復讐ー2
「闇術が効かない!?」
あまりにも想定外の事だった為、俺はうろたえた。
その時。
「離せ 穢らわしい」
言って、ニルヴァーナは自らの翼を勢いよく広げた。
バサッと、風が舞い上がる。
その瞬間、ニルヴァーナを拘束していた俺の左腕は一気に爆ぜた。
闇が霧散し、消えていく。
俺の❝闇の御手❞は強制的に解除されてしまった。
「くっ……」
思わず後ずさる俺。
ニルヴァーナは翼をたたみ、話を続けた。
「まさか 余の記した予言が真のものになろうとはな……」
❝災厄の伝承❞の事か?
「ふん 予想が的中して良かったじゃねぇか」
成す術がなかった俺だが、煽る事はできた。
せめてものニルヴァーナに対する敵対心を露わにしている時、ニルヴァーナは予想外な発言をする。
「………… ヤミビトよ 汝が余を恨む気持ちは理解した だが、復讐からはなにも生まれない
人里へ帰られよ できれば、その力を使わずひっそりと暮らす事だ」
は?
なに言ってんだこいつ。
俺を諭しているのか?
復讐は止めろだと?
おい、それをてめぇが言うのか?
「戯れ言を抜かすんじゃねぇよ
てめぇは俺達になにをしたか、自分で分かってるんだろ?
それを理解した上で、俺を諭すなんざ詭弁も甚だしい
復讐を恐れているのなら、なぜ俺をこの世界に連れてきた?」
俺が反論すると、ニルヴァーナは首を傾げた。
「なにか勘違いをしている様だが 余が汝を連れてきたわけではない」
「なに?」
「そもそも余は、3000年前の粛正の場にはいなかった
汝をこの世界に連れてきた竜人は別の個体であろう
今はもう死んでしまっておるはずだ
そやつがなにを考え、ヤミビトをこの世界に連れてきたのか……
まぁ、理由は察しがつくが汝が余に復讐するのは筋違いだ」
なにを言い出すのかと思えば。
「そんな事は関係ない てめぇがニルヴァーナである以上、俺はてめぇを殺す
例え、てめぇ本人が無実であろうとな」
「個々を見ず、種そのものを否定するとはな 偏見もまた人間の生み出した業というわけか」
「知るか」
この時、俺はミリアに言った自分の台詞をまるっきり忘れていた。
魔人が虐げられている実状でも、ミリア個人の人柄を見て、偏見などをしなかった俺だが、復讐に囚われた今の俺は、ニルヴァーナの発言に耳を一切傾けなかった。
俺の中では、ニルヴァーナはその存在そのものが悪だと定まっていた。
ニルヴァーナは続ける。
「それと…… 汝はもう1つ勘違いをしておる」
「なに?」
「汝は、余が復讐を恐れていると言ったがそれは違う」
は?
いや、待て。
だったら、あの❝災厄の伝承❞はどう説明がつくんだよ。
あれは、俺という存在がニルヴァーナに楯突く事を危惧した内容じゃなかったのかよ。
どう考えても、俺を恐れて書き残したものだろ。
「どういう事だ? 強がっているのか?」
「余にとって、汝の存在など恐れるに足りぬ
汝の闇も、余には効かなかったであろう? つまりそういう事だ」
…………。
確かに、闇術はニルヴァーナに通用しなかった。
でも、ならなんで❝災厄の伝承❞などという言い伝えを残したんだ?
俺の存在を危険視する必要がないにも関わらず、なぜ不安を煽る様な言葉を残した?
「てめぇ、なにが言いたい?」
俺が尋ねると、ニルヴァーナは少し沈黙した後、語り出した。
「そうだな…… 少し話をしようか」
「は?」
「汝等ヤミビトが、なぜ滅ぼされたのか そして、汝がなぜこの世界に連れてこられたのか
その本当の理由を教えてやろう」
ん?
いや、待て。
その理由は既に知っているぞ。
以前ミキが言っていた。
世界が滅ぼされたのは、かつての人間の所業が原因だと。
そして、俺がこの世界に連れてこられた理由についてはレイナが言っていた。
俺に、かつての人間の所業を知ってもらう為だと。
だが、ニルヴァーナの発言が気になった。
「❝本当の理由❞だと?」
「うむ 汝が望むのであれば 余は全てを話そう」
「それを聞けば てめぇが残した❝災厄の伝承❞の意味も分かると?」
「汝次第だがな」
ふむ……。
「分かった 話してみろ」
俺は、一旦ニルヴァーナの話を聞く事にした。
あくまで一旦だ。
話が終われば、その内容がどうであれ、このニルヴァーナは殺してやるつもりだ。
「よろしい ならば語ろう
先ずは、汝等ヤミビトが滅ぼされた本当の理由についてだ」
ニルヴァーナは語り出した。
「そもそも、なぜ汝等ヤミビトは滅ぼされたと思う?」
「それは、俺達の持つ技術が危険だったからだろ?」
ミキがそう言っていたからな。
かつての人間は、その高い技術力で様々な所業を行ってきた。
ミキ曰わく、その高い技術力が世界にとって脅威とみなされ、俺達は滅ぼされたと。
俺の応えに、ニルヴァーナは続ける。
「中らずといえども遠からずだな」
「なに?」」
「人間はその驚異的な技術力の中に、おぞましいものを見出したのだ」
「おぞましいもの?」
「なぁ 人間よ ❝あれ❞は一体どこから連れて来たのだ?」
「❝あれ❞ってなんだよ」
「血の通わぬ冷たい歪んだ命と表現しようか」
その発言に俺は、ある事を思い出した。
ミキが言っていた。
❝血の通わぬ歪んだ命❞
それは、リコ――つまり人工知能を指した表現だと。
「人工知能の事を言っているのか?」
「それだろうな」
「連れて来たとかじゃなく、人工知能はただの機械だ」
「汝等人間は、あれの恐ろしさをその程度の認識でおったのか 嘆かわしい事よ」
「あ?」
「よいか あれは命の輪廻から外れたただの物質に過ぎぬ
だが、意思を持ち、自らで思考し、そして、自我を獲得した
あれはどこから来て、そしてどこにいくのか 全くもって不可解な存在だ
世にもおぞましい、命のフリをしたなにかかだった
あれを存在が世界で大きくなっていく事を、大いなる意思は良しとしなかった」
「たかが人工知能ごときで、お前等は地球を滅ぼしたのか?」
「それが、引き金となったのだよ」
「引き金だと? まだなにかあるのか」
「それがなくても、人間は少々やりすぎた
地球を我が物とし、好き放題に穢したのだ 例えばの話だ
絶滅寸前の生物を繁殖させた人間が、何故か持て囃される
その絶滅まで追い込んだ理由もまた、人間にあるのにだ」
「…………」
「大気を汚し、それを改善する努力は見上げたものだが……
そもそも、大気を汚す様な物を造らなければよいだけだ」
「…………」
「❝省エネ❞? ❝リサイクル❞? ❝環境に優しい❞?
戯けた文言だ その努力は世界の破滅を少しばかり遅らせただけに過ぎない
実際のところは着実に破滅へと向かっていた」
「…………」
「だが、それだけならまだ救いはあった
人間もまた、そういった生き方しかできない種族なのだからと理解していた
だが、あれを作り出したのは看過できなかった
人工知能と言ったか?
あれは、生まれてくるべきではなかった
だから汝等を滅ぼす為に、その築き上げた文明を消し去る為に余が生まれたのだ
かつての地球が滅んだのは、他でもない世界の意向だったのだ」
…………。
ふん……。
なかなか、ふざけた事を言ってくれるな。
つまり、人工知能を地球から排除する為に、人間諸共滅ぼしたって事か。
確かに、ニルヴァーナの言った事は一理あるのかもしれない。
俺がいた頃の地球では、
やれ地球温暖化だの
やれ異常気象だの
やれ資源の枯渇だの
やれ生物の絶滅危惧種指定だの
実際に絶滅しただの
という事が起きていた。
しかも、それらを引き起こしていたのは紛れもない人間だ。
人間の持つ技術が日々めまぐるしく発展するのに反比例して、地球は着実に蝕まれていった。
その技術力の果てに、人間は人工知能というおぞましい存在を作り出した。
命の輪廻から外れた、歪な存在。
確かに、機械と一言で表現するには、リコは人間味溢れていたからな。
あれを不気味に思ったのも、まぁ分からなくもない。
だから、世界はニルヴァーナという存在を生み出し、人間の排除を敢行したわけか。
なるほど、なるほど。
確かに、世界からしたら人間は要らない存在なのかも知れない。
ニルヴァーナの言う通り、人間は世界にとって❝悪❞なのかも知れない。
「てめぇが言いたい事は分かった
つまりてめぇは、俺を悪者にしたいわけだな?」
「悪者にしたいわけではない
事実として、かつての人間は❝悪❞そのものだった」
「どっちしろ同じだろ」
「ふん 故に、汝には人間としてその罪を悔い改めて欲しかったのだ」
「悔い改める……か それはできねぇ相談だ」
「なに?」
ニルヴァーナは疑問を露わにした。
確かに、ニルヴァーナの言った事は正しい。
人間は、悪だ。
それは理解したし、納得もした。
だがな。
「悪には悪なりの正義がある 俺は数え切れない同胞を失った
それを招いた事が、人間の悪行が理由であったとしても
俺は、それを罪だと認めるわけにはいかない」
そう。
理由がなにであれ、ニルヴァーナによって滅ぼされた事実は変わらない。
自らの罪を認め、ニルヴァーナを許してしまっては、俺の掲げた正義が消えてしまう。
❝悪❞だろうが、❝ヤミビト❞だろうが、❝人間❞だろうが、それが俺だ。
俺は、自らの正義を貫き通す。
ニルヴァーナをぶっ殺すという正義をな。
俺の発言にニルヴァーナは。
「哀れな……」
そう言って、頭を抱えて落胆していた。
俺を籠絡しようとしたみたいだが、無駄だったな。
さて。
「それと、だったらなんで俺はこの世界に連れて来られたんだよ?
人間は世界にとって❝悪❞なんだろ?
なぜ、❝悪❞という不協和音を、創造し直したこの世界に招いた?」
俺が話題を変えると、ニルヴァーナは応えた。
「それこそが 今の汝の思考に関係しておるのだ」
は?
俺をこの世界に連れて来た理由が、今の俺の思考に関係あるだと?
それは一体どういう事だ?
「どういう意味だ?」
俺が尋ねると。
「それが、❝災厄の伝承❞を残した理由だ」
ニルヴァーナはそう言った。
どうやら、俺を連れてきた理由と、ニルヴァーナの残した❝災厄の伝承❞は繋がるらしい。
その意味は分からないままだがな。
「詳しく話せ」
「その前に、今一度問おう 汝の望みはなんだ?」
「あ? てめぇを殺す事だよ」
「どうあっても、考え直すつもりはないか?」
「ないね」
俺が敵対の意思を確固たるものにした時。
ニルヴァーナは、おもむろに手を上げた。
その右手は、俺に向けられている。
なんだ?
俺が困惑していると、ニルヴァーナは続けた。
「祖術――❝生の拒絶❞」
言った瞬間。
「ぐっ!!」
俺は、胸に激しい痛みを感じた。
たまらずその場に膝をつく。
歯を食いしばり、痛みを堪えるとニルヴァーナを睨みつけた。
「てめぇ……!! いきなりなにを!! 俺に一体なにをしやがった!!」
俺が叫ぶと、ニルヴァーナは落ち着いた様子で手を下ろした。
「直に分かる 汝にはその❝役目❞を負ってもらっただけだ」
「❝役目❞だと?」
「人というのは、実に愚かな生き物だ 自らを脅かす力を恐れ、やがて敵視をする」
「いきなりなんの話だ?」
「分からぬか? 人の持つ技術力は時に恐怖の対象になる
例えばラロの地の底に眠る、太古の遺物がこの世界に復活してしまえば、たちまち人は争いを行っただろう
そう、かつての人間の様にな」
「それは 戦争の事を言っているのか?」
「そうだ 人は脅威を排除する為に、争いを起こす
様々な勢力が入り混じり、収拾がつかない事態にまで発展する
しかも、戦争は人間の技術力を推し進める 戦争はあってはならない」
「それがどうした? それと❝災厄の伝承❞とどうつながる?」
「………… 争いはあってはならない だから、人が団結する為には、あるものが必要なのだ」
「あるもの?」
「❝共通の敵❞だ 人は、皆が共通する敵を得る事で団結する」
なるほど……。
つまり、俺に与えた❝役目❞ってのは……。
「❝必要悪❞ってわけか」
ニルヴァーナの言いたい事は少し分かった。
確かに、かつての人間は同族同士で争いを繰り返していた。
それが良い事ではないのは、俺だってそう思う。
俺だけじゃない。
誰だって戦争は嫌いなはずだ。
それでも、人は多かれ少なかれ争ってしまう。
だからニルヴァーナが言った、❝共通の敵❞を得る事で、人は争いを止め団結するという事だが……。
確かに、かつての人間達はニルヴァーナの急襲を受けて団結していた。
❝共通の敵❞とは、人が団結し争わない為に必要なのだろう。
まぁ、実際のところは分からんがな。
俺の言った発言に、ニルヴァーナは肯定した。
「そうだ
この世界には、かつての人間が起こした過ちを繰り返さぬ様に、❝共通の敵❞が必要なのだ
そして、技術力を高められない様に、科学の代替えとなる❝魔法❞を広めたのだ」
魔法が蔓延っているのも、そんなニルヴァーナの思惑によるものだったのか。
「それが❝必要悪❞って事なのは理解した
だが、その役目が俺ってのはどういう事だ?」
「言葉通りだ
❝災厄の伝承❞は、もともと形のない❝共通の敵❞として、余がこの世界に書き記したものだった」
ふむ。
❝災厄の伝承❞が❝共通の敵❞か。
この世界の住人に、既に❝共通の敵❞の存在を仄めかしておいて、人同士が争う事を避けていたのか。
だが……。
「だから、なんで俺がその❝共通の敵❞に仕立て上げられなきゃいけないんだよ?」
俺の核心にニルヴァーナはとんでもない事を口走った。
「それが、汝がこの世界に連れて来られた理由だからだ」
「は?」
「汝を連れてきた竜人は、汝に❝人間が犯した罪を悔い改めてもらう❞事を目的にしていた」
「で?」
「だが、汝はその罪を認めなかった 事もあろうに、余に敵対をしておる
だったら、汝が背負う罰はただ1つ」
…………。
おい。
「まさか……」
「そう
汝がこの世界に連れて来られた理由は、この世界で皆の❝共通の敵❞――即ち❝悪❞として存在してもらう為なのだ」
は?
俺はてめぇを殺せればそれで十分だったのに。
なんで世界中から恨まれなきゃいけないんだよ。
ちっ!!
くっそ!!
「ふざけるな!!」
俺は痛みを堪えながら立ち上がると、ニルヴァーナに向かって殴りかかっていた。
右拳に闇を纏う。
「闇術――❝闇蝕染❞!!」
俺が振るった拳を、ニルヴァーナは。
「…………」
無言で、片手だけで受け止めていた。
その表情は、眉一つ動かさず余裕という感じだった。
ちっ……!!
腹の立つやつだ。
だが。
「くくく…… 俺に触ったな?」
俺は勝利を確信した。
この闇術は触れるだけで、相応の効果を発揮できるからだ。
闇の力でてめぇの体を汚染し、腐蝕させてやる。
俺がそんな思惑を抱いていた時。
「無駄だ」
ニルヴァーナは涼しい顔で、平然とそう言った。
「なに?」
ニルヴァーナの態度に違和感を覚えて、俺は自らの拳を確認した。
すると、そこには……。
「な!?」
ニルヴァーナに掴まれている俺の拳からは、闇が消え失せていた。
これは一体どういう事だ!?
くっそが!!
俺は再度、闇を放出させる。
が。
俺の出した闇は、まるでニルヴァーナの内に吸い寄せられているかの様に消えていた。
これは……。
「どういう事だ?」
極力冷静を装い、俺が尋ねると。
「言ったであろう? 余に闇は通用せぬと」
ニルヴァーナは、それだけ言った。
確かに先ほどニルヴァーナに攻撃を仕掛けた時、❝吸生❞も効かなかったし、❝闇の御手❞も強制的に解除されていた。
だから……。
「それが、どういう事だと聞いているんだ」
再度尋ねると、ニルヴァーナはやっと答えた。
「察しの悪いやつだ 余が生まれた理由を考えてみよ」
「なに?」
「余は、汝等ヤミビトを滅ぼす為に生み出された」
それを聞き、俺は理解できた。
何故、ニルヴァーナに❝闇❞が通用しなかったのか。
「まさか……」
「そう
言わば、余は汝等かつての人間が成してきたおぞましい所業――つまり❝闇❞から生まれた存在
余は、闇の力を超越した存在である
余のもつ魔力、その属性は全てを含み、そして闇に抗う事のできる❝聖属性❞なのだ」
…………。
まじかよ。
拘束魔法――魔術❝岩石搦❞
土属性の拘束魔法。 岩を操り対象の体に絡ませる。
地中の土を泥状に柔らかくして魔力で操り、拘束対象に巻き付かせる。
巻き付いた土は瞬時に固まり、岩と見紛う強度を誇る。
一度拘束されると、抜け出すのは困難だろう。
だが、土とは常に地面にあるものだ。
注意していれば、避けるのはそれほど難しくない。




