復讐ー1
怪物と戦う者は自らも怪物とならないように気を付けねばならない。
汝が深淵を覗き込むとき、深淵もまた汝を覗き込んでいるのだ。
byフリードリヒ・ニーチェ
俺は禁足地へと通ずる道へと歩を進めた。
鎖だけの簡素な封鎖処置など、問題なく突破する事ができた。
おっさんが言っていた通り、鎖を抜けた道は最初こそ舗装されていたが、徐々に道はなくなり、荒れ地へと姿を変えた。
俺は道なき道を、ひたすら歩いた。
目的地などない。
だが、目的はある。
ニルヴァーナだ。
ニルヴァーナの居場所を示す唯一の手掛かりは❝東❞だという事。
だから俺は、とにかく東に向かって歩を進めた。
時折、見たこともない魔物と遭遇する事もあった。
流石は禁足地だ。
未開の地だけあって、やばそうな魔物も何度か目撃した。
しかも、昼夜問わず襲ってくる。
危険度的に、恐らくSランク相当のやつらばっかりだろう。
だが、所詮は魔物だ。
俺の闇術の前では、単なる❝餌❞にすぎない。
闇術はどこでもチートだった。
そして、その餌を食らう手段の吸生だが。
その副作用である反動は相変わらず俺を苦しめた。
まぁ、回復する手段はいくらでもあったので、大した問題ではない。
反動の頻度は大分少なくなり、1日に1回で収まっていた。
1日に1回でも体が動かなくなるほどの苦痛を感じるのは異常なんだがな。
それを日常と思い込むまでになってしまっているから、人間の順応性って恐ろしい。
慣れって恐い。
そして、時が経ち。
一体どれくらいの日数が経過しただろうか。
吸生のおかげで飲まず食わずの不眠不休で行動し続けた俺は、霊峰の様な場所に到達していた。
どこか神聖な趣を感じるその山。
それを、俺はなんの気なしにずけずけと登っていた。
この場所が、待ち望んだ邂逅をもたらすとは知らずに……。
引き続き、霊峰を登っていた時。
俺は、ふと周りの景色に目を移した。
標高の高い山から眺める下界の景色とは壮観だな。
おぉ……。
綺麗な景色だ。
絶景かな。
疲れが吹き飛ぶ様だ。
まぁ、身体的には疲れてはないんだがな。
こんな景色を思わず見入ってしまう理由には、精神的にどこかで安息を求めていたのかも知れない。
元の地球では、ここまで美しい景色は見られなかっただろうな。
こんな変わり果てた世界の光景が、元の地球より美しいなんて……。
実に皮肉な事だ。
しばらく俺はその光景を眺めていた。
その時。
ん?
空に何かが見えた。
西日が強く、逆光でよく見えないがそれは空を飛んでいた。
つまり生物だ。
鳥か?
いや、その割には造形に違和感がある様な。
うーん?
目を凝らして、よく見てみると。
その空飛ぶ物体はこちらに近付いてきていた。
次第に、その物体の姿が明らかになる。
それに比例して、俺は目を見開いた。
瞬間。
俺の脳裏に、過去の出来事がフラッシュバックされた。
思い出したのはあの日の出来事だ。
世界が、ニルヴァーナによって滅ぼされた日。
俺の脳裏には、はっきりとニルヴァーナの姿が思い出されていた。
そして……。
今、俺の上空を飛び去った物体と、かつて目撃したニルヴァーナの造形が一致する。
大きさこそ人間サイズだったが、人型の形に、背中には立派な翼を生やしている。
一瞬だった為、確認できたのはここまでだったが俺は確信した。
こいつが❝竜人❞か!!
いや、ニルヴァーナか!!
既に飛び去り俺の視界から消えた❝竜人❞
ちっ!!
逃がすか!!
飛んでいった方向はあっちか!!
俺は、❝竜人❞を追いかけて走り出した。
山を駆け登る俺。
確か竜人は、この山の頂上に向かって飛んでいった。
だったら、この山を登りきった場所で出会えるはずだ。
ようやく……。
ようやくだ。
ずっと、この時を待ち望んでいた。
俺の故郷を滅ぼしやがった、くそったれ化け物を殺せる日を。
今なら分かる。
俺は、この日の為に闇術を身につけたんだと。
これで、俺の――そして、かつての同胞の仇を討ってやる。
俺は復讐を誓い、走り続けた。
そして、しばらくすると開けた場所にでた。
もう登る場所はない。
って事は、ここが頂上か。
やっと辿り着いたみたいだな。
そこは、結構な広さがある場所だった。
一般的な体育館ほどの広さがある。
だが、山の頂上の為、俺が登ってきた道以外の周りは当然断崖絶壁。
落ちたらどうなるか、容易に想像はできる。
周りには、幾数もの石柱が立てられていた。
さながらその装いは、神殿といったところか。
一体誰がなんの為に造り上げた場所かなど、この際どうでもいい。
今の俺にとって用事があるのは……。
俺は、その場所に佇む1人の人影に目をやった。
俺に背を向けているそいつは、一見するとただの人に見える。
だが、体のあちらこちらに人ならざる部位が確認できた。
上から順に見ていこう。
頭には、二本の角が生えている。
灰色の頭髪から、圧倒的な存在感を漂わせているその角は湾曲していた。
闘牛を思わせる角だ。
角を持つのは魔人の特徴だったよな?
だが耳は長く、先端が尖っている。
耳だけ見ると叡人の様だ。
しかし、決して叡人ではない特徴をそいつは有している。
翼だ。
背中の肩甲骨辺りから生えている立派な翼。
翼には羽毛が生えており、鳥の特徴を有していた。
そして、尾てい骨辺りには尻尾も確認できた。
これは、獣人の特徴だ。
しかし尻尾は獣のものではなく、どちらかというと爬虫類の特徴が見てとれる。
強固そうな鱗がびっしりと生えた、強靭な尻尾。
トカゲとかワニと、表現したいところだが厳密には違う。
あえて例えるなら、❝竜❞の尻尾だ。
手足が普通なところは、人間らしいが。
そいつは人間とはかけ離れていた。
まるで、全ての人種を混ぜ合わせ、且つ更に強化された様な人種だ。
こいつが竜人か。
俺は、そいつに話しかけた。
「おい」
「む?」
竜人は反応して、俺の方へと振り向いた。
それにより、俺は竜人の顔を確認する事ができた。
が。
「ん!?」
その顔を見て、俺はある意味で驚く。
かつて見たニルヴァーナの顔面は、口しかなかったはずだ。
だから、当然竜人の顔面もそんな化け物じみていると思ったのだが……。
実際はどうだ。
目、鼻、口が確認できる。
俺達、人と変わらない普通の顔面だ。
しかもなんだこの顔。
男でも、女でもない。
中性的な顔立ちだ。
女に近いか?
だが、いくら人に似ていようが、性別が女だろうが、可愛かろうが、俺は情など抱かない。
こいつがニルヴァーナである以上、俺は決して許さない。
竜人は、少しの間俺を見ていた。
そして、口を開く。
「ほう…… 人の身でありながら、余と合間見るとは こんな事は初めてだ」
どうやら、少し驚いているみたいだ。
そりゃそうか。
神を間近で見るなんて、非現実的だからな。
俺は、はやる復讐心を抑え、会話を試みる。
先ずは、確認だ。
「てめぇ、何者だ?」
俺が尋ねると。
「………… 汝、口を慎め 余を何と心得る」
相変わらず偉そうな口調だ。
「質問しているのはこっちだ 黙って答えろ」
「無礼な人間であるな 汝の畏怖知らずに免じて答えてやろう 余は大いなる意思の遣いである
汝等がニルヴァーナと呼称し、崇め奉る存在ぞ」
…………。
やはりか。
確定だな。
こいつは間違いなくニルヴァーナだ。
後、俺はてめぇを崇め奉ってなどいないからな?
「そうか……」
「次はこちらが質問する番だ」
「なんだ?」
「遠路はるばる、この偏狭になんの用だ?
ここは人の踏み入れて良い場所ではないし、人が安易に赴ける様な場所でもない
汝…… 一体何が望みだ?」
俺の望み……か。
ふん。
愚問も甚だしいな。
そんなもの、決まっているだろう?
「くくく……」
「? なにが可笑しい?」
「俺の望みはな……」
言って、俺は❝闇纏❞の発動を準備した。
「む?」
ニルヴァーナが、俺の異変に気付いた頃、俺は自らの望みを言った。
「てめぇの死だ」
「なに?」
俺の発言が予想外だったのか、ニルヴァーナは聞き返してきた。
「聞こえなかったか? 要は、てめぇを今から殺すって事だよ」
そう応えて、俺は自らの内に潜む闇を放出した。
今は日がある。
闇術が使えない状況だ。
だったら、使える環境を整えてやればいい。
俺は続けた。
「闇術――❝闇纏❞」
俺は、体中に闇を纏った。
これなら思う存分闇術を使える。
そんな俺の様子を見てニルヴァーナは。
「あれは……」
なにやら、察知した様子で呟いていた。
俺は構わず続ける。
「闇術――❝闇の御手❞」
闇で形成した巨大な左腕を振るい、間髪入れずニルヴァーナを捕らえた。
「む?」
ニルヴァーナの体を、がっちりと握り締める。
当のニルヴァーナは、あまり焦ってはいない様子だったが……。
まぁ、余裕をひけらかせるのも今の内だ。
俺にはもはや、躊躇がなかった。
よくバトルものの話で、本気をピンチにならないと出さない展開が多いが。
様子見だとか、手加減だとか、力を温存するだとか、そんな事をする気は、俺には毛頭なかった。
最初から全力だ。
これが俺の本気だ。
今まで募ってきた恨みを、今晴らす。
「死ねニルヴァーナ 闇術――❝吸生❞」
俺は左腕を介して吸生を行った。
闇で形成されている左腕は、凄まじい勢いでニルヴァーナの体力を吸い取る事ができた。
それはもう、カラッカラッの干物にしてやろうと思うぐらいに吸い取ってやった。
俺の体力も、これまで以上に活き活きしてくる。
くくく……。
この調子じゃあ、ニルヴァーナはもう死んじまったかな。
俺は吹き出しそうになる笑いを堪えて、ニルヴァーナの姿を確認した。
が。
「な……なんだと!?」
俺は自らの目を疑った。
そこには……。
「ふむ…… やはり、これは❝闇❞か すると汝は、❝ヤミビト❞だな?」
俺の渾身の攻撃をものともせず、冷静に闇術を分析していたニルヴァーナの姿があった。
おい。
おいおいおい。
これは一体、どうなってやがる。
全く効いていないだと?
ちっ!
この、化け物め。
拘束魔法――魔術❝暴風の檻❞
風属性の拘束魔法。 対象を吹き荒れる風で囲い込む。
台風の目は風が止み、一方で周囲は暴風が吹き荒れている。
暴風の檻も同様に、中心に囚われる拘束者が動かない限り、拘束者はダメージを受けない。
拘束者が逃れようと動き、暴風に触れると、巻き上げられた砂利や、魔力で強化された風が体を切り裂く。
無事でいたいならば大人しくする事だ。
理性ある人を拘束するには、比較的温情のある拘束魔法である。




