19.金貨100枚何して稼ぐ?
「さて、今日の手合わせの手応えを話すが…」
(毎回のことだけど、ちょっとだけ緊張するわね……)
お風呂で汗を流したての私は、少し身構えながらシルドが座っているテーブルに座った。
「…かなり、実力が伸びていることが分かった。特に反撃面と、最後のラッシュ・アウトが良かったぞ」
「ほ、本当!?」
別にこれが初めてではないが、最近は少しずつシルドの動きに付いて行けていると自分でも感じていた為、それを本人に評価してもらえるのは嬉しいことだ。
「マンウィズバッドの大群と乱戦を行ったからからだろうが、どこから攻撃が来ても上手く対処できる様になっている。自分にとっての脅威を目で追い続けているのも良い」
「俺とエルが鍛錬を始めたのは、今から1ヵ月と少し前だ。だが、お前は中程度の力を出している俺と対等に戦えるほど成長している。力の調整はしていたが、最後のラッシュ・アウトを全て弾いたのもそうだ」
「今のお前は、士官学校の卒業生並みの力を持っている」
「……えっ?」
いきなりの誉め言葉ラッシュにより、私の脳内はシルドの言葉を全て認識することができなかった。
(私が士官学校卒業生…??)
「お前には、剣の才能があると見ている」
(剣の才能がある…???)
ここまで褒められたことは無かったはずだ。
しかも、今日の手合わせの後半では精神力を消費し過ぎたせいで、何をしていたのかすら覚えていない。
「き、急にどうしたって言うのよ。そんなに饒舌に誉めるなんて、今まで無かったじゃない?」
「…そうだな。今日の手合わせで最も評価したいのが、最後のラッシュ・アウトを全て弾いた所だ」
確かに、弾いた様な気もするけど……意識が混濁していてまだ分からないわ。
「覚えていないか?お前は7連撃を出していたんだぞ」
「???」
(な、7連撃?私が!?)
「精神力切れだったから覚えていないのも無理はないが、あの瞬間だけなら、お前は俺と同等の実力だったことになる」
「huuuuuuuuuuuh????」
えいゆうしるどとおなじじつりょく????
なにゆうちょるのこのひと??????
わたしなにもわかんあい!!!!!!!
「俺がラッシュ・アウトで放った斬撃は六つ。だが、お前はそれを全て弾いた上で、俺を狙った一撃を繰り出してきたんだ。それが倒れることに繋がったのだろうがな」
「わったぁファーーー!?!?\(^o^)/」
何も分からな過ぎて、テンションがおかしくなってしまっている。
私がシルドと同等の実力だなんて、シルドと出会う前の剣技(笑)の私に聞いてみてほしいくらいだわ。
「今後はそれを保てるように鍛錬しよう。恐らくだが、筋トレの効果も出ているはずた」
「今は腕立て15回で息切れしちゃうけど、もしシルドみたいに100回以上やっても息切れしない所まで来たら、私のラッシュ・アウトってどうなっちゃうのかしら…!」
シルドは右腕しか無い分、腕立てで掛かる負荷も右腕に集中する。
そのハンデを何でも無いかの様に100回以上を涼しい顔でこなすし、筋トレのどの種目においても私より遥かに上にいる。
「俺を超えるラッシュ・アウトの使い手になるか、上級冒険者に来れることは間違いないだろうな」
私の夢、思いの外簡単に叶っちゃう説。
いや、流石に調子に乗りすぎよね。こんなにトントン拍子で強くなるのなら、誰も強くなるのに苦労していないもの。
「次に討伐する対象は、魔獣相手でも良いくらいだが…どうする?」
「ま、魔獣…?魔獣ねー…」
私にとっての魔獣は、恐ろしさと強さを併せ持った様な解釈がある。
シルドも言っていたが、上級冒険者になればようやく1人で戦える相手のはずだ。
「別に魔獣じゃなくても良いが、2人でやるなら魔獣を倒した方が金が貯まりやすい。フェアニミタスタにいち早く行きたいなら、魔獣関連の任務を受けるのも一つの手だ」
「うーん……」
「ちなみに、どれだけ報酬が少なくても、一件あたりの任務報酬は金貨10枚を超えてるぞ。一番簡単なのは魔獣の生態調査、追跡系の任務だ」
「やりましょう。魔獣の依頼」
今まで顔を曇らせていたが、途端にキリッとした表情に変わった。
(元から早くフェアニミタスタに行きたそうな感じだったし、今の実力なら魔獣を経験させるのも有りだろう…)
「なら、ギルドに行って、魔獣関連の依頼を確認しないとだな」
エルの現所持金 銀貨65枚
目標金額まで 残り金貨99枚と銀貨35枚
──次の日、昼頃の時間帯 町から少し離れた森の中にて
シルドは、エルが朝ご飯を作っている間にギルドで魔獣関連の任務が無いか調べていた。
そして現在、シルドとエルが森の中に居るのは、鹿の魔獣の生態調査の為に張り込む必要があったからだ。
(森の声を聞けば位置はずっと特定できるけど…魔獣化の所為か、何だかずっと怒ってるみたい)
エルは木の上から、シルドは地上からその生態を紙に書いている様だった。
(しばらくはエルを鍛えていたからだろうが、魔獣を目にするのもひと月振りかもしれないな)
シルドは慣れていることもあって冷静だが、エルは魔獣が初見の為か少し緊張している様だった。
鹿は元から群生していることが珍しくない動物だが、魔獣化すると途端に仲間と群れることを嫌う様になる。
「───」
稀に独特な唸り声を出して、周囲に他の動物が寄り付かない様威嚇している。
(…思えば、鹿の魔獣と遭遇するのは去年振りか?あの飲んだくれ共に絡まれた時だったか。最近は奴らを見かけすらしないが、別の町にでも移ったのだろうか…?)
蹴り殺した魔獣の死体を、奴らが座っていたテーブルに投げ捨ててやったことを思い出す。テーブルは壊れてしまったがな。
確か、その迷惑料として鹿の魔獣の角を納めたんだったか。今も所属しているギルドだが、金を渡しているとはいえかなり迷惑が掛かることをしてしまった。
今はあの時ほどやさぐれていないからこそ思うが、あの時の俺は大分痛い事をしたな。黒歴史だとすら思っている。
(筆記項目は……あと2種か。排泄と、交配と書かれているが…)
排泄に関しては見れるかもしれないが、交配に関しては見れる可能性はほぼ無いのでは?魔獣の常識としては、魔獣化した動物は生殖機能を失い、その代わりに戦闘本能が発達すると研究結果が出ているくらいだしな。
交配の備考欄にも”見れたら良い”と書かれている。その程度の項目だから、排泄を確認出来たら切り上げて大丈夫だろう。
────だが、その後は何も起きること無く2時間が経過した。
1時間が経った辺りから、木の上で態勢を保つことが辛くなったエルは俺と同じく地面に降りて来ていた。
「───」
(結局、この2時間で観察できたのは威嚇だけよ?もしかしたら、排泄をしないとか…?)
(その可能性も有るな)
鹿にバレない様に、俺達はコソコソと会話をしている。
8時頃から張り込みを初めているが、俺達は鹿が寝ている時から観察をしていた。
起きてすぐとか、昼頃になると排泄をするだろうと考えていたが、そんなことは無かった。
魔獣化した個体と、通常の個体とで見て分かるほど排泄物が変わっているものを見たことが無い。
だからこそ生態調査の依頼が来ているのだろうが、魔獣が生息している周辺では動物の排泄物を見かけた覚えも無い。
時刻は既に14時を回っているのだろう。太陽が頂点から傾きかけている。
(観測を始めてから8時間は経過している…後から別の観察チームも来ていたし、ここら辺で切り上げるのが正解か)
生態調査の任務のほとんどは1部隊だけでなく、先行部隊と後行部隊とで複数部隊を組むことが多い。
複数人の観察から整合性と信頼性を得るためであり、1日中張り込むということが困難な場合などに複数部隊が投入される。ほとんどの調査任務では同じだがな。
エルに切り上げる旨を伝え、息を潜めてその場から離れるのだった。
「排泄と交配の所は書けなかったけど、これって報酬に響いたりしない?」
「交配は気にしなくて良いと思うが、排泄は微妙な所だろうな。事実確認後に報酬が支払われる方式に変わるかもしれん」
案の定、シルドの言った通り報酬の給付は後日となってしまった。だが、依頼の保証分として金貨5枚を貰えた。
後日に事実確認ができ次第、残りの金貨5枚が支払われるといった形になる。
依頼の報告を済ませた後、私達は再び掲示板を確認した。明日も続けて魔獣に関する依頼をこなすためにだ。
「これは…どうなのかしら。私1人だったら絶対に倒せないと思うんだけど…」
「魔獣化した鳥の討伐…報酬は金貨25枚か。悪くない」
備考には”体長10m超え、大鷲の魔獣だと思われる。”と書かれている。
大鷲の魔獣か…普通なら手強い敵になりそうだが、今はエルも成長したんだ。受けても問題は無いだろう。
エルの現所持金 金貨5枚と銀貨65枚
目標金額まで 残り金貨94枚と銀貨35枚
──また別の日 大鷲の魔獣が出現する荒廃地域にて
「───!!」
「出たぞ。気を付けろ」
「と、突進はシルドが止めてくれるのよね?」
「ああ。まずは後ろで様子見だ」
大鷲の魔獣が大きく羽ばたいたかと思うと、シルドを目がけて一気に急降下する。
エルは慌ててシルドの後ろに回る。
「───!」
風切り音と共に咆哮が響き、大鷲はシルドのガントレットと衝突した。
あれだけの速度で突進してきているにも関わらず、冷静に見極めて適格な防御を行うシルドは、エルにとって最高のパートナーであることは間違いない。
「やああああっ!」
シルドが大鷲を抑えている内に、エルが剣を大きく振り落とす。
「────!」
ダメージは与えられているが、シルドほどの威力ではない。攻撃に怯んだ大鷲は、シルドから距離を取ってしまう。
「良い攻撃だ。もう一回やるぞ」
(私が魔獣にダメージを与えた…!)
私が魔獣にダメージを与るなんて、1ヵ月前では考えられなかったことだ。
少しづつだが、自分に鍛錬の成果が付いてきている様で、自身が出てくる。
「──!!」
大鷲が距離を保ったまま咆哮を響かせると、今度はその場で激しく羽ばたき始めた。
すると、無数の大鷲の羽根が飛んできた。魔獣化していることもあり、その羽根は異常な鋭さと固さを持っている。
私とシルドは岩場に身を隠すも、あの攻撃の所為で体を出せなくなってしまった。
「ここは私がやるわ!」
そう、私には弓がある。剣を使う以前に、弓を主武器として使っていた私は、剣以上に弓には自信があった。
羽の部分に攻撃できれば飛べなくできるけど、魔獣はそうはいかない。胴体を目がけて矢を穿つ。
「ジーピーウィンド!」
魔獣が放つ風圧に負けない様に、風の魔法を纏わせて放った。
「──!!!」
矢は我ながら見事に命中。矢が刺さって興奮している大鷲は、再び突進の体勢に変わった。
「良いぞ。次で仕留めるんだ」
「勿論よ!」
何だか、戦闘が楽しい。いや、シルドと一緒に戦えているからだろうか?
私の独りよがりかもしれないけど、この人と肩を並べて戦えている…仲間として戦えている感じがして、とても楽しく感じてしまう。
「────!!!」
再び大鷲がシルドに突進するが、先ほどと同じくシルドは的確な防御で大鷲を抑える。
「エル!」
「ラッシュ・アウト!」
今度こそは逃がすまいと、高速の2連撃を放った。
(…あれ、2連撃?シルドは7連撃って言ってなかったっけ…????)
何はともあれ、大鷲は私達の目の前でこと切れた。
「俺が防御に徹すれば、エルの攻撃でも魔獣を倒せるほどに成長しているな。良い傾向だ」
「私、ちょっとだけ自信が付いたかも。前はまともに戦えないで、危ない所を助けられてばっかりだったのに、今のは弓と剣のどっちでも役に立てたのよ…!」
興奮気味にエルが言う。
「ああ。羽根の攻撃に対して、即座に弓に切り替えたのは良い判断だった。あれのお陰で、再び接近することができたんだからな」
エルの成長は留まる所を知らない。
自分の成長途中の頃と比べると、エルの成長速度は羨ましいものだ。1ヵ月と少しの剣技とは思えない。
1ヵ月と少しの鍛錬だけで剣技を中級冒険者程度まで上げ、更には俺のラッシュ・アウトを継承した。
今の大鷲との戦闘センス、1ヵ月前とは大違いに良く動けていた。間違いなく天才だ。
エルが俺と同じ場所に来るのが、少し楽しみになって来たな。
エルの現所持金 金貨30枚と銀貨65枚
目標金額まで 残り金貨69枚と銀貨35枚
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