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18.七転び八起き的な病み上がり兆し


目を開けると、そこには真っ白な空間が広がっていた。


(…またか)


「教えた剣技は覚えられたか?坊や」


その真っ白な空間を眺めていると、いつの間にかマントを羽織った老人口調の男が立っていた。


「そろそろ来るのではないかと思っていたが、妙な感覚であまり居心地が良くない」


「そりゃあ、ここは夢と現実の狭間らしいからな。私も同じことを思っているよ」


顔立ちが良く、清潔な身なりをしているその男は、1年ほど前に出会った男だった。


現実ではなく、この奇妙な空間でだが。


彼が言うことによると、彼は自分の剣技の後継者を誰一人として残さなかったことを神に叱られ、誰かに継ぐまで天国の門を開けてもらえないのだとか。


最初は信じられない話だと思っていたが、そもそもこの空間が信じられないんだ。魔法の気配は感じないし、スキルが使われている気配もしない。


この空間で出会って以来、俺は彼に剣の稽古をつけてもらっていた。


「さぁ、見せてみなさい」


彼が剣を構え、教えたことを見せろと言わんばかりに待ち受けている。


この空間が作られたのは、この男が成仏するため。もしくは、俺が片腕でも剣を振るえる様になるためだ。


互いの素性など構わず、俺は男に切りかかった。ここはそういう空間だからな。


この男の剣技は実に卓越していて、俺がどんな攻撃を仕掛けようとも体を一切動かさずにかわすことができるほどだ。


今の精度のラッシュ・アウトでさえも、彼には一撃も届かなかった。


当時の俺は驚きを隠せず、何者かを問うたが、彼は”生前、腕に自信があっただけ。”としか言っていなかった。


これほどの優秀な剣士が、後世に自分の剣技を伝えずに死んでいったとは思えない。


それでも、実際に彼は神と呼ばれるものに言われて今に至ると言っていた。


彼は俺と同じく、一切魔法を使わなかった剣士なのだとか。彼は自分の生きていた時代を”昔”と言うが、その時代では物理攻撃の方が栄えていたらしい。今とは真逆だ。


だが、ギルドが確率した時代には生きていた。俺はそういう書物を持っていないから、この男が何年前の人物だったのかは分からない。


調べたいとも思わない。


何故かは、太刀筋だけで分かる。時代で薄れていったから忘れられているだけで、この男は生前に名をはせた者なのだろう。


「良し」


少しの手合わせをしただけで、許可の言葉を貰った。


つくづく思っていたことだが、彼は剣を構えるのも、所定の位置に戻すのも速い。


今の剣士なら誰もしない様な行動だ。


「これで、私も天界へと迎え入れていただけるだろう。知らぬ顔の継承をしてくれて、ありがとう」


「俺の方こそ、再び剣を振れる様に鍛えてくれた事に感謝している。最後に、名を聞かせて欲しいのだが…」


男は、あまり気が乗らないといった様な表情になった。


「私は、あまりそういうことに興味が無いんだ。だから、私は1人も弟子を取らなかったし、誰かに剣技を受け継がせようとも思わなかった」


実際、俺がこの人から受け継いだ剣技というのは、剣技というよりかは癖の矯正の様なものだった。


”ここがこうなっているから、どうすれば良い。”


こんな事ばかりで、剣技というよりかは剣を振る上での小さな技術の伝授だった。


「何故、名を残したいと思わなかったんだ?」


「…わざわざ教えなくても、後世で誰かが私と同じ所に来れるか、凌駕すると思っていたからだ」


「!」


エルと出会う前の俺と全く同じだ。


詳しく話したくなり、俺達は向き合って床に座った。


「そう思って天寿を全うした結果、死後の世界で神様が出て来てな。”お前の所為で、世界が滅ぶ”と言われてしまった」


「それはどういう…?」


神が存在するというのも信じられない話だが、同じ様にこの空間が信じられないものだ。彼は本当に見たのだろう。


彼は少し笑って、曇りの無い顔で言った。


「さあ?神様が見ている世界は、私達人間とは違うからな。私も分からない」


「───」


どこからか、女性の声が聞こえる。


しかし、その声は曇っていて聞き取れない。


「おや、神様から声を掛けられてしまった。話をしていたから、叱られてしまうかもしれないな」


少しずつ、俺の視界が霞み始めた。


「まだ話したいことが───!」


俺は立ち上がって男の方まで寄ろうとするが、間に合いそうになかった。


男は俺の目を真っすぐ見て、頼む様な声色で言った。


「頑張るんだぞ」


真っ白な空間の崩壊と共に、俺の意識はそこで途切れた。




一夜が明けて、早朝も早朝。俺は、朝日が昇る前に目覚めてしまった。


(何か、不思議な夢を見ていた気がする。老人と話していた様な…?)


睡眠不足なのではないかと思うだろうが、実際は普通に寝た時より何倍も満足していた。


体を動かそうとするが、左傍に俺とは別の体温の暖かさを感じる。寝起きですっかり忘れていたが、エルが寄りかかっているんだった。


彼女はまだ寝息を立てている。日が出始めたら起こすくらいでいいか。


(そういえば、ずっと喉元で突っ掛かっていた違和感が無くなっている…)


7年近く誰にも言えていなかったが、本当は誰かに話したい気持ちが自分の中にあったということに驚いている。


エル以外に言おうと思えなかったのは事実だが、あそこまで口走ってしまうとはな。あれが自分の口から話さた速度だとは、今でも考えられない。


寝息を立てているエルを眺めていると、少しずつ日がさし始めた。俺はエルの肩を優しく突つき、起きるように促す。


「んえっ……あっ、ごめん…寄りかかってた?」


眠気が抜けていないエルは、眠い目を擦りながら少し掠れた声で言う。


朝は弱かったとも言っていただろうか?前髪の一部がだらりと顔前に垂れている。


「気にするな。話を聞いてもらったおかげか、普段よりも質の高い睡眠が取れた気がする」


「私も、これ以上無い睡眠導入をさせてもらったわ。話の最後の方は、シルドの心が温かくなっていくのを感じたから、眠気がぽや〜って」


語彙力が面白いことになっている。珍しいな。


それに、そこまで繊細に他人の感情を感じ取れるのか。俺が話している途中で泣き始めた辺りから、人ができる感情移入とは何かが違うと思っていたが、それとは完全に違うものなのだろう。


「顔洗ってくるね……」


エルは、目が半開きの状態で洗面所に向かおうとする。


「ちょっと待て。前髪が…」


前髪が崩れていることが気になってしまい、直してやるために手を伸ばす。


「………えっ。あっ?」


「おっと…すまん、髪の毛が水についたら良くないからな」


エルの振り向きと俺の差し出した手が微妙に噛み合わず、一度エルの頬に触れてしまった。


すぐに手を離し、髪の毛を耳元の方で纏めてやった。


どうやらエルは混乱している様で、何気に初めて見る表情だったので面白いと思った。


「なっ……何よ。眠気に漬け込んで…」


言うに連れて声が小さくなっていき、俯いてしまった。


顔はほとんど見えないが、耳が少し赤くなっている。くすぐったかっただろうか?


その後すぐ、エルは逃げる様に洗面所に駆け入ってしまった。


(レイネも寝起きが酷かったから、朝から人前に出る時は同じことをしてやったものだ…)


再び懐かしい気持ちになりながらも、俺は朝ご飯に使う食材の確認をするのだった。



~~~~~



日が真上に昇っている時間帯。


俺とエルは、打ち込み稽古に励んでいた。


「っ!」


エルの剣技は、マンウィズバッドと戦った時から各段に向上している。


攻撃の手札もそうだが、剣で攻撃をいなす技術も良くなっている。


いなすと同時に反撃ができる姿勢に変え、まともな鍛錬期間は1ヵ月と少ししかないのに、俺が中程度の力で戦っても互角に持ち込めるほどだ。


(…間違いない。エルには才能がある)


俺のラッシュ・アウトを意図せず継承し、今の実力を士官学校で例えるなら卒業生と同格だ。


高速の2連撃も、もうすぐ3連撃に進化することができるだろう。


「「ラッシュ・アウト!」」


お互いに同じことを考えていたな。発動のタイミングが被った。


面白い。どこまでやれるか見てみよう。


「くっ!!」


高速の2連撃対、1振りで無数の斬撃を生み出す同スキル。


俺は効果を絞って使ったものの、驚きの光景が見れた。


「!?」


エルのラッシュ・アウトなら、2連撃を使って俺のラッシュ・アウトを一部相殺するのが限界だと思ったが…


見間違いではないだろうな。今、俺のラッシュ・アウトを全て捌いて、その上でもう1撃を繰り出した様に見えたのだが。


俺が出した斬撃は六つのはず。


(……まさか、7連撃が可能なのか?)


「っ…うあぁ……」


心の中で驚いていると、エルがばたりと地面に倒れた。


お互いに集中していて気付かなかったが、恐らく30分以上は戦っていたはずだ。


無理も無い。スキルの発動過多で精神力が切れているのかもしれん。


俺は置いてあった鞄からポーションを取り出し、エルに渡そうとするが…


「も、もうむり……ゆびぃっぽんもうごかせないぃ……」


(そんなになるまで戦っていたのか、エルは?)


いや、もしくは最後のラッシュ・アウトが原因かもしれないな。


あのラッシュ・アウトを意図せずに放ったのか、それとも俺と戦うために少し無茶をしたのかのどちらかだと思うが…


エルの頭の傍で膝を着き、栓を外したポーションの瓶を口元まで持ってきてやる。


「飲めるか?」


ちなみに、これで飲めなかった場合は口移しで飲ませることになる。


精神力を全て消耗してしまうと、命の危機に瀕するからだ。


必要であれば同性相手でもしなければならないが、どの道望んでいる相手ではないと可哀想だと思ってしまう。


「ん…んくっ、んくっ」


首をプルプルと震わせながら、残った力を振り絞ってポーションを飲み始めた。


(何と言うか…愛らしいな。雛を育てる親鳥の気持ちとでも言うべきか、もし子供ができたらこんな気持ちになるのだろうか?)


生命の危機に直結する状態だというのに、俺は変な考えを持ってしまっていた。


ポーションを飲み終えたエルは、一気に力が抜けた様にぐったりとした姿勢になっていた。


顔色の悪さも引いている。ポーションが効いて良かったな。


「大丈夫か?」


「これじゃあ、腕立てしてた時と同じねー………?」


(腕立てしてた時…??)


私は、腕立てしてた時を詳細に思い出す。


確かあの時、胸の部分に集中して土汚れが───


「ん゛う゛ッッ!」


私はあの時のセルフ恥辱を思い出し、即座に胸の部分を隠す様にした。


当然だが、今回は腕立てをしていないから汚れていないし、シルドは変な顔で私を見る。


「…どうした?」


「あっ…な、何でもないわ。ちょっと気が動転していたみたいねハハ」


妙に早口だし焦っている様にも見える。


「今度は風呂に入った方が良いな。それから、今回の手合わせで分かったことを話そう」


「そっ!!そうね、私もそうしたかったところ!」


(えっ、もしかして私臭い…?そ、そんな意味を込めて言ったわけじゃないよね?戦って汗をかいたからよね…??)


(一体何がどうしたんだ?変に動揺している様に見えるが…)


微妙に意思が嚙み合わないまま、2人は家に戻るのだった。


「あ、あれっ?何か、足だけ動かない…」


「ああ…忘れていたが、精神力を消費し過ぎるとそういうことが起きる。腰が抜けた様な感覚に近いだろう?」


「た、立てるけどっ…歩けそうにない…!」


足が内向きでプルプルと震えている。鞘に入った剣を杖代わりに立っていて、また滑稽な姿をしているな…


「仕方ない。肩を貸そう」


「ありがとうぅ…」


今度こそ、2人は家に戻るのだった。


最後まで閲覧いただき、ありがとうございます。

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