11.妖精の領域
森の中で戦うことになった2人。攫われている人物の中には、ギルドに捜索依頼が来ている
女性も含まれていた。森の民と呼ばれるエルフ種であるエルが、弓の腕を存分に披露する。
自身も高台になりそうな場所に向かって走り始めた頃には、シルドは既に森の入り口付近に着地していた。
問題が起きた場所は、入り口から遠くはないものの、援護するなら自分も森に入る必要がある。
いや、ある意味、既に森に入っているとは言えなくもないが…
木の上というのは、どういう判定になるのだろうか?
「──い、何やってんだテメェら!」
道路を辿って一番最初に聞こえたのは、何者かの罵声だった。
曲がった道がある故に、実際には何が起きているのかは分からないが、相当大きな声を出しているのか、その声は森の中にはっきりと響き渡っていた。
「コイツらが急に出てきました!おい新入り!ボーっとしてねぇで手伝え!」
「は、はいっ!」
「んー!!」
「うーっ!」
何者かのやり取りの後から聞こえたのは、猿轡を嚙まされているのか、籠った声で叫ぶ拘束されているのであろう、人の声だった。
エルに森の声で調べてもらった時には、3人が拘束されていると伝えられたが、今のところ聞こえたのは2人の声だけ。
最悪の可能性も考えられるが、そろそろ問題の位置に着くだろうか。
「皆でやれば怖くないってか?ふざけた事ぉ企みやがって!」
その言葉に続き、あからさまに人体を殴る音が聞こえた。
シルドが到着したのは、丁度その光景が見えたタイミングだった。
「ふざけた事をた企む、か。その言葉、回り回って自分に刺さっているんじゃないか?」
「っ!?誰だ!」
ほぼ反射的に人攫いがそう叫ぶと、声の聞こえた方へと全員が顔を向ける。
人攫いは3人。拘束されている人も3人。
シルドは堂々と正体を現し、提げている剣を抜きながら道路を歩いてくる。
(捜索依頼が来ていた女性もいるな。あとは…別の町で攫ってきたのか?)
ギルドの張り紙によって見覚えのある女性と、残りの2人は捜索依頼では見覚えのない男性だった。
「ま、マズいぞ!ファングネルだ!」
「くっ…畜生があッ!」
人攫いのリーダーと思われる、馬に乗っていた1人が弓を構えると、仲間の2人も魔法と剣を構える。
戦闘開始の言葉もなく、弓を放った時点で総攻撃を仕掛けてきた。
「ファングネル!サシで勝負しやがれえええええッ!」
(総攻撃をしておいてか…)
剣を持った人攫いの1人が、大きく振りかぶりながらそう叫んだ。
剣使いがその程度なら、この戦いはスキルを使うまでもなさそうだな。
シルドは相手の剣を待つこともなく、自分の剣を繰り出した。
(えっ。だ、大丈夫かな…)
相討ちになってしまうのではないかと、木の上に乗って見守っているエルが、不安そうにその光景を眺めている。
「おりゃああああっ!!!」
「…斬撃変換・打撃」
シルドは、剣を振りながらスキルを唱えた。
スキル名からして、峰打ち用のスキルと言ったところだろうか。蛮族を監獄送りにするためには、最適なのだろう。
エルと一緒に襲撃を受けた盗賊戦でも、これと麻痺衝撃を合わせて使っていたはず。
「がはぁっっ…!!」
当然だが、攻撃してきた人攫いは剣を掠らせることすらできず、シルドの剣を諸に受けて地面に倒れる。
「くそぉ…っ!」
弓を持ったリーダー格の人攫いが、シルドに矢を放った。
しかし、慣れとは怖いものだ。ただの弓矢なら、不思議と全く心配にならない。
彼なら、飛び道具対策のスキルも使っているだろうし、何だったら飛んできている矢を切ることすらできる。
たった今、まさに言ったように、羽虫を叩くかのように矢を切り捨てた。
「なっ…!」
(あの弓使い…私が援護しないと!)
準備しておいた弓を構え、静かに魔法を唱えて弓矢に纏わせる。
焦る必要はない。他ならぬ、彼が前に出てくれているのだから。
「サイレントストーム……っ!」
慣れない状況ながらも勇気を出し、一思いに矢を放つ。
魔法効果のお陰で、矢は一切音を鳴らすことなく、リーダーの背後の地面に刺さった。
「なっ…!てめぇ、誰か付かせてやがるな!?」
「だが、狙いが悪いみたいだな。残念な仲間を持ったことだ!」
「ファイヤー・ロックウォール!」
もう1人の人攫いが魔法を唱えると、シルドを中心に円状の炎の壁が現れ、シルドは身動きが取れなくなってしまた。
「ハッ。物理攻撃が仇になったな!テメェは生きたまま焼き殺してやる!」
(…エルのことだ、何の算段もなくあの矢を撃ったわけではないだろう)
ロックトロール戦でも、指示した箇所に一寸のズレなく命中させる彼女のことだと思えば、矢を外したのは何かを企んでいるのだと思う。
歯を見せて笑う余裕を見せる人攫いのリーダーに対し、俺は静かにリーダーの後方を見つめる。
地面に刺さっている矢を見てみると、何やら魔法が込められているようで、かすかに緑色に光っている。
そして、あれが何か、俺が気づく前に、矢は効果を発動した。
「うわああああっ!何が起きてやがる!!?」
「風魔法っ!?リーダー!そこから離れてください!!」
(よしっ!お馬鹿なのはどちらか、身に染ませて学習することね!)
なるほど。おそらく、エルもしてやったりと、満足気にしていることだろう。
そして、エルは柔軟な発想を活かしてあの矢を撃ったのだと、たった今理解できた。
「クソッ!!ふざけた真似しやがって…っっ!!」
怒りの表情が露わになったまま、人攫いのリーダーは背の矢筒に手を伸ばすが、何らかの異変を感じたような反応をしている。
「俺の矢は……?」
手を伸ばした先である矢筒の中には、1本も矢が入っていなかった。
「…いいや、そういうことか。姿すら見せず、姑息なことばかり思い付きやがる仲間だなぁ。お前のお仲間はよ!」
エルが奴の後方に矢を刺した理由…それは、人攫いのリーダーの矢のストックを消すためだった。
どんな魔法なのかは詳しく知らないが、かなり強い風を呼び起こしていたのは間違いない。
そして、人攫いのリーダーの矢筒の位置が、腰元から横向きに設置されていたことが好条件だったのだろう。
「他人の成果を盗むお前たちが、よく言えたものだ。戦士として負けるか、人攫いとして負けるか、今の内に決めておくといい」
そう伝えると、俺は人攫いに近づくために、炎の壁に向かって歩き始めた。
「それは、やめておいた方がいいと思うぜ。その壁には、必中効果が付いている」
「大した威力でもないが、外観通り、全身を生きたまま焼かれることになる。拷問に近いシロモノだ」
それでも俺は、歩くのを止めない。
ガントレットも剣も持っているからだろうか、人攫いの攻撃が何一つ脅威に感じない。
いよいよ、炎の壁に指先が触れようとしていた。
「血迷ってんのか…?」
(さ、流石に必中付きの炎に触れるのはマズいんじゃ…)
エルも人攫いも、シルドの行動を見守る中、躊躇うことなくシルドは炎の壁に触れた。
炎の壁から出てきたのは、無傷の手だった。
そこから腕、更に全身をも炎の壁に触れたが、シルドの体に火傷の痕は一切見当たらない。
「い…一体、どうなって……」
スキルの発動も、魔法の加護も、何もしていなかったはずだ。
魔法を唱えた人攫いは混乱し、それはリーダーも同じだった。むしろ、理解不能からくる恐怖すら感じていた。
”世界最強など、過去の栄光だと思っていた。”
リーダーは、そればかりが脳内で木霊し、後悔も何もかもを投げ捨て、この場から逃げ出したいとすら考えていた。
何故なら、知識から欠落させていたはずの”世界最強”が、今になってようやく確信に変わったからだ。
最近の成果は大したことないからと余裕振って、シルドの住む町の近くで活動していたが、それこそがとんでもない間違いだった。
(エルの援護があるから、剣を使うまでもないか)
既に剣を鞘にしまっているシルドは、ガントレットで戦うスタイルに変えた。
「ラヴァペット──!」
炎の壁を突破され、焦りを感じた人攫いの魔法使いは、再びシルドに攻撃をしようとしていた。
しかし、瞬く間にシルドの後方から風切り音が聞こえ、音の正体はすぐに分かった。
「ぐあっ!!」
鏃が球体状になっている矢が、魔法使いの鳩尾に命中し、魔法の発動をキャンセルさせた。
だが、その矢は鈍痛を与えることに特化しているため、致命傷を負わせることはできない。
魔法使いは、すぐに反撃を開始した。
「っ…アイスピック!」
無数の針が現れ、一斉に攻撃が飛んできた場所に目がけて発射する。
俺はそれを見て、絶対に当たらないだろうなと、確信してしまった。
「…森は、妖精の領域だぞ」
「っ!?」
シルドの発言を聞いた魔法使いは、動揺を隠しきれず、自分の足元に向かって飛んできている矢に気付けなかった。
そして、その矢は赤く光っており、火属性の魔法が籠っていることが見て取れた。
コンマ数秒の後、その矢は小規模な爆発を起こし、魔法使いの体は馬車の後方まで飛んでいった。
「ぐっ…うぅ……」
魔法使いの気絶を確認し、俺は残りのリーダーの元へと歩いていく。
「ひっ……」
何を考えているのか知らないが、リーダーは歩いてくる俺を見るだけで、体を強張らせて怯えていた。
「さぁ、覚悟はできているか?」
木の葉が擦れる音が聞こえ、エルが人攫いの被害者の元に、恐る恐る寄っていた。
「だ、大丈夫ですかー…?」
「え、エルフ…!?」
…案の定、彼女は自分の種族を驚かれているみたいだ。
被害者たちの拘束具を外し、怪我の手当をしている。
「て、テメェなんか…普通じゃねぇ……!」
「お前の慢心を、俺たちを狂人と呼ぶことに直結させるな。お前たち程度、中級冒険者がいれば十分だ」
人攫いのリーダーは戦う意志がないようで、指示に従って大人しく縄についた。
今回の戦果は、エルの尽力のおかげと言っていいだろう。
改めて、弓に関しては、かなりの実力を持っていることが確認できた。
森の声を聞ける種族だからこそ、あの戦い方が成立するのだろう。
相手も自分も、お互いの姿が視認できない状況にあっても、不失正鵠に矢を当てるとは。
エルの弓の実力は、サポーター型として強力な戦力になりえる。
中級冒険者の実力を上・中・下に分類させるとして、あの戦い方ができるなら、現時点でも上に位置するはずだ。
「エル。大事ないか?」
「私は大丈夫。この人たちの方が、少し心配かも…」
被害者の方に目を向けると、全員が酷く衰弱している様に見えた。
「助けてくださり、ありがとうございます。シルド様と……お弟子様…?」
エルについては特に公表していないため、どう呼ぶべきなのか困っている様子。
そして、捜索依頼を出されていた女性が、被害者の中に混ざっていた。
「婚約者と会うために町に来て、その日に攫われたという女性で間違いないか?」
「は、はい。そうです」
「無事で何よりだ。既に町の憲兵を呼んでいるが、見つけやすいように森から出よう。馬車に乗ってくれ」
人攫い3人、被害者3人の6名を乗せて、エルに馬の操縦を任せた。
俺は馬車の後方に張り付き、人攫いが暴れないか、監視をする役割に回った。
エルを休ませてやりたいという気持ちもあったが、近接戦に慣れていないエルを監視につかせると、万が一を考えたら危険だと思ったからだ。
「シルドー?憲兵さんが見えたわよー」
それを聞いて前方に回ると、憲兵2人が馬でこちらに向かってきていた。
俺とエルは馬車を止め、人攫いと被害者の引き渡しの準備を始めた。
「人攫いから外に出ろ」
人攫い3人はすっかり大人しくなり、暴れることなく荷台から降りた。
被害者の3人も続けて降りてきて、憲兵からの確認が入る。
「両腕を背中に回すんだ」
憲兵は、より強力な拘束具を装着するため、人攫い1人1人に武装検査などを行っていた。
(俺がイカれてんのか、奴がイカれてんのか、それすら分からねぇ…)
(クソッ…上に知らせねぇと……)
その後、人攫い3人は縦一列に並ばされ、憲兵による十分な監視のもと、町の方まで連行されていった。
被害者たちは衰弱が酷かったため、そのまま馬車に乗せられ、町の保護施設へと送られていった。
去り際に、憲兵は町公認の捜索依頼完了の切符を切り、エルに渡した。
「この切符、私が貰っちゃってよかったの?」
「実際、人攫い3人の内、2人を無力化させたのはエルだろう。お前の戦果だ」
渡される切符は、討伐者の名前が刻まれるため、討伐者以外がギルドに持ち込んでも、報酬を受け取ることはできない。
町から捜索依頼が出ていたこともあり、報酬金も金貨3枚と、高額な報酬となっていた。
もちろん、魔獣狩りの方が単価が高いことは間違いないが、それでも捜索依頼としては好条件となっている。
「丁度良い。ギルドに受け取りに行くのだから、スキルの鑑定もしてもらえるな」
「あ。その話、すっかり忘れてたわ」
憲兵たちの後を追うように、俺達も町への道を歩き始めた。
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