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17.精神病

シルドが何を恐れているのか、過去に何を背負っているのか。

一部ではあるが、エルは遂にそれを知ることになる。


「それって、もしかして前に話してた…?」


「…ああ。脳筋シスターの人だ」


(ベッシーさん…そんな、まさか……)


よく覚えていたものだ。あの話は出会ったばかりの頃に、少しだけしか話さなかったというのに。


エルは何かを考えている様な表情をしているが、俺は構わずに話を続ける。


「あの人は、皆が好きになる黄金色のスープを作ることで人気だった。異人種であるにも関わらず優しく接してくれる為、あの人が嫌いな子供は誰1人として居なかった」


「子供が非行をすれば厳しく叱り、頼もしい護身術で不審者から守ってくれる。どんなことをしようと、最後には優しい声を聞かせてくれる、教育者としても申し分が無い様な人だった」


「…だが、俺が9歳になってから数日が過ぎたある日、あの人は死んでしまった」


「え………」


唐突な発言に、リラックスしていたエルは思わず腑抜けた声が出てしまう。


俺は全身が強張り、声が震えるのを我慢しながら続ける。


「ベルニーラッジで祝祭があった日だった。俺とベッシーは、修道院の中にある大きな神の像の前で話をしていた」


「開国記念日に祝祭を行い、その祝祭では修道院の子供達が花びらを撒いて回るという習慣があった。ベルニーラッジ修道院は開国した時からあった為、感謝の気持ちを示す為の伝統の様なものだった」


「俺が昼寝をしていて寝坊してしまい、呼びに来たベッシーに神前で叱られている状態だった。説教が終わり、今から行こうとあの人が俺の頭を撫でると、事件は起きた」


「祝祭で修道院内の全員が出払っているのを良い事に、市民に紛れる格好をした盗賊が修道院に入って来た」


言葉を一言繋げる度に、喉が詰まる様な感覚が襲ってくる。


何故かは分からないが、この話をすることで酷い緊張と焦りを感じている。


「ベッシーは即座に修道院から出ていく様に命じたが、それに怒りを感じたのか鉄兜をかぶった男がクロスボウを向けて来た。ベッシーではなく、俺に」


「あの人は、矢の方向が変わったのを察知して、俺を抱き着く様にして庇った」


「俺は一瞬の出来事すぎて、矢が発射されたことすら認識できていなかった。なのに、あの人が抱き着いてきたのとは別の衝撃があったのは理解できてしまった」


「あの人の背中には、鏃が見えなくなるほど深く矢が突き刺さっていた。事態を完全に理解した俺は、すぐにシスターの顔を見上げたんだ」


「叫びたくなるほど痛いはずなのに、意地でも俺を守る為に頭部を狙われない様に低い姿勢を保ち、”大丈夫だから”と俺にもっと隠れる様に言ったんだ」


「その後、2回ベッシー越しに伝わる衝撃があったが、突然その衝撃は止まった。ベッシー越しに聞こえてくるのは、憲兵が盗賊を取り押さえる声だった」


「あの人が、再び俺の頭を撫でて……」



『────生きて、牙の子───』



「……あの人は、突然力無く床に倒れてしまった」


「視界ごと遮られていた所為でそれまで気づけなかったが、あの人の足元には大量の血だまりが出来ていた」


「目の錯覚でもなく、どんどんと肌が青白くなっていくあの人を見て、このままベッシーが死ぬのだと理解した」


「血だまりの中で倒れているベッシーに対し、血一つ付いていない自分の手が視界に入った。すると、段々と視界が薄赤く変化し、腹の奥底から信じられないほどの力が溢れ出てくるのを感じた」



『ああぁあぁぁあああアアアアアアアアアアアアアアアアアア─────────ッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!』



「俺が覚えている限り、その後の俺は神前より前の机に置いてあった包丁を手に取り、全力で走って、鉄兜の男を刺し殺してやろうと全力で地を蹴った」


「でも、気付くと俺は2人の憲兵に上半身と下半身を両方抑えられていた。憲兵は2人だけでなく、増援の10人以上がその場には居た」


「冷静になった俺の視界に映ったのは、額のど真ん中が割れ欠けて地面に転がっている鉄兜と、恐らく俺が手にしていたのであろう───」


「──ベッシーが料理をする時に使う包丁だった」


「鉄兜の男は拘束されていて、周りの憲兵と共に猛獣でも見るような畏怖の目で俺を見ていた」


「直ぐにベッシーが倒れていた場所を向くと、治療班の憲兵数名がポーションを複数試していたが、彼女の体に変化は無かった」


「ふと俺が包丁を握った机を見ると、そこにはリンゴが1つ置かれていた」


「恐らく、昼寝から起きた俺に食べさせようと用意していたのかもしれない」


「それを見た俺は、包丁を手に取ったことを酷く後悔した。その場で馬鹿みたいに泣き叫んでしまった」


…まずい。自分本位に話し過ぎた。


一度深呼吸を挟み、再び話を再開しようとすると、視線を低くしている視界の端に何か光る様なものが見えた。


それが見えたエルの方を向くと、エルは座った姿勢になっており、真剣な表情で涙を流しながら俺の話を聞いていた。


「…な……」


ただ静かに俺の話を聞いて、嗚咽を漏らすこともなく真っすぐに俺の目を見ていた。


俺は泣いているエルを見たのが初めてだったこともあり、どうしてやれば良いのか分からなくなっていた。


「…気にしないで。続けて」


「でも、お前が……」


「前に、エルフは相手の感情を感じ取ることができるって言ったでしょ?」


確かに言っていたな。俺が今話していた嫌なことを思い出して、千鳥足になっていた時のはずだ。


「話をしている貴方の心は、酷い憎悪の感情で塗れていた。それと同じくらい、悲しみの感情でも塗れていた」


「貴方ほど何かを憎んで悲しむ人は、今までに会ったことが無いわ……辛かったのね」


「………」


”辛かったのね。”彼女は涙を拭いながらそう言った。


その言葉を聞いて、何故か変に安心した自分がいる。


それまでに感じていた焦燥感や、息が詰まる感覚が一気に消えて無くなった。


本当に、本当に少しだけだが、俺も目頭が暖かくなった。


じんわりと迫ってくるその感覚を絶つ為に、俺は続きを話し始める。


「まだ続きがあるんだ。知っているかもしれないが、修道院の襲撃は極刑を意味する」


「それに、女子供しか居ない院なら尚更だ。国は修道院を襲った盗賊5人を、全員死刑に処した」


「俺の居たベルニーラッジ修道院では、公に死を公表された者が居たら、それが何者であろうと神前で祈りを捧げるのが決まりになっていた」


「だが、俺は盗賊が死んだ時は祈ることができなかった。誰が祈ってやるかとすら思っていた。俺が反抗を続けていると、修道院長はやむを得ないと祈らない俺を許してくれた」


「ベッシーが死んでから1週間は経った日、シスター達は盗賊の死刑に関することが書かれた記事を、露骨に俺が目に入れない様にしていた」


「子供だったから処刑を見に行けなかった俺は、5人の最後がどうなったのかだけが気になり、何とか記事を盗み見ることに成功した。その記事には、盗賊達の遺言が書かれていたんだ」


「2人は死にたくないと叫び、1人は母親の名前を叫び、1人は死を怯えて涙を流し…」


「最後の鉄兜の男は、”あんな修道院、壊しちまえ。”と言ったそうだ。俺が記事を見ていたことに気付いたシスターは、俺から取り上げる様にして記事を隠した」


「その時にはもう遅かったとでも言うべきか、俺は5人の遺言が脳内で永遠と響いていた。鉄兜の男に襲い掛かった時と同じく、俺は呼吸が速くなり、体温が上がっていくのを感じた」


「なだめてくれていたシスターの腕の中を抜け、修道院の裏口から蹴破る様に飛び出すと、そのまま墓地まで走った」


「裸足で、日中だったから周囲に人が大勢居たが、一切目をやらずに全力で走った。墓地に設けられているであろう盗賊達の墓を荒し、棺桶から死体を出してぐちゃぐちゃにしてやろうと思っていたんだ」


「狂った話だと今では思う。その時はたまたま墓地に見回り兵が居て、身を挺して俺を止めてくれた人が居た」


「その人は、よく修道院にも見回りに来てくれる、老兵と呼ぶのが相応しい年齢の兵士だった。見回りと言っても、院の前を通っていくだけなので名前は知らなかったが、狂った姿の俺を見て涙を流しながら止めてくれた」



『ごめんなぁ…助けてやれなくて、ごめんなぁ…』



「…その涙を見た瞬間、”また同じことをしてしまったのか”と、ベッシーの包丁を持った時と同じ様に後悔した」


「2度の後悔をして、それでも俺は自分の感情を抑えることができず、盗賊が出る場所に赴き、賊を木の棍棒で殴り倒すという様な事をしていた」


「それは夜でも変わらなかった。お前も言う通りの醜い憎悪が、毎晩俺にベッシーと盗賊のことを思い出させ、扉や裏口が見張られていたとしても窓から飛び出すほどだった」


「その内、感情を制御できない自分が嫌いになっていた。大事な人が死んだのに、この感情はどこにやれば良いのか分からなかった。ベッシーの包丁を持って後悔し、老兵も泣かせて後悔した。蛮行を繰り返す俺を見たシスター達は涙し、それでも俺は後悔した」


「俺が持つこの感情は、何かの間違いなのではないか。妥当ではないのではないかと思いながらも、感情を抑えることはできなかった。1日耐えた所で、次の日に倍の盗賊を殴り倒すだけだった」


「普段と変わらず、激情のまま盗賊を倒し回っていたある日、知らない1人の兵士が話しかけてきた。一般人が通りかかろうと俺は構わずに盗賊を殴っていたが、その人物は何かが違った」



『お前か。盗賊を負傷させまくっている子供ってのは』



「その人は、国に使える兵士…中でも、王に直接使える近衛兵の人だった」


「俺の噂は国王も耳にしていたらしく、近衛兵の人は実態の調査の為に俺を探していたとのこと」


「近衛兵が俺に伝えてきた言葉は、彼が教師として勤める士官学校に入れということだった。そして選抜部隊に選ばれ、最後には魔王を倒す魔王討伐部隊に入れとすら伝えてきた」


「当然、俺にとっては突然の出戯言過ぎて、意味が分からないと言った。すると、彼は俺が感情を制御できていないことを言い当てた」



『感情をコントロールする方法を教えてやる。それと引き換えに、士官学校に入らないか?』



「俺は頷こうとしたが、自分には入学条件で資格が無いことと、年齢の問題があることを言った。だが、彼は招待状を送ると言って話を打ち切った」


「瞬きをするといつの間にか担ぎ上げられており、やむなく修道院に戻ることを受け入れた。曲がりなりにも治安を守る行為をしていた俺は、士官学校への招待状と共に謝礼金を送るとのことだった」


「俺があの人から目が離せなかったのは、あの人が全てにおいて当時の俺より強い人だったからだろう。俺を止めに来たその日の2日前は、戦争に参加していたとのことだった」


「俺が盗賊を倒すことを否定せず、言及せず、涙を流すわけでも悲しむわけでもなかった。それどころか、俺に救いの手を差し伸べたのだった」


「院に戻ると、彼は事情の説明と招待状が届くということをシスターに伝え、俺自身に決断させる様に求めた」


「後日に招待状が届き、謝礼金は受け取った瞬間にシスターに渡した。俺は院を出ることになるが、迷惑料として受け取ってほしかった」


「1キロ近い重さで謝礼金の袋に入っていたのは、大量の金貨だった。明らかに相場以上だったのではないかと思うが、俺は院に納めようとするも、修道院長もシスター達も全員が拒否した」



『それは、貴方がしたことへの対価です』



「皆が口を揃えて同じことを言った。結局、誰に何を言っても受け取ってくれることは無かった。だから俺は、士官学校の寮に移る当日に黙って袋を置いてきた」


「迷惑を掛けたことへの謝罪だけじゃなく、その時は感謝も込めて置いて行ったんだ。向こうが諦めたのだろうが、その後に金貨を送ってくる様なことは無かった」


「士官学校での入寮手続きが終わると、近衛兵の人がドアを叩いてきた。約束通り、感情をコントロールする方法を教えると言っていた」


「部屋の中で済むのかと思っていたが、彼が教えてくれたのは正しく感情をコントロールする方法だった」



『死んだシスターに対して、お前は何を思った?』



「盗賊への激情で埋もれてしまい、ベッシーが死んだことについて何も考えていなかった俺は、言葉を聞いた途端に涙を流し始めてしまった」


「思えば思うほど涙が溢れてきた。彼女が死んでしまったことに対する悲しみや、俺がもっと強かったら死ななかったのではないかとか、あの時寝坊していた俺だけが死ぬべきだったんだとか」


「今でも彼女の笑顔を覚えている。誰にでも優しく接し、多くの孤児の支えになっていたあの優しさを覚えている」


「俺だけが死ぬべきだと言った瞬間、彼は俺に怒声を掛けた。それは、俺を庇って死んだベッシーを侮辱する行為だと教えてくれた」


「ベッシーが生きていれば、今も多くの孤児を笑顔にしていただろうなと思うと、自分が死ぬべきだったんだと考えていた。彼に言われて気付いたが、泣いていてもベッシーが生き返るわけじゃないし、もう二度と同じ目に合いたくないと俺は思っていた」



『なら、誰にも負けない様に強くなれ。魔王が相手でも、誰1人として死なせないほど強くなるんだ』


『死んだシスターに感謝を示したいなら、お前を庇う必要が無いほどに強くなるんだ』


『今度は、お前が仲間を守る為に戦うんだ』



「”仲間を守る為に戦うんだ。”サポーターになったわけではないが、それが今の俺を構成する一連の出来事だ。今でも敵と対峙する時は、ベッシーとその言葉を思い出す」


「仲間を誰も死なせない為に戦う。俺が強くなる為に思っていたのは、それだけだ」


そこまで話し終わると、突然体の左側に何かが寄り掛かってきた。


左を見ると、話に熱中していたから気付けなかったのか、俺の隣に移動していたエルが体を預けてきていた。


寝息を立てていて、目元は少し赤くなっている。


ここまで過去の話をしたのも、話したいと思ったのもエルが初めてだった。


見知らぬ誰かには話せない。元仲間である勇者一行にも話せない。だというのに、何故かエルには話して良いと思ってしまった。


長話が過ぎたとは俺も思ったが、寝ている所を起こすわけにもいかない。


(困ったな……とりあえず、ブランケットを…)


離れた場所に置いてあるエルのブランケットを、足を使って何とか取り寄せ、エルの体に掛けてやる。


俺も、今晩ばかりはこの状態で寝るしかなさそうだ。


(まだ話は残っているが、また聞かれた時にでも良いだろう…)


寝息を立てているエルの傍で、俺も目を瞑るのだった。


最後まで閲覧いただき、ありがとうございます。

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