開始-3
森の中を突き進む子供。
行動に迷いが無い。
目的地が明確な様だ。
俺はそんな子供の後ろを付いて歩いた。
子供の後ろ姿を見て、感じた事が1つある。
それは、子供の尻から尻尾が生えていた事だ。
生え際は衣類に隠れて見えないが、恐らくは尾てい骨辺りから生えている。
歩く度に犬の尻尾の様にふりふりと左右に揺れ動いている。
あの尻尾も本物なのか?
と、気になっていた時。
「先程この子供もスキャンしてみましたが、獣耳も五感の1つとして機能しており、尻尾も内部に骨が確認出来て、身体の一部である事が判明しました。
人に獣の特徴が見られる人種のようですね」
俺の知りたい事をいち早く的確に伝えてくれる。
口はうるさいがなんだかんだでリコは頼りになる存在だ。
因みにリコは左肩のポケットに収納している。
「解析ご苦労 助かったよリコ」
「いえいえー
私はマスターのお役に立つ事を至高の喜びにしていますから!
これからも不束者ですが末永くよろしくお願いしますね!」
そのなんとなく誤解を招く言い方を控えてくれると更に有難みが増すのだが。
この人格による性格は今更変えられないか。
そして、しばらく進んだ時だった。
「マスター!」
突然リコがただならぬ様子で叫んだ。
いつもと違い真剣なリコに戸惑う俺。
「な、何だよ!?」
「対地電探に感あり!
11時の方向! 距離100!
熱反応があります! 用心を!」
リコは常に超音波を周囲に放っており、目視で確認できない迫りくる脅威をいち早く探知する機能が備わっている。
今まさにそれが反応したらしい。
まさか、あの怪物が再び現れたのか?
リコの警告を聞き、俺は直ちに行動を起こす。
子供を抱えて、近くの茂みに身を潜めた。
「イナン!?」
子供は俺の行動に驚いている様子だったが、そんな事はお構いなしだ。
何かが迫ってきているのは確定している。
それが、もしさっき遭遇した怪物だと思うと、とてもじゃないが悠長に構えていられない。
俺は人差し指を自分の口に当て、「静かに」の意を子供に伝えた。
子供はこくりと頷き、俺と同じ様に体勢を低くして身を潜める。
よし、物わかりの良い子供だ。
「距離90……距離85……
こちらに近付いていますマスター」
リコが探知した反応の位置を逐一報告してくれる。
動いているという事はやはり生物か。
しかも近付いてきているだと?
おいおい……。
勘弁してくれよ。
俺は、危機感というものを全身で感じていた。
今まで生きてきて、普段自らの生命が危ぶまれている状況などそうそう感じる事はなかった。
そう、なかったのだ。
しかし、バケモノといい怪物といい、ここ最近はずっと危機感に苛まれている。
死を身近に感じ過ぎている。
野生生物じゃあるまいし、人間はいつからこんなにビクビクしながら生きなければならなくなったんだ。
「距離25……距離20……」
俺の額からは汗が滴り落ちた。
心臓の鼓動も早くなっている。
極力呼吸は抑えた。
「距離10…… 間もなく対象の姿が見えてきます」
ごくりと息を飲む。
すると、リコの言っていた方向の茂みが揺れ、何かが姿を現した。
それは、人だった。
今度は子供ではなく、大人の男性だ。
俺より年上っぽいが、老けている訳ではなく、どちらかと言えば爽やかな感じの青年といった印象だ。
男にしては長髪で、その金髪は肩まで伸びている。
しかし、耳が髪によって隠れている事はない。
この子供同様に獣耳をしているという訳ではなく、俺と同じ位置に耳が生えているのだが……。
なんというか、耳が長ぇ。
先っぽは尖がってるし、なんだあの耳。
だから髪から耳が飛び出していた。
それ以外は俺と大差ない人間に見える。
でも、なんで身の丈程の杖なんか持っているんだ?
杖が必要な年齢には見えないが。
その男はきょろきょろと辺りを見渡して、何かを探している様子だった。
その時。
「ウォーレン!」
そう言って、男を見た子供は茂みから飛び出した。
おいまじか。
せっかく隠れていたのに、何故見付かる様な真似をする。
まぁ、恐らくは知り合いなのだろうが。
一先ずは怪物ではなくて一安心といったところか。
子供は男に駆け寄ると、男も子供に気付いた様だ。
「ラクト! イジュ アカタ!」
異世界語で2人はなにやら話をしていた。
「対象を補足 危険はなさそうですね」
「あぁ、そのようだな」
リコに応えて、俺は隠れるのを止めて茂みから出た。
茂みから出て来た俺に男が気付いた。
「アヒミ?」
おっとすまねぇ。
異世界語はさっぱりなんだ。
言葉が通じない俺の代わりに、子供が男に何か言っている。
俺の事を説明してくれている様だが……。
しばらく子供が何かを言った後、男は納得した様なリアクションを取った。
そして、俺に近付いてくる。
え? 何?
俺の目の前まで来ると、男は持っていた木製の杖を構えた。
かと思えば、杖の先端に取り付けられている小さな青い宝石の様な場所が白く淡く光りだす。
おぉ、幻想的だ。
一体どういう仕組みだ?
思わず見とれた時。
突然男は、こつんと俺の頭を杖で軽く小突いた。
でだ……?
え? なんで俺今ぶたれたの?
杖から発せられた淡い光は俺の頭に染み込む様にして消えていく。
別に危害を加えられたとかいう程でもないが、その理解不能な行動に俺は警戒する。
「何しやがる!」
すると、男は言った。
言ったのだ。
「何って…… “魔術”だけど?」
なんだと。
男の言った言葉が理解できる。
気のせいか?
「どうかしたかい?
驚いているみたいだけど……」
気のせいじゃねぇ!
言葉が解る!
解るぞ!
こいつ俺に何をしやがった!?
いや、やったことは男自身が言っていた。
ただ、その内容が意味不明なんだが……。
「“魔術”……と言ったか?」
「あぁ、“意思疎通魔法”の1つ
“会話”という魔術だよ
効果が切れる頃には言語を理解している筈さ
とても古い魔術だけど便利だよね」
…………。
いきなり魔術とか言われても展開がファンタジー過ぎてついていけん。
確かに言葉は解る様になったが異世界とは言え、魔術なんてものの存在をすんなりと信じる事はできないぞ。
あまりにも現実離れし過ぎている。
凝り固まった頭で葛藤する俺。
「おや? 左手を怪我しているのかい?」
男はそう言って、先程見せた杖の扱いと同じ事をした。
次は杖から生じた光は緑色だった。
そして、そのまま俺の左手を小突いた。
って、痛ってぇよ!
と、思ったが……。
あれ……?
痛くない。
左手が利く。
治っている。
「まじか……」
「今のは“回復魔法”の“中回復”という魔術だよ
折れていたみたいだけど、これでもうほぼ完治している筈さ」
OK。
魔術信じるわ。
俺は適応していくしかなかった。
この常識外れの魔術とかいうものを。
「マスター 言葉が解るのですか?」
リコが不思議そうに聞いて来た。
「あぁ、どうやら“魔術”とかいう技のお陰らしい」
「なるほど魔術ときましたか
流石は異世界、何でもありですね」
リコは相変わらず順応性が高い。
魔術の存在も直ぐに信じている。
ところで、疑問に思ったのだが俺と男の会話はリコにはどの様に聞こえているんだ?
異世界語と日本語を俺は使い分けている自覚はないのに、男とリコと、両方の会話を可能にしている。
「リコには俺達の会話はどう聞こえているんだ?」
「今まで通りですよ
マスターが日本語で、その男が異世界語を話しています
少し解析してみましたが、2人の脳波の影響を察するに会話は発する言葉ではなく、思念的なものによって可能にしていると推察できます
聞いた言葉が頭の中で、理解できる幻聴に変換されている様ですね
科学的な原理は不明ですが、まぁそこは魔術なので解明は難しそうです」
「なるほど」
これが魔術か。
実に不思議なものだ。
この異世界は、そういう世界なんだと今後も馴れていこう。
俺がリコと話していると、男は物珍しそうに見ていた。
この世界に携帯端末機があるかどうかは分からないが、男の様子を見るに恐らくはないのだろうな。
ファンタジーの世界で携帯端末機あったらそれはそれでなんか嫌だけどな。
「それは……一体何だい?
変わった“使い魔”だね」
“使い魔”だと?
リコをペットか何かかと思っているのか。
説明するのも面倒だ。
この世界に“使い魔”と位置付けられる存在があるのなら、リコをそういう扱いという事にしておこう。
俺は男の質問に答えて、リコを紹介した。
「あぁ、こいつはリコだ」
「その子にも“会話”を施しておこう」
言って男はリコに魔術を施す。
しかし。
「おや? 効果がないみたいだ
まぁ、そんなこともあるか」
あ、そういうもんなんだ。
魔術というのは万能ってものでもないらしい。
まぁ、そもそもリコは機械なのだから魔術が効かないのも妙に納得できる。
「リコはその内話せる様になるよ」
「そうなのかい?
自力で言語習得するとは賢い使い魔だ
おっと、申し遅れたね
僕はウォーレン・アーネスト
魔術師だ
君の名前も聞かせてくれるかい?」
突然自己紹介が始まったな。
確かに名前を言っていなかったし、腕を治してもらったお礼もまだだった。
というか、当然の様に職業みたく“魔術師”とか言ってるな。
「俺は砂原和良 自衛隊員だ
腕を治してもらった事礼を言う
どうもありがとう」
「礼には及ばないさ
ところで長い変わった名前だね
“カズ”と呼んでもいいかい?」
長いのはあんたの耳だろ。
カズ呼びは小学生の頃からのあだ名だ。
そう呼ばれる事に抵抗はない。
「あぁ、そう呼んでもらって構わない」
「そうかい よろしく
ところで“自衛隊員”ってなんだい?」
やはりそこを指摘されたか。
この異世界的に言い直すと……。
「兵士?みたいなものかな」
「兵士だって? すると君は戦う事を生業としているのかい?」
「そういう事になるな」
「“人間”の君が?」
なんか引っ掛かる聞き方だな。
まるで人間を蔑む様なニュアンスを含み、自分は人間ではないと言っている様にも聞こえる。
「あぁ、それがどうかしたか?」
「いや、カズ君はなんだか変わっているなと思ってね
衣類だって珍妙じゃないか」
悪かったな。
迷彩服は丈夫で動きやすいし、この迷彩服には凄い機能だって搭載されているんだぞ。
と、言ったところで説明が面倒なだけだな。
「遠い所から来たんだ ここの人達には見慣れない文化をしているのかもな」
「言葉が通じなかったのはそういう事か
確かに異文化を感じる見た目だね」
俺からしてみればお前達の衣類の方が変だ。
街中で良く見慣れた服装とはかけ離れている。
子供の服装は落ち着いた茶色っぽい布地を簡易的に縫製した作りの服とズボンだ。
ウォーレンの服は子供が着ているものと比較して、質の良い布地を用いたローブ様な服装をしている。
だが、森に入る様な服装じゃないだろ。
しかもあんな怪物が出る森に、杖1本しか持ってきていないなんて正気の沙汰とは思えない。
自然をなめているのか。
それとも“魔術”があれば平気なのか?
異世界基準でいうと案外普通の事なのかも知れないな。
「それでウォーレンさんは森で何をしていたんだ?」
俺は本題に入った。
“意思疎通魔法”――魔術“会話”
創世の時代、賢者フォルザ―が編み出した魔術。
他種族との会話を可能にする。
いつの時代も言葉は人々を導いた。
尤も、聞く耳を持たない者にとってはその限りではない。




