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別離ー8

このガスマスクは、一般的に市販されている物とはわけが違う。

自衛隊が正式に採用している装備品の1つだ。

当時の世界の持つ技術力の粋を結集して作られた❝超精密ガスマスク❞だ。

その機能面たるや、放射線をも防ぐ事ができるという優れものだ。

更に、視界を確保する為に❝暗視ゴーグル❞も常備されている。

今の状況で使うに、これ以上のうってつけの物はないな。

俺はすぐさまガスマスクを装着した。

すると、周りの反応は……。


「ちょっとなによその変なお面は ふざけているの?」


と、ノエルが怪訝そうに言ってきた。

変ではないだろ。

むしろかっこいいまである。


「別にふざけてねぇよ これを身に着ける事で、あの霧の影響は受けない」


「そんな都合のいい物なんてあるのかしら?

それはそもかく、私もノエルと同じく、そのお面のデザインはダサいと思うわ」


ティナもお気に召さなかった様だ。

だからかっこいいだろうが。

なぜこの良さが分からないんだ。


「俺の故郷では便利な物が沢山あったんだよ  とにかく俺に任せろ」


「はっ! そこまで言うなら任せてやるよ 俺でも毒はどうしようもできないからな

だが今度こそヘマはするなよ? 今度は助けてやれないからな

それと、俺に美的センスなんてものはないが、そのお面は不気味だと思うぞ」


ガルム、お前もか。

ガスマスクの良さを理解してくれるやつが誰もいない。

なんと嘆かわしい。


「今度はうまくやるよ お前等は俺が合図するまで待機していろ」


言うと、俺は再び❝朱剛蜴❞≪エリサルス≫がいる霧の中に入って行った。

その道中。


「マスター! 私はマスターがどんな姿でもかっこいいと思ってますよ!」


なぜかリコがフォローしてきた。

変なところでも気を遣うやつだ。

妙なプログラムが設定されているみたいだな。


「ありがとうな」


「えへへ」


そうこうしている内に、俺は霧の中へ進入した。

今のところ問題ない。

空気は正常、視界も良好。

ガスマスクはきちんと機能していた。

そして、霧の中で俺は見つけた。


「キシャアアア!!」


毒霧を噴射し続ける❝朱剛蜴❞≪エリサルス≫の姿を。

ノエルの放つ魔法によって、体は氷で覆われている。

必死にもがいているが、徐々に体温も奪われているのだろうか、力は大分弱まってきている風にも見える。

せめてもの抵抗で、毒霧を噴射しているが、それも俺が装着しているガスマスクの前では、意味を成さなかったみたいだな。

ははは!

実に哀れだ。

俺は❝朱剛蜴❞≪エリサルス≫が開いている大口に向かって、小銃を突きつけた。

そして、引き金に手をかけた時。

俺は思いとどまった。


「マスター? どうされたんですか?」


リコが俺の行動に疑問を投げかけてくる。

そりゃあ、無理もないか。

だが、勘違いは止めろよ。

俺は❝朱剛蜴❞≪エリサルス≫を哀れみ、慈悲をかけようとしたわけじゃない。

むしろ逆だ。

本当に銃弾で確実に仕留められるか不安になっただけだ。

折角の好機なのだから、ここは万全を期して曖昧な根拠ではなく、確実に葬り去れる手段を取るのが先決だろう。

そう考えた俺は、小銃を仕舞った。

その替わりに、ポーチからあるものを取り出した。


「マスター! まさかそれを?」


「あぁ 確実に殺したいからな」


俺が取り出した物は手榴弾だ。

手榴弾を❝朱剛蜴❞≪エリサルス≫の口の中へ放り込んでやれば、絶対に殺せる筈だからな。

ワニという生物には、捕らえた獲物を決して離さない様に、口の中の感覚が鋭くなっている。

口の中に何かが当たれば、自らの意思に関係なく口が閉じる仕組みになっている筈だ。

ワニにとても良く似た風貌をしている❝朱剛蜴❞≪エリサルス≫にも、恐らくその特徴は反映されている。

だったら……。


「最期の飯だ よく味わえよ」


言って俺は、安全ピンを抜いた手榴弾を❝朱剛蜴❞≪エリサルス≫の口の中に放り投げた。

すると……。

ばくんと、音を立てて❝朱剛蜴❞≪エリサルス≫は手榴弾を口に含む。

思った通りだ。

❝朱剛蜴❞≪エリサルス≫が口を閉じた瞬間、周りを覆っていた霧は、一気に散った。

どうやら毒霧はかなり散発性が良かったらしい。

霧が晴れた事により、周りの視界はより鮮明になる。

離れていたノエル、ティナ、ガルムの姿もはっきり見えた。

って、悠長にしている場合じゃないな。

ぐずぐずしていると、手榴弾が爆発して近くにいる俺まで巻き込まれてしまう。

俺は不要になったガスマスクを外してポーチに戻すと、❝朱剛蜴❞≪エリサルス≫との距離をとった。


「カズ! やっつけたんじゃなかったの!?」


3人の疑問を代表してノエルが尋ねてきた。

まぁ、今のところ❝朱剛蜴❞≪エリサルス≫にはなんの変哲もないからな。

なにも変化のない❝朱剛蜴❞≪エリサルス≫を見て、疑問に思うのは当然か。


「まぁ見てろ 今に分かる」


俺が斜に構えていると。


「カッ……! カハッ!」


❝朱剛蜴❞≪エリサルス≫が口を開けようとしていた。

まずい。

明らかに手榴弾を吐き出そうとしている。

もし吐き出されてしまったら、今までの苦労が水の泡だ。

事情を知っている俺は、状況をいち早く理解し、ある人物に指示を出した。


「ティナ! ❝朱剛蜴❞≪エリサルス≫の口を塞げ!」


「えぇ!?」


いきなりだったのか、ティナは驚いていた。


「いいから早く!」


「わ、分かったわ!」


切迫した俺の思いが伝わったのか、ティナは迅速に杖を振るってくれた。


「拘束魔法――魔術❝光輪の枷❞!」


本来は発生の遅い魔法だったが、予め詠唱させていて良かった。

ティナの杖から放たれた光の帯は、そのまま❝朱剛蜴❞≪エリサルス≫の長く突き出た口を縛った。


「こ、これで良いのかしら?」


「あぁ、よくやった!」


その時。


「マスター! まもなくです!」


リコの合図の意味を理解した俺は、叫ぶ。


「伏せろ!」


「え、なに!?」


「いきなりなんなのよ!」


「どういう事だよ!」


3人は意味が分かっていなかったが、なんだかんだで俺の指示を聞いて伏せてくれた。

次の瞬間。

ばんっと、けたたましい音が響いたと同時に、❝朱剛蜴❞≪エリサルス≫の頭は吹き飛んだ。

❝朱剛蜴❞≪エリサルス≫の頭部は見るも無残な姿で、原型を留めていないほどに損傷していた。

血はもちろん、肉片や、鱗、歯や脳の一部なども辺り一面に飛散していた。

本体はというと、上顎がまるまる無く、そのまま頭が焼き切れていた。

その断面からは血がとめどなく流れていた。

うっわ、超グロテスク。

だがまぁ、これで❝朱剛蜴❞≪エリサルス≫の討伐は完了したわけだ。


「今度こそやったな」


俺が立ち上がりながらそう呟くと。


「またあの妙な魔法を使ったのね」


「一度見た事あるけれど、相変わらず派手な魔法ね」


❝醜鬼❞≪トロール≫討伐の際、一度は手榴弾の威力を垣間見ていたノエルとティナはさほど驚く様子もなく立ち上がった。


「な、なんだ今のは……?」


ガルムは目を丸くして驚きを隠せず、恐る恐る起き上がった。

初見ならば無理もない反応だな。


「安心しろ 俺の魔法だ」


俺が説明すると。


「そうなのか 前々から変な魔法を使うやつだとは思っていたが…… これほどとはな」


一応は納得したみたいだな。

さて……。


「とりあえず任務完了だ これからどうする?」


俺はリーダーであるノエルに、今後の行動を尋ねた。


「そうね まさか現地に着く前に討伐対象と接触するとは思わなかったし……

❝朱剛蜴❞≪エリサルス≫から持てるだけ素材を剥ぎ取ったら、そのままウルバキアに向かいましょう」


「ニルバニアに戻らなくて良いのか?」


「ウルバキアの人達に任務報告をしなきゃだし、もう半分は来ちゃってるからね

後で❝遠話❞で報告しても良いんだけど、直接説明した方が分かり易いだろうし」


なるほど。

まぁ、俺もウルバキアにはダグ・フェルゼンに会うっていう用事もあったしな。


「分かった じゃあそうするか」


そして俺達は、次の行動を始めた。

❝朱剛蜴❞≪エリサルス≫の素材を剥ぎ取っている時。


「いやー それにしても、まさか私達が危険度Sランクの魔物を倒しちゃうなんてねー」


ノエルがそう言った後。


「ま、私のサポートあってのお陰ね! 当然の成果だわ!」


ティナが誇らしげにどやる。


「確かに魔法は役に立ったが、てめぇ等は全く動いていなかっただろ 少しは体も鍛えろよな」


ガルムが叱咤する。

こいつ等……。

❝朱剛蜴❞≪エリサルス≫を倒せたのは、主に俺の成果だろ?

確かに、周りもそれなりに動けてはいたが、それだけではやはり決定打に欠ける。

まだ自分達が強いと勘違いしているみたいだな。


「おいお前等 あまり自惚れるなよ いつか痛い目見るぞ」


俺はそれとなく忠告しておいた。

そして、❝朱剛蜴❞≪エリサルス≫からある程度の素材を剝ぎ取った俺達は荷車に戻る。

❝伏獣❞≪スレイポス≫は不気味な程、一歩も動いていなかった。

❝朱剛蜴❞≪エリサルス≫に恐れおののいて、逃げ出してもいいようなものだが……。


「この❝伏獣❞≪スレイポス≫ 戦闘中でも微動だにしなかったな」


俺がふと疑問を呟くと。


「流石王女様の使い魔ね 躾がちゃんとしてあるわ」


「そういうものなの?」


「そういうものでしょ! さ、行くわよ」


「あぁ」


ノエルとの会話が終了して、俺は荷車に乗り込もうとした。

その時、俺は❝伏獣❞≪スレイポス≫に違和感を感じた。

なんかこいつ、目の色が白くないか?

来る時、こんなんだったか?

なんて、思っている時。


「カズ―! 早くしないと置いて行っちゃうわよ!」


「お、おう」


ティナの催促で、俺は違和感を残したまま荷車に乗り込んだ。

だが……。


「おい! まだ出発しねぇのか!?」


ガルムが苛立ちを見せた。

❝伏獣❞≪スレイポス≫が一行に動かなかったからだ。


「おかしいなぁ どうしちゃったんだろ?」


ノエルの疑問は、3人も共有していた。

❝伏獣❞≪スレイポス≫が動かないのはなぜだ?

まだ、なにかに怯えているのか?

いや、その割には震えてなどいなかったな。

うーん……。

皆が悩んでいる時。

リコが叫んだ。


「マスター! 3時の方向! 距離100メートル! 熱反応ありです!」


なんだと?

こんな森の中で感じる熱反応など、魔物以外に考えられない。

❝伏獣❞≪スレイポス≫はその魔物にびびって動かなかったのか?

だが、さっきの❝朱剛蜴❞≪エリサルス≫は真正面から攻めてきたから、動かなったのは納得できるが、次に現れた魔物は俺達の行く手を阻んでいるわけじゃない。

真横から来ているのだから、そのまま前方に逃げればいいだけだ。

やはり❝伏獣❞≪スレイポス≫が動かない理由は分からないままだ。


「マスター! まもなく会敵します! どうされますか!?」


どうするって、❝伏獣❞≪スレイポス≫が動かないんじゃあ、仕方ないだろ。

くそっ!

また戦うのか面倒くねぇな。


「お前等荷車から降りろ! 近くに魔物がいる! 迎撃するぞ!」


俺は3人に魔物が現れた事を伝えて、再び戦闘態勢を整えるように指示した。


「またなの? 今日は忙しいわね」


「一瞬で終わらせるわよ!」


「まだ暴れ足りなかったからな! 丁度いいぜ!」


3人は俺と違って、やる気満々だった。

そのやる気は自惚れからの傲慢からきているという事には、俺しか気付いていないだろうがな。

俺達は荷車から降りると、リコが特定した魔物が迫り来る場所を警戒した。

そして、しばらくして茂みからそれは姿を現した。

それを見た俺達は絶望する。


「な!?」


「どうして!?」


「そんな……!?」


「ちっ……」


茂みから現れた魔物。

それは……。


「キシャアアア!!」


❝朱剛蜴❞≪エリサルス≫だった。

どういう事だ?

討伐対象は1体だけじゃなかったのか?

確かにレイナに❝朱剛蜴❞≪エリサルス≫討伐任務を依頼された時は、1体だけだと聞いたわけじゃない。

それでも、❝朱剛蜴❞≪エリサルス≫自体は滅多に確認されない珍しい種な筈だろ?

1日に2体も遭遇する事は絶対におかしい筈だ。

いずれにせよ、これは異常事態だな。


「なんで❝朱剛蜴❞≪エリサルス≫がもう1体いるのよ!?」


「そんな事、私が知るわけないでしょう!?」


ノエルとティナは、先程の苦戦を思い出してか、若干パニックになっていた。

そんな2人とは対照的にガルムは。


「はっ! さっきのやつは倒せたんだ! こいつも同じ要領でやればいいだけの話じゃねぇか!」


随分と勇猛なものだな。

だが、ガルムの見解は俺も正しいと思う。

どのみち倒さなければ、道は開けないからな。

そう思い、俺はノエルに指示を出した。


「ノエル! また氷で❝朱剛蜴❞≪エリサルス≫の動きを止めてくれ!」


しかし。


「ちょっと待ってよ! 私、さっきので魔力を使い切っちゃって、もうほとんど魔法は使えないわよ!」


なんだと?

使えねぇな。

そういう事なら。


「じゃあティナ! 拘束魔法だ!」


「え、えぇ! 分かったわ! でも詠唱するから時間を稼いでくれる!?」


面倒だが、仕方ないか。


「分かった ガルム、援護しろ!」


「おう!」


俺はガルムと共に、❝朱剛蜴❞≪エリサルス≫の足止めに向かおうとした。

その時。


「待って下さいマスター!」


リコが叫んで、俺達を呼び止めた。

このくそ忙しい時に一体なんだ?

俺は行動を中断させ、リコに尋ねた。


「どうした?」


「9時の方向! 距離50メートル! 熱反応を多数確認! これは……」


なに!?

また熱反応だと!?

すぐさま俺は、リコが何かを感知した方向を確認した。

するとそこには……。


「グオオオ!!」


聞いた事ある雄叫びに、あの巨体……。

間違いない、❝醜鬼❞≪トロール≫だ。

しかも❝餓鬼❞≪ゴブリン≫をかなりの数引き連れている。

こんなところにも❝醜鬼❞≪トロール≫がいるのか!?

一体どういう事だ!?

俺が困惑している時。

ぴくっと、ガルムは耳を動かし、何かを察知した様子で叫んだ。


「お前等! 上を見ろ!」


上?

言われたまま上を確認すると、今度は……。


「グウウウ……」


なんてこった。

❝緋狡猩❞≪フラムー≫だと!?

しかも、その数……1、2、3……――。

少なくとも5体は確認できる。

木にぶら下がって、こちらを窺っていた。

次から次へとなんなんだよ!

状況はかなり悪い方へと転びつつあった。

いや、もう十分悪いな。

最悪な状況だ。

そして極めつけは……。


「嘘…… あれって……」


ノエルは、真正面にいるなにかを指差して震えていた。

俺はノエルの指先を見て、それが指し示す方向を見る。

そして俺が見たものは……。


「グルルル……」


漆黒の体毛に覆われた、巨大な犬の様な風貌。

しかし、犬とは似ても似つかないその顔面には、大きく飛び出した角と牙が確認できる。

とても邪悪な雰囲気を放つその魔物は、俺がこのアストランで初めて対峙した危険度Sランクの魔物。

名を……。


「❝黒獄獣❞≪ヘルヴォルグ≫……だと!?」


ははは!

ちょっと、まじで勘弁してくれ。










朱剛蜴の鱗

朱剛蜴から剥ぎ取れる素材。 朱色の鱗。


強靭で且つしなやかな朱剛蜴の鱗は、武具に用いれば驚異的な防御性能を誇るだろう。

しかし加工難易度が高く、せいぜい肘や膝を覆う小さな武具として使われる程度である。

良い素材でも、それを活かせるかはまた別の話である。

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