世界が変わった日
「ユウキを長年蝕んでいた病気が…完治した」
俺こと葦名原海斗は、父親の葦名原一徹から伝えられたその言葉に両目を大きく見開いた。
周囲からは喜びの声が吹き荒れる。
一徹により集めらた親族、仕えてくれている使用人たちだ。
「ユウキが…よかった」
俺にとってもその報告は喜ばしいものだった。
その瞬間までは。
「もう一つ報告がある」
一徹の声で場がしんと静まり返る。
一徹は少し周囲を見渡すように目を動かしてから最後に俺を見た。
感情の感じられない目だった。
「これまではカイトをこの家の後継者として育ててきたが、それはユウキが不治の病だと診断されていたためだ。ユウキの病気が完治した以上、この家の後継者はカイトではなくユウキとする」
俺は最初言葉の意味が分からなかった。
次第に一徹の発した音が、頭の中で意味を結び始める。
「な、なに言ってるんだ父さん?冗談だろ?」
俺の言葉に、一徹は冷たい視線を返した。
呼吸が荒くなるのが分かった。
「お前はユウキの代用品に過ぎん。ユウキがいるのに養子の分際でこの家の後継者になれるわけがないだろう」
一徹はきっぱりとそう言い切る。
いやな沈黙が降り注いだ。
「で、でも、俺はこれまで後継者になるための教育を…」
「それもこれからはユウキに受けさせる。お前はもう受けなくていい」
ようやく俺は理解した。
もうこの人に何を言っても届かないのだと。
視界が滲んだ。
それを悟られたくなくて、俺は顔を俯かせる。
「これからの人生は好きに生きるといい。だが、この家にいることは許さん。いらん後継者争いの火種になっても困るからな」
今日中に荷物をまとめて出ていけ、という言葉と共にボスッと目の前に何かが投げつけられた。
財布だった。
変に冷静な気分で中を確認すると、十万円が入っていた。
高校生を放り出すにしては安すぎる金額に呆れた笑いが漏れる。
俺はゆっくりと立ち上がると、拾った財布を思い切り一徹に向かって投げつけた。
「な、何をするか!?」
「くたばれクソ親父」
俺は中指を立ててその場を後にした。
後ろでは何やら騒がしい怒鳴り声が聞こえてきたが、俺にはもう関係ない。
俺は早々に荷物をまとめて家を出た。
当然見送りには誰も来ない。
「…サエおばさんには挨拶したかったけどな」
今にして思えば、あの家の人間は皆俺に冷たく当たっていた。
実子を差し置いて養子の俺が後継者になるのが許せなかったのだろう。
そんな家の中でも、お世話係としてお世話をしてくれていたサエおばさんだけはとても良くしてくれていた。
まあこんな状況で俺に会いにくれば碌な目に合わないだろうし、仕方ない。
「さて、どこに行くかな」
財布も投げ返してしまったし、貯金も心許ない。
どこか友人の家にでも身を寄せようか。
「……」
俺はザーッと友人のリストを頭の中でスクロールしてみる。
今の俺を泊めてくれそうな人…0人。
「俺の家目当てのやつばっかりだからな…あれ、なんでだろ?涙出てきた」
つまるところ家を追い出された俺に優しくする理由なんて皆無なわけだ。
ひとまず今日のところはマンガ喫茶にでも行くしかないか。
オレンジ色に辺りを照らしていた夕日は夜に飲み込まれつつある。
肌寒い秋風が首筋を撫でていった。
「…ん?あれ?」
マンガ喫茶のある商業区域を目指して歩いていると、あることに気づいた。
この道ってこんなに人通りが少なかっただろうか?
「なんだ…この匂い」
ふと、ある臭いが辺り一帯に充満していることに気づいた。
鉄臭い。
鼻をツンと刺すこの臭いは何とも言えない不快感を与えてくる。
一歩前に進む。
臭いが強くなる。
更に一歩。
少し先の曲がり角が目に入る。
ちょうど角になっている地面に何か、ついていた。
赤。
赤赤赤。
赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤。
赤い、液体。
「…ひ、」
情けない声ともいえない空気が喉から零れる。
気味の悪い非日常感が脳髄に満ちていく。
絶え間ない耳鳴りに鼓動が無理やり早められる。
逃げるべきだ。
そうだ、逃げるべきなんだ。
でも足が動かない。
近づいてくる。
何が?
…死が。
俺の胴体に無数の牙が生々しく突き刺さったのが、最後の光景だった。
こういうの書いてみたかった笑