任務-4
「カズ、どうして何も言ってくれなかったの!?」
ノエルは、先程口を噤んだ俺を責めてきた。
ノエルが怒る気持ちも理解はできるが、俺は反論した。
「俺が何か言ったところで、あいつはどうせ信じなかっただろ」
「それでも、カズはあそこまで言われて悔しくないの!?」
「別に俺はどうとも思わないが」
「私は悔しい……!」
言ってノエルは、目を潤ませて涙を浮かべた。
え、まずい。
公衆の面前で泣かれるのは困るんだが。
その涙を見て俺が狼狽えている間でも、ノエルは表情をそのままに続けた。
「世の中にはね、頭の悪い叡人も居れば、運動音痴な獣人も居る
そんな人達はいわゆる落ちこぼれって言われているけれど、人間は人種そのものが落ちこぼれなのよ
カズは世間知らずだから、そんな事知らないだろうけど、私はそれが堪らなく嫌なの!」
「そんな事言われてもな……」
「私は人間が嫌い でもその反面、人間にも凄い事が出来るって事を世の中に知らしめたかった」
「それは自己矛盾だな」
「そうよ でもカズならその矛盾を証明してくれると思った!
“黒獄獣”≪ヘルヴォルグ≫を1人で倒したカズなら!」
やはり俺に変な期待をしていたか。
という事は、ノエルがそもそも俺に手伝って欲しいと言っていた仕事というのは、その矛盾を証明する為の任務なのか?
任務内容をウォーレンに聞かれた時のノエルの態度に違和感を感じていたが、まさか……。
「ノエル、お前の受注した任務っていうのはなんだ?」
「……“脂獣”≪ウーム≫の狩りをする個人任務……
と見せかけてのBランク相当の魔物の討伐よ
ギルドには、食料調達中に想定外の魔物に遭遇した事にしておけばいいからね」
「そんな事を企んでいたのか」
「そうよ “脂獣”≪ウーム≫はいくつかの小規模の群れを形成する
その群れを食用目的で狩る魔物だっているわ
ハンターだったお父さんから魔物の生態はある程度教わってるから、“脂獣”≪ウーム≫を狙ってくる魔物と狙われそうな群れの見当だってできる」
つまり、その“脂肪”≪ウーム≫を狙うBランク相当の魔物を狩って、俺達人間の強さを証明しようって魂胆か。
人間でもやればできるって事を証明したいが為に、任務内容を偽り、危険度の高い魔物を討伐しようとしているわけだ。
「そういう事っだったのか」
「約束は約束よ
カズにはこの任務を手伝ってもらう
カズならBランクの魔物討伐くらい余裕でしょ?」
まぁな。
確かに、銃を使えばどんな魔物でも倒す事が出来るのかも知れない。
だが、なるべく危険な事は避けたい。
俺はヘタレなのだ。
だから、俺はノエルの頼みを……。
「そういう事ならお断りだ」
常に万が一を想定し、最悪な事態を避ける為に俺は少しでも危険がある事には首を突っ込みたくなかった。
それに、ノエルのこの思考はやがて身を滅ぼす。
困惑しているノエルに、俺は諭す。
「え、どうして……」
「俺も弱い人間には変わりない 変に期待するのは止めろ」
「そんな……」
「人間にギルドの仕事をこなせないと言ったのはノエル、お前だ
それは間違っていない」
「だから、それをカズなら覆してくれると思って」
「言ったはずだ 俺はなにも出来なかった弱い人間なんだよ」
“出来なかった”と言い、かつての地球での出来事が脳裏をよぎる。
バケモノに蹂躙され、なにも出来ずただただ不様に逃げ惑っていた自分の姿を思い出す。
「でも、私は……」
「ノエル、利口になれ
危険な仕事が出来ないって事は恵まれた事なんだ」
「カズは兵士なんでしょ!?
危険な仕事をしてでも、世の中を守りたいから兵士になったんじゃないの!?」
「生憎だが、俺にそんな志はない
俺の故郷に居た兵士なんて、ほとんどが実戦の経験もない連中ばっかりだしな」
「なによそれ……本当に兵士なの?」
「いや、厳密には兵士ではなかった ただの平和ボケしたお前と変わらない人間だ」
「よく兵士として務まっていたわね」
「いや、務まらなった だからこそ俺の故郷は滅びた」
「え……」
おっと、話が脱線してしまった。
バケモノによって日本が――いや世界が滅亡した事はこのアストランの連中には関係のない事だったな。
話を戻そう。
「つまりだ 人間にとってギルドだけが働き口じゃない
危険性の無い仕事をしている分、俺にはそこの受付人の方が叡人よりもよっぽど賢く見えるけどな」
俺が自らの考え方をノエルに諭した後。
「もういい」
ノエルは聞くのを止めてしまった。
だが、俺にはまだノエルに言いたい事は残っていた。
「ノエル、お前の気持ちが分からないわけじゃない
だがな、人間の力では出来る事に限界がある」
「…………」
「英雄願望で夢でも見ているつもりかも知れないが、現実は非情だ
人間のお前が無理な事に挑めば、その結末は死だ」
「……――さい」
ん?
ノエルが小さく何かを呟いた。
良く聞こえなった為、俺は無視して話を続行する。
「ノエルの父親だって任務中に命を落としたんだろ?
獣人にとっても危険なんだ 人間なんかには務まらないんだよ」
その時。
「うるさい!!」
ノエルがきれた。
ま、まずい。
言い過ぎたか。
また、怒らせてしまった。
でも、今回は俺が悪い訳じゃない。
俺は間違っていない。
だから謝らない。
「カズ……!」
ノエルは歯を食いしばり、俺を睨みつけた。
その目からは、涙がぽろぽろと零れ落ちている。
これ、俺が悪者か?
それでもあ、謝らないぞ。
ここで謝ってしまえば、俺は自らの考えを否定する事になってしまう。
そして、俺の考えはノエルを助ける事にも繋がる筈だ。
つまらない意地やプライドを捨てて、人間ならば弱者ならば、人間らしく弱者らしく“生きろ”というのが俺の伝えたい事だった。
あ、でもきつい言葉を使った事については謝ろうかな……。
この俺のヘタレ。
「あ、えっと、ノエル……
ごめん、ちょっと言い過ぎたかも知れないなぁーとか思ったり思わなかったり……
でも、そのえっと」
言葉が詰まる。
俺、相当びびってるな。
以前ノエルを怒らせた事が軽いトラウマになってるのかも知れない。
罵声を覚悟した俺に、ノエルは意外な言葉をかけてきた。
「カズなら分かってくれると思ったのにな……
あんたを信じた私が馬鹿だった
突き合わせて悪かったね もうどこかに行っていいよ」
「お、おう」
なんだ?
怒ってはいないのか?
任務を中止したみたいだし、ノエルに言われた通り俺は去った方が良いか。
俺がギルドの出入り口に向かおうと歩き出した時。
「そして、もう二度と私の前に現れないで この意気地なし」
これ、やっぱり怒ってるな。
俺はノエルのその発言に関して反論はしなかった。
俺が意気地なしだという事は、あながち間違ってなかったからだ。
「じゃあな 手伝ってやれなくて悪かった」
「…………」
俺はそれだけ言うと、ギルドを後にして街へと出て行った。
その間、ノエルは何も応えなかった。
街を歩きながら、色々な事を考えた。
主にこれからの事に関してだ。
生きていくには仕事が必要だ。
ギルド以外の安全な仕事が良い。
商店や飲食店でバイトでも募集していないだろうか。
あと、寝床もいるな。
もうどこかに泊めてもらうのは無理だな。
金がないから宿にも泊まれない。
今日のところは街の何処かで野宿でもするか。
寝るには屋根がある場所が良いな。
公園ってあるのかな。
無かったら、橋下とか探してみるか。
そんな事を考えながら歩いていた。
自分の事ばっかりだな。
保身の為とはいえ、女の子まで泣かして。
全く俺って奴は我ながら情けなくなる。
「マスター このままで宜しいんですか?」
リコか。
「何がだ?」
俺はそう言ったが、リコが何を言いたいのか分かっていた。
「ノエルさんの事です このままで宜しいんですか?」
「なぜそんな事を聞く?」
「同じ女の子だから分かるんです
恐らくノエルさんはお1人で任務を強行すると思いますよ」
なんだと!?
それは分からなった。
てっきり任務を諦めたのだとばかり思っていた。
だが……。
「それがどうした 俺には関係のない事だ」
「そうですね マスターには関係ない事です
ただ……私が嫌なんです」
リコの奴何を言っているんだ?
「なんだと?」
「マスターが意気地なし呼ばわりされたままなのが私は納得出来ません
マスターはやれば出来る人なんですよ!」
やれば出来ると言われてもな。
俺はたまに見栄を張る事はあるが、自分の事はきちんと把握しているつもりだ。
出来ない事に対しては、無理に出来るなんて無責任な事は言わない。
自分をわきまえている。
非力で、卑怯で、非情な人間だと。
だからリコの発言は意味が分からなかった。
「リコは俺を過大評価している」
「そんな事ありません」
「いやある リコは俺に対して献身的過ぎる
それはお前のプログラムが俺に奉仕する為にそうさせているんだ
だから俺が凄い奴みたいな事を言っているんだろう」
「いいえ 確かに私はプログラムですが、だからこそ気遣いや配慮や社交辞令などの発言は致しません
その上でもう一度言います
マスターはやれば出来る人です」
リコは頑なに俺を褒めてくれた。
「……その根拠は?」
気になった俺は、リコから見た俺の客観像を聞いてみた。
「はい! マスターは実に狡猾で打算的なお方です!」
あれ?
もしかして俺蔑まれてる?
「それ褒めてんの?」
「私は褒めているつもりですよ!
そんなマスターだからこそどんな絶望的な状況でも手段をいとわず必ず敵を倒す、または逃げ延びる事が可能なのです!」
「まぁ死にたくないから必死になるだけなんだが」
「それがマスターの強みです!」
「どういう事?」
「その強みを最大限活かせる手段が私なのです!
そして、この世界では銃も有効ですね!
つまり、私とマスターは最強です!
魔物など恐れるに足りません!」
なるほど。
確かに俺はこのアストランに存在しない強い力を有している。
だがそれだけだ。
それだけでは俺は結局今みたいに逃げ出している。
だが、リコがいる。
このテクノロジーは俺の強さを最大限に引き上げてくれる。
リコが俺の有してる最強の力を十分に発揮させてくれる。
最強を知らしめ周りから期待されたくは無いが、これも下らんプライドなのかも知れないな。
プライドを捨てて、自分らしく生きろと言ったのは俺だ。
なら今の俺の行動は間違っているのだろう。
なにより、知っている女の子の命が危ない。
死なれちゃ目覚めが悪い。
俺自身の安眠の為にも今とる行動は決まっている。
リコがその道を定めてくれた。
よし。
俺は歩みを止めた。
「その“最強”とやらを試しにいくか」
「はい! ノエルさんにマスターが意気地なしだと思われたままなのは心外ですしね!」
「あぁ そうだな」
そして俺は振り返り再びギルドに向かった。
ノエルを助ける為に。
脂獣の油
脂獣から抽出される油。 魔力を熱へ変換する媒体となる。
アストランに広く分布する脂獣は、どの地域でも人々の生活を支えてきた。
その油は魔力を帯びており、魔照灯の燃料として使用される。
脂獣を狩り、命の恵みに感謝する事がハンターの初仕事となるのだ。




