真実ー5
今一度、ダグ・フェルゼンについて、ミリアに聞いておくか。
事前に情報を得る事は大事だからな。
「ダグ・フェルゼンは今なにをしているんだ?」
「❝ラロ遺跡❞を調査しておる筈だ 拠点はウルバキアだがな」
「❝ラロ遺跡❞っていうのは、確か100年ぐらい前に滅んだ村だったか?」
珍しい魔法を扱う民衆が暮らしていた集落だと、以前ウォーレンが言っていたのを俺は思い出していた。
なんでも、その珍しい魔法の1つである❝修復❞を使って、太古の物体を蘇らせようとしたとか。
結果的に、それが原因かどうかは定かではないが、当時の❝獣の王❞率いる魔物の軍勢の襲来に遭い、滅んだとか言っていたな。
「そうだ ダグはそこから出土した物体を調べていてな 嬉々としてその事を話してくる
まぁ、その物体は我にはただの鉄くずにしか見えなかったがな
興味もないから、話もよく聞いておらぬのだ」
あー。
なんか2人の会話が容易に想像できるな。
ダグ・フェルゼンの専門的な話を理解できず、鬱陶しがるミリアの姿が目に浮かぶ。
ダグ・フェルゼンについては、だいたいの現状は分かったかな。
会話が終了し。
「久しぶりに人と会話できて楽しかったぞ では我はそろそろ寝るとするか」
ミリアがそう言ってきた。
え、今何時だ?
洞窟の中なので、昼か夜かも分からなかった。
ついでに言えば。俺は2日間意識を失っていた身だ。
正確な時刻など、分かる筈もなかった。
「もしかして今って夜なのか?」
俺は確認してみる。
「なにを言っておる 今は深夜だぞ」
ミリアの言葉で、ようやく時刻が把握できた。
おう、まじか。
でも……。
「2日も意識がなかったんだ 俺は全然眠くないな」
「ならば篝火はつけておこう その灯りっで暇を潰すがよい」
「そうするよ 火を見たのは久しぶりだ」
俺の何気ない発言にミリアが反応した。
「久しぶりだと? カズ、貴公は火を見た事があったのか?」
え、そりゃあるだろ。
生きていたら火ぐらい見る機会いくらでもあるってもんだ。
「あるけど?」
「魔人を見たのは我が初めてだと言ったな? なぜ火を知っている?」
「知っているもなにも、火は生活で普通に使うだろ」
俺の発言にミリアは戸惑っていた。
「…………カズよ 世界では火は忌み嫌われ、魔人種の中に封じられている
本来ならば、普通に生きているだけならば火を見る機会など訪れる筈もないのだ」
え、そうなの?
確かに、ニルバニアでは全然火を見かけなかったし、調理するのにも、熱を帯びる魔力道具とか使っていたっけな。
ミリアは相変わらず戸惑っていたが、そんな事言われたって俺だって戸惑う。
「俺の故郷では普通に使っていたんだよ ほら、辺境の村だから変わってるっていうか」
俺のそれっぽい見解に、ミリアは。
「…………そうか 確かに我も世界を全て知っているわけでもないしな
どこかの地域では、魔人でなくとも、火を普通に扱うのかも知れんな」
「そうそう」
「我も長く生きてきたと思ったが、まだまだ見分を広げるべきだな そのうち旅でも出ようかの」
「旅か
俺の仲間も禁足地の開拓を目的にしているやつがいる なんならそいつも連れて行ってやってくれよ」
「なんだ? カズは共に行かぬのか?」
「俺は遠慮するよ 疲れるのは勘弁だ」
「ふふっ 薄情者め」
なんとか火云々の話ははぐらかせて、適当に雑談に終始した。
そして。
「では我は寝るとするよ 腹が減っておるのなら、その鍋の中身を食らうがよい」
ミリアはそう気を利かせてくれた。
その鍋の中で煮えたぎっているドロドロした液体か固体かも分からないものは、絶対に食わないがな。
「あぁ ありがとう お休み」
言った後、ミリアは直ぐそこに横になると、体を丸めて眠りだした。
そこで寝るのかよ。
近ぇよ。
でだ、俺はしばらく暇ができたわけだが。
取り敢えず2日間は怪我を治す為に療養するとして、今は朝までの暇つぶしが欲しい。
なにかないか?
そう思いながら、俺は自分のポーチを漁ってみる。
すると、手に感触を覚えた。
なんだ?
手探りで、それを取り出してみる。
それは本だった。
そのタイトルは『翼の神』。
あ、そうか。
すっかり忘れていた。
この本は確か、ルぺス村から帰還した時にノエルから借りていたんだったな。
好きな事を語るノエルの表情は、子供みたいに無邪気だったな。
普段どこか冷めている感じのノエルの、あんな嬉しそうな顔は新鮮だったから印象に残っている。
あいつ、今頃何をしているんだろうな。
と、借りていた本を見ただけで、しんみりする俺。
って!
なに、物思いにふけっているんだ!
くそっ!
この短い間に、様々な事が起きたからな。
俺自身、自覚がないにしても精神的に結構きているみたいだ。
俺には今体力的というよりも、精神衛生的にも休息が必要だ。
だが、しばらくはやる事があるから休めそうもないな。
事が済み、無事にニルバニアへ帰還を果たせたらゆっくり休もう。
取り敢えず、今は暇つぶしも兼ねて『翼の神』を読んでみるか。
ダグ・フェルゼンを知る良い機会だ。
ノエルの押し付けがましい行為が役に立った。
俺はミリアが寝る傍ら、篝火の前に座ると、『翼の神』を開いた。
その内容は……。
――――――――
――むかし、むかし。
せかい が いま みたいに なる もっと むかし の こと。
せかい は あく に よって しはい されて いました。
――――――――
なに この内容………。
絵本らしく、子供向けの内容みたいだな。
取り敢えず、続きを読んでみるか。
俺はページをめくった。
――――――――
せかい を しはい していた あく は ヤミビト と よばれて いました。
ヤミビト は せかい を すきほうだい に あらして いました。
くうき を けがし。
き を きりきざみ。
みず を よごし。
つち を へらし。
ヤミビト は せかい を あく に そめていたのです。
そんな あるひ。
あく を はたらく ヤミビト たち に ばつ を あたえる ため。
てん から かみさま が つかわされました。
かみさま の なまえ は ニルヴァーナ。
りっぱ な つばさ を はやした せいぎ の みかた です。
ニルヴァーナさま は ヤミビト たち に たたかい を いどみ ました。
ニルヴァーナさま の ちから により ヤミビト たち は たちまち やられて しまいます。
そして。
ニルヴァーナさま との たたかい に まけた ヤミビト たち は すがた を けしました。
せかい は へいわ を とりもどした のです。
わたし たち は すくわれた の です。
でも……。
ヤミビト は すべて たおせた と きまった わけ では ありません。
あく の こころ を もって いると だれしも ヤミビト に なって しまうのです。
ヤミビト に ならない ように ニルヴァーナさま の おしえ を まもりましょう。
もしかしたら……。
あなた たち の すぐそば にも。
ヤミビト は ひそんで いる かもしれません。
あなた の ともだち……。
ほうとう に ❝ヒト❞ ですか?
ーーおしまい。ーー
――――――――
ふむ。
俺は『翼の神』を読み終えた。
ページ数の割には、話は短かったな。
流石に、子供向けといったところか。
絵本らしく挿絵がメインで、文字は大きく記されている。
なんか、子供の頃によく読んだ絵本を思い出した。
それよりも、肝心なのは内容だ。
まとめると……。
昔の世界には❝ヤミビト❞と呼ばれる悪人が蔓延っていた。
それを、神ニルヴァーナが一掃。
世界は平和になりました。
めでたしめでたし。
こんな感じか?
まぁ、面白いかと聞かれたら、特段に傑作だとは思わない。
勧善懲悪など、世間に出回るありきたりな物語だ。
読む限り、ノエルがあれほど推していた理由もよく分からない。
恐らく、幼き日に読んだ『翼の神』の内容に思い出補正がかかり、ノエルにとって他人に勧めたいほどの本になっていたんだろう。
まぁ、それはいいのだが……。
この本の内容……。
なにか……。
なにか、俺にとって重要な事に関係がある気がしないでもない。
そう、これはまるで……。
まるで……。
そこまで思った時。
いや!
いやいやいや!
ないない!
そんな筈は、決してない!!
俺首を横に振り、自分の考えている事を振り払い、否定した。
その考えに行き着く事を、恐れていたからだ。
その時。
「マスター…… この内容はまるで――」
リコも『翼の神』を読んでいたのか。
だがな、要らない事は言うな。
「リコ、それ以上は言うな」
俺はリコの発言を遮った。
「ですがマスター……」
ちっ!
しつこいやつだ。
「俺の言う事が聞けないのか?」
「も、申し訳ありません……」
「分かればいい」
よし、さて本も読んだし、後は武器や装備や弾薬の把握とかしておくか。
俺は『翼の神』をポーチに戻すと、替わりに武器を取り出し、目の前に並べた。
その行動の目的には、兵装確認の他に、『翼の神』の内容を忘れたいという思いもあった。
相変わらず、俺は逃げてばかりだ。
えーっと……。
小銃はノエルに渡したからな。
恐らく小銃弾も使い切っているだろう。
小銃は完全に意味を成さなくなったと考えておこう。
という事は、俺の持っている武器は拳銃と銃剣だけか……。
そして、弾薬は……。
拳銃弾…………6発。
手榴弾…………1個。
ふむ……。
なんだ、この貧相な装備は。
なんとか今を乗り切れたとしても、今後はもう任務を行えないな。
ニルバニアに帰ったら、本格的に引退するとしよう。
短い栄光だったな。
今回の件でレイナからありったけの報酬を貰えれば、食いっぱぐれる事はないだろう。
そして、兵装の確認が終わり、しばらく経った時。
洞窟の入口から光が差し込んできた。
日光だ。
その光の射線は、ミリアの顔面を照らす。
その時。
「うーん…… 朝か?」
ミリアが寝ぼけた声で聞いてきた。
「みたいだな」
俺がそれに応答すると。
「そうか カズは眠れたのか?」
ミリアは再び聞くと、目を擦りながら起き上がった。
どうやら、目を覚ましたみたいだな。
「俺は寝てないよ でもおかげで体は大分楽になったよ」
「それはなによりだ」
「改めて お早うさん」
「あぁ お早う」
そして、その日の1日はミリアの生活に付き合う事になった。
といっても、俺は動き回れないから寝たきりで過ごしたのだが。
ミリアはというと、出かけたと思ったら、全身血塗れで帰ってきて魔物を狩ってきた。
その魔物を調理というにはあまりにも大雑把に切り刻み、鍋にぶち込み、薬草やら、水やらと一緒くたに煮込んで食事を作ってくれた。
俺にその食事を振る舞ってくれたが、味は勿論不味かった。
だが、この世界の食事はどれも不味かったので、見た目に目を瞑れば、普通に食えた。
なんなら、この世界で食った中では美味い方ですらあった。
俺の味覚壊れてきているのかも知れん。
ミリアは返り血塗れの体を洗ってくると言い、服をその場に脱ぎ捨てると、近くの川に水浴びをしに行った。
俗世から離れた生活しているやつは、なかなかワイルドだな。
恥じらいとかねぇのかよ。
服を脱ぎ始めた時は嬉しいハプニングだと思ったが、瞬時に俺はリコに電撃をくらわされた事により、まぁまぁ気絶していた。
紳士な俺は目を逸らす事くらいしたというのに、そこまでしてミリアの裸を守るものかね。
怪我人を労わって欲しいものだ。
俺が洞窟で1人いる時に魔物に襲われでもしたら大変だと、ミリアは極力一緒に居てくれた。
ミリアの身の上話を聞いたり、俺は仲間と一緒に行った任務の話などをして、談笑し過ごした。
話を聞いた感じだと、どうやらミリアには妹がいるらしい。
それと師匠と呼ばれる存在もいるのだと言っていた。
そんな話を聞き、いつしか夜は更けていった。
その間にも、俺の右足は確かに利く様になっていた。
もはや普通に歩く分だと、支障はない。
❝白凰鳥❞≪アルニクス≫の羽毛の効果恐るべし。
そして、ミリアの看病にも感謝する。
――翌日。
俺達は、予定通りウルバキアに向かうべく準備をしていた。
兵装を整える俺。
ミリアもフードを目深に被り、自らの正体を隠していた。
今から行くところは街だからな。
ミリアは、人目に見られるとまずい魔人だ。
ミリアにとって、姿を隠す行為は出かける上で大切な事なのだろう。
そして、各自準備が終わり。
「では、参るか」
「おう」
俺達は、ウルバキアに向けて洞窟を後にした。
ダグ・フェルゼンに会う為に。
翼の神
絵本。 太古の時代を記した書物。
創世の時代、それ以前の太古の時代。
神ニルヴァーナの活躍と、粛清されたヤミビトたちを描いた絵本。
子供向けの児童書ではあるが、その内容は考古学的見解に則った実話であると著者は述べている。
累計発行部数3万部。 定価1200ニール。
子供時代に誰しも読んだ事がある人気の絵本である。




