仲間-2
「売るってどういうこと?」
俺の疑問を聞いたノエルは呆れた様な態度をとった。
「そのままの意味よ 魔物からは牙や爪や毛皮といった様々な素材が剝ぎ取れるからね
必要のない素材は売ったり、必要な素材は加工して自分の装備に使ったりしているのよ」
「へぇー」
なんかよく分からんが金になる事は分かった。
つまり生活費を稼げた事になるわけか。
金には困っていたところなので助かるが、気になるのはこの“緋狡猩”≪フラムー≫から得られる金額だ。
「いくらくらいで売れるんだ?」
「そうね…… Bランクの魔物だから大体……60~80万ニールくらいかな?」
うーん……。
そうだった。
通過の単位が円じゃないんだったな。
どうやら“ニール”がこのニルバニアの通貨単位らしいが、60万ニールってどれくらいの金額なんだ?
このアストランの相場を知らないとしっくりこないな。
「すまんな 金額がしっくりこない
因みに飯一食分の値段ってどれくらいなんだ?」
俺はこのニルバニアにおける一般的な弁当の相場を知る事で、ニールを理解する事にした。
因みに俺は地球に居た頃は、昼飯代を500円以内に抑えていた。
これを基準にしよう。
「お金も知らないなんてカズって世間知らずにも程があるんじゃない?
でもそうね、食事一食分は大体500ニールくらいかかるかな」
うお、まじか。
相場が日本円と同じだ。
つまり500円は500ニールとなる。
分かり易いなおい。
ん? ってことはつまり……。
この“緋狡猩”≪フラムー≫の死骸は60万円以上で売れるって事か?
まじかよ!
無一文から一気に金持ちだ!
銃弾2発が大金に変わった!
危険を冒して魔物を討伐するハンターの気持ちも分かるな。
「へ、へぇー なかなか良い値段だなうん」
俺はにやける顔を必死で抑えて、冷静さを装った。
「なによ気持ちわるい顔して……
カズが討伐したから報酬はカズのものになるわけだけど、私達も戦ったんだから少しくらい分け前貰うよ」
は? ふざけるな。
全部俺のものだ!
なんて思ったけど、確かに2人の活躍で“緋狡猩”≪フラムー≫の隙を突けたわけだからな。
それに、命を懸けた代価にしては決して高い金額とはいえない。
報酬は働いた者には平等に支払われるべきだ。
「分け前は3当分でいいぞ 俺達3人の成果だからな」
「マスター私もいますからね!」
リコは金なんか必要ないだろ。
でもそうだな、討伐に貢献した人数でいえば1人少なかったな。
「そうだな 俺達4人の成果だ」
「はい!」
リコの嬉しそうな返事を聞き、ノエルも俺の言葉を聞き入れた。
「そう言ってくれると助かるわ ありがとう
じゃあ、運ぶから手伝って」
え?
今運ぶって言ったか?
なにを? まさかこれを?
「運ぶって?」
「街の“解体屋”に持って行かないと素材が剥ぎ取れないでしょ?
そこまでこの魔物を運ぶのよ」
まじかよ。
そのまさかだった。
そういうリアルな手間とか省けないのかよ。
ここファンタジーの世界だろ。
「因みに、遠征先で討伐した魔物とか大型の魔物とか運ぶ事が出来ないのはその場で解体して必要な素材だけ持ち帰るの
解体屋を呼んでも良いけど、来る頃には魔物の死骸は腐るし、他の魔物に食い荒らされるからあまり現実的じゃないわね
今回は街から近いし、魔物も運べるから丸ごと持って行くの
その方が売った時の金額も多い、得られる素材も多いからね」
「分かったよ じゃあ運ぶか」
俺とノエルが“緋狡猩”≪フラムー≫の死骸を運ぼうとした時。
「私は遠慮するわ “白の翼”と合流しなくちゃいけないから先に街に戻ってるわね
報酬は2人で分けて構わないわよ」
ティナは報酬を得る事を断った。
「良いのか?」
分け前が1人分減ったという事は、貰える金額が多くなるわけだから俺にとっては喜ばしい事だが。
ティナはそれでも良かったのかが気になった。
「良いのよ 私はお金に困ってないし
それに、魔物の死骸を運ぶとかいう重労働は私に似つかわしくないしね」
そう言ってティナは手で自分の銀髪をなびかせて偉そうな態度をとった。
俺にはなんだかティナが強がっている風にも見えた。
「そうか、気を付けて帰れよ」
「さよなら またどこかで会いましょう」
ティナはそう言って、ひと足早く街へと帰って行った。
ティナが去った後、ノエルが呟いた。
「ティナの奴ってば気にしなくてもいいのにね」
「気にするって?」
「分かり易く虚勢を張っていたわ 自分の魔法が魔物に利かなかったのを気にして報酬を受け取り辛かったのかもね」
ティナの強がりを感じていたのはノエルも同じみたいだった。
「それを言うならノエルの魔法だって効いてなかっただろ お前は報酬を受け取るのに遠慮はしないのか?」
「しないわよ 貰えるものは貰っておかなきゃこの先生きていけない」
「違いないな 同意するよ」
「まぁ、ティナがお金に困ってないのは本当ね
嫌味な言い方して、まるで私達が貧乏みたいじゃない」
ノエルはぶつぶつと文句を言った。
まぁ実際俺はこのアストランでは貧乏には間違いなんだけどな。
「じゃあ仕方ないから2人で運ぶか」
「そうね」
そう言うと、ノエルはポーチからあるものを取り出した。
手のひらサイズの木で造られたリアカーみたな物だった。
おいおい、まさかそれに載せようとしているのか?
いくらなんでも“緋狡猩”≪フラムー≫に対して小さすぎるだろ。
なんて思っていると、ノエルは別のポーチから今度は水筒を取り出した。
小型のリアカーを地面に置いて、そこに水筒の水を数滴垂らす。
すると、リアカーはみるみるうちに巨大化して、“緋狡猩”≪フラムー≫が載せられる程の大きさになった。
まじかよ。
「なにそれ……?」
当たり前の様に繰り広げられた不可解な現象に、若干引き気味に俺が尋ねると。
「ん? “膨張木”から造られた荷車だけど」
「“膨張木”?」
「魔力を含んだ水を吸収すると、何倍も大きくなる木よ
乾燥すると縮むんだけどね
流石に膨張する限界はあるけど、この性質を利用した物が色々作られているの
原生している膨張木は高さ50mもある巨木なんだってさ」
なるほど、持ち運ぶ時は小型で、必要な時はそれに適した大きさになる道具か。
「へぇー 便利な物があるんだな」
「こういう工作はもっぱら人間の得意分野みたいだけどね
さ、関心してないで載せるの手伝ってよ」
「はいはい」
俺とノエルは“緋狡猩”≪フラムー≫の死骸をリアカーに載せると、それを引いて街へと向かった。
しばらく来た道を戻り、何事もなく街へと帰投する事ができた。
その時。
門をくぐって、街に入った時だ。
「あれ? 今日は君達とよく会うね」
誰かに話しかけられた。
声からしてウォーレンであると分かった。
「ウォーレンさん」
「やあ あれから“脂獣”≪ウーム≫は狩れたかい?」
そういえば、俺とノエルは“脂獣”≪ウーム≫の狩りを名目に、任務を行っていた事になっていたな。
まぁ狩ったのは危険度Dランクの“脂獣”≪ウーム≫ではなく、Bランクの“緋狡猩”≪フラムー≫なわけだが。
説明に困るな。
ウォーレンの人間の戦闘力に対する見解は、世間一般のそれだからな。
「ま、まぁ」
「へぇ なにはともあれ無事で良かったよ
どれどれ僕に成果を見せてくれるかい?」
そう言って、ウォーレンは俺達の引いて来たリアカーの荷台を確認しに後方へと向かった。
「え……!? これって……!!」
そしてリアカーに載せられている“脂獣”≪ウーム≫ではない魔物を見て驚いていた。
そりゃそうか。
「“緋狡猩”≪フラムー≫じゃないか! これは一体どうしたんだい!?」
ウォーレンの驚愕っぷりに、ノエルは嬉しそうにドヤっていた。
「私達が討伐したんですよ!」
胸を張ってご満悦のノエルさん。
えっへんという幻聴まで聞こえてきそうな態度だ。
討伐した決定打を与えたのは俺だろ。
「君達が“緋狡猩”≪フラムー≫を?」
「えぇまぁ 運良くですけど」
もちろん運よく討伐できたわけではない。
殺せたから殺した。
討伐できたのは偶然ではなく必然だ。
だが、俺は言いふらすつもりはなく、あくまで謙虚な姿勢を見せた。
やはり過剰な期待は持たれたくはないしな。
俺達の証言を聞いたウォーレンは。
「君達すごいじゃないか! よく頑張ったね!」
なんと普通に信じて、絶賛していた。
「え、信じてくれるんですか?」
思わず聞き返すと、ウォーレンはきょとんとした表情を見せた。
「嘘なのかい?」
「いや、本当ですけど」
「じゃあ信じるよ こうして実物もあるわけだしね」
まじかウォーレンお前良い奴だな。
知ってるけど。
「まぁでも、正直言うと信じられないんだけどね」
あ、やっぱり物的には信じたけど、気持ち的には信じられないのか。
まぁ無理もないとは思うが。
ウォーレンは続けた。
「そう、君達が普通の“人間”ならね 特に……」
そう言って俺に視線を向けた。
え、なに。
俺がウォーレンの視線に戸惑っていると。
「もしかして“緋狡猩”≪フラムー≫を倒したのはカズ君の功績が大きかったのかな?」
その通りだが、見抜いたとは驚いたな。
「なぜそう思ったんですか?」
「君は出会った時からなんだか変わっていたからね
普通の人間ではない気がしただけさ」
確かにこのアストランでは俺の存在も俺の力もイレギュラーだ。
人間が危険度の高い魔物を倒せるというイレギュラーを起こせるのは、そういったイレギュラーである俺に限定されるという推理か。
妥当な見解だ。
間違ってはいないな。
「まぁそうですね 俺が倒したみたいなものですね」
「ふむ……」
ウォーレンは少し思考した後、俺に尋ねた。
「君は一体何者だい?」
愚問だな。
俺は俺だ。
つまり。
「“人間”ですよ どうしようもないくらいにね」
「そうか 僕は人間を見くびっていたのかも知れないな
これからは少し考えを改めてみるよ
今まで済まなかったねノエルちゃん」
流石はウォーレンだ。
自分の考え方を変えるなんて事は、なかなか出来る事じゃない。
そこを見つめ直し、今までの発言を思い返して、非礼と認識して謝罪するとは。
叡人だからとかではなく、本当の意味で頭が良いんだな。
ノエルもなんだか救われた様子だ。
「いえ 気にしてませんから
それよりウォーレンさんはこれから任務ですか?」
話題が変わり、ノエルが聞いた事は俺も気になった。
ウォーレンは色々な荷物を携えていたからだ。
杖はもちろんの事、大きめのバッグを背負い、服装だっていつものローブに加え外套を身に纏っている。
近場に行くスタイルではない。
明らかに遠出しますというスタイルだ。
「うん さっき正式にギルドから“特別任務”を任されてね
森の調査に行くところさ 2~3日は掛かるかな」
やはり任務に行くところだったか。
しかもただの任務ではないらしい。
“特別任務”ってのは確か民間からではなく、ギルドが正式に発注した任務だったな。
森の調査ってのは、今朝の新聞に記載されていた通りか。
そんな重大な任務をたった1人で行くつもりなのか?
新聞には調査隊を編成するって話だった筈だが……。
「1人で行くつもりなんですか?」
「そうだよ 僕の任務はあくまで森の異変について原因を探る事だからね
1人の方が動き易いんだ」
「まぁ戦闘が目的じゃないんなら確かに少数で行動した方が森に刺激を与えないで良いのかも知れませんが……
それでも流石に1人は危険では?」
「大丈夫だよ もう慣れっこだしね それじゃあ」
「そうですか お気を付けて」
門を出て任務に向かったウォーレンを、俺達は見送った。
ウォーレンは余程の強者と見えるな。
俺にとって軽いトラウマになっているあの森に1人で入っていく度胸があるとは。
自分の力量をかなり過信しないと無理だぞ。
すごい奴だ。
森の調査は英雄の“大魔術師・ウォーレン”に任せておけば良いか。
そんな事より、今の俺には目先の金だ。
ウォーレンを見送った後、俺達は再び歩を進めた。
「で、ノエル 解体屋ってのはどこにあるんだ?」
「もう少しよ」
ノエルの指示に従って道を進んで行く。
道中、“緋狡猩”≪フラムー≫の死骸が物珍しいのか、それともそれを運んでいるのが人間だからなのか、道行く人から多くの視線を感じた。
そんな視線を耐えながら更に進んで行く。
いい加減疲れたんだけど。
ゴリラみたいな“緋狡猩”≪フラムー≫を運ぶ作業はなかなか良い運動になる。
自衛隊の訓練を思い出す。
それに付いて来れるノエルって根性あるな。
なんて思いながら進んていた時。
「着いたよ」
ノエルが到着を伝えた。
やっとか。
質屋――じゃなくて解体屋に辿り着いた。
防御魔法――魔術“対衝氷防壁”
氷属性の防御魔法。 氷の防壁を展開し身を護る。
空気中の水分を膨張させ氷結させる事で、氷の防壁を展開する。
魔力を注ぎ続ける事で防壁は維持できるが、破壊されると再構築はできず、一から展開する必要がある。
より強度を高める為には、氷の結合を魔力で補完するという繊細な魔力操作が求められる。
護る事は時に攻撃する事よりも難しいのだ。




