22.毒砂とゴーレム
──護衛依頼を受けた日の夕方
「さて、もっと詳しく話を聞こうかしら?」
家に戻り、風呂を上がってからすぐ、エルにそんなことを言われた。
「詳しくとは…?」
「護衛中に起きた、あれのことよ」
あれと言うのは、恐らく暴走状態のことだろう。
確かに昼間は詳しく話せなかったから、ここで自分が分かっていることを全て話しておくべきか。
「…あれは、ベッシーが殺された時に発現したものと同じだと思っている。ただ、視界が薄赤くなるのは同じだが、他の点がいまいち不明だ」
「昔と違って、今は感情のコントロールが効いている。ベッシーのことを思い出しても、以前の様に暴れ出すことは無い」
以前と違う点は、定期的に必ず発現することだ。以前はベッシーや盗賊のことを思い出しては感情が高ぶり、そこから暴れ出すといった様な流れだったが、今は感情の関係無しに必ず発現してしまう。
自身の予期していないタイミングで、必ず発現してしまうのが現状だ。
「霊障の類とか?」
「それは無い。東之国で見てもらったが、俺から霊気は感じられないと言われた」
東之国とは、カラアゲ発祥の国であり、除霊やその他独自に進化した文化が有名な国だ。
自分の住む場所を決める際、除霊目的も含めて一度訪れたことがある。
「あれが発現したのは、俺がパーティーを抜けてからすぐだった。情けない事に、片腕の自分では処理しきれない量の魔物に囲まれた時があった」
「発現したことには、すぐに気が付いた。絶対に忘れられない記憶と、紐づいている感覚だったからな」
「んー…ガントレットが外れていたけど、それは?」
「あれが発現すると、毎回外れているんだ。どういったわけかは知らないが、武器や装備を一切手に取らなくなってしまう」
「バーサーク…じゃあないものね……」
エルは考え込む様になってしまう。
確かに自我を失うが、バーサークではない。感情をコントロールできなくなる時と同じ感覚だが、武器や装備を手に取らなくなる。
「……でもやっぱり、バーサークとしか思い様がなくない?もしくは意図せずにできちゃった、バーサークの派生型とか?」
「…俺がバーサークと違うと言うのは、精神力も、魔力の消費も無いからだ。発現した後は、途轍もない疲労感で息切れこそするが…」
正直、バーサークと何かが近い様には感じている。
理性、自我を失くす代わりに、ステータスを超向上させるという点においては、全く同じと言って良いだろう。
ただ、俺に起きている現象はそれとも少し違う点がある。朧げではあるが、視覚、聴覚共に何かしらを覚えていることがある。
「あと、これもかなり気になってたんだけど、森の声が聞こえているっていうのはどういうことなの?」
「は…?」
俺は思わず、腑抜けた疑問の声を漏らしてしまった。
森の声はエルフ種特有の能力だったはず。それをエル本人が教えてくれたはずなのに、何を言っているのかと思ってしまった。
「森の声が言ってたのよ。あの状態の貴方が、森の声を聞いているって!」
「………??」
何か思い出せないか考えてみると、確かに何かの声?音?が聞こえていた様な気もする。
だが、それはいつも似た様な事が起きている。朧げな記憶故に、そんな感じがしているだけなのでは?
「何かが聞こえていた気はするが…信頼性は全く無いぞ。発現している間の記憶は、全てうろ覚えの様なものだからな」
「森の声が言うことは絶対なの!あの状態について、他にも何か覚えは無いの?」
(そう言われてもな…)
「…関係無い話かもしれないが、発現するタイミングは満月に合わせられているのかもしれない。加えて、満月が近くなると無性に肉が食べたくなる気がする」
「何それ…人狼のおとぎ話か何か?」
「所詮、そういう気がするというだけだ。それ以外は、自分では何も分からない」
難しい顔のまま、エルは考え込んでいる。
俺も何か思い出せそうなことが無いか、今一度考えてみる。
(私がまとめられることは、シルドは自我を失くしていて、それでステータスが向上して、いつもと気配が違っていて、森の声が聞こえていた…)
(……獣?)
あの状態のシルドは、唸り声を出しながら盗賊に殴りかかっていた。
それは人間らしいものではなく、獣と呼ぶのに相応しい唸り声だった。
森の声は、動物も聞き取ることができると言われているが、その実がどうなのかは分からない。
(森の声はあの時、”この時代の命じゃない”と言っていたけど、あれはどういうことなの…?)
(幾つかバーサークと繋がる所はあるけど、精神力も魔力も消費していないから、恐らくバーサークでは無い…)
「……ダメね。今の所は、それが何なのか理解できそうにないわ」
「だろうな。昔からずっと分からないままなんだ、簡単に理解されたら腑抜けだ」
「でも、こんなに大事なことを教えてくれなかったのは許せないわ!一緒に生活しているのに、もしあれが私に向けられていたらと考えると、怖くてたまらないもの!」
「…すまない」
…ぐうの音も出ない。俺は何も言えなくなってしまった。
隠していた理由としては、仲間になったエルに怖がられたくなかったという気持ちが大きい。それでも、エルにとって俺の現象は危険だったことに間違いない。
「でも、普段からああなるわけじゃないんでしょ?満月の近頃になると、定期的にやってくるってことだよね?」
「あ、ああ。それは誓って言える」
「それなら、尚更最初から言ってくれれば良かったのに。呪いの類に詳しい知り合いが故郷に居るから、何か知らないか聞いてみるよ」
呪い?故郷ということは、その知人はエルフだろうな。
……何だか、妙に悪そうな老魔女の想像が湧くんだが。
その後、本当にメッセンジャーを送ろうとしているエルに、決して勘違いが起きる様な内容で送らないで欲しい旨を伝えた。
今の所、人間としては珍しく、2人のエルフと接触した人間だろうからな。変に偏ったイメージを持たれていても違和感は無い。
───翌日 荒廃した地域 変色した砂丘の傍にて
「………」
「…緊張しているのか?」
「当然よ。だって、そこにある紫色の砂に触れると、毒を食らうんでしょ?」
”デスデザート”
ここは、別名”冒険者の墓場”とも呼ばれることがある、かなり難易度の高い魔物が生息する地帯。
砂漠化の様に荒廃しているが、単なる砂丘ではなく紫色の光景が広がっており、変色している部分はどこも毒を食らう仕様となっている。
報酬は金貨30枚と、エルと一緒に受ける依頼としては過去最高額の報酬になっている。
だが、これだけ報酬金が多いのにも理由がある。
「シルド?何か、あそこの砂……動いてない…?」
「居るな。討伐対象だ」
今回の討伐対象は、少し風変わりな敵になっている。
砂を大きく散らしながら姿を現したその魔物は、サメの姿をしていた。
「────!」
「うわっ。本当にゴーレムだ…!!」
エルも言った通り、そのサメは岩石などで作られたゴーレムだった。
一般的なゴーレムは、2足歩行で人の姿に似せたものが多い。しかし、この魔物は依頼主である魔法使いが研究として作っていたものらしく、正確に言えば魔物なのかどうかすら危うい。
ゴーレムが暴走に至った経緯は詳細が不明だと本人も言っていたが、唯一分かることは試用運転をこの地域で行ったとのこと。
元は砂の上を快適に移動できる様に試作されていたみたいだが、数日前に挙動がおかしくなり、異変から数時間で支配下から離れて人を襲う様になってしまったらしい。
(砂に潜んでいる魔物か、この毒の影響なのか…)
「───!」
ゴーレムがこちらに突っ込んで来るが、別の事を考えながら抑え込む。
すると、離れた所からもう一つ、砂が隆起している場所が目に入った。
「シルドっ!もう1匹が来てるわ!」
砂の隆起度合いからして、俺が今抑えている個体よりはサイズが小さい。だが、毒の砂をまき散らし、こちらに突っ込んでくることに変わりはない。
この依頼の報酬が多い理由とその内容は、2体の魔獣に匹敵する強さを持つゴーレムを制圧すること。それも、なるべく傷付けずにだ。
普段の魔獣討伐とは違い、討伐ではなく制圧となると、また別の難しさが生まれてしまう。強力なゴーレムを、生け捕りにする方法から模索しなくてはならない。
(幾つか考えてはいるが…)
「…ヘビーシンス」
ゴーレムを抑えたまま、スキルを使う。
これは格闘術のスキルで、対象に強い振動を伴わせる効果を持っている。格闘家の中では、頭一発を狙える貴重なスキルとして長く受け継がれており、俺も例に洩れず取得している。
「─…───」
少しだけ体に異常を来しているのか、抵抗が弱くなった様に感じる。
(何とか、内部のコアに影響を与えられないだろうか?)
「ちょ、ちょっと何それ!私そんなの使えないんだけど!?」
そうしている内に、エルの方へ目がけてもう一方の個体が突進してきている。
「どうすれば…っ!」
「足場に気を付ければ戦えるはずだ。幸い、ゴーレム自体は毒を纏っていない」
「────!」
別の個体が目前まで迫っている。
(シルドはもう一方の個体を抑えているから助けてくれそうにないし、私が自前でどうにかするしかないの…?)
「っ…!」
攻撃を回避するが、周辺が毒の砂である為、普段と同じ様に自由な身動きができない。
毒の無い所に飛びながら、ゴーレムの攻撃をかわすか、戦わないといけない。
(すごい戦い辛い…!)
普段は砂の中に隠れていて、居場所が分からないわけじゃないけど分かった所で矢が通用しないし、待ち受けるしか無い。
しかも、姿を表す時は必ず砂をまき散らしてくるから、その砂にも注意を払っていないと毒でやられる。
「───!」
そう警戒していると、ゴーレムが突進を仕掛けてきた。動きは単調だから、限られた足場でも回避しようと思えばできるけど…
「ううっ……!」
「──」
魔獣に匹敵する強さを持っている為、回避するだけでも全身の力を注がなくてはならない。
ギリギリ回避はできているが、いつ攻撃が当たってもおかしくない様な不安定感を持っている。
「───」
再び突進を仕掛けてくるが、予め体を横向きにしていたエルは、そこに反撃の機会を見出した。
筐体を傷付けることはできないので、短杖をゴーレムに向け、魔法を唱える。
「アース・クーイ!」
それは、本来であれば一定範囲内を揺らす魔法で、敵に直接の効果が出るものではない。
しかし、シルドが使っていた様なスキルが私には無い為、効果の内容を少しだけ書き換えて使うことにした。
戦闘中だというのにかなり難しい事だが、こうでもしなければゴーレムを傷付けずに捕獲するという依頼を遂行できない。
(魔法効果が作用する対象を、ゴーレムに移すだけっ…!)
魔法の書き換え自体は単純だが、対象への作用を鮮明にイメージできるかどうかが最も難しい所だ。
それに加えて、私の周辺は毒に塗れた砂と強力なゴーレム。逃げ場はほとんど無いし、攻撃に当たれば致命傷。
最も集中力が必要な時なのに、集中が途切れてしまいそうな状況だ。
「─……!!」
(よしっ!掛かってるわ!)
先ほどとは挙動が少し変わり、カタカタとゴーレムの体が震えている。
ゴーレムもその感覚が嫌なのか、私から少し離れた所で体をくねらせている。
(あれ…?)
そういえば考えていなかったが、何でシルドはゴーレムを振動させようと思ったのだろうか。
呆けていると、シルドがこっちに跳んできた。
「どうだ?」
「とりあえず、魔法で揺らしてるんだけど…何で揺らしてたんだっけ?」
シルドはきょとんとした顔になったが、その後すぐに答えた。
「何だ、分かっていなかったのか。コアを狙っていたんだ」
「コアね!なるほど…」
確かに、ゴーレムを構成する上で重要な部分であるコアだけをどうにかできれば、筐体を傷付けることなく制圧できる。
私も作ったことがあるから分かるけど、ゴーレムのコアは上下から挟む様にして固定することが多く、一般向けの物だと強い振動を加えれば固定から外れる可能性がある。
「シルドの方は、もう無力化させたの?」
「ああ。中々コアが外れなかったから、スキルに倍の精神力を注いでやったら止まったぞ」
これは、かなり有難い情報だ。
(つまり、今使っている魔法に、魔力を多く注げばいい話ね!)
魔法を行使している杖に集中し、更に魔力量を凝縮して魔法を作用させる。
「─…──……」
魔法だけに集中して魔力を送っていると、一定の魔力量を超した所でゴーレムはぴたりと止まった。
動きが止まったゴーレムを確認すると、私はどっと疲れが流れてきた。
「はぁー……久しぶりに杖が必要な魔法を使ったからか、もの凄く疲れたわ…」
「普段はバフか、矢に纏わせるくらいだったからな。というか、杖が必要な魔法ってどういうものなんだ?」
「知らないの?えーっとね…対象にダメージを与えることが目的の魔法だったり、特定の範囲を指定して使う魔法とかは、杖が必要になるわ」
エルは、疲れた様な顔で続ける。
「まあ、杖が無くてもできないことはないけど、杖無しで発動させる魔法って不安定極まりないのよね。下手したら、仲間に魔法が暴発したり…」
「魔法を安定させて使う為に、杖が存在するのか。予備の魔力が溜めてあったり、その他にも補助的な機能を持っているのかと思ったが、なるほどな…」
興味深くなって、色々と考え込んでしまう。
俺は考え込み、エルは疲れて黙り込んでいたが、先に口を開いたのはエルだった。
「あ。そういえば、ゴーレムが倒れてるの、毒砂の中だ…」
「ロープがあるから、それで俺が引っ張り出そう」
悔しい事に、両腕の私より、片腕のシルドの方が力が強いという事実。
私がロープを結んで首輪型の物を作ると、シルドがそれをゴーレムの体に引っ掛ける様に投げた。
シルドは余ったロープを腕に括り付け、片腕一つで毒砂のど真ん中に居たゴーレムを引っ張り出した。
私は、シルドが引っ張って余ったロープが邪魔にならない様、シルドの足元からロープを寄せていた。
(このゴーレム…多分500kgはあるわよね?)
もし、シルドの全盛期…つまり、両腕があった場合、逆に何ができないのか興味が湧くエルなのであった。
エルの現所持金 金貨95枚と銀貨65枚
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