開始-4
森に居た理由をウォーレンは説明した。
「この子を捜していたんだ
知り合いの子でね
出かけたっきり帰って来ないからって捜索依頼が出されていたんんだ
まさかとは思ったけど森にまで来ていたとは驚いたけどね」
言ってウォーレンは子供の頭にポンと手を置いた。
なるほど。
2人が顔見知りっぽかったのもそういう理由か。
「ほら自己紹介しな」
ウォーレンは子供にそう言って俺に優しく突き出す。
「あ、僕は……
ラクト・ヴィンターって言います
さっきは助けてくれてありがとうございますカズさん」
ラクトと名乗った子供は恥ずかしそうにおどおどしていたが、きちんと俺に自己紹介してくれた。
うん、いい子だ。
「どういたしまして
よろしくなラクト」
自己紹介を終えた後、ラクトの言っていた事にウォーレンが反応した。
「助けてくれたっていうのは?」
「ウォーレンさん!
カズさんはすごいんだよ!
見た事のない魔術で僕を魔物から助けてくれたんだ!」
ラクトが興奮気味に説明していた。
“魔物”ってあの怪物のことか。
結果的に助けたのは事実だが、あれはもう自己防衛だったしな。
しかもおれは魔術なんて類のものは使っていない。
当たり前だがそもそも使えない。
ラクトには拳銃による銃撃が魔術に見えた様だ。
「魔物を人間が倒しただって?
一体どんな魔物だい?」
さっきから妙に気になるな。
その人間ディスってる感じなんなのか。
何か訳ありか?
俺がそんな事を気にしている間に、ラクトはウォーレンに魔物の風貌を説明していた。
「えっと…… 黒くて大きな魔物だよ!」
いや説明が大雑把過ぎるだろ。
流石は子供だな。
これがリコの言うところの語彙力が乏しいという事なのだろうか。
そんな説明で伝わるのか?
「それはもしかして……“黒獄獣”≪ヘルヴォルグ≫かな?」
あれ伝わっちゃったよ。
なんで今の説明で分かるんだよ。
想像力豊か過ぎるだろ。
ところで“黒獄獣”ってなんだろうか。
さっきの魔物の名前か。
「俺が倒した魔物は黒獄獣っていうのか?」
聞いたこともない動物の名前に食いつく俺。
しかしウォーレンは首を横に振った。
「いや、違うな
とても人間に倒せる様な魔物じゃない
恐らくは黒獄獣にとても良く似た
“黒大獣”≪メラロス≫という草食の魔物だろう
外敵から身を守る為に獰猛な黒獄獣と似た姿をしているのさ
臆病な魔物で危険性は無いはずだけど、驚いたりしたら突進くらいはしてくるから注意が必要だけど、まぁ訓練された人間ならなんとか倒せる魔物かな」
おう、説明ご苦労。
だが腑に落ちないな。
臆病?危険性がない?
とてもそうは見えなかったが。
ラクトはめちゃくちゃ追い掛けられていたし、かなり好戦的だったぞ?
草食って割には喰われそうになったし。
あれが驚いた時の突進攻撃だったのか?
俺が疑問符を浮かべているとウォーレンは続ける。
「それに黒獄獣は森の深部に生息している魔物だしね
危険度もそうだが遭遇する事も滅多にない魔物なんだ」
なるほど。
なら俺が会敵し倒した魔物は獰猛な黒獄獣ではなく臆病な黒大獣なのだろう。
幾分この世界に住まう魔物の生態に詳しくないから、現地人のウォーレンの言った事は恐らく正しいのだろう。
まぁ、済んだ事だし割とどうでもいい事だがな。
それより森の深部などと言っていたな。
口振りからするとここは森の深部ではないという事になる。
恐らく近くに人里がある。
「まぁ、どんな魔物であれラクトを守ってくれた事は僕からも礼を言うよ
ありがとうねカズ君」
「いや、俺も危なかったしな
助けたのは結果論だ 全然気にするな」
一先ず問答が終わり、そして質問が返される。
「カズ君こそ、こんな森で何をしていたんだい?
さっき遠いところから来たとか言っていたけれど……」
ふむ。
確かに、こいつ等からしたら俺の存在の方が不自然だ。
まさか、バケモノに転移させられてこの異世界に来たなんて説明しても信じてもらえないよな……。
いや、待てよ……。
ここは異世界だ。
今までだって、魔術だの魔物だの到底信じられない事を目の当たりにして来た。
だったら、転移させられた事だって、この異世界にはよくある事かも知れない。
よし。
俺は意を決した。
ありのままを話してみる事にした。
「実はな……俺は別の世界からこの異世界に転移させられたんだ」
「なんだって……!?
カズ君きみはまさか……」
お、なにやら期待できる反応だ。
俺の言った事を信じてくれるのか?
と思ったが、ウォーレンは俺を憐れむ様にそして心配そうに続けた。
「そうとう疲れているみたいだね
言っている事が支離滅裂だ」
…………。
あ、はい。
疲れてます。
だから何でもないです。
今行った事は忘れて下さいお願いします。
あれ? なんだこれ?
すっげぇ恥ずかしい。
今まさに頭お花畑だとこいつ等に認識された。
しかし……、やはりというべきか信じてはもらえなかったな。
ならばどう説明する?
俺がこの森に居た理由を、転移以外で考えていた時。
「ひょっとしたらカズ君は旅人かい?
見るからに辺境から旅をしてきたって感じでボロボロだ」
それだ。
遠いところ来たという意味では、旅人という事にしておいていいだろう。
「まぁ、そんな感じだ
お陰でくたくただ
今の妄言も忘れてくれるとありがたい」
「ははは!
じゃあ、今日はゆっくり休まないとね
僕たちに付いて来るといい
どのみち、日が落ちると危険な魔物が活発化するからね」
ウォーレンはそう言って、ラクトの手を取ると歩き出した。
俺はそれに従い付いて行く。
やっと、森から抜け出せそうだな。
歩きながら、俺はラクトが森に居た理由も聞いてみた。
「そういえばラクトは森で何をしていたんだ?」
「はい……
姉の好きな花を探しに来たんです……
姉は今日誕生日なので、プレゼントしようと思って」
姉想いの良い理由だった。
だが、様子から察するに……。
「その花は見つかったのか?」
「いえ、珍しい花なので
なかなか見つからず……
でももう諦めます たくさんの人に迷惑かけちゃったし……」
やはり、その花は見つからなかった様だ。
ラクトは申し訳なさそうに分かり易くしょぼくれていた。
子供が気を遣うんじゃない。
「迷惑なんかじゃないぞ
俺はこの森で迷っていたんだ
左手を骨折した状態でな
ラクトに会っていなかったら、今こうして無事でいられなったかも知れない」
「そんな! 僕こそカズさんがいなかったら今頃……」
「じゃあ、お互い助け合ったという事だな
花は今からでも探せば案外見つかるんじゃないか?」
言うと。
「そうだね
せっかくここまで来たんだ
日没までならその花を探すの僕も手伝うよ」
ウォーレンもラクトを気遣ってくれていた。
「ありがとう……
ウォーレンさん、カズさん」
「こんな勇敢で思いやりのある弟を持ってノエルちゃんは幸せ者だね
それで? 探している花っていうのはどの花だい?」
どうやらノエルって子がラクトの姉らしい。
ウォーレンも顔見知りの様だ。
探している花の名前をラクトは俺達に伝えた。
「“氷花草”って花なんですけど」
それを聞いてウォーレンは顎に手を置いて考える。
「“氷花草”か……
ほとんど日が当たらない様な場所に生える花だね
確かに珍しい花だ」
どうやら、見付けるのは難しそうだな。
なんか面倒になってきたぞ。
「どんな花なんだ?」
俺が尋ねると、“氷花草”の特徴をウォーレンは教えてくれた。
「青い氷の様な花弁が特徴な花だね
仄かにひんやりとしていて、これくらいの大きさかな」
言ってウォーレンは手のひらで“氷花草”の大きさを表した。
って、ちょっと待てその花はもしかして……。
おれがここに転移させられた時偶然見つけて摘んでいた花じゃないか?
特徴が一致しているし、間違いなさそう。
「もしかしてこの花の事か?」
俺は右胸ポケットにしまっていた花を取り出した。
ハンカチに畳んでいたので、状態はそれほど悪くない。
「おぉ! それだよ!」
ウォーレンの反応を見て間違いなさそうだ。
俺はそれをラクトに手渡した。
「これだろラクト
たまたま見つけてな
綺麗だったんで摘んでおいたんだ」
「ありがとうございます!
本当にもらっちゃって良いんですか?」
「もちろんだ
俺には無用な代物だ」
「ありがとうございます!
これで姉も喜びます!」
「ははは! 良かったな」
「じゃあ、無事見付かったってことで!
おっと、話していたら丁度着いたみたいだ」
ひと段落して、ウォーレンが目的地に到着した旨を伝えた。
鬱蒼と茂っていた森を抜けて、道に出た時だ。
人が頻繁に通っている道なのだろうか、土は踏み固められており、歩き易い。
しばらく道なりに進んで行くと、地面は土から、人工的は石畳へと変わっていった。
前方には建造物が見えて来た。
と、いっても見えてきたのは巨大な壁だ。
高さは5mほどだろうか。
壁はどこまでも長く、その先は切れ間が見えなかった。
なんとなく恐らくだが一周して回ってると思う。
多分、絶対。
壁にはこれまた立派な門が設けられたおり、出入りが可能となっている。
門から壁の内側が見えた。
建造物が建ち並び、人が多く行き交っている。
「ここは……?」
俺が尋ねるとウォーレンは答えた。
「ようこそカズ君
我々の国“王都・ニルバニア”へ
歓迎するよ」
“回復魔法”――魔術“中回復”
医術院に伝わる魔術。
自然治癒力を活性化させ重傷をも癒す。
治らない傷はない。
曰く、死ぬ以外はかすり傷である。
医術院の教えに人は救いを求め、しかし過信は禁物であると知るだろう。




