2.駆け出しのエルフ
偶然の出会いとは、滅多に姿を見ないエルフと出会うことなのかもしれない。
シルドの心は、王都ベルニーラッジにいた頃より圧倒的に荒んでいた。
もはや生活を共にする仲間を募りたいとも、善行によって人々からお手本とされるような人間になりたいとも思っていなかった。
今でも時々、元仲間の魔法使いからメッセンジャーが届くが、シルドがそれに返事をすることはない。
あれが初めてだったとはいえ、飲んだくれの安い挑発を暴力で黙らせるくらい、シルドは心に余裕の無い人間になってしまっていた。
無機質で、討伐以外は特に何かをするわけでもなく、拠点である山小屋と、依頼された場所へ赴くだけの生活を送っていた。
…そんな良く言えば安定、悪く言えば無機質な生活を送っていたシルドに、ちょっとした変化が訪れる。
山の麓にある森を通っていると、不自然な音が聞こえてきた。
「ぐっ…だ、だれかっ…!」
「───!!」
魔獣化している熊と同じくドタドタと音を立てながら、弓を猿轡代わりに噛ませ、地面に押し倒されている誰かが見えた。
(エルフ…?)
エルフは、全種族の中でも最も妖精と近しい存在であり、豊富な魔力に尖った耳、美しい外見が特徴の種族。
魔力量が豊富故、冒険者として活動するのであれば、魔法使いなどの魔力を活かしたポジションを取るはずだが、そのエルフは少し違うようだった。
(…"レンジャー"か)
弓と剣の2つを所持しており、着用している装備からも魔法使いには見えなかった。
シルドは疑問に思いながらも、そのエルフがいる獣道へ走っていった。
「───っ!!」
魔獣となった熊が一際大きな声をあげると、口に咥えさせられていた弓を噛みきり、エルフの首を目掛けて歯を立てようとした。
その時、シルドの足が鈍い音と共に、風を切って熊の剛体を蹴り飛ばした。
「え……?」
レンジャーらしきエルフは、シルドの姿に驚愕していた。
宙に浮いているのかと思うほど、その蹴りは綺麗で、優美だった。
走った勢いのまま地を蹴り、速度と質量を持ち合わせた回し蹴りは横一線の軌道を描き、熊の顎を付け根から破壊した。
上半身が正面を向き始めた後、体の回転によって流れるように回ってきた踵。
熊が飛んでいった距離からして、どれだけの威力があったのかは想像に難くない。
「英雄……シルド…?」
エルフは、ローブによって日を浴びていないシルドの顔を見つめながら、感動していた。
噂に聞いていたあの英雄と、まるで事前に決められていたかのような出会い方が、エルフの情を掻き立てる。
「───!!!」
体勢を立て直した熊の魔獣がシルドに突っ込むと、シルドは剣を強く振り上げ、体に触れさせることなく熊を殺した。
力無く地に倒れた熊の死体は、顔から首が左右に別れるようにして切られていた。
シルドが剣についた血を払うようにひと振りすると、エルフの方へ歩み寄る。
「…怪我は無いか?」
「っ…え、ええ。助かったわ!」
思っていたよりも低い声と、シルドの圧倒的な実力を見て、エルフは戸惑っていた。
「…立てないのか?」
そう言うと、シルドはエルフに手を差し出し、掴んで立ち上がるように促す。
エルフは相手を思いやるこの行動を大変気に入り、シルドを紳士だと認めることになった。
「ありがとう…貴方、英雄シルドよね?こんな所にも来るだなんて、思ってもいなかったわ」
「君は……駆け出しの冒険者か?」
「ええ。ちょうど1ヵ月くらい前から、故郷の村を出てデカルダのギルドに入ったの」
「見たところ、弓と剣を装備しているようだが、エルフでレンジャーとは珍しいな」
約1年ぶりに会話する相手が、熊に襲われていた駆け出しのエルフだなんて、シルドは想像もつかなかっただろう。
そのためか、シルドはやけに口数が多くなっている。
「あー…これね。エルフなら魔法を使うんじゃないのかってことでしょ?」
「そんなのは偏見。エルフは狩りを得意とする種族でもあるの。この弓も、私が村にいた頃からのお気に入りなんだから!」
そんな話を昔どこかで聞いたことがあるような気がするが、基本的にエルフは人間に対して排他的であるため、冒険者になろうと人間の都市に来るエルフは少ない。
人間と非常に似た姿形を持つ種族だが、人間のように王城や都市を築いて暮らすのではなく、森の奥深くにて、村などを築いて自然と密接に暮らしている者が多い。
故に、人間が自分達の家とも言える木々を伐採することを嫌っており、人間を排他的に扱うのはそれが原因なのではとも考えられる。
「そういえば、私だけが名前を教えないのは失礼よね。私はシャーレティー・エルフォレストラ!何てことない美少女エルフで、MURA育ちよ!」
「そうか(無関心)。この魔獣化した熊だが、もしかしたらギルドに依頼が来ている個体かもしれない。一応だが、俺はギルドに報告しに行く」
「………」
渾身の自己紹介を軽く受け流されたシャーレティーは、思わず苦虫を噛み潰したような表情になってしまう。
”あれ…?この人、紳士じゃなかったの…?”という心境だけが、シャーレティーの思考を支配していた。
「…?おい。聞こえていないのか?」
「……貴方、意外と無礼な人間なのね…」
「何を言っているのか分からないが、お前はどうするんだ。ギルドに戻るか、家に戻るのか?」
「エルフ相手にお前呼ばわりすると、エルフ全員から嫌われるわよ!せめて、エルフォレストラと呼びなさい!」
気高い精神を持つとも言われるエルフは、常に紳士淑女の振る舞いを心掛けていることでも有名だ。
人間の野蛮な行動や、相手への敬意が欠けた態度などは、大の苦手としている。
「そこで何をしていようとお前の勝手だが、また魔獣が襲ってきても次は助けてやれないからな。それじゃ」
「だからお前呼ばわりするなーっ!!」
シャーレティーは、シルドからぞんざいな扱いを受けていることに怒りながらも、シルドに付いて行くことにした。
それから、お互いにしばらく無言の時間が流れた後、シャーレティーが話し始めた。
「……貴方、成体の熊を片手で持つなんて、よくそんなことができるわね。それも、魔獣化したやつだし…」
「見ての通り、俺には腕が一本しか無いからな」
シルドが事実を無機質に話すと、再び静寂が訪れる。
袋に詰めた熊を片手で担ぎながら、2人はデカルダのギルドへと足を進める。
「私が持ってる剣だけど、何で持ってるのか気にならない?」
「興味無い」
「うわぁー。典型的な絶望してる人間って感じの反応だな~…そんなんだから、デカルダだと特に敬われないんだよっ」
悪戯に言ったつもりだったが、その発言により、シルドの声色が変わった。
「誰もそんなものは望んでいない。ただの下らない肩書だ」
「……ふーん」
シャーレティーは少しだけ耳を動かすと、シルドの”何か”を察したかのように、それ以降はその話題に触れないようにした。
シルドはこちらに見向きしないでそう言い放ったが、強い思いが込もっているのは十分に感じ取れる。
「…まぁ、私の剣についてだけど、何も言わなくても良いから聞いてよ」
シャーレティーは落ち着いた声色で語り始めた。
「私が剣を持ってるのってね…英雄シルド、貴方が剣を使っていたからよ」
「………」
「確かに、エルフの中で剣を使う人なんてほとんどいない。少なくとも、私が暮らしていた村には一人もいなかったわ」
「弓に比べたら全然扱えてないし、剣術なんか一つも知らない。剣のことは全部、絶賛手探りで修業中」
淡々と語る中、シルドは何も反応せず、足を進めながら聞くだけだった。
「半年くらい前かな?貴方、森の聖域から近い所に出現した魔獣の討伐をしたでしょ。偶然、私の従姉妹がそこにいたの」
「私の従姉妹は、"大きな剣を提げた、隻腕の人間が助けてくれた"って言ってたわ」
「直接的ではないけど、従姉妹が魔獣と遭遇した所で、貴方が森の外まで魔獣を挑発して誘導してくれたってね」
「………」
シルドは無反応を貫いているが、全てシャーレティーの言う通りだった。
半年前、最も報酬金の高い依頼を探していた時に、森の聖域近くの魔獣討伐の依頼を見つけた。
森の聖域は人間が立ち入ったことはないものの、下手に立ち入れば罰が当たるだとか、エルフが占領しているとかで、謎の多い場所だった。
ただでさえ森の聖域は謎の多い場所なのに、そこで魔獣の討伐をするという難易度の高さによって、1ヶ月以上誰にも手にされず放置されていた。
「私もそれくらい強くなれたらなって、憧れを込めて剣を使い始めたってわけ」
「…不思議な縁が有るものだな」
相変わらず表情は変わらないが、シルドはそれを自分だと認めた。
その言葉を聞いたシャーレティーは、気まずそうにもじもじとし始める。
「それでさ、ちょっとお願いがあるんだけど…」
「……何だ」
「私に、剣術を教えてくれない?」
「断る」
「………」
渾身のお願いを軽く拒絶されたシャーレティーは、思わず苦虫を噛み潰したような表情になってしまう。
”あれ…?この人、紳士じゃなかったの…?”という心(以下略。
そんなこんなで言い合う中、2人はついにデカルダのギルドに到着した。
案の定、シルドが魔獣を投げて壊したテーブルは撤去されており、あの飲んだくれ達もどこかへ行ったようだった。
「森で襲ってきた熊の魔獣なんだが、依頼が来ているのか調べて欲しい」
「承知しました。少々お待ちください」
受付に伝えると、時間が掛かるからと、席に座って待機することを勧められた。
シルドはシャーレティーと相席することになった。
「…やっぱり、貴方って有名人なのね。色んな人の視線を感じるわ」
「……エルフの冒険者も珍しいとは思うがな」
シャーレティーはデカルダのギルド所属だが、シルドが所属しているのとは別派閥のギルドだった。
本人は気づいていないようだが、ギルドにいる者からの視線を集めているのはシルドではなく、シャーレティーである。
特に、シャーレティーの美貌に目を奪われた多くの男性冒険者達が、舐めるようにシャーレティーを見ている。シルドはそれに気付いていた。
「…というか、いつまで着いて来る気だ」
「え?あー………うん。まぁ、ね☆」
ニッコリと、エルフ特有の美貌でシャーレティーは微笑んだ。
ギルドにいる男達は、一斉に心を射抜かれる。
「…まぁ、金銭の山分けが目的なら別に構わん。先に見つけていたのはお前だしな」
「い、いや…そういうのじゃないんだよね…」
シャーレティーは、またも気まずそうな姿勢を見せた。
そのまま2人は言葉を交わすこと無く、職員からの報告を待った。
「お待たせしました。討伐された熊の魔獣ですが、まだ未掲載の依頼書にも記載されて無かったので、シルド様ご一行によって発覚したものと思われます」
「へー。すごいじゃん、シルド!」
「見つけたのはお前だろう」
「このまま換金なさいますか?」
「ああ。頼む」
魔獣は、魔王によって生み出されるようになってしまった、自然動物の成れ果て。
発生方法を解析するために、ギルドが積極的に買い取り、その後は国の解析班へと渡される。
実質的に、魔獣を討伐すると、国から報酬が払われるというわけだ。
「やっば…魔獣って換金すると、こんなに貰えるものなの…?」
シルドから貰った金貨入りの袋を開くと、そこには120枚の金貨が入っていた。
換金を済ませ、山小屋に帰る途中ではあるが、今もシャーレティーは付いてきている。
「…分かってると思うが、俺は家に帰るところなんだが」
シルドがそう言うと、シャーレティーはびくっと反応する。
意を決したように深呼吸をして、しおらしい態度でシルドにお願いをし始めた。
「あのー…金貨全部貰って言うのも図々しいとは思うけど……良かったら、シルドの家に泊めてくれない?」
「断る」
「ねぇーお願いだよぉー!宿に泊まってると、知らない男達からのナンパがしつこくて困ってるんだよー!!」
出来る限り可愛くお願いしたシャーレティーだが、またも速攻で断られてしまう。
もはや、頷くまで絶対に食い下がらない姿勢のシャーレティーは、子供顔負けの駄々こねを見せつけている。
「別の宿に移ればいいだろう」
「できるならそうしてるよ!もうデカルダ中の宿で泊まったし、その度に被害に合ってるのー!」
話を聞くと、既にデカルダ中にある50件以上の宿で過ごしたが、執拗なストーカーと宿毎にナンパをされる生活が嫌なのだそう。
美貌としては、明らかに人間を抜きん出ているものだと見て分かるので、ナンパをする男が何を狙っているのかは想像し易い。
加えて、シャーレティーは個人の拠点を持っていないのだそう。
駆け出しの名の通り、細かい事は何も考えずに外の世界へ飛び出した、年相応のエルフということだ。
「なら、故郷の村にでも帰ればいいだろう」
「何言ってるのぉ!?私の村って、デカルダから馬でひと月はかかる場所にあるのよ!?」
「はぁ…そんなに無計画で、よく今まで生きてこれたものだな」
自分の想像していた博識洽聞のエルフ像とは180度違うシャーレティーを前に、久しく呆れの溜息が出てしまう。
「本当にお願いっ!もちろん、生活の手伝いとかもするよ?」
「ナンパが嫌だと言うが、俺も男だぞ?気にはならないのか?」
「えっ?でも、シルドはそういう人じゃないでしょ?」
「………」
何の根拠もないのかもしれないが、純粋無垢にそう聞いてくるシャーレティーは、シルドを信じているようだ。
「…匿ってやれないこともないが、長居をさせるつもりはないぞ」
「じゃ、じゃあ…!」
「早く次の拠点を決めて、出て行くならな」
シルドは念を押して言うが、シャーレティーはお構いなしに喜んでいる。
それからの帰り道は、主にシャーレティーの口数が増えていた。
「エルフが長寿な理由はね、長く生きる時間を得ることで、色々なことを悟ることが目的って教えがあるの!」
「そういえば、シルドって何歳なの?」
「17だ」
「私、実はこれでも160歳なの。ていうか、いい加減お前って呼ぶの止めてよ!続きを話してあげないわよ?」
あたかもシルドから話を望んだかのような物言いはさておき、衝撃の事実だ。
外見からして年相応だと思っていた駆け出し冒険者は、170歳なのに無謀すぎる、年不相応な冒険者だったのだ。
「160…エルフは、悟りを得るために長寿だとか言っていたよな?」
「な、何のことかしらねー…?」
「160年も生きているのに、外の世界の事は何も知らないんだな」
「も、もうこの話題変えましょう?ねっ、ねっ!」
あまりにも痛い所を突かれるため、話題の変更を要求するシャーレティー。
「そうだ!さっきの魔獣のことだけど、本当に毎回あんなに貰えるものなの?金貨120枚って、老後の資金並よね?」
「実質的に国が報酬を出しているんだ。魔獣の討伐難易度は高いが、割り振りが高いのも事実。お前もさっさと腕を上げて、魔獣の一匹でも倒せるようになれ」
腕を上げろというのは、早くシルドの家から出て行って欲しいという考えも含めての事だった。
魔獣を倒せるということは、魔獣討伐の依頼を受けれて、常に金貨数枚は安泰しているということ。それなら家だって買えるだろうし、新たな拠点を作るのに資金で困ることは無いはずだ。
しかし、シャーレティーは何故か不満気な顔になっている。
「エルフォレストラ!」
「…は?」
「お前お前って言いすぎ!私は貴方の従者でも奴隷でもないんだから、いい加減名前で呼んで頂戴!」
「人間同士ならともかく、エルフは名前で呼び合うのが常識なの!どんなに無礼なエルフでも、名前呼びは忘れないものよ!?」
「…お前のエルフォレストラという名前、逐一呼ぶには長すぎるだろう」
シルドが長らくシャーレティーのことをお前と呼ぶ理由は、名前が長すぎるという理由だった。
エルフォレストラ。彼女の苗字に能う名前であり、声に出して呼ぶのだとしたら、確かに長すぎるような気もする。
「別に、好きに略称しても良いわよ。エルって呼べば良いじゃない!」
「ああ、”お前”と同じ文字数で呼びやすい。助かる」
「くぁwせdrftgyふじこlp!!!」
シャーレティーが何やらガチギレしているが、シルドは特に気を留めない。
そして、また新たな話題が振られてくる。
「あのさ、本当に剣術を教えるっていうのはダメなの…?」
「………」
「私こんなだけど、本当に貴方に憧れて使い始めた剣なの。下手っぴなまま冒険者生活を終えるなんて、可哀そうだと思わない?」
そう言い聞かせてみたが、シルドからの反応は無い。
シルドは、林の中にある暗い茂みを見つめていた。
「シルド───?」
シャーレティーがシルドを呼ぶと、どこからともなく矢が飛んできた。
「きゃあっ!!」
矢が風を切る音を聞いたシャーレティーは、叫び声を上げて頭を抱えることしかできなかった。
しかし、少し経っても自分の体に異常は無い。血も流れていない。
シルドの安否を確認しようと顔を上げると、シルドは自分の前に移動していた。
それも、綺麗に切断された矢が地面に転がっていて、そこから何が起きたのかは察しがついた。
「シ…シルド…?」
「何者だ」
声を掛けると、茂みの中から8人の男達が出てきた。
身なりからして、盗賊で間違いないだろう。
「かの名高い英雄シルド…突然で悪いが、お前の命は俺らが頂く」
「どうやって口説いたのかは知らねぇが、滅多に見ないエルフまで連れてるじゃねーか」
「そういや、最近お得意さんがエルフの奴隷を求めて、あっちこっちを嗅ぎ回ってるって聞いたぜ」
「そんじゃーエルフだけ生け捕りで、片腕のクソガキは殺して金稼ぎだな!」
盗賊達は、敵前でも構わず余裕そうに話をしている。
ナイフで手遊びしたり、重武装した者は腕を組んでいる。
「ほれほれ~?シルド君、今から君は死んじゃうんだよ?」
「まだ大人になってないのに、かわいそー」
ゲラゲラと笑いながら、シルドとシャーレティーの方へと歩いて来る。
「諄い」
盗賊達が発した数々の言葉を、シルドは一言で一蹴した。
後ろにいるシャーレティーも盗賊たちも、驚いたような表情でシルドに注目する。
シルドは提げていた剣を抜くと、地面に強く刺し立て、抵抗の意を示した。
「…エル。俺の剣術を教わりたいと言ったな」
怒りに身を任せてこちらに飛び掛かってくる盗賊を前に、シルドは視線を向けずに問う。
「えっ…!?」
(う、うそっ…こんな状況で、名前を呼んで…っ!?)
シルドの背中で身を縮めていたシャーレティーは、危機的状況の中、名前を呼んでもらえたことに対する嬉しさで、少し心をときめかせてしまう。
(…ちゃんと見ているのだろうな?)
ロマンチスト気質なシャーレティーを見越し、心配になりながらも戦闘を始める。
「よく見ていろ」
そう言い残すと、シルドは隙だらけで突っ込んできた盗賊の胴体に剣を滑らせ、盗賊の体は左に宙を舞っていった。
その吹っ飛び具合に怯みつつ、果敢に攻めてくる盗賊達の前へとシルドは進んでいく。
一人は宙を舞い、一人は地に伏せる。
一人は武器が折れ、一人は鎧が砕け散る。
風を切れば大気が唸り、地に振り落とせば大地が揺らぐ。
シャーレティーから見たシルドの剣は、盗賊に負ける兆しは一切なく、あれが勇者一行の一員だと言われても疑い様の無いものだと思った。
しかし、同時に何かが足りないようにも見えていた。
「く、くそぉ…ッ!」
(全員を制圧するまで、1分も掛かってない…)
最後の一人を倒し、シルドは盗賊の武器と金品を押収した。
「改めて見ても、やっぱり凄いわね…気絶のスキルを使ったの?」
「ああ。自前開発のだがな」
盗賊8人は全員気絶しており、剣を使用したというのに切り傷は殆ど無かった。
ハードアタッカーは名の通り、攻撃特化のクラスとなっているが、物理攻撃でも人によってはバフ・デバフのスキルや魔法を使い分ける者も存在する。
長らくハードアタッカーを担当していたシルドは、大量の自己バフを取得しており、その中には自身で新たに開発した機能を持つ物もあった。
「それで、どう思った?俺の剣を見ていて、何を感じた?」
シャーレティーに倒した盗賊の手足を縄で縛ってもらうと、シルドは自分の剣を見た感想を聞く。
「…失礼になっちゃうかもしれないけど、太刀筋がブレていたというか、剣の達人って感じがしなかった…かな?」
それを聞いたシルドは、何とも言えない表情を浮かべていた。
「目が良いな。以前は二刀流だったんだが、片腕になってからは体の重心の位置がかなり変わったんだ。剣を持っていない状態でも上半身のズレがある上、そこに剣を持つとなると、更に重心が偏る」
「…これでも、改善できないかと何度か探ったんだが、どれも駄目だった」
「じゃあ、貴方が剣を使わなくなったのって…」
またしても、シャーレティーは何かを察してから、シルドに修業を願ったことを強く後悔した。
”嫌なことを考えさせてしまった”ことに気づき、何か励ませる言葉は無いかと考える。
しかし、それよりも前に、外に出てきたばかりのエルフで、尚且つ駆け出しの冒険者である自分が掛ける言葉など、慰みの意味を持たないのではないかと思うと、何も言えなくなってしまった。
「更に言えば、俺は剣術を習っていたわけでもない。剣を使い始めたのも、当時の仲間が見繕ってくれたからだ」
「俺は、剣を武器としか見ていなかったということだ。だから、教えられるようなことは何もない」
熟練の戦士を前に、シャーレティーは何も言えなかった。
だが、言えないなりにも何かを聞くことで、彼の心を少しでも軽くしてあげられないかと考えていた。
「…もっと聞かせて」
「?いや、俺が教えられるようなことは何も…」
「ちーがーう。剣術じゃなくても、戦闘時のノウハウとか!…貴方の感じたことも、色々聞きたい」
シルドは”そうか”とだけ言うと、メッセンジャーを使ってデカルダの警備兵を呼び、盗賊を預けた。
その後、再び帰路に着いてから多くの事を聞いた。
自分に合った戦闘スタイルの分析。
戦闘時における物事の考え方。
対人戦、対魔物戦、対魔獣戦の大まかな展開パターン。
そして、油断をするとどうなるのか。
シルドは、”この腕が答えだ”と言っていた。
彼が剣を使わなくなったのは、剣を持った時の上半身の不安定化に加え、手が塞がり他に何もできなくなることが理由なのだそう。
シャーレティーに見せるため、盗賊にはあえて剣で戦ったが、基本的には何が相手でも素手で戦うのが現在の戦闘スタイルだという。
今では剣を使うのは止めを刺す時くらいで、普段から使わないのは以前の様に振れなくなったから。
盗賊相手に彼が見せた剣は、”術”と言うよりも、”暴力”と言った方が正しいのかもしれない。
振れないというのに、常に背中に剣を提げているその姿は、どこか哀しく、而して不屈が感じ取れるものだった。
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