16.掃除とトラブル、加えて暴露
何者かの侵入によって汚れた家を清掃する2人。
警戒しながら寝ようとする初めての夜に、ちょっとしたトラブルが発生する。
あの後、夕食を食べ終えた俺達は、賊の侵入で汚れた室内を掃除することにした。
室内で活動した場所が謎に少ない為だろうが、大して目立った汚れは無い。土泥の足跡は、濡らした雑巾で拭けば簡単に落ちるはず。
「変な迷惑を被ったわねー…」
エルは雑巾で床を拭きながら、そんなことをぼやいている。
無効試合にされた様なものだと言えるだろうか、後日改めて同じ様な被害を出してくるのなら、今回一度の被害だけで原因を鎮圧できれば良かったとは俺も思う。
向こうも同じことを思っているだろうが、それなりの面倒事になってしまった。
「仕方無いことだ。次は家に入ってこなければ良いのだが」
「本当にそうなるかしら…?居るのが分かったら、家ごと吹き飛ばす攻撃をしてくるんじゃない?」
俺もそうなるだろうとは思っている。賊である以上、不意打ち上等と考えるのが吉だろう。
最も良いのは家に近づく前に気付くことだが、生憎俺はそういった魔法やスキルを持っていない。頼りになるとしたら、エルが使う森の声を聞く能力だが、精神を使うと言っていたから使い続けさせることはできない。
そういえば聞いていなかったが、あれはスキルなのか?
精神を使うと言っていても、単に集中しているだけなのか、それともスキルと同じく精神力を消費して発動するものなのか、どちらなんだ?
「エル、少し聞きたいことがあるんだが…」
そうして俺がエルの方を向くも、エルは何かを察知しているかの様な姿勢を取っていた。
「……エル?」
「───そのまま拭いてて。できるだけ違和感が無い感じで」
明らかに何か様子が違う。
もしかして、周囲に何らかの異変でもあったのだろうか?
恐らく森の声を聞いているのだろうが、凄く集中した顔つきになっている。
俺はそれを邪魔するわけにもいかないので、なるべく静かに汚れを拭く作業に戻った。
エルは集中を保ったまま、近くに置いてあった弓と矢を手にする。
(まさか、敵か…?)
魔物の類である可能性も否めないが、この時間帯に活動する魔物は近辺に居ないはず。動物も同じくだ。
エルが弓の弦を軽く引き、軋む音が部屋に響く。
手早くベランダの窓を開けて外に出ると、即座に矢を発射した。
俺もたまらず矢が飛んでいく方向を確認する。
(………?)
じっと細かに森を眺めていると、一部の木々が揺れ動いた様な気がする。
「…シルド。家に来た賊と関係してる人が居るわ。1人だけだけど」
エルは集中したまま俺に話しかけてきた。
「そいつは何をしていたんだ?」
森の声を使っていることは見て分かる為、使用している前提での話を進める。
「私たちの家の方向を見ながら、何かの魔法を使おうとしていたっぽい……現場まで行きましょ!」
こちらの返事も聞かずにエルが出て行ってしまった。
エルの姿を見失わない様に、俺もエルの後に続くのだった。
「く、クソッ…!!!」
後を追って向かってみると、1人の男が地面に伏す様に倒れていた。
エルが放った矢に、範囲型の魔法でも仕込んであったのだろう。軽度の麻痺で動けずにいる。
黒いローブを纏っていて、見るからに怪しい恰好をしているが…近くに魔法陣も見つかった。
「貴方、今日来た襲撃者と共謀しているでしょう。何が目的なのか吐きなさい!」
強い口調でエルが問う。
以前より成長したことで自信が付いたのか、盗賊相手でも強気に出れる様になったのは良いことだ。
彼女が尋問をしてくれると言うなら、俺は魔法陣の方でも見ておこう。
「お、お前達に話すわけ無いだろ!」
「なら、次はちゃんと体に刺さる様に矢を放つわよ」
「ぐっ……」
(俺が度々賊を相手にしていた所を見ていたからか、尋問もそれらしくできているな)
エルの方はさておき、魔法陣に掛かれた文字を読んでみる。
書かれていたのは、随時術者への情報送信などの文言だった。
ということは、恐らくこれは監視の魔法を使っているのだろう。
「ッ……うぐっ!?」
男の声が聞こえた為、まさか本当に矢を刺したのではないかと思いエルの方を向くと、そうではなかった。
何やら男の肌が毒に侵された様に変色し、苦悶の表情で悶えていた。
「シ、シルド…!」
突然の出来事に驚いていたのか、エルが俺の名前を呼ぶ。
「がはっ!!!」
何が起きているのか理解できずに男を警戒していると、一際大きな声を上げたきり動かなくなってしまった。
数秒の後、男の頭部に血が滲む様に小さな魔法陣が浮かび上がってきた。
「な、何なの…?」
「……魔法陣に、”第三者に見られた場合発動”と書かれている。毒で間違いないだろうな」
エルも恐る恐る近づいて確認すると、同じ意見を述べてきた。
近くの地面に書かれていた魔法陣の事も伝えると、想像通り監視の魔法だということが分かった。
2つの結果から、この男は襲撃してきた賊の共謀者で間違いないということも確信した。
俺達の目の前で息絶えてしまったのも、その組織によって刻まれた魔法陣が原因なのだろう。
町の憲兵にメッセンジャーを送り、検死をすることで賊に関して何か分かることが無いか調査してほしい旨を報告した。
町からしても、賊に闇市との繋がりが無いか調べられる、貴重な機会ができたということで感謝された。
当然だが、闇市とは犯罪者同士の無法取引であるため、賊であれば調査に掛けられることは別段珍しくない。
この前の人攫いも同じく調査に掛けられ、どこかの組織と雇用関係があったという疑いが出てきている。
恐らく、人攫いと死んだ男は同じ組織に属しているのだろう。
更に深く読んでおくなら、あの男が死ぬ様に魔法陣を仕込まれていた理由は、組織の情報漏洩のリスクを下げる為だったのではないだろうか。例を言うと、人攫いからほんの少しではあるが情報を聞き出せている。
憲兵の話によると、俺とエルが人攫いを捕まえてからは町が動く様になったらしく、少しずつ闇市の特定、排斥に取り組んでいっているとのこと。
フェアニミタスタほど…とまではいかないだろうが、闇市が無くなる様に治安が改善されることを願っている。
「うぅ~…夢に出てきそうなもの見ちゃった…」
「死体か。あまり目にするものでも無いが、運が悪かったな」
「しかも毒死とか…目の前で拷問を見せられた気分よ」
戦闘とは関係ない所で生きていれば、人の死体を見るのは葬式などでしか無いからな。
俺も、初めて戦死した人と目が合った時は、気分が悪くなったのを覚えている。
「シルドはこういうの慣れてるの?魔物とか魔獣を見る時と全く変わらない反応だったけど…」
「人の死を看取ったことはほぼ無い。だが、人も魔物や魔獣と変わらない生き物だ。生命が死ぬこと自体に慣れたのだろう」
「私だって狩りをしていたけど、人が死ぬのは慣れないわよ…」
それは、本当に運が悪かったとしか言えない。
毒で苦しみながら死んだんだ。悪組織に属した自業自得とはいえ、見ていて何とも感じないものではない。死に耐性が無いのなら、尚更胸糞悪く感じただろう。
「分からなくはない。俺が最初に人の死を見た時は、仲間と話すことで気を紛らわせていた」
何もしていないと、死体と目が合った瞬間がフラッシュバックしてたまらなかったからな。
本当に胸糞が悪い気分で、冷や汗だか脂汗だかを垂れ流していたことも覚えている。
「なるべく思い出さない様にするしかない。話をしたり、作業でもしていればその内忘れるだろう」
「じゃあ話そうよ…どうせリビングで寝るんだし、睡眠導入させて…」
「あぁ………?」
何となく同意してしまったが、よくよく考えるとおかしな方向へ話が進んでいる。
エルはとぼとぼと家路を辿り始めている。
「待て。俺は特に話題にできる様な話は無いぞ」
「勇者一行時代の話があるじゃん…小さかった頃の話とかも普通に気になるし…」
「あるには…あるが……」
そんなに面白い話だろうか?魔物を倒して魔王城の近くまで進んだって話だけだぞ?
話にするより、当時の方が何倍も面白かったからな。面白く話せる気がしない…
───家に戻り、寝る準備を済ませた後
「さて、聞かせてもらおうかしら?」
「…話しても良いが、面白さが微塵も伝わらなくても良いんだな?」
「他人の昔話なんて、大抵面白いものでも無くない?ただ雰囲気が合っていれば面白く感じるってものでしょ?」
…言われてみれば、確かにそんな気がしてきた。
普通に育ってきた人間の話なんかも、自己紹介の時は聞き入ったりするからな。その中でも稀に、異色の経歴を持つ人がいるというだけか。
「まぁ話すが…どこから話せば良い?」
「そうねー……何で選抜部隊に入ったのか、って所から知りたいわ」
かなり長い間話すことになりそうだな。
「………」
「……シルド?」
自覚は無かったが、俺はこの時10秒近く止まっていたらしい。
原因は分かっているが、自覚も無しに10秒も思考を放棄するとはな。警戒しながら寝ることが困難になるかもしれん。
「…1ヵ月共に暮らしている仲だ、嫌なことも話そう」
「えっ…嫌なことは話さなくて良いわよ。最初に会った時も同じ様なやり取りしなかった?」
「かもしれないな。だが、これを話さないと俺は俺自身を語れなくなる」
実は、俺が士官学校に通ったのも、選抜部隊に入ったのも、魔王討伐部隊に入ったのも同じ目的があるからだ。
それは昔からずっと変わっていない。それこそ、魔王討伐部隊に入りたいと思う前からだ。
「そんなに大事なことがあったの?」
「あぁ…まず、俺が修道院に預けられる所から話すぞ」
ソファで寝っ転がっているエルは興味有り気に頷くと、リラックスができる様な姿勢に変わった。
俺もまた、もう1つのソファに座ったまま話し始める。
「俺が修道院に預けられたのは、生後2、3ヵ月ほどの頃だったらしい」
「当然、俺に預けられた時の記憶は無い。修道院長に教えられるまでその事を知らなかったくらいだ」
エルは楽な姿勢のまま、話を聞き続けている。
「修道院長の話によると、俺の母親は赤子の俺を冬の寒空から守る様に、抱きかかえたまま息絶えていたらしい」
「俺の母親が住んでいた村近くで大規模な紛争が起こり、その戦火から逃げて来た先がベルニーラッジ修道院だったんだ」
「母親は背中に致命傷を負っていたらしく、血痕を辿ると村の方まで続いていた。止血は布を背中に当てただけで、大量の血を流しながら10km近く離れたベルニーラッジまで走ったんだ」
「…凄いお母さんだったのね」
ずっと黙って聞いていたエルは、穏やかな声色でそう言った。
俺は一呼吸置き、話の続きを再開する。
「母親が修道院に着いたのは深夜だった。当然修道院は開いてないし、検閲は門番が居眠りしていたから入れただけ」
「恐らく、前々から修道院があることを知っていたから、門の周辺では止まらなかったのだろう」
「でも、深夜では修道院は開いていない。俺の母親は体力が減っていて、修道院前の雪が積もった道で膝を着いた」
「ドアを叩いた形跡も無かったし、最初から自分が死ぬつもりで修道院まで走ったんだ」
「その後1時間くらいが経ってから、偶然に緊急の呼び出し診療を終えた医者がそこを通りかかったらしく、修道院の裏口を必死に叩いてシスターを呼んだそうだ」
「当然だが、俺の母親は既に息を引き取っていた。俺は医者とシスターが駆け寄ってくる音で泣き始めたとか」
「………」
エルは何も話さないが、視線を向けているのが分かる。
一方的に話し過ぎている所為か、少し息が詰まり気味になる。
しかし、ここで話さなくてはならない、伝えなくてはならないと感じ、急ぎ話を続ける。
「この話を聞いたのが4歳の誕生日だった。しかし、俺は母親の顔を思い出せなかった。皆は耳飾りを付けていたと言うが、それでも駄目だった」
「そして、まだ赤子だった俺の面倒を積極的に見てくれていたのが…───」
…そうだ。何より、この話をするのが怖くて息が詰まっていたんだ。
「───ベッシー。エルフのシスターだった」
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