遠征-2
「今のなに!?」
「人の叫び声よね!?」
ノエルとティナもその叫び声に気付いた様だ。
どうやらリコが報告した事は、この叫び声に関係しているんだろう。
俺は叫び声がした方向へと走って向かいながら、リコに説明を求めた。
「リコ 一体なにが起きたんだ?」
「はい! 熱反応を察知し、その動きを解析した結果
恐らく、人が魔物に襲われています!」
「ちょっと! それ大変じゃない!」
ノエルも俺と並走してリコの話を聞いていた。
「そんな事まで分かるなんて リコちゃんって索敵魔法も使えるのね!」
ティナは体力が低く、足も遅い為、少し遅れながらでも話を聞いていた。
リコが使っているのは魔法じゃなくて科学なんだが。
まぁ、今そんな事はどうでもいい。
リコは説明を続けた。
「それに魔物の数は1体ではありません!
反応を見る限り、魔物は5体確認出来ます!」
なんだと。
これは本格的にやばいんじゃないのか?
リコの更なる情報の説明で、状況が絶望的である事が明らかになる。
「とにかく急ぐぞ!」
俺は足を速めて、道を走る。
そして曲がり角を曲がった時、あるものが見えてきた。
先ず目についたのは大きな荷車だった。
馬車だろうか。
まぁ、引いているのは馬ではなく、馬に似た魔物なのだが。
そしてその馬?を守るかの様に1人の人間が立ち塞がり、必死に木の棒を振るっていた。
木の棒を振るっていた理由は直ぐに分かった。
なにやら小さな猿の様な魔物が5体、その女性を執拗に襲っていた。
女性はその魔物から身を守る為に、必死に木の棒を振るって抵抗していた。
「リコの言った通りだったな」
見てしまった以上、これは助けないとな。
俺は背中に手を回し小銃を構えようとした。
しかし。
「大変! ティナ、カズ! 助けるよ!」
「私に任せなさい!」
ノエルとティナは魔物に向かって飛び出していきやがった。
おいおい、正気かこいつら。
考えなしで反射的に動きやがって。
助けたい気持ちは分かるが、一度落ち着けよ。
溺れている人を助ける為に、とにかく水辺に飛び込んで一緒に溺れるみたいな流れだぞそれは。
ノエルは直剣と杖を取り出して、何やら杖に直剣に当てだした。
「“付与魔法”――魔術“氷の武器”!」
そう言って杖から発せられた青い光が直剣を纏い、その瞬間直剣は氷に覆われとげとげしく変化した。
そしてノエルはその直剣を右手に、女性を襲っている魔物を蹴散らしに向かった。
どうやらノエルの魔法は氷を主に使うみたいだ。
なんて、考察している場合じゃない!
「おい、むやみに動くんじゃな――」
俺がノエルに行動を制止する様に警告しようとした時。
「私だって! “攻撃魔法”――魔術“光散矢”」
ティナがノエルに続いた。
ティナの杖からは、無数の光の矢が四方八方に広がった。
無差別に飛び交うその矢は、辺り構わず当たっているが、途端に霧散している。
どうやら敵と判断した標的にしか攻撃判定は生じない矢らしい。
便利な魔法だな。
って、いやいや!
だから呑気に考察している場合じゃないだろ俺!
統制もなく好き勝手に行動しやがって、あいつ等……。
ノエルとティナの攻撃で、女性を襲っていた魔物は散開した。
だが、逃げたわけではない。
魔物はノエルにもティナにも襲いかかっていた。
ノエルは直剣を振るい応戦しているが……。
なんだそのへっぴり腰は。
ティナも魔法をむやみやたらに乱発しているだけだし。
そして魔物は機動力が高く、かなりすばしっこい。
5体もの魔物はノエルやティナの攻撃を避けたり、時には反撃したりしている。
それぞれが入り乱れている戦闘域は、混沌としていた。
くっそ!
俺は小銃を構えていたが、これでは照準が定まらない。
この状況で発砲しても、下手して味方に被弾する可能性もある。
だから俺は銃が使えなかった。
「まずいまずい……」
俺が焦っていると。
「マスター落ち着いて下さい!」
リコが呼び掛けて来た。
「リコ?」
「マスター! 先ずは私の話を聞いた下さい!」
落ち着きを取り戻した俺に、リコは迅速に説明を始めた。
「あの魔物は危険度Cランクの“餓鬼”≪ゴブリン≫と呼ばれる魔物です!」
「危険度Cだって?」
「はい! 危険度C程度ならば、ノエルさんとティナさんの実力でもなんとか倒す事が可能です!」
なるほど、あの魔物にはあまり脅威がないのか。
ならば慌てる必要もなかったな。
もしかしたら俺が戦闘に参加せずとも、事態の収束は出来るかも知れない。
そう楽観した時、リコは続けた。
「しかし数が少し多いですね……
弱い魔物は群れを成す習性がある為、いくら弱い魔物と言えどあの数を相手にするのは危険かと!」
あ、まずい状況には変わりないのか。
なら、やはり俺も直ぐにでも加勢に向かわないとな。
しかし、俺は再び小銃を構えてみたが、動き回る“餓鬼”≪ゴブリン≫に銃弾を当てる事は困難だった。
「くそっ!」
俺が嘆くと。
「マスター、意見具申します! ナイフを使いましょう!」
リコが提案してきた。
「ナイフ?」
「はい! “餓鬼”≪ゴブリン≫程度の魔物ならば銃を使うまでもありません!
弾の消費を抑える為にも、ここは接近戦を提案します!」
リコは俺にナイフで戦えと言っていた。
しかし、魔物相手にナイスが通用するのか?
そもそも俺の人間としての標準的な身体能力で、あのすばしっこい“餓鬼”≪ゴブリン≫を捉えられるとは思えないのだが。
「しかし……」
俺が渋ると。
「大丈夫です! その為に私がいるんですから!
攻撃箇所を指示し、サポートします!」
リコは自信満々だった。
確かにリコのサポートがあれば心強いか。
「分かった だが念の為に銃も装備しておくな」
「了解です! では戦闘準備! 目標、目の前!
“餓鬼”≪ゴブリン≫5体討伐を開始します!」
「おう!」
俺は“89式多用途銃剣”を右手に、拳銃を左手に構えた状態で戦闘域に飛び出した。
「おいお前ら! そこの女を守れ! 後は俺がなんとかする!」
俺は戦闘域に到着すると、ノエルとティナに女性の安全を確保する様に命じた。
助ける為に来たのに、助けられなかったんじゃあ意味ないからな。
2人も護衛に付いていれば、女性の身柄は気にしなくてもいいだろう。
それに俺の戦闘中に2人が変に加勢してくるのは困る。
共闘とは予め役割分担を決めて行うものだ。
俺達3人にはまだそれが備わっていない。
今回は俺をリコでやらせてもらおう。
俺の命令にノエルとティナは。
「え!? でもカズだけじゃ心配よ!」
「そうよ! 私達も一緒に戦うわ!」
そう言って否定した。
聞き分けのない2人だ。
「戦いを履き違えるな
今、お前らに手を出されるのは迷惑だ
そこの女を守る事が一番大切な事だ 英雄気取りで出しゃばるな」
ちょっと余裕がなかったから言葉遣いがきつくなってしまった気がする。
「な、なによ! カズだって出しゃばってるじゃないのよ!」
あー、ティナが涙目になってしまった。
だが、今は戦闘中だ。
なだめている暇はない。
「俺ならこの魔物共を掃討できる 作戦が無い以上は今は俺に従え」
「うっ……」
おい、頼むから泣くなよ。
ティナが泣きそうな表情をした時。
「ティナ カズは兵士だから私達よりも戦いに詳しいんだよ
ここは言う通りにしよう」
ノエルはそう言って、俺の意図を汲んでくれた。
「すまんな」
「いいよ それよりちゃんと蹴散らしてきてよ」
「おう そっちも頼むな」
「もちろん」
ノエルはティナを連れて女性の護衛に向かった。
その時、それを追う1体の“餓鬼”≪ゴブリン≫が目に映った。
おい、待て待て。
お前の相手は俺だろ。
この距離なら拳銃でも外さないか。
俺はノエルとティナを追う“餓鬼”≪ゴブリン≫の背に向かって、拳銃を発砲させる。
すると、“餓鬼”≪ゴブリン≫は頭部から血を吹き出し、その場で倒れて即死した。
残る“餓鬼”≪ゴブリン≫は後4体。
「来いよガキ共」
俺は戦闘を開始した。
先ずはリコの指示を仰ごう。
「リコ!」
「はい! この“餓鬼”≪ゴブリン≫は極めて脆弱な生体構造をしています」
ふむ、確かに生物としてどこか不完全な造形をしている。
小型な猿みたいだが、手足とか歪な形だ。
リコは続ける。
「性格は知能が低くいつも飢餓を感じているそうです
恐らくあの積み荷を狙ったのでしょう」
「つまり?」
「つまり攻撃は直線的で、予想がし易いです
そこに攻撃を置いて行く感じで行きましょう!」
「了解 頼んだぞ!」
「はい!」
リコの説明で“餓鬼”≪ゴブリン≫の習性は理解できた。
攻撃の作戦もある程度決まった。
後は実行するだけだ。
「索敵陣形を展開します!」
リコはそう言って、俺を中心とした円形にレーダーを照射した。
ソナーみたいな機能だな。
そのレーダーに触れた敵を、順番に解析し、処理していくみたいだな。
「マスター! 6時の方向! 肩の高さで横斬撃を!」
「了解!」
俺はリコに言われたまま、振り返りながら真後ろにナイフを振るった。
すると、後ろから俺に飛びかかってきたであろう“餓鬼”≪ゴブリン≫の首筋にナイフが切っ先が一閃する。
「ギャ……!」
“餓鬼”≪ゴブリン≫は鳴き声を漏らすと、首筋から血を噴水の様に噴き出した。
血の噴き出し加減からして、どうやら頸動脈を損傷したみたいだな。
そこは急所だ。
もう動けんだろう。
俺はそのまま、その“餓鬼”≪ゴブリン≫を蹴飛ばした。
吹き飛ばされた“餓鬼”≪ゴブリン≫は、地面をのたうち回っている。
止めを刺すまでもなく、そのうち死ぬだろう。
まぁ、それまでは苦しむ羽目になるだろうが、魔物の痛み等知った事ではない。
「あと3体!」
「流石ですマスター! おっと3時の方向! 腰の高さに刺突攻撃!」
「はいよ!」
そしてまた言われたまま攻撃すると、次は“餓鬼”≪ゴブリン≫の心臓にナイフが突き刺さる。
即死だな。
「あと2体!」
余裕だった。
そして最後。
「マスター! 前方と真後ろから同時に来ます!
その体勢のまま体を90度に回転し、右手はナイフを縦斬撃、左手は拳銃を発砲して下さい!」
「難しい事を言うな……」
「マスターならできます!」
「まぁな」
俺は言われたまま、右手でナイフを振るい“餓鬼”≪ゴブリン≫の首筋に損傷を与えると、左手から迫る“餓鬼”≪ゴブリン≫には拳銃を発砲する。
両手をなんとか駆使して、左右の“餓鬼”≪ゴブリン≫を一度に葬る事ができた。
さっきから苦しんでいた“餓鬼”≪ゴブリン≫もこと切れている。
これで終わりか。
「流石ですマスター! 敵の殲滅を確認! 作戦終了です!」
リコから終了の合図を聞き、俺は武器をしまった。
しかし、あまりにも呆気なかったな。
「Cランクの魔物ってのはこんなにも弱いものなのか?」
俺が“餓鬼”≪ゴブリン≫の死骸を見ながら呟くと。
「弱い事には変わりませんが、この“餓鬼”≪ゴブリン≫はノエルさんとティナさんの攻撃で大分ダメージを負っていたみたいですね」
リコが“餓鬼”≪ゴブリン≫の死骸を解析し、改めて説明した。
「そうだったのか……」
ノエルの剣撃もティナの魔術も“餓鬼”≪ゴブリン≫を弱らせる程度には効いていたらしい。
2人にはひどい事を言ってしまったな。
ティナなんか泣きそうになっていたし。
どのみち女性の安否も気になっていたので、俺は2人のもとへと向かった。
2人のもとに辿り着くと。
「カズ あんた本当に何者?
背後からの攻撃にも対処するなんて、背中に目でも付いているの?」
ノエルが不思議そうに聞いてきた。
俺の戦いぶりをみていたらしい。
まぁ、俺にかかれば余裕だよ。
なんて言いたいところだが。
「リコの索敵のおかげだよ お前らの攻撃も効いていたからな
俺だけの戦果じゃないよ」
するとティナと目があった。
ティナにもきつい言葉遣いをしてしまったし、謝らないとな。
「ティナもさっきは悪かったな 良い魔法だったよ」
「ふん! 当然よ! 今度は私も頑張るからね!」
そう言って強がっていた。
もう泣いてないみたいだし、許してくれたかな。
「あぁ、そうだな 今度は作戦を予め決めて3人で協力しよう」
「そうね」
「えぇ」
よし、安全は確保されたみたいだ。
でだ。
「あんたは大丈夫だったか?」
俺は女性に話しかけた。
攻撃魔法――魔術“光散矢”
光属性の攻撃魔法。 無数の光の矢を放つ。
光を矢の形状に定め、無数に無差別に放つ光散矢は、しかし自身が味方とした者には無害である。
光は常に見えているにも関わらず、その姿を視認できない。
常に体に降り注ぐ光が人体に無害であるのと同様に、しかし魔力を付与する事によりそれは確かに攻撃性を持つ。
光は実体がなく、故に攻撃力は低く、決定打に欠ける。




