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開始-1

まず殺してから考えろ。

byジョン・ブレナン

俺は目を覚ました。

どうやら寝ていた様だ。

上体を起こして周辺を確認する。

そこで目にしたものは生い茂った木々だった。

ここは森の中らしい。

でだ……。

何故森に居るんだ?

俺は市街地に居たはずだ。

確かそこでバケモノに訳の分からない事を言われて……。

そこまで思い出して、脳内に記憶がフラッシュバックされる。

そうだ……バケモノに手をかざされた瞬間に光に包まれたのだ。

それで……。

気付いたら森の中に居た。

まさか俺は死んだのか?

だとすると此処は天国か。

なるほど。

案外天国というところは土臭いところらしい。

なるほどじゃない!

落ち着け俺。

そうだ落ち着いて素数を数えるんだ。

えーっと……。

素数ってなんだ?

だから落ち着け俺!


まずい。

極力平静を装っているが、内心パニックだ。

状況が分からな過ぎて困惑が止まらない。

一先ずそうだな。

取り敢えず、この折れてしまっている左腕の応急処置を優先させよう。

さっきから地味に痛いのだ。

幸いと言っていいのか、装備品一式は背負っているバックの中に揃っている。

俺が身に着けていたものはそのままの様だ。

俺は立ち上がり、適当な枝を拾った。

森の中なので、枝を探すのに苦労はしなかった。

枝を腕に添え木し、包帯を巻いて固定する。

痛みが酷くなる前に、鎮静剤も飲んでおこう。

どこか治療できる施設のある人里なんかを探したいが、ここがどこか分からない以上は闇雲に歩き回れないか。


取り敢えず応急処置は済んだので、次は現在位置の特定だな。

俺はポケットに手を入れて、携帯端末機を取り出した。

スマートフォンなどという時代遅れの代物じゃない。

これは“多目的汎用多才携帯端末機”だ。

あらゆる事態に備えて、主にサバイバル系で役に立つ。

自衛隊に配布されている装備品の1つだ。

その機能たるや

有害ガスや放射能を検知する空調分析。

液体の成分を調べて飲料水かどうかを判断する水質分析。

衛星を利用した現在位置と地図の照会。

樹海でも狂わない方位磁石。

英語から日本の方言まであらゆる言語の翻訳が可能な翻訳機。

しかも太陽光を利用する充電方式なので電池要らず。

と、他にも色々な便利機能が備わっている。

名称に恥じない程の多目的汎用多才っぷりだ。

しかし如何せん名前が長いので、自衛隊内では

“多目的汎用多才携帯端末機”を略して“タモサン”と呼称している。

断っておくが某有名司会者の名前に因んでなど決してない。

まぁ、とにかくこのタモサンを使えば居場所の特定ができるわけだ。

俺は早速地図の照会を試みた。

しかし……。

タモサンの液晶に映し出された文字は『現在地不明』だった。


どういう事だ?

タモサンの機能を以てすれば現在地の特定など容易い筈。

森の中だから電波不調なのか?

いや、今の時代電波が届かないなんて場所を探す方が大変だぞ。

俺は少し背伸びしてみてタモサンを頭上に掲げてみた。

あれだ。

昔に携帯電話の電波が立たなかった時に良くする行動だ。

しかし何回か試してみても、やはり液晶には『現在地不明』の表示ばかり。

謎だ。


今一度よく考えてみよう。

起きた事を整理して、柔軟に且つ辻褄を合わせる様に。

先ず、バケモノに光で包まれた。

早速言ってる事が意味不明だが、事実なので構わず続ける。

そして気付いた時には、見ず知らずの森の中。

恐らくだが、俺はどこかしらに転送させられたのだろう。

この際転送の原理などどうでも良い。

あんな訳の分からない光線を吐く、得体の知れないバケモノが存在したくらいだ。

謎原理の転送ぐらいなんてことない。

問題は転送させられた場所だ。

世界の何処かならば、タモサンが現在位置を特定してくれる。

しかし、タモサンでの現在位置特定は不可能だった。

つまり、中学生ばりの柔軟な妄想力を掻き立たせて、導き出される答えは……。


ここは、地球とは違う世界?



いわゆる、“異世界”。



あれ、なんだこれ。

自分で言っていて恥ずかしくなってきた。

異世界ってなんだよ。

俺の頭の中は恐怖のあまり、こんなお花畑になってしまったのか?

ないわー。

異世界とかマジでないわー。

だが、お花畑と言えば……。

さっきからそこに咲いている花……。

何かがおかしい。

なんだこれ?

花びらが石でできている?

石と言うよりはガラスか。

透明で、どこか青みがかった鉱石が花の形を成している。

俺はそれを摘んでみた。

石っぽかったので堅いと思ったのだが、感触は花そのものだ。

やわらかく、しっとりと水分を巡らせてる。

作り物ではない様だ。

作り物だとしたら、作った奴は人間国宝並みの職人だ。

こんな辺鄙な森に植えておく意味も分からない。

珍しかったので捨てるのも惜しいと思った俺は、その花をハンカチに畳んで胸ポケットにしまった。


結局ここがどこかなど見当もつかないが、取り敢えず休息する場所が必要だ。

日も落ちてきている。

左腕の骨折も放っておいて良い様な怪我ではない。

俺は休息できそうな場所を探すべく歩を進める。

鬱蒼と茂る木々を避けながら、大樹の祠とか岩肌の洞窟とかそんないい感じに雨風が凌げそうな場所を探した。


転送されてからかれこれ30分くらいが経過した時、それは起きた。


ガサガサと草木が掠れる音が聞こえた。

俺が歩いている所から少し離れた場所で茂みが揺れていたのだ。

しかもその揺れ方を見るに、何かがこちらに向かって来ている様な気がする。

獣か?

ここは森の中だ。

猿や狸や熊。

そんな獣が居ても何ら不思議では無い。

問題はその獣に危険性があるかどうかだが……。

ふむ……。

一応警戒しておくか。

俺は右太ももに巻かれているホルスターから一丁の拳銃を抜き取った。

“SIG SAUER P220”

自衛隊に配備されている自動式拳銃だ。

装弾数は9+1と少ないが、故障し難く信頼性に優れた逸品だ。

因みに背中には自衛隊正式採用銃の89式小銃を背負っているのだが、小銃の扱いは両手が基本。

左腕を骨折している俺は、片手で扱える拳銃を装備した。

俺は銃本体に弾倉の弾を装填させる為、拳銃上部のスライドを引いた。

左手が使えない為、一度しゃがみ、スライド部をふとももとふくらはぎで挟んで引いた。

立ち上がり、安全装置を解除する。

後は引き金を引くだけで、弾は発射され、次弾も自動的に装填される。

俺はいつでも撃てる準備を整えて、銃を茂みが揺れる方へと構えた。

その一連の動きをしている最中。

茂みの揺れはとうとう俺の付近にまで迫っていた。


次の瞬間。

茂みから何かが飛び出した。

その飛び出したものを見た俺は、暴発を恐れて慌てて銃口を上に向けた。

それを撃ってしまうわけにはいかないからだ。

しげみから飛び出してきたのは人だった。

しかも子供だ。

10歳くらいの男の子だ

なにやら慌てている様子だな。

かなり走っていたのか息を切らしている。

森の中に何故人が?

しかしこれは大きな進展だ。

子供も俺の存在に気づいた様だし、俺はこの子供に話を聞いてみることにした。


「ねぇ君 ちょっといいかな?」


「エテクサ!」


ん?

今なんて?


「エテクサ! ナチイノ!」


…………。

何言ってんだこいつ。

言葉の意味が分からんとかではなくて、言語そのものが分からん。

英語か?

いや、英語なら流石にニュアンスでなんとなく意味は分かる。

この子供が言っている言語は聞いたこともない。

“えてくさ”ってなんだよ……。

そうだ!

こういう時の為のタモサンだ!

タモサンの翻訳機能を使えば言葉の壁など破壊できよう!

俺は早速タモサンを取り出そうとした。

しかし、言語が通用しない事に子供も気づいた様で、ジャスチャーで何かを必死に伝えようとしている。

なにやら、走ってきたであろう場所を指指しているが……。

まぁ、待て今翻訳機をだな。

俺が呑気にしているのとは裏腹に、子供は俺の服を引っ張たりして、しきりに何かを訴えている。

終いには俺の背後に隠れてしまう始末だ。

落ち着きのねぇガキだ。

なんて思った瞬間。

茂みから再び何かが飛び出した。


今度飛び出してきたのは人ではなかった。

そして、それが何か分からなかった。

一言で言うなら獣なのだが、“生物”と言うよりかは“怪物”と表現した方が適切だ。

先ず、すげぇでかい。

軽自動車並みのでかさ。

造形は犬に近いが、こんなもの俺の知っている犬じゃない。

というのも、額からは一本に角の様なものを生やしている。

角なんてものはは草食動物にこそ生えているものだと思ったが、口からは飛び出している巨大な牙を見るにこいつは肉食系だなと悟った。

全身を覆う毛は真っ黒で威圧感が半端じゃない。

俺を見て「グルル……」と唸っている。

この非現実な怪物を目の当たりにして、俺は確信した。

あ、やっぱりここは異世界なのだ。

ってね。


いやいやいや!!

呑気に異世界を感じてる場合じゃねぇ!

これはやばい!

やばいしか言えないくらいにやばい。

やばいという言葉の便利さを痛感するくらいやばい!

あんな怪物に咬まれでもしたら、そこから身体がえぐり取られてしまう。

後ろに隠れている子供に、とんでもないトラウマを植え付けてしまう。

そもそも子供もただじゃすまないか。

どのみち諸共一瞬でお陀仏だ。

この子供が訴えていた事がようやく理解できた。

この怪物から逃げていたのだと。

そして、俺に助けを求めたと。

OK!

全て理解した。

つまり、この怪物をどうにかしないといけない訳だ。

話が通じる相手でもなさそうだ。

もう、絶望的状況が続き過ぎて、思考力が働かない。

そんな絶好の獲物を怪物が見逃す筈もなく。

怪物は大口を開けて、俺と子供に飛び掛かって来た。


「うああああああ!!」


情けなく悲鳴を上げる俺は果てしなく不様だった。

気付くと無我夢中で拳銃を怪物に向けて発砲していた。

なにも考えず、ただひたすらに引き金を引く。

1回、2回、3回……と何回も何回も間髪入れずに、拳銃の引き金を断続的に引き続ける。

引き金を引く度に、乾いた破裂音が森の中に響き渡った。

拳銃の上部がスライドして、開いた薬室から金色の空薬莢が排出される。

空薬莢が地面に落ちる度にキーンと金属特有の高音が聞こえた。

発砲による破裂音。

排出された空薬莢の金属音。

2種類の音が交互に鳴り響く。

俺の背後で子供が驚いている反応をしていたと思うが、そんな事は気にもせず、とにかく怪物に向けて拳銃を撃った。


そいて……。


拳銃の上部が後退した状態のまま停止した。

ホールドオープンと呼ばれる、弾が無くなった事を意味する状態だ。

俺はあっという間に、拳銃に装填されていた弾丸10発を全て撃ち尽くしていた。

弾が装填されていないにも関わらず、それでも俺はまだ引き金を引いていた。

カチカチという音だけが虚しく聞こえる。

俺は絶賛大パニック中であった。

やった事と言えば“人差し指を動かした”。

ただそれだけだ。

それだけの筈なのに、心臓はバクバクと激しく鼓動し、息は切れる。

まるで100m走を全力疾走した時の様な疲労感だ。

いや、それ以上かも……。


「はぁ、はぁ……」


我に返った俺は、急いで次弾装填の為に空弾倉を抜き、予備の弾倉との入れ替え作業に移る。

片手だと時間がかかる。

しかしその長い作業時間が逆に、俺を少しばかり冷静にさせた。

あれ?

怪物の追撃がない。

見ると、怪物は地面にぐったりと横たわっていた。

口を半開きにしているが、息をしている様な動きはない。

周辺には真っ赤な血らしき液体が飛び散っている。

お……?

これは倒したのか?

死んでいるのか?

ビクビクしながらも、拳銃の弾倉入れ替え作業を続行。

そして再装填が完了した拳銃のスライドストップを下ろし、コッキングさせる。

俺は拳銃を、動かなくなった怪物に向けた。

じっと、しばらく観察する。

急に動くなよ……。


怪物の身体には、弾痕が幾つか確認できる。

夢中に撃っていた割に、結構命中しているみたいだ。

でかい図体が災いしたな。

ざまぁみろ。

しばらく警戒していたが、動く様子は無い。

どうやら殺せた様だ。

それを確信し、俺は張っていた気を一気に緩めた。


「はぁ~……

し、死ぬかと思った……

お前は大丈夫だったか?」


そして、気掛かりだった子供の安否を確認した。














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