後悔-4
バケモノの姿を目前に捉えた。
「ひぃ!」
思わず悲鳴が出た。
体が膠着してしまってうまく動けない。
変な汗が体中から吹き出る。
ガチガチと口も震えて、恐怖が俺を支配した。
死ぬのか。
同僚や、あの民衆の様に。
無慈悲に凄惨に……。
「うああああああ!」
体を丸めうずくまる俺。
情けなく泣け叫んでいたと思う。
死にたくない。
痛いのもいやだ。
嫌だ嫌だ。
誰か助けて……。
誰へ届くはずもない願いを必死に願った。
その時だった。
どんと、地面が揺れた。
飛んでいたバケモノが着地したのだろう。
そして、ふーっという音と共に空気が俺に吹きかけられた。
バケモノの吐息だろうか。
とても冷たい空気だ。
小学生の頃、祖父が死んだ。
俺はその時初めて人生で死体に触れた。
その感触は今でもよく覚えている。
死んだ祖父は恐ろしく冷たかった。
まるで冷蔵庫にでも入れていたんじゃないかと思うほどの冷たさだ。
バケモノの吐息から感じた冷たさはそれと同じものだった。
つまり“死”だ。
俺の目の前には“死”が迫っていた。
そうか俺は本当に死ぬのか。
まだ23歳だ。
悔いが無いと言えば嘘になる。
まだまだ死ぬには早すぎる。
やりたい事もたくさんあった。
「い、嫌だ……
死にたくない……
助けて……」
ぶるぶると全身を震えさせて生への執着を言葉に変える。
余談だが俺の顔面は割と整っている方だと自負している。
でも、この時だけは不細工だったと言わざるを得ない。
恐怖に顔を歪ませて、
涙や鼻水を垂らして、
口をガタガタと震わせている。
俺、かっこ悪いな。
その時だった。
「哀れだよ、人間よ」
なんか聞こえた。
え、何今の。
誰かの声が聞こえた。
いや、厳密には聞こえていない。
脳内に直接意味の分かる言語が流れ込んでくる感覚だった。
それは、そうとともかく何かが俺に語り掛けた。
「え……?」
俺はゆっくりと顔を上げて、バケモノの方を見てみた。
「己の命がそんなに尊いか?
哀れな人間よ」
まさか、バケモノが話しかけている?
まじかよ。
こいつ、話せたのか。
なら、交渉の余地があるかも知れない。
俺は藁にも縋る思いでバケモノに向き直った。
「死にたくない、見逃してくれ」
恐怖に顔歪ませた俺の命乞いを受けて、バケモノは応えた。
「世を蔓延る穢らわしい人間共に、何故余が慈悲を与えねばならん」
ちょっと言葉使いが面白過ぎはしませんかね?
王様か何かかな?
どちらにせよ、とても偉そうな物言いだ。
そして、どこか人間を敵視している風にも感じ取れる。
まぁ、敵視していないとここまで世界を壊してはいないのだろうが。
俺達、何か悪さしたか?
「なんだよそれ……、俺達が何をしたって言うんだよ!」
理不尽に蹂躙された事実に、つい言葉がきつくなってしまう。
恐怖もそうだが、怒りも込み上げてきていた。
「“何をした”か……か
愚問も甚だしいな
汝ら人間はなにもかもやり過ぎたのだ」
「意味が分からん
地球に厳しい人間に罰を与えるとかそんな展開か?
馬鹿な環境活動家でももう少し手段を選ぶぞ」
「その程度の認識か
やはり汝ら人間は危険な存在だ」
「なんだよそれ! 言ってる事全然分からねぇよ!
そもそもお前たちはなんなんだ!」
「ふむ、確かに罰を与えるだけではつまらぬな
少し話をしよう
余の気紛れに感謝せよ」
「話だと?」
「余を何者かと聞いたな?」
「天使か悪魔か神ってところか?」
「人間の括りで勝手に決めていても良いが
世界から生じた大いなる意思とでも言おうか」
「なんだそれ、災害みたいな事か?」
「そうだな……
人間を滅ぼすという確固たる意志を持った災害が起きたのだろう」
バケモノはどこか他人事の様に話していた。
「なんで俺達が殺されなきゃならないんだ!
俺達は無実だ!
なにもしていない!」
「それを知らぬのが、或いは滅ぼされる原因であろうな」
「質問に答えてはくれないのか」
「汝ら人間のおぞましい所業は己で理解してもうらう必要があるだろう」
「ははは…… 今からお前に殺されるのに罪を知れだと?
無理な話だ」
そう、もう俺の命はない。
話こそ聞けたが、このバケモノの気分次第で今の俺は延命しているに過ぎない。
「そうだな、ならば確かめてみるが良い」
バケモノはそう言って、俺に手を伸ばしてきた。
「は!? なにを!?」
バケモノの掌が頭上にくる。
掌と表現したのは、手の形が人間のそれとそっくりだったからだ。
「汝は、二度も余の攻撃から生き残った」
光線と落石の時の事だろうか。
運が良かっただけだと思うが。
バケモノは続ける。
「これは、世界の意思がまだ汝を死ぬ定めではないと示している事と同義なのだろう」
「何!?」
「汝ら人間が世界にとって“なにもしない無害な存在”であるのかを確かめてくるが良い」
「俺を見逃してくれるのか!?」
殺されはしないのだと思い希望を見出した俺の発言を聞いて、バケモノはどこか憐れんでいた。
「殺される方が幾分かマシだったかも知れないが
それは汝次第であろう」
「何を言っ――」
俺が言っている最中。
「穢らわしい人間よ
余の寛容さを知るが良い」
すごい上から目線の発言を聞いたのを最後に、俺は光に包まれた。
それは眩しすぎる光で、辺り一面が真っ白になった。
なにも見えない。
そして、次第に意識も失った。




