任務-5
俺は再びギルドに訪れた。
しかし、そこにノエルの姿は確認できなかった。
辺りを見渡し、懸命にノエルを捜したがやはり見付からない。
杞憂に終われば良いと思ったのだが、リコの言った通り既に1人で任務に行ったのかも知れないな。
もしかしたらもしかする、結構やばい状況かも。
俺は急いで受付窓口へと向かった。
確かこの窓口で任務を受注するんだったな。
ノエルが任務を受注したのならば、必ずここを経由している筈だ。
受付人に聞いてみれば何か分かるだろう。
「あのちょっと聞きたいんだが
年齢が20歳くらいの人間の女の子が任務を受注しなかったか?
色素が薄い黒髪のセミロングで背はこれくらいで、直剣と杖を持っているんだが」
俺はノエルの特徴をできるだけ伝えた。
「人間の女の子ですか?
そういえばお1人で来られましたね
食料調達の名目で個人任務を受注されましたよ
名前はノエル・ヴィンターさんですね」
それだ!
やはり任務を受注していたか。
その任務内容は食料調達などではなく、Bランク相当の魔物の討伐だがな。
俺もノエルの後を追った方が良さそうだ。
それも早急にだ。
「どこに行ったか分かるか? 俺もそこに行く」
「行先は平原ですけど
任務受注者以外は壁外への外出は制限されていますよ」
「なら俺も平原への個人任務を受注する」
「分かりました それでは“任務受注許可証”の提示をお願いします」
え、“任務受注許可証”だと?
そういえば任務を受注するのに必要な物だったな。
それを持っていない者は、許可証を持っている者に同行する形で任務を行えるんだったか。
俺は当初ノエルに同行する形で任務に行くつもりだったからあまり気にしてなかったが、今は違う。
なぜなら、俺はその“任務受注許可証”を持っていない。
つまり任務を受注できない。
つまりノエルの後を追えない。
つまりやばい。
「えっと、持ってないんだけど」
「でしたら任務はお受けできませんね」
「任務を受注しないで壁外には出られないのか?」
「壁外には危険な魔物もいますので一般の方の外出には相応の審査があります」
「俺は平気だから壁外に行かせてくれ」
「一般人の外出は自殺行為ですよ なんの為に“任務受注許可証”を発行していると思っているんですか」
「ノエルは知り合いなんだ! 1人じゃ危ないかも知れない! 俺を行かせてくれ!」
「ご友人が心配でしたら、他の方に追跡を頼みますか?」
「それでもいいなら頼む!」
「では、その任務を依頼して下さい 何時受注されるかは分かりませんが」
「そんな悠長にしていられるか!」
「申し訳ございません 規則ですので」
「そこをなんとか!」
「無理なものは無理です」
くそっ!
なんで役所の連中って奴は、こうも融通が利かないだ。
機械かよ。
機械でもリコの方がまだ人間味あるぞ。
いや、受付人に文句を言っても仕方ない。
こいつ等は自分の仕事を全うしているだけだ。
しかしどうするかな。
このままじゃ、まじでやばい。
無理やりにでも壁外に出るか?
確かラクトが門番の目を盗んで壁外に出ていたと聞いた。
だが子供ならまだしも、俺は大人だし、ただでさえこの世界では目立つ格好をしている。
門番の目をかいくぐって壁外に出るのはあまり現実的ではなさそうだ。
さて、どうするか……。
俺が色々な策を考えている時。
「おい! なにをもたもたしてやがる!
後ろがつっかえてんだ早くしやがれ!」
うお!?
び、びっくりした。
俺はいきなり背後からドスの効いた声で怒鳴られた。
一体誰だ。
っていうか今日は色んな奴によく会うな。
そう思いながら、俺は振り向いて、怒鳴ってきた人物を確認した。
そこには男性が立っていた。
年齢は俺と同じくらいだろうか。
体格は俺と大して変わらず平均的だが、鍛え方は段違いだ。
というのも上半身は露出度が高い服を着用している。
服と言うよりは獣の毛皮を身にまとっている感じだ。
その肌が露出した部分から、鍛え抜かれた肉体が見えた。
髪型はぼさぼさの黒髪で、まるで整えていない。
その頭にはぴんっと立った黒い獣耳が確認できた。
するとこいつは獣人か。
全体的なぱっと見のイメージだと、黒い狼みたいな感じだ。
つまり恐い。
先程のノエルとティナのやりとりとは違った質の恐さがある。
「おい! 聞いてんのか人間!」
狼だけにハスキーボイスで吠えるな。
目の前に居るんだから怒鳴るなよ。
「す、すまん でもどうしても平原に行きたいんだ」
「あぁ!?」
超恐い。
ここで俺が引き下がれば済むのだろうが、それはできない。
ノエルの命が危ないのだ、簡単には引き下がれない。
俺が退かないでいると、この男性は意外な提案をしてきた。
「ちっ……
じゃあ、俺が行く任務に同行させてやるよ!
それなら壁外に出られるだろ!」
おっ!
これは予想外の助け船!
まさに渡りに船だ!
「良いのか!?」
「こちとら急いでるんだよ! 早くしろ!」
そう言って男性は俺に紙を手渡してきた。
「なんだこれ?」
「あぁ!?
“任務受注書”に決まってんだろ
同行者んところにお前の名前を書くんだよ
何も知らねぇのか馬鹿だな」
知らない事は馬鹿ではないだろ。
まぁ良いか。
俺はその紙を受け取り、言われた通り同行者欄に自分の名前を記入した。
どうでもいいが、俺が書いた文字は異世界文字なのか日本の文字なのかどっちなんだ?
紙に書いてある文字が全部普通に読めるので分からん。
たぶん周囲に違和感を持たれてないから、普通に異世界文字を書いたのかな。
ウォーレンにかけられた“会話”という魔術すごいな。
それはそうと、俺は“任務受注者”の欄に記入されている名前が目に入った。
恐らくこの男性の名前だろう。
そこにはこう記してあった。
――――――――――
ガルム・オーガスト
――――――――――
この男性の名前はガルムというのか。
ガルムに“任務受注書”を返すと、それはすんなり受理された様だ。
そして俺はそのままガルムに連れられギルドを出た。
街を抜け、そのまま門番に許可証を提示し、一緒に壁外に出る。
入る時は別になにも苦労しなかったのに、外出する時はいやに厳しい国だ。
人を魔物から守る為に出来上がった仕組みなのだろうか。
魔物なんかいない地球とはだいぶ違うな。
何はともあれ無事壁外に出る事ができた。
ガルムが居てくれて良かった。
「じゃあな人間
俺は渓谷方面に行くから、平原とは逆方向だ
帰る時は勝手に帰れ 因みに平原は向こうだ」
そう言って、ガルムは平原の方向を教えてくれた後、去ろうとした。
っていうかガルムは1人で任務に行くつもりなのか。
建前とはいえ、任務同行者として俺の名前を記入した以上、俺もガルムの任務を手伝った方が良いよな。
助けてくれた訳だし、お返しするのが道理ってものだ。
「待てよ 俺の用事が済んだ後でならお前の任務も手伝うぞ」
しかし俺の申し出をガルムは。
「はっ! 人間如きが手伝うとか何様だ?
俺は1人で十分だ お前は確かに人間にしては鍛えている方かも知れないが、俺にとっては足手まといにしかならねぇんだよ!」
自衛隊員だから多少の筋肉が付いているところを評価された様だ。
しかし、人間の扱いってそうだったな。
なら、ガルムに無理に同行する必要もないか。
「そうか まぁ壁外に出られた事は感謝してる
ありがとうなガルムさん」
俺が名指しでガルムに礼を言うと、ガルムは俺を睨んだ。
なんで睨まれたんだ恐ぇよ。
「てめぇ…… どこかで会ったか?
なんで俺の名前を知っている?」
あ、なるほど。
名前を知られている事に疑問を感じたのか。
そんな事でいちいち睨むなよ。
「いや初対面だ さっきの任務受注書に名前が記入されていたからな」
「あぁ……」
ガルムは納得した様子だ。
それくらいちょっと推理したら分かりそうなものだが。
獣人は頭が悪いみたいに言われていたが、少なくともこのガルムはそれに当てはまる脳筋なのかも知れない。
俺も一応自分の名前を名乗っておくか。
「あ、因みに俺の名前は――」
そこまで言った時。
「いや、言わなくてもいい」
ガルムは、俺の自己紹介を止めた。
なぜだ?
ガルムは続ける。
「俺はソロのハンターだ
他人とのなれ合いはごめんなんだよ
それにてめぇの名前を聞いたところで直ぐに忘れるだろうからな」
「お、おう そうか」
「ま、そういう事だ
何の用事で壁外に出たのか知らないが精々死なない様にしろよ人間」
そう言ってガルムは去って行った。
ふむ……。
俺がいうのもなんだが変わった奴だな。
見た目は威圧感あるし、正直近寄りたくないタイプの人種だ。
でも、悪人とは感じなかった。
俺にはガルムの言動や態度が、他人を寄せ付けない様にしている風にも感じ取れた。
勘違いかも知れないが、まぁいいか。
俺にも急いで行くべきところがある。
平原だ。
ノエルが向かった平原。
俺はガルムに教えられた平原へと向かう道を駆けだした。
平原へ向かう道中。
突然地響きがした。
地震の前兆では無く、何かが走った為に発生した地響きだ。
その地響きは、最初こそ小さかったが、徐々に大きくなっていった。
向こう側から何かが近付いている。
「マスター! 大量の熱反応を補足! 回避を!」
リコが叫んだ。
それを聞いた瞬間、地響きを発生しているものの正体が見えてきた。
獣の集団だ。
リコが探知した通り、大量にいる。
数はゆうに20頭くらいだろうか。
豚の様な造形をした魔物の群れだった。
これが“脂獣”≪ウーム≫の群れか。
なんて呑気に観察している場合じゃない!
「うお!」
俺は道端に跳んで回避した。
うつ伏せになり頭を守る、俺の真横を“脂獣”≪ウーム≫が次々に走って通過していく。
“脂獣”≪ウーム≫の群れは、俺を無視し、そのまま走り去っていった。
しばらくして、地響きと立ち込めた砂埃が収まったのを確認して、俺は顔を上げる。
「危なかった……」
あれに巻き込まれたら流石に痛いでは済まないからな。
なるほど、確かに壁外は危険なところだな。
しかしなんで“脂獣”≪ウーム≫は群れを成して走っていたんだ?
まるで何かから逃げている様子だった。
“脂獣”≪ウーム≫が来た方向は平原だよな。
平原になにかいるのか?
だとしたら、そこに向かったであろうノエルの身が心配だ。
俺は起き上がり体勢を整えて、平原へと向かう足を速めた。
そして、しばらく走った時。
開けた場所に出た。
草が辺り一面まで絨毯の様に生えている。
木々は少なく、空は良く見え、遠くまで見渡す事が出来る。
時折吹く風はが心地よい。
森とは違い、爽快感があるこの場所は平原だと分かった。
その時。
「マスター! 対地電探に感ありです!
直進方向! 距離100!
熱反応が3つ確認できました!」
リコが報告してきた。
熱反応を感知したという事は有機的な生命体が居るという事か。
反応が3つと言うのが気になる。
仮に1つがノエルだとすると、後の2つはなんだ?
まさか魔物が2体いるのか!?
最悪な状況が頭を巡る。
俺はリコの指示を頼りに、熱反応が確認された場所へと急いだ。
そして見つけた。
ノエルだ。
そして魔物。
そして何故かティナ。
俺は距離にして50mは離れていた為、2人と1体の魔物には気付かれていなかった。
リコの報告にあった熱反応3つというのは、あれの事で間違いないな。
ノエルとティナはゴリラの様な魔物と対峙していた。
今まさに戦闘中という感じだ。
っていうか何故ティナまでいるんだ?
ティナは“白凰鳥”≪アルニクス≫の討伐任務に行った筈だが。
まぁ、それを今気にしても仕方がない。
今、俺のすべき事は……。
2人の加勢。
……だが、その前に魔物の情報収集だ。
ここから見る限りだと、2人は結構頑張って戦っている雰囲気だ。
戦っているのが練度“見習い”のノエルだけなら流石の俺も無策で飛び出していただろうが、ティナまでいるなら冷静に対策に講じていよう。
ティナの練度は未知数だが、叡人はエリートみたいなイメージがあるし。
主にウォーレンの影響でだが。
もしかしたら俺の出番は無いかも知れない。
うん。
別にびびってる訳ではない。
「リコ、あのゴリラみたいな魔物の情報を開示してくれ」
「直ぐに助けなくて良いんですか?」
「確実に助ける為には、先ず敵を知る必要がある
それにあの2人はなかなか連携が出来ている
直ぐにどうという事にはならんだろう」
「分かりました では迅速に開示しますね」
「頼む」
リコは魔物の情報を開示した。
「あの魔物は“緋狡猩”≪フラムー≫という名前みたいです
見た目通り大きさも造形もゴリラに酷似した黄土色の体毛をした魔物です」
「見た目は分かった 特徴は見れば分かる それ以外は?」
「はい 知能が他の魔物と比較して少し高い様です」
頭が良い魔物か。
猿の見た目は伊達じゃないみたいだな。
「具体的には?」
「攻撃を仕掛けつつ相手の力量を計り、格上なら直ぐに退散するそうですが……」
「なんだ?」
「勝てる相手だと判断すると、途端に猛攻を仕掛けるそうです」
やはり獰猛な魔物には違いないみたいだな。
“脂獣”≪ウーム≫が逃げていたのも、この“緋狡猩”≪フラムー≫が出現したのが原因だったんだな。
“緋狡猩”≪フラムー≫の習性からすると、今の戦闘はノエルとティナの力量を計っている最中という事になるのか?
ノエルは弱いからな……。
それが見破られたらやばいかも知れないな。
今はティナとの連携で、その弱さはあまり際立っていないが、ばれるのも時間に問題だ。
ティナが強ければ、そもそも問題はないが……。
ノエルと同期生のティナがそれほど強いとは考えづらい。
そこで気になるのは。
「“緋狡猩”≪フラムー≫の危険度は?」
「はい危険度Bランクに指定されている魔物です
因みにBランクの魔物討伐に推奨されている戦力は練度“実力者”が3人は必要だそうです」
練度“実力者”が3人?
ティナが練度“実力者”とは思えないし、これもう人数的に討伐不可能では?
状況は芳しくないな。
俺も直ぐに加勢した方が良さそうだ。
だが軽率な行動は控えよう。
ここは冷静に……。
俺は“緋狡猩”≪フラムー≫に気付かれていないという立場を利用する事にした。
「リコ 隠密作戦だ 気付かれずに出来る限りあそこに接近する」
「了解しました! では匂いで気付かれない様に、風下に移動しましょう
風調解析を開始します」
「頼む」
俺はリコの指示に従って、接近を開始した。
黒大獣の毛皮
黒大獣からはぎ取れる毛皮。 黒く保温性に優れる。
黒は強さを象徴する色として知られるが、その威を借る者のまた多い。
威圧的に映るそれがただのこけおどしだと分かっていても、本能的に近寄りがたいものだ。
ならば身を護る為の手段としては、やはり黒は強いのだろう。 強さとは欺く事もまた1つの強さなのだ。




