13.続 新たなスキルはまさかの…?
おかしい。
瞬きすらした覚えがないのに、一瞬で距離を詰められている。
彼が偉業を成した人物というのは知っているつもりだったが、上級冒険者とは皆こうなのだろうか?
「っ!!」
顔面に迫る拳を、ギリギリのところでいなすことに成功した。
(お腹がガラ空き──!!)
いなした勢いのまま、剣先を下げ、腹部目がけて木刀を出す。
しかし、狙っていたシルドの腹部は既に消え、再び顔面の目前まで拳が迫っている。
(これじゃあ、防御するので手一杯じゃない…!)
「ウォークオフ!」
剣での防御が間に合わないと悟ったエルは、魔法を唱えてその場から脱出した。
「………」
再び攻撃を空振りしたシルドは、何を喋ることもなく、落ち着いていた。
辺りを見回してみるが、エルの姿は見当たらない。
(ウォークオフ、と言っていたな。初めて聞いたが、姿が消せる魔法なのか?)
回避系の魔法か何かかと思っていたが、どうやらかなり特殊なものらしい。
少なくとも、人が使っているところを見たことがない。エルフ種特有の魔法なのか、エルが独自で生み出した魔法なのか…
「___えいっ!」
すると、シルドの背後からエルが姿を現した。
シルドは瞬時に察したのか、前方に回避しながら振り返る。
「なっ……」
(何で避けられるの!?今の、ほぼ切り札なんだけど!)
エルは驚きが声に出てしまうが、シルドは何も喋らない。
手合わせとはいえ、これは真剣勝負。
当然のことだが、相手が攻撃をミスしようと、それを嘲笑ったりしないのがマナーだ。
(足跡の痕跡はない…どういった魔法なんだ?)
シルドは少し考えつつも、再びエルに向かって拳を向ける。
エルもそれに応えるようで、勢いをつけてシルドに向かって行く。
「やああああっ!!」
バフを得たのか、エルは素早さが数段上がっている。
「………」
それは剣を振る速度にも影響し、シルドが防御の構えを取ることが多くなった。
しかし、シルドには未だに余裕があり、防御と攻撃を上手く切り替えてエルに仕掛けている。
(私は魔法でステータスを上げてるのに、シルドは多分、何もしてない…)
格闘術とは即ち、身体能力そのものという点がある。
拳や足が武器となり、肉体一つで完結している。それが格闘術。
悔しい事だが、シルドのステータスは、それほど自分とかけ離れて高いのだろう。
魔法でステータスを上げた自分でも、敵わないほどに。
「………」
シルドの放つ拳が風を切る中、こちらは魔法でバフを受けている。
それが何故か、どうしようもなく悔しく感じてしまい、エルはバフの効果を上げながら叩き込む。
「はああああッッ!!!」
更にエルの攻撃は速くなっていき、普段の手合わせであれば間を挟むところだが、今は違う。
「っ!?」
急にエルの攻めの手が止まった。
無我夢中で攻撃をしていたエルも、一瞬何が起こったのか理解できていなかった。
手首にある違和感、それは───
(…出た。私が絶対に苦手な戦い方……!)
それは、シルドの足だった。
シルドは右腕しかないため、殴り合いで戦うにしても、拳だけであれば無理がある。
その問題を解決するべく、彼は拳と足技を組み合わせ、連撃に使うことに決めたのだ。
そこから繰り出される戦い方は、誰がどう見ても異様であるが、格闘家の職業を持つ者からは一目置かれるという。
”常人であれば、不可能な戦い方だ。”と、上級冒険者の1人は語ったほどだ。
当然だ。右拳と左拳での連撃の速さに、彼は足技を組み合わせて追い付くどころか、追い越している。
この戦い方になったシルドに対して、こちらはどう仕掛ければ良いのか。エルはそれが分からなくなってしまった。
(四肢を狙おうにも、攻撃が速すぎて受け流すのが精一杯…!!)
その時、エルは拳を受け流そうと防御の構えを取ったが、構えていた木刀が急に引き寄せられた。
シルドが木刀を掴んだ状態で、エルに話しかける。
「大抵の格闘術系冒険者は、何かしらで手を覆っている者が多い。頑丈な手袋があれば、刃を取ることだってできるからな」
「そして、この状況に置いて言うなれば、防御のし過ぎも良くないということだ」
「っ……!!!」
エルは、シルドが木刀を離した瞬間、攻撃を開始した。
もちろん、感情の高ぶりからそうなっている部分もあるが…いや、ほとんどが影響してそうなっている。
彼の攻撃に比べたら、実際の威力も迫力もないけれど、それでもひたすらに防御と攻撃を繰り返した。
しかし、その全てをガントレットで防御し、回避するのがシルドという男。
やがて、余裕そうな顔がぶれないシルドにしびれを切らし、エルは大振りを繰り出してしまう。
「やああああああッ!!!!」
あらん限りの力を込めて、叩き切ることをイメージして繰り出したその大振りは、当然ながらシルドに当たる気はしなかった。
自分はただ、今自分が出せる力の限りで、一か八かの脳天かち割りを繰り出しただけなのだ。
「悪くない」
言葉が聞こえたと同時に、私の顔面右側に向かって放たれた拳が、眼球の目前まで来てようやく認識できた。
気が付けた所で手遅れなのだが、私は思わず振っていた剣を引き戻してしまった。
(これ、本戦だったら死ぬやつ……)
私は、眼球に迫ってきている大きな拳を眺めながら、そんなことを考えていた。
「ここまでだな」
シルドの声を聞いて、強く瞑っていた目を開くと、彼の拳は私の顔の真横辺りで止まっていたらしく、その場所から拳を引き下ろしていた。
剣技だけじゃなく、格闘術でもここまでとは。もしかしたら、彼もレンジャーなのではないかと、疑ってしまうほどの実力を持っていた。
私も、1ヵ月前に比べたら動けていた方だとは思うが、単純にステータスの圧倒的差で負けた感じが強い。
「初の格闘術相手にしては、よく動けていたと思う。普段からの鍛錬の成果が出ているな」
「貴方相手だと、そんな実感があまり感じられないのよね…」
実際、この1ヵ月の間では、エルよりもレベルの低い敵を相手にすることが多かった。
それは、剣技を実践できるかどうかを見るためであって、本人のレベル上げにはほぼ関係していないだろう。
「まぁ、ロックトロール以来、強い魔物とも戦っていないしな」
安全第一を考えた結果だが、そろそろ”挑戦”をさせてやる頃合いだろうか?
「今の敗因って、ステータスの差だと思うんだけど、シルドはどう思ってるの?」
正直なことを言うと、俺が素手で手合わせをしようといった理由は、自分の格闘術が鈍っていないかを確認するためだった。
エルの剣技は明らかに成長しているし、決着をつけたのも、エルの隙を見計らっただけだしな…
「そうだな、概ねその通りだろう。ただ、エルがステータスを底上げするスキルや、魔法の使用が少なかったという考え方もあるが…」
「いやいや、いつもの数倍は出力を上げた魔法で、素早さを上げていたのよ?それで敵わなかったんだから、明らかにステータス不足なんじゃない?」
確かに、途中から勢いが増したというのはあったが、俺が素で対応できていたということは、そういうことなのだろう。
剣技にのみ焦点を当てていたが、元は弓使いなんだ。体力はあっても、筋力が足りないか?
「なら、ステータスを上げるために何か始めるか。とりあえずは、ランニングと筋トレだが…」
「走るのはまだしも、筋トレね…ちょっと苦手かも…」
「ステータスで筋力が低いと言っていたのは、もしかしてそこから来ていたのか?」
エルは自分のステータスについて、素早さだけが取り柄だと言っていた。
もし、苦手だからと言って筋トレを避けているのであれば、上級冒険者まではかなりの回り道をすることになる。
「筋トレはしておいた方が良い。筋力が上がることで、剣の振りも速くなるし、防御力も上がる」
「特にお前は、掴んだだけで折れてしまいそうなほどの細腕だ。これだと、腕立て10回辺りが限界かもしれない」
俺がそう言うと、エルは息巻きながら腕立ての姿勢になった。
「何言ってるのよ。流石に腕立てくらい、20回以上できるはずよ!」
そんな宣言をしてから1分後。
「くぉぉ………っ!」
11回目を終えたエルは、姿勢を保ったまま腕をプルプルと振るわせていた。
必死に筋トレに取り組むエルに、俺はどう声を掛けるべきか悩んでいた。
「…筋トレは、急に回数をこなせるようなものじゃないんだ。筋肉がつくのは、時間がかかると言われているだろう?」
「えぶっ!」
…12回目に挑戦し、体を地面スレスレまで降ろしたところで、彼女は顔から地面に突っ込んだ。
体を起こす力が残っていないのか、寝返りを打って仰向けになった。
「うーん……疲れた…」
「!」
胸で息をするほど疲弊している所で、俺はあることに気が付いた。
それは、彼女が着ている服の胸部分が、土で汚れていたことだ。
(声を掛けるべきか分からない…)
恐らく、あれは女性にしか分からない問題なのだろう。
「…土汚れが付いているから、その服は洗濯した方が良いだろう」
「するけど、ちょっと待ってー……」
そんなことは露知らず、エルは寝っ転がり続ける。
…気まずいので、先に小屋に戻ることにする。
「えぇ…置いていかないでよ…」
シルドが歩き始めたのを察知したエルは、生気の薄れた声で、そう呟いた。
やがて、むくりと上半身を起こし、のそのそとシルドの後に続いて小屋に戻るのだった。
服の替えを用意するため、エルは借りている2階の部屋に戻っていた。
(…うん。これでいいかな)
着ていた物と同じく、あまり装飾のないシンプルな衣服を手に取る。
しかし、着ている服を脱いだ時に、ある衝撃の事実を目の当たりにする。
(胸の所に集中して土汚れが…!?)
確かに、上着の至る所に土汚れはあったが、胸の部分だけは明確に茶色くなっている。
それはまるで、胸だけを地面に押し付けたかのような汚れだった。
(腕立てした所為か!普段は腕立てしないから、こうなるとは予想していなかったなぁ…)
下着姿のままでいるわけにもいかないので、新しい服に袖を通しながら考えていると、ふとあることに気が付いた。
”…土汚れが付いているから、その服は洗濯した方がいいだろう。”シルドは確かにそう言った。
エルが仰向けに寝っ転がっている所を、立ちながら見ていたはずだ。
それはつまり…?
(…私、シルドの前でとんでもない恰好を晒していたんじゃ…!!?)
急に、どっと顔が赤くなる。
たとえ無意識でも、家族にすら見せたことのない淑女らしくない姿を男性に見られたとなると、羞恥心が抑え込めなくなる。
不格好だったろうし、間抜けにすら見えただろう。
胸への注視は感じなかったが、それはシルドが気づかってくれていたからだろうか。
もしかして、先に小屋に戻って行ったのも…
(……aaaauuugghhh!!!aaaaaaaaaauuuuuuuggggggghhhhhhhhhhhhhhh!!!!!!)
シルドに気付かれないよう、エルは心の中で発狂を留めるのだった。
──10分後 一階のキッチンにて
なんとか発狂乱を抑えたエルは、階段を降りて朝食を用意しているであろう、シルドが待つキッチンへと向かった。
「着替えたか。肉を薄く切ってほしいんだが、できるか?」
「あ…え、えぇ。もちろんよ…!」
自分でも分かってしまうほど、少々変な態度を取ってしまっている。
顔にこそ出ていないだろうが、隠しきれないぎこちない声は、自分の耳でも聞き取れる。
「そういえば、お前宛ての手紙がギルドから届いていたぞ。見覚えはあるか?」
シルドは食器を出しながら、テーブルの上に指を指した。
言われてテーブルの方へ行ってみると、確かに私が所属するギルドの封蝋が付けられた手紙があった。
手紙を手に取り、封を開けると、それは1ヵ月前に助けた女性からの文だった。
「これ…人攫いから助けた人の手紙だわ。ギルド経由だがら印が付けられていたのね」
手紙は丁寧な書体で綴られており、エルはそれを読み進める。
─シャーレティー・エルフォレストラ様へ─
人攫いから助けていただいた者です。その節は、本当に救われました。何度感謝してもしきれません。
あれから、私と夫はデカルダの町を出ることとし、この手紙はフェアニミタスタから書いています。
この町は、デカルダとは治安の良さが圧倒的に違い、独り身の女性でも夜道を歩けるほどです。
私の夫がフェアニミタスタにある店の株を持っており、株主優待券を持て余していたことも、住居を選んだ理由になります。
僭越ながら、お礼として株主優待券を送らせていただきます。エルフォレスト様は冒険者ですので、お役に立つかもしれません。
文を読み終え、手紙とは別で入っていた包みを開けると、そこには優待券が”2つ”入っていた。
「株主優待券をくれたみたいなんだけど…多分、シルド用かしら?2つ入ってたわ」
「株を持っている人なのか。そこそこ良い家庭の出なのかもしれないな」
シルドがエルに寄り、優待券2つを確認する。
(株主優待券…フェアニミタスタの装備店のか。5割引とは、かなり優待されるものなんだな)
「全品対応と書いてあるから、恐らくオーダーメイドにもこれが使えるはずだが……どうする?」
「?どうするって……??」
私たちの居る町近くの山からフェアニミタスタまでは、馬を使って3日ほどだ。
それ故に、彼の言う”どうする?”が、何に対してのどうなのか、少しの間が経ってから理解した。
「えっ…まさか、フェアニミタスタ行っちゃう…?」
「俺は構わない。お前の使い易い武器や装備も、フェアニミタスタなら手に入るだろうからな」
オーダーメイドをするなら、金貨100枚からが目安だが…女性の権利を主張する、フェアニミタスタのことだ。
普通に売っている物でも、エルに馴染む武器があるのではないだろうか。
ただ、彼女が自力で稼いだ金は、まだ金貨30枚にも達していないはずだ。
この1ヵ月間で、中級程度の魔物なら何とか倒せる所まで成長したが、それでもまだ暫くはお預けだな。
期間についても特に決められていない様だし、地道にやっていくしかないだろう。
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