21.シルドの中に潜むモノ
──また別の日
町から出ている道路にて
意外なことに、今回は魔獣討伐とは別の任務を受けている。
報酬は金貨15枚。内容は、別の町まで行く要人の護衛だった。受注可能条件は中級冒険者以上となっている。
この手の条件が良い依頼は、基本的には掲載されてすぐに他の冒険者が受けてしまう。だが、たまたま掲示板に出されてすぐ確認できたお陰か、運良く受注することができた。
エルは資格としては下級冒険者だが、実力は中級以上ということで今回の依頼に同行することを許された。
そして、今回護衛する要人というのが、魔王軍との戦況の視察をしていた選抜部隊の者だった。
選抜部隊ということは、ベルニーラッジに戻る最中ということ。俺も元居た部隊である為、要人であるこの男と顔を合わせた時には、話かけられ過ぎて大変だった。
「思いもよらないご縁とは、本当にあるものですねー!」
俺とエルは、馬車の中で要人と会話をしていた。会話というより、一方的に話しかけられているだけだが。
「今の選抜部隊には、サポーター専門の科目ができているとは驚きだ」
「はいっ。丁度、私が入隊した時に新設されたのですが、仲間を支援するバフだったり、デバフなんかを主に使う人が入隊できる様になりました。とはいえ護身術は必須科目ですが…」
「レーネオラ様の魔法開発のご尽力により、更に強力な支援魔法が開発されていますからね。それを魔王軍との戦闘に活かせる様、後方支援専門の部隊が結成されている最中、といった感じでしょうか」
レイネがいずれ実現させたいと言っていた事だ。彼女が言うには、サポーターがいるかいないかで戦況がひっくり返るのだとか。
確かに、前に立って戦闘する者を支援する者は、今まではあまり多くなかった。アルサールやレイネ達の実力が頭打ちの現状を打破するには、それが最適解なのだろう。
魔王軍と戦う部隊の人数が少なくとも、支援があれば少数で多数の魔王軍を倒すことを期待できる。
「…それが設立されるということは、戦況はあまり良くないのか」
「はい…仰る通りでして、悔しい事に我らの軍は半年近く持久戦を強いられている状況です。魔物は数で押して来ていますが、こちらは実力者が多いわけではないので…」
「その実力者も、無限に体力が続くわけではありません。私達は、それを支援する為に設立された部隊と言えます」
「もう5年は続いているのよね?今の魔王と、人類の戦争って」
その通り。俺達の魔王討伐部隊が結成される前から、新生の魔王は無数の魔物を生み出し、人類を侵略し始めていた。
俺達が平和に過ごせているのは、今現在も戦地で戦っている軍が居るからだ。
冒険者が魔物討伐をしているのも、その軍隊が戦っている魔物のおこぼれに過ぎない。
「そういえば、エルフォレスト様はシルド様の弟子に当たる方だったのですね。新しく魔法使いを雇ったのでは?と選抜部隊では少し話題になりましたが、まさかレンジャーだとは!」
「えへへ…成り行きですけど、そうですね。剣術を一から教わっています」
エルは照れ気味に答えた。
「シルド様直々に稽古をつけてもらえるなんて、きっと部隊のアタッカーは羨ましがりますよ。何せ、歴代最強候補のアタッカーですから!」
「んへへへへぇ~」
エルは更に照れた顔をしている。
何故お前が照れているのかは知らないが、腑抜けた顔は面白い。
「流石に誇張し過ぎじゃないか?そこらの兵士よりかは自信があるが、歴史に名を残すほどでは無いと思うが…」
「何を仰いますか!それを証明するのは、他でもない過去最多の魔王軍占領地の開放です。選抜部隊在籍時には、アルサール様に一対一で勝ったとの話もあるのですから、歴代最強候補は妥当ですよ!」
必死になって力説しているが、俺はあまり実感が湧かない。
「ちなみに、どれくらいの数を解放したんですか?」
照れ顔から戻ったエルが質問する。
自身で数えたことは無かったが、俺達はそんなにも多くの占領地を解放していたんだな。
「解放された領地は200以上、その中にあった村や集落は300を超えると言われています。他にも、魔物の襲撃で陥落しそうになった国を、2か国救っています」
「…それ以前の最多記録って、どれくらいなんです?」
「以前の記録は、領地は100すら超えていません。それに加えて、1年ほどで魔王軍本拠地の手前まで進んだシルド様のパーティーは、シルド様と合わせて歴代最強のパーティーと呼ばれています!」
当然だ。アルサールの指揮能力もレイネの魔法も、全てが最高と思える様なパーティーだったんだ。
歴代最強のパーティーと言うのには頷ける。
「私、人間の事情には詳しくないのでどうとも言い切れませんけど、次元が違うみたいな数なんですね…」
「ええ!部隊の教官には、アルサール様、レーネオラ様、シルド様を目指せと言われるくらいですから!」
雑談に花を咲かせている中、馬車の動きが止まった。
最悪の事態を考慮し、エルに森の声を聞くよう指示する。
「…また盗賊よ。馬車を引いていた人が、人質に取られてる」
「な、何故襲撃なんか…大した馬車でも無いのに…!」
俺は俊敏に馬車のドアを開け、予備の武器であるナイフを馬車の先頭へ投げつける。
「があっ!!」
投げたナイフは盗賊に命中し、御者の男が人質から解放される。
「…どこの差し金だ」
残り2人は木の上、崖上からこちらを見下ろしており、少数の部隊だったことが分かる。
大方察しがつきながらも、俺はその賊に質問をした。
「………」
賊からの返答は無い。ローブと薄布で顔を覆っている為、正体も分からない。
エルが馬車から飛び出し、俺と同じく急襲で矢を放った。
「くっ……」
多少の実力があるのか、ギリギリの所で避けられてしまう。
「俺は上に居る者と戦う。お前は、要人と一緒にもう1人と戦え」
「分かった!」
その言葉を伝え、俺は崖の上に居たリーダー格の男の所まで跳んだ。
剣を振りながら、その男を前方に押す様にして一対一に持ち込んでいく。
「オー・ラップ!」
「!」
要人がそう唱えると、体に力がみなぎってくる。
(これ…支援魔法…!)
初めての一対一で不安だったけど、支援魔法のお陰かそれがどこかに消し飛んだ。
「誤差程度でしょうが、私も加勢します!」
加えて、要人の人が一緒に戦ってくれることになった。
サポーターと言えど、選抜部隊の1人。護身術が必須科目とも言っていたし、心強い加勢だ。
「行きますっ!」
「はい!」
私は、自信を持って目の前の盗賊に切りかかった。
「………」
剣を使って戦っているが、この者は手練れだろうな。ナイフ1本で俺の剣を上手くいなしている。
この程度の打ち合いでは息一つ漏らさないし、中の上といった所か。
「麻痺衝撃」
地面に強く剣を叩きつけ、その衝撃を当てようと狙った。
しかし、賊は有効範囲外の後方まで下がった。
「っ……」
(これは流石に息を切らすか…)
半分の力も出していない状態で戦っていたが、賊の方は息切れをしている様だった。
「っ!?」
急に鼓動が加速する。
(マズいっ……!)
視界が薄赤く変わり、全身の血管が隆起する。
俺の意識は、ここで途切れた。
「っ…………───」
「な、何だそれは…!?」
賊は、シルドの変貌に思わず心の声を漏らしてしまった。
見える全ての肌から血管が隆起しており、外見上はシルドであるものの、明らかに何かが違うと感じ取れる姿をしていた。
(バーサークか…?いや、それならもっと暴れるはずだ)
バーサークを使うのであれば、理性の欠落により所構わず暴れ出す。
だが、シルドは賊を睨みつけながら、まるで獣の様な唸り声を上げているだけ。バーサークにしては、冷静過ぎる。
「────!」
シルドは剣を大きく振りかぶり、盗賊目がけて振り落とした。
「くっ!!」
その剣がとんでもない威力を持っていると察知し、ナイフ1本の盗賊は避けるしか選択肢が無かった。
「!?」
次の瞬間、大地が大きく揺れた。
それは、剣が地面に着いた衝撃だった。その跡を見てみると、かなり深くまで窪んでいる。
「──」
シルドは唸り声を出しながら盗賊を見る。
(撤退するしか…っ!)
盗賊が逃げようと後方に足を出すと、瞬きする間もないほどの一瞬で、拳を振りかぶったシルドが目前に迫っていた。
「ぐあっ……!!」
盗賊は咄嗟の防御をするが、その上から莫大な威力の拳が当たった。
その鈍痛に悶え、盗賊は壁に寄せられてしまった。
鎖帷子の手袋をしているその盗賊は、腕を顔の前で構えて防御をするので精一杯だった。
「ぐっっ!」
「────」
シルドの拳は止まらない。盗賊はその状況から脱却することもできない。
拳の威力はおぞましく、魔法と手袋が無ければ骨折は確定。背中に合わせている壁が窪み、大きく揺らぐほどの威力を持っている。
「───」
シルドの拳は威力が落ちる所か、更に速く、強くなって撃ち込まれる。
盗賊は防御をしているが、防御をしている腕越しに伝わる衝撃で脳震盪を起こしかけていた。
「シルド!大丈夫………っ!?」
もう1人の盗賊を倒し、シルドが居る崖を上がってみると、そこにはシルドではない何かが居た。
(な、何あれ……)
「────」
恐ろしい唸り声。全身の血管の隆起に、尋常ではない威力を持った拳。
それを、盗賊相手に振り回していた。
『あれ、聞こえてる』『私達の声、聞こえてる』
(えっ…?)
森の声に耳を傾けると、そんなことを言っていた。
有り得ない。これは種族特有の能力で、エルフ以外には聞こえないはずなのに。
『この時代に居るの、おかしい』『あれ、この時代の命じゃない』
珍しく、森の声が動揺しているみたいだった。聞いていないことを話されたことは、今までに一度も無かった。
「っ………」
盗賊は意識が朦朧としているのか、防御の姿勢のまま足がよろけていた。
「し、シルド……」
声を掛けるのが怖い。
いつものシルドなら、あんな恐ろしい戦い方はしないはず。あれは正しく、力の限りの暴力だった。
その拳に術は無く、足技を一切使っていない。ただ拳を大きく振りかぶって、力一杯に盗賊を殴っている。
「シルド!」
「────」
声を大きくしても、彼は止まらない。ガントレットが外れているし、何かがおかしい。
シルドの気配が違う。盗賊があの腕を下ろせば、頭を粉々に打ち砕かれるのだろう。
いつもなら麻痺系のスキルを使うはず。なのに、今のシルドからは魔法の力も感じないし、スキルの力も感じない。
素手で殴ることもしないはず。それは、彼自身が言っていた。”残った腕も失くしたら困る”と。
足腰をしっかりと落とし、十分過ぎるほど威力が出る様に姿勢を保ち、盗賊を殴り続けている。
「………」
意識を失ったのか、盗賊が力無く腕を下ろした。
そこに、微塵の躊躇も容赦も無く、シルドは拳を振り回そうとしていた。
「待って!シルド!!」
「──……っ!」
私は駄目元でシルドを引っ張った。
すると、シルドの拳は盗賊の頭の寸前で止まった。
彼は正気を取り戻したのだ。
「な、何があったの?凄く様子が変だったけど…」
シルドは疲弊している様子で、数秒間の呼吸をしてから答えた。
「クソッ……たまに起こるんだ。今のが…」
「どういうこと…?」
「……以前、寝る時に話した、感情が制御できなくなる現象だ」
詳しく聞くと、それは昔に起こした現象と似ているものらしく、発作的に起きてしまう現象なのだとか。
ただ、昔とは違う点が幾つかあり、強い感情によるものではなく勝手に発生してしまうらしい。
ベッシーさんや、近衛兵の姿を思っていても無駄だという。
「何で教えてくれなかったの?」
「…怖かっただろう。俺を見た時」
確かに怖かった。普段の冷静で薄情なシルドには似つかない怒りの表情を浮かべながら、力一杯敵を殴り続けるあの姿は怖かった。
もし、あれをされているのが自分だったらなんて、考えたくもない。それこそ、もう二度と戦えなくなりそうだ。
「変に怖がって欲しくなかった。だから言わなかった」
「症状的な物なんでしょう?何か力になれるかもしれなかったのに…それに、怖くても私は貴方を止めたのよ。体に触れてね」
「止められたのは結果だ。それに、思いつく限りの解消法は既に試した。どれも失敗だったがな」
「……だが、感謝はしている」
解消法を試しても解決できなかったことには驚いたが、シルドに感謝されたことは嬉しかった。
私は疲弊しているシルドに回復魔法を唱え、一緒にその場所から降りた。
「ご、ご無事ですかシルド様?かなり大きな衝撃があったと思いますが…」
「大丈夫だ。要人である君こそ、大丈夫なのか?」
「私は、エルフォレスト様に守っていただけましたので!やはり、シルド様の弟子という名に恥じない剣捌きでした!」
良かった。見ての通りで傷は負っていないらしい。
隣に居る御者の男も、盗賊によってつけられた掠り傷以外は問題なさそうだ。
「支援魔法が凄かったからですよ。あれが新しく開発されたバフの魔法なんですか?」
「はい!肉体的だけでなく、精神的にも強化が掛けられる魔法です!」
今回が初めての対人戦になったエルには、かなり一致している魔法だな。
エルが難なく盗賊を倒せたのは、その恩恵もあるのだろう。
「これでも、1ヵ月しか鍛錬してないんだ。凄いと思わないか?」
「…はい??1ヵ月………!!?」
現役で選別部隊に在籍している人でも、同じ感覚みたいで安心した。
「才能なのでは!?」
「ちょ、ちょっとシルド!そんなこと言わなくても…!」
エルは照れているのか、ほのかに頬が赤くなっている。
「言っただろう?この人も同じ通り、お前には才能があるんだ」
「1ヵ月で対人戦に勝つなんて、異常な才能ですよ!魔法で強化を掛けていたとしても、それは実力が無ければできないことです!」
「え、ええぇ~……!」
顔が赤くなっていくエルを眺めながら、再び馬車を走らせるのだった。
その後は何が起こる事も無く、要人を別の町まで護衛することに成功した。
別れの言葉と、互いの今後を祈る言葉を交わし、俺達は要人と別れた。
エルの現所持金 金貨65枚と銀貨65枚
目標金額まで 残り金貨34枚と銀貨35枚
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