102.孤高でもなく
別の日。
朝焼けの空の下を走り、食事を終えた後、シルドは出かける準備をしていた。
というのも、今日はデカルダ中の魔物や魔獣を倒して回る予定だったからだ。
家に帰ってくるのは、正午を過ぎてからになる。
「エルに、これを預けておこう」
すると、シルドは宝石を取り出した。
細い縦長状に加工されていて、首から掛けられるようにチェーンが付いている。
「これは…?」
「転移魔法が込められた小物だ。装飾品だが、魔道具と呼ばれることもある」
「て、転移魔法?そんな高位な魔法、一体どこで作ってもらったのよ…」
エルは、その宝石を恐る恐る受け取った。
「それは、レイネとゴレモドが作ったもので、部隊に居た時に貰った物だ。宝石を手に持って、移動先を強くイメージすれば使える」
高位の魔法を装飾品に宿す場合、魔力を溜めやすい物として宝石が選ばれると聞いたことがあるが、実物を見たのは初めてだった。
転移魔法という、一般人なら絶対に触れられないような研究段階の魔法が、この宝石に宿っている。
それに加えて、宝石としての価値も高いことから、眺めるだけでも気を遣ってしまう。
「使えるのは1度きりだから、本当にどうしようもなくなった時に使ってくれ」
「こんな大事なもの、恐れ多いわよ…」
「そんなに気にするな。元より、あいつら2人が旅の道中の気まぐれで作ったものだからな。ずっと使われずに放置されているより、使う可能性がある人に渡った方が、その宝石にも意義があるだろう」
荷物がまとまり、シルドは玄関に移動する。
「それと、手を繋いだ状態で使うと、2人までなら一緒に転移できる。外出する時はエラと一緒だろうし、覚えておくといい」
「わ、分かったわ…ありがとう」
玄関の扉が開いた。
「それじゃあ、行ってくる」
「気を付けてね」
エルに並んで立っていたエラの言葉を聞いて、シルドは家を後にした。
さて、今回シルドが1人で魔物を倒して周ることについてだが、しっかりとした理由がある。
それは、エルに助言したことが関係している。
(エルに、1人で戦うことに慣れろと言ったわけだが、長らく1人で戦っていないのは、俺も同じだ)
もちろん、1人で戦う機会が一切無かったわけではない。
しかし、全盛期と比べたら、戦い足りていないのが事実。
自分で言ったことなのだから、自分もやってみようという考えに至ったわけである。
(そろそろ目的地だな)
戦線に戻ることを見据えて、戦う魔物は簡単な相手ではない。
初めは、ジャーゴリラ。
ドゥーモンキーの上位互換とも呼ばれる魔物で、知能が高く、勝てないと判断すれば撤退を選ぶこともある。
体長は3mを優に超え、足は遅いが、力がとにかく強い。掴まれたら、致命傷は必至。
それでいながら魔物らしく、人間に対しては極めて敵対的で、見つけたら襲い掛かってくる可能性が高い。
デカルダでの目撃例は極めて稀だが、背の高い木が集まる森林地帯に現れたそう。
巨大な手足の痕跡が残る、草の剥がれた道を歩いていると、ジャーゴリラが見えた。
「………」
(…こちらを見てるが、距離があれば襲い掛かってこない…普通のゴリラと似ているが、あの見た目で見分けがつかないわけがない)
振る舞いはそっくりだが、外観はいかにもな魔物らしい。
存在から魔力を感じることができ、体毛は黒よりも紫に近く、怒ると明るい色になる。
紫色からして、雷属性の魔物を彷彿とさせるが、魔法は一切使ってこない。
「……──…」
自身に向かって歩いてくるシルドへの威嚇か、少しだけ唸った。
だが、シルドは歩みを止めない。
むしろ加速した。
「…───!!」
ジャーゴリラは、傍に生えていた木をむしり取り、シルドに向けて振り落とした。
シルドは地面に倒れた木に飛び乗り、更に加速してジャーゴリラに迫る。
「────!」
「……ッッ!!」
ジャーゴリラが木を持ち上げようとした瞬間、シルドは木を強く蹴り、懐に潜り込む。
「ふんッッ!」
腰の入った、良い拳を脇腹に打ち込んだ。
そのまま後ろに回り、背後から再度脇腹に打ち込む。
ジャーゴリラは痛みに悶え、腕を振り回し始めた。
その腕を踏み台にして、今度は左のこめかみに蹴りを入れる。
ジャーゴリラはよろめき、シルドは蹴った勢いのまま離れ、距離を取った。
「──…!!!」
ジャーゴリラは荒い息と共に、シルドを睨む。
(インファイトであれば、体格の小さいこちらが有利か)
「──────!!!!!」
「!」
分析をしていると、突如ジャーゴリラが飛び込んできた。
ジャーゴリラは着地と同時に両拳を地面に叩きつけ、土煙が上がる。
振動も凄まじく、空気を伝って肌で感じれる程だった。
(…ジャンプしていなかったら危なかったな)
再び木をむしり取り、今度は両手にそれを構えた。
「───!!!」
周りの木に干渉することなど気にせず、四方八方乱雑に振り回し、一帯の環境を滅茶苦茶にする。
やがて倒木が起きたりと、やはり伊達に馬鹿力ではないようだ。
「ラッシュ・アウト」
シルドは剣を抜くと、倒木やジャーゴリラの持っている木も含めて、全てを切り刻んだ。
「パンクド・ラッシュ」
「──!?」
切り刻んだ後に、金属同士がぶつかる音と共に、ジャーゴリラの頭部に衝撃が走った。
槌で鉄を打つような音が響いたが、ジャーゴリラにはあまり効いていないようだった。
(硬い…出力を上げないと倒せないか)
「─────!!!」
「くっ……!」
ジャーゴリラが迫ってくると、右腕、左腕と、薙ぎ払うような攻撃をしてきた。
腕のリーチが長く、回避するのにもひと苦労だ。
時折虫を捕まえるように、両手で挟もうとしてくるのだが、体を掴まれれば死が待っている。
攻撃のペースも速くなっていて、迂闊に動けなくなってきた。
(一度下がるか……っ!?)
距離を取ろうと後ろにジャンプすると、逃さんと言わんばかりにジャーゴリラも飛んできた。
「────!!!!」
右腕が振り上げられており、空中にいるシルドは回避する術がない。
「ガードアウト───!」
何かを唱えようとしたが、振り下ろされる腕の速度には間に合わなかった。
「ぐぅッッ…!!」
剣とガントレット越しに受ける衝撃をなんとか耐え、地面に接地し受け身を取る。
(油断した…防御が間に合っていなかったら、装備を壊されていたかもしれん)
どうやら、先ほど唱えようとしていた何かが、多少なりとも効果を発動していたようだ。
後を引く腕の痺れを払うように、シルドは剣を払った。
(こいつは想像以上に強い。既に一度しくじった、次で片を付けよう)
「────!!!」
良いタイミングで、ジャーゴリラが腕を振りかぶった。
シルドはゆっくりと、しかしジャーゴリラよりも速く、剣を構えた。
「──ラッシュ・アウト」
言葉と同時に、その場所で爆発が起きた。
しかし、爆弾や魔法を使ったことによる爆発とは違い、煙はない。
爆発によって一瞬だけ見えた炎の後には、ジャーゴリラを含めて何も残っていなかった。
「………」
シルドは辺りを見渡し、脅威がなくなったことを確認すると、溜息を吐いた。
(前よりかはマシだが、まだまだ精度が悪い。以前なら、もっと大きな規模の爆発が作れたはずだ)
それは、シルドが部隊に居た時、奥義として使っていた方のラッシュ・アウトを指している。
高威力、広範囲で使い勝手の良い技ではなく、絶対的威力を持つ方のことだ。
(分かっていたことだが、力を入れてこれなら、決定打に欠ける。以前と同じ要領で戦えるわけがない)
改善はされているが、片腕が無いことに変わりはない。
そして、それこそが根本的な原因であるため、効果的な改善方法も見つからない。
(……ラッシュ・アウトに頼るのも、もう潮時なのかもしれないな…)
初めて覚えたスキルであり、長きにわたって苦楽を共にした。
最も習熟度の高い技ではあるが、限界が見えている。
ハードアタッカーとして、元勇者パーティーの火力役として、下がった攻撃性能ではその水準に達していない。
そもそも、今となっては素早さも頭打ちになっている。
例えば、全力で走ることになったとして、普通なら両腕を振って走るものだが、今のシルドにはそれが叶わない。
つまるところ、素早さ、回避力も低下しているということだ。
(単純に攻撃をするにしても、方法を見直さないといけなくなった。ヒットアンドアウェイが前提のままでは、体がついてこない)
ベルニーラッジに向かうまで、残り3週間もないというのに、攻撃力も攻撃方法も練っている状態だ。
幸いなこととして、攻撃方法については実用的な案がある。
(ヒットアンドアウェイに比べたら、圧倒的にリスクが増すがな…)
ずばり、カウンターを主体とする戦法だ。
シルドの場合、当てられるのを待つまでもなく、強行状態で殴り掛かることになる。
カウンターというより、防御を捨てるといった方が正しいのかもしれない。
(今日は、その戦い方も試してみるか)
そして、次の目的地へと向かう。
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