こちらです」
すると、私の目の前には金貨5枚が置かれた。
「あ」
「…?」
求めていた4枚以上の金貨を前に、私は声を漏らしてしまった。
声を出した私を見て、職員の人は不思議そうにしている。
(思いっきり忘れてた〜…!)
それは、金貨100枚を稼ぐために魔獣狩りを始めた、初日に受けた依頼だった。
あれから受けた依頼は10には届かないものの、必死に戦っていたりでかなり忙しかった所為か、完全に失念していた。
"後から金貨5枚が払われる"という可能性を忘れていたのだ。
「い、いえ、何でも。ありがとうございます…」
出された金貨5枚を受け取り、腰のポーチに仕舞った。
そして、そこから忙しない感じで外に出て、シルド宛にメッセンジャーを送る。
魔獣関連の依頼を見てくるとも言っていたから、もしかしたら不要に依頼を受けてしまうかもしれない。
「"金貨5枚手に入ったよ"っと…」
メッセンジャーを送り、私はシルドが所属しているギルドの方へと歩み始めた。
何となく、メッセンジャーが飛んでいく姿を見ながら歩いていたが、近ず遠かずの所でメッセンジャーが降下していった。
(あれ…?)
もしかしたら、シルドが近くに来ているのかもしれないと思い、人通りの隙間からメッセンジャーが降りた所を確認する。
──少し離れたそこには、血を流して倒れている人物と、シルドの姿が目に入った。
その周りは、人溜まりで一杯だった。しかし、憲兵は来ていない。
「し、シルド!」
私は思わず走り出してしまった。
シルドは、私を確認することなく声を掛けてくる。
「…エル、すまないが回復魔法を掛けてくれ。話は後だ」
「え、ええ」
血痕の近くに移動したシルドから、只ならぬ気配を感じる。
(前に見た、獣の様な姿と気配が似ている…?)
「……っ…!」
怪我人に回復魔法を施していると、シルドも別の魔法かスキルでも使い始めたのか、かなり集中している様子。
だが、それは普通の集中とは異なって見える。
汗を流しているし、少し苦しそうな顔だ。
表情に直結するなら、スキルを使っている可能性が高い。それも、シルドが汗を流すほどのものだとしたら、かなり効力の強いスキルなのだろう。
「………見つけた」
「えっ…?」
その言葉を聞いて振り返ると、既にシルドの姿はそこに無かった。
その代わりと言うべきなのか、強い風が辺りを通り掛かった。
「本当に、あれだけで良かったんですか?」
町から近い林木の道にて、男の1人がそう言った。
「何考えてんのか分かんねぇ女だが、報酬は弾んでる。”人を1人襲って欲しい”だなんて、俺達に掛かれば余裕なこった」
その者らは2人で行動しており、身なりは盗賊には見えない。
その実は、盗賊紛いに堕落した冒険者だ。
身なりからしては中級冒険者。甘い言葉に目が眩み、闇市から人殺しの依頼を受けてしまった者だった。
「金貨30枚、後でちゃんと折半してくださいよー」
「分かってる。いちいち細けぇこと言うんじゃねぇよ」
金貨の入った袋を覗きながら、呑気に道を歩いていた。
──突然、何かの風切り音が背後から聞こえた。
「っ!?」
男の1人がその場所に振り返るも、そこには誰も、何も無かった。
(探知魔法には誰も引っかかってねぇ…気の所為か)
そして前を見ると、先ほどまで前を歩いていたもう1人の男が居ないことに気が付いた。
その代わりに、知らない男が立っていた。いや、知らないというのは言い違いだ。
全身の血管が隆起した、元勇者パーティーの火力役が立っていた。
「………」
「お前ッ!ファングネ────」
男が何かを言う前に、シルドはその顔面に拳を繰り出した。
「えっと、その…私も、よく分からなくって…!」
「分からないとは何だ!お前がやったのではないのか!!」
事件が起きた現場に戻ると、エルが憲兵らしき男2名に詰め寄られていた。
「申し訳ない。たった今、事が済んだ」
エルと憲兵の間に割って入ると、憲兵はすぐに構えていた武器を下ろした。
「シルド様…!」
「この男だが、俺が今倒してきた2名に襲われていた様だ。通りがかりで首を切られていたが、襲撃者は恐らく暗殺に慣れていない。中級冒険者だと思う」
「し、しかし、となるとこの者は…?」
「俺の弟子だ」
その言葉を聞くと、憲兵達はすぐにエルへの態度を改めた。
「事件解決の為とはいえ、申し訳ありませんでした…」
「い、いえいえ!実際、一番怪しかったのは私ですから…!」
疑いが晴れた様で何よりだ。
まあ、エルが疑われる元はと言えば、俺の責任ではあるんだがな。
門番にその冒険者達を受け渡したことを伝えると、襲われた男を支えながら、門の方へと向かって行った。
「…本当に倒してきたの?」
「ああ。状況が状況だったから、何も聞き出せずに気絶させてしまったが」
(状況が状況…?)
その言葉を聞いて、シルドが冒険者を追い始めた時を思い出す。
私達は、歩きながら話し始めた。
「ね、ねぇシルド?さっきの話だけど、何のスキルを使っていたの?」
「探知系のスキルだ。……いや、スキルと言えるのかは怪しいな」
私はシルドの言ったことが気になり、更に詳しく話を聞こうとする。
「何か、この前の現象と気配が似ていたんだけど…」
「…そうかもしれないな。今使った技は、あの現象が起きた後に使える様になった技だ。同じく、精神力も魔力も消費しない」
(やっぱり…)
感じ違えるはずもない。あれだけの恐怖、暴力を目にすれば、そう簡単にあの気配を忘れることはない。
普段のシルドとのギャップと、人間が獣の様な唸り声を上げる異様な光景だ。忘れられる方がおかしい。
「具体的にどう作用するの?苦しそうな顔をしてたけど、体に何か支障を来したりする?」
心配なのか、かなり早口で問いただしてくる。
「発動条件は血だ。苦しい…のかもしれないが、集中している面が大きい。これを使うと、血を流す事件に関わった者の追跡ができる」
(な、何それ…)
発動条件が血だなんて、常識を説くならかなり気色の悪い技だ。魔法でもスキルでも無いし、どう呼べば良いのかも分からない。
「突出して挙げる点があるとすれば、これは居場所が分かるだけでなく、事件発生時の光景と、加害者の現在の光景が見れる」
「そ、そんなの……」
「現代の魔法でも、不可能なことを成しているのは知っている。俺も、初めて使った時は驚いた」
「………」
以前の現象に続き、シルドは嘘を吐いている様には感じられない。やましかったり、後ろめたい様な感情は感じ取れない。
「これは、活用できる場面が多い。あの現象とは違って、自分でコントロールできることに加え、長い事使っているから不安因子では無いと思う」
「そうだけど…」
以前起きた現象では、シルドは理性を失っていた。
この技があの現象に関わっているのだとしたら、同じ様な不安が出てくることに変わりはない。
(シルドの事を考えると、できるだけ使ってほしくないな…でも、長い事使っていても大丈夫って言ってるし…)
エルは頭を悩ませながら、シルドと一緒に家に戻るのだった。
──自宅にて
「シルド、正直に答えなさい」
「何だ?」
エルが只ならない雰囲気を醸し出しており、俺は少し混乱していた。
あの現象について聞かれた時と、全く同じか、それ以上の雰囲気だ。
「この前に聞いた現象と関係してそうな、別の現象なんかも出てきたわねぇ?」
「…ああ」
「他にも何か隠してるでしょ?私、詳細に教えてって言わなかったっけ?」
…修道院以来だろうか、この感じ。
説教をされていて、ド正論を言われてしまった時の、何も言い返せない状況だ。
「……もう一つあるかもしれないが、確証が無い」
「…どういうものなの?」
「死からの蘇生だ」
「………」
案の定、場の空気が疑問の雰囲気で満ちてしまった。
エルは黙ったまま、固まっている。
「…まあ、確かにそれは確証が持てないわね。魔法でも、今後絶対に無理とか言われてるし」
「ああ。わざわざ命を危険に晒すこともできないし、本当に蘇生できるのかは確認できていない」
「じゃあ、何でそう思っているの?」
死者の蘇生は、過去に存在した偉大な魔法使い達が、挙って挑戦してきた目標でもある。
しかし、その誰もが失敗に終わっている。
魔法を使う際に必要なのは、どんな魔法でも同じく、詳細なイメージ。
人体の構造が幾ら解明されようが、”死んだ者を蘇生する”という魔法は、誰1人としてイメージすることができなかった。
切り落とされた腕が結合できないのも、活きている断面と死んでいる断面の結合がイメージできないから。
既に失くした腕を生成できないのも、無の状態からどうやって血肉を生成するのかイメージできないから。
ましてや、蘇生する際に対象として指定しなければならない物は、骨に、肉に、各種臓器にまで及ぶ。
この時点で、人間離れした集中力と、膨大な人体構造への知識が必要になる。そこからバランスを崩さない様、慎重に各組織を蘇生していくことになる。
これも理論上の話で、実際に達成できた者は、誰一人として居ない。
「…俺が初めてあの現象を発動した時、完全に致命傷を食らったはずだったんだ」
「心臓への一刺し。ドゥーモンキーが持つ木の槍だったが、激痛と、何かが弾ける様な感覚があった」
俺はそう言いながら、上に着ている服を脱いだ。
鳩尾にある、大きな傷跡を指で差す。
「えっ…」
「でも、実際はこの通り生きている。あの現象は、一種の蘇生術なのかもしれないな」
エルは、俺の上半身を隅から隅まで観察し始めた。
「何…この、傷跡の数…」
「これが、大量の魔物に囲まれたことと、予想している死からの蘇生の証明だ」
(鳩尾の傷もそうだけど、色んな所に深い切り傷がある…)
体にはこれだけの傷があるが、首から上にはほとんど傷がついていない。それは、”頭を落とされたら終わり”という、戦士の心構えを必死に実行していたからなのだろう。
シルドは致命傷を負った証拠として、鳩尾にある傷にしか焦点を当てていないが、体中にある大きな傷跡のほとんどが致命傷に繋がる傷だった。
そして、その隙間を埋めるかの様に小さな傷跡もあり、その容姿は”歴戦の戦士”というよりも、”狂気の沙汰”と言う方が相応しい姿だった。
私は、そんなシルドの体をぐるりと見て回る。
(…良いカラダよね。普通の人間でも、これは同じ意見のはず。だから、別にやましさは無いわよ…?)
途中から、そんな下心を胸に、シルドの体を観察するのだった。
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