伝承ー10
村人共は俺を捕えようとしている。
だが、この距離だ。
俺を捕らえる事などもはや不可能だろう。
ふはは!
俺は追いかけてくる連中を小馬鹿にして走り出していた。
すると。
「拘束魔法――魔術❝岩石搦❞!!」
ごつい叡人の男性が、そう叫んでいた。
あいつは確か、❝土属性❞の魔法を扱うやつだったか?
なんて思っている時。
突然、どんっと、俺の目前に巨大な岩が出現した。
は!?
なんだ!?
見たところ地面から隆起してきた岩みたいだが……。
あいつがやったのか?
だが、退路を絶たれたというわけではない。
俺はその岩を避けて、横を通り抜けようとした時。
「逃がすか!!」
その発言の後、まるで岩が意思をもっているかの様にうねりだした。
「な!?」
戸惑う俺をよそに、岩は俺の足にまとわりつく。
そして、がっちりと固まった。
「くっ……」
捕まっちゃったよ。
ビクともしねぇな。
これじゃあ、動けない。
呆気ないな俺。
まさか魔法の及ぶ範囲内とは想定外だったか。
そして、連中への俺に対する行動は止まらない。
次は、叡人の女性が杖を俺に向けていた。
あいつは確か、❝水属性❞の魔法の使い手だったか?
女性が叫ぶ。
「拘束魔法――魔術❝重水撒❞!!」
すると、俺に水が覆い被さる。
「うぷっ!!」
なんだこの水?
やけに重いが……。
どうやらただの水ではないらしい。
こんな水を纏っていては、確かに十分に動けないな。
これもれっきとした❝拘束魔法❞ってわけか。
そして更に、俺を拘束する手段は続く。
人間の男性が叫んだ。
「拘束魔法――魔術❝電磁縛❞!!」
瞬間。
「ぐっ!!」
俺の体は電気を帯びた。
バチバチと電気が走る。
痺れて、指1本動かせない。
先ほど、❝黒獄獣❞≪ヘルヴォルグ≫を拘束していた❝雷属性❞の魔法か。
だが俺に施したものは、水の影響で幾分か威力があがっているな。
おいおい、ここまで厳重に拘束する必要があるのか?
なんて思っていると。
「拘束魔法――魔術❝暴風の檻❞!!」
それが聞こえたと同時に、俺の周りを風が渦巻き始めた。
これじゃあ、体を動かせたとしても、ここから抜け出せない。
これは間違いなく❝風属性❞の魔法だな。
…………。
ラン、お前もか。
ランまで俺を拘束するとは思わなかった。
俺が、❝黒獄獣❞≪ヘルヴォルグ≫の襲撃から連中を護ったという事実を、ランとリンだけは理解してくれていると思ったのだが。
リンはいいとしても。
まさかランのやつは、連中と同じ考えを持っていたとはな……。
ちっ……。
ままならねぇな。
と、思った時。
連中の男の1人が言った。
「よくやったぞラン君!! さっきは君を疑って済まなかったな!!
君は間違いなく我々の仲間だ!!」
「え、えぇ……」
男の発言に対するランの返答は、どこか後ろめたさを感じている様だった。
ふむ……。
なるほど。
そういう事か。
俺は、なんとなくランの心情を理解した。
恐らく、ランの俺に対する思いはリンと同じだ。
俺が、❝黒獄獣❞≪ヘルヴォルグ≫の襲撃から連中を護った事をちゃんと理解してくれている。
だから、俺を攻撃しようだなんて思わないはずだ。
それでも連中と同じ行動をとった意味。
それは、俺への敵意を行動として表す事によって、自分に向けられている疑いの目を晴らす為だったのだろう。
俺の発言によって、既に疑いは晴れているはずだが念を入れたのか。
その行動をとった理由は他でもない、愛する妹リンの為だ。
それがランの正義か。
妹の為なら、手段をいとわないと。
そういうの嫌いじゃないぜ。
それがランの考え方だと言うのなら、それは貫き通せばいい。
だがな。
俺に危害を加えた以上、覚悟はできているんだろうな?
勿論、それは連中にも言える事だがな。
「くくく…… あっはっはっは!!!!」
俺が笑うと。
「な、なんなのあいつ!!」
「てめぇ!! なにが可笑しい!?」
「相手にするな!! とにかく、あの人間を鉄格子に収容するんだ!!
そしてウルバキアの憲兵に引き渡す!!」
色々と算段があるみたいだが、馬鹿な野郎共だ。
「お前等 俺を捕らえたつもりか?」
俺が言うと。
「なんだと?」
連中は疑問を露わにしていた。
それもそうか。
今の俺の状態から、誰しも俺が動けるとは思わないだろう。
だが……。
俺には、今の状況を打破する手段がある。
それが……。
「この魔法返してやるよ 闇術――❝略奪❞」
――闇術❝略奪❞。
これは、相手の魔法を奪い取る事ができる闇術だ。
奪った魔法は、自身の回復手段として変換する事ができる。
だが、この略奪という闇術には他にチート級の力が備わっている。
それは、相手に跳ね返す事ができるというものだ。
今回俺は、自分を拘束しているこの魔法を、連中に全て跳ね返す事にした。
俺が言うと、俺の体は闇で覆われた。
かと思えば、その闇が拘束魔法を次々に吸収していく。
岩は砕け、水は吸水され、電気は分流し、風は弱まった。
しばらくすると、俺を拘束していた魔法は全て闇へと飲まれていた。
俺は、あっという間に解放された。
「くくく……」
思わず笑っちまうほどにチョロいぜ。
そんな俺の様子に、周りは。
「え!? そんな!!」
「なんだあれは!? 一体なにがどうなってやがる!?」
「これが、❝闇術❞だというのか!!」
酷く混乱していた。
その混乱を、更に助長させてやろう。
「さぁ、甘んじて受けろよ? これがてめぇ等の魔法だ」
言って、俺は拘束魔法を跳ね返した。
途端。
「なに!?」
ごつい叡人の男性は、足を岩に絡まれていた。
そして。
「キャア!!」
悲鳴を上げた叡人の女性は、頭から水を被りその場に膝をついて座り込む。
なんか色っぽいな。
纏っている水が重く、立ち上がれないみたいだ。
そしてそして。
「ぐぅ!?」
人間の男は、体に電気を帯電させ痺れていた。
そしてそしてそして。
「くっ……!」
ランは、自分の周りを激しい風で覆われていた。
リンも一緒に、❝暴風の檻❞の中だ。
どいつもこいつも身動きが取れないでいた。
「どうだ? 自分の拘束魔法に縛られた気分は?」
「この……!!」
「おのれ!!」
「貴様は許さんぞ!!」
はいはい。
よっぽど悔しいんだろうな。
顔真っ赤じゃねぇか。
実に無様だ。
さて、今度こそ逃げるかな。
次は走らなくても、追いつかれないだろ。
「じゃあな あばよ」
俺は再び去ろうとした。
すると。
「待て!!」
獣人組がしゃしゃり出てきた。
魔法が通用しないと分かるや物理的手段にでたか。
なかなか、賢いじゃねぇか。
だが無駄だ。
「闇術――❝闇の御手❞」
言って、俺は闇で形成した左手を展開した。
先ほど、リンを掴んだ際に使った闇術だ。
が、今度のはその大きさが比較じゃねぇぞ?
俺は巨大な左手で、獣人を掴みにかかった。
迫る獣人は2人。
男性と女性か。
ふむ。
どちらの動きも直情的で、工夫がない。
馬鹿正直に突っ込んでくるだけだ。
だからだろう。
獣人組は、俺の左手を避ける事ができなかった。
2人の獣人を、同時に俺は鷲掴んだ。
「ぐぉ!?」
「キャア!!」
そのまま持ち上げてみる。
闇の中でジタバタと手足だけを動かしているが、肝心の体を掴まれている為、そこから抜け出せないでいた。
余裕かよ。
獣人組は喚いていた。
「ちくしょう!! 離せ!!」
「私達をどうするつもりよ!!」
うるせぇな。
別に殺したりはしねぇよ。
だが、今のまま離すほど俺は愚かじゃない。
少し無力化させてやろう。
「落ち着け 少し、大人しくしていてもらうだけだ」
「なんだと!?」
「なんですって!?」
「闇術――❝闇の波動❞」
❝闇の波動❞は、かつての人間の所業を術として昇華したものだ。
これには、生命を拒絶する作用が含まれている。
つまり、この波動を受けるとたちまち嫌悪感や倦怠感に侵され、体が弱体化してしまう。
まぁ、しばらくしたら元に戻るが、一時的に無力化させる手段としては十分だ。
吸生をやるまでもない。
俺が術を発動させると、左手からどす黒い波動が辺り一面に広がった。
その波動を受けた2人は。
「ぐぅ…… なんだ? 体が……」
「力が入らない……」
ぐったりとして、元気をなくした。
ふん。
他愛ない。
俺は無抵抗になった2人を地面に下ろした。
その際、叩き落とす。
なんて事はせずに、ゆっくり優しく下ろした。
俺は基本的に優しいからな。
ははは。
地面にうつ伏せる獣人組。
その他の連中は、自らの魔法で拘束されている。
もはや、俺を止める者など誰もいなかった。
俺は、その場から立ち去る為に連中に背を向けて歩き出した。
その時。
「デ、デゼルさん……」
後方から、俺を呼ぶ声が聞こえてきた。
俺は立ち止まり、しかし振り向かなかった。
体はそのままで、顔を横に向けて片目だけで後方をちらっと確認してみた。
声のした方向にはリンがいた。
声もリンのものだったから、俺を呼び止めたのはリンだと分かった。
「ん?」
俺が聞き返すと。
「あの……――」
リンがなにかを言いかけた時。
「リンちゃん」
ランがリンの口に手を当てて、その言葉を遮った。
その行動に疑問の表情で訴えるリンに対して、ランは。
「…………」
無言で首を横に振った。
恐らくリンの言いかけた言葉は、俺に対する感謝や謝罪とか、そんなところなのだろう。
まぁ俺の活躍ぶりと、それに対する周りの反応を考えると、妥当なところだ。
しかし、その発言は連中にとっての反逆と同義。
だから、ランがリンの発言を抑えたのか。
ふー。
嘆かわしいな。
子供に、素直な言葉も喋らしてもらえないとは。
ヤミビトとは、それほどまでに忌み嫌われるものなのか。
誰からも敵視され、理解者からも同情を許されない。
きっと、魔人のミリアもこんな位置付けだったのかもな。
仕方ない。
俺は、前を向きリンの発言を受け取らなかった。
右手を振って、せめてもの挨拶を言っておく。
「俺の事は気にするな リン 良い女になれよ」
それだけ言って、俺は立ち去った。
さて、とはいっても禁足地への入り口がある祭壇付近には、大勢の村人がいるんだよな。
姿を見られるのはちょっと面倒だ。
久し振りに、闇術を応用してみるか。
今は夜だ。
つまり、辺りは真っ黒。
この暗闇に紛れる事ができれば、村人共の目を欺けるかも知れない。
よし。
闇で俺自身を隠してみよう。
そう思い、俺は自身から出した闇で体中を覆ってみた。
すると。
「な!? 消えた!?」
「匂いもしねぇ!! 完全に消えやがったぞ!!」
「魔力も探知できない…… くっ…… 逃がしたか……」
後方で、連中がなにやら騒いでいた。
おっ。
試してみるものだな。
どうやら俺は、完璧に姿をくらませる事ができたみたいだ。
これは、以前使っていた❝透化❞の上位互換だな。
名付けるなら……。
「闇術――❝闇惑い❞」
これで、俺は誰にも見られずに済むわけだ。
さて……。
俺は、禁足地に向けて歩き出そうとした。
その時。
「くっそ!! 取り逃がした!! なんて事だ!!」
連中の男の1人が嘆いていた。
悔しそうに地面を殴っている。
もう拘束魔法は解けたみたいだ。
それは、周りの連中も同様だった。
今からこれからの事を話すみたいだ。
せっかくだから、少し聞いていこう。
叡人の女性が尋ねる。
「どうするの? 村人達にはなんて説明する?」
男は少し考えた後、応える。
「いや、村人達には何も言わないでおこう
災厄の元凶が出現したなんて事が知れれば、たちまちパニックに陥るからね」
「じゃあ、❝黒獄獣❞≪ヘルヴォルグ≫の事は?」
「僕達で倒した事にしておこう ラン君
リンちゃんに、事実を他言しない様に言っていてくれ」
「わ、分かったわ……」
わお。
俺の手柄を横取りかよ。
リンに口封じをするのも抜かりねぇな。
ランも了承しているし。
まぁ、良いけど。
すると、獣人が続けた。
「それは別に構わねぇが いつまでも、村人達に黙っているわけにはいかないだろ?」
「あぁ、それは分かってる でも、この案件は僕達の手に余る」
「だったら、どうする?」
「とりあえずウルバキアに報告後、その後ニルバニアにも報告して指示を仰ごう」
「王都か…… 確かにそれが妥当だな」
「えぇ ニルバニアなら、あのヤミビトに対抗し得る猛者達が揃っているしね」
「うむ、では早急に行動を開始してくれ」
「おう! 俺は村人達に❝黒獄獣❞≪ヘルヴォルグ≫討伐を知らせてくるぜ!!」
「じゃあ、私は意思疎通魔法――❝遠話❞で、ニルバニアのギルドに、この事を報告してくるわ!」
「では、ウルバキアへの説明は僕が!」
言って、連中は慌ただしく行動を開始した。
ふむ……。
ニルバニアに、俺の脅威を伝えるつもりなのか。
まぁ、今の俺は以前の俺ではないしな。
ニルバニアに、俺という存在が知られる事はないだろう。
多分……。
まぁ、今更どうしようもない事だ。
後は好きにやってくれ。
周りが騒ごうが、俺の目的はただ1つ。
ニルヴァーナをぶっ殺す事。
それだけだ。
俺は、アルヒ村から立ち去った。
拘束魔法――魔術❝電磁縛❞
雷属性の拘束魔法。 体を痺れさせ動きを封じる。
自身の体を動かしているのは微量な電気信号によるものだという。
電磁縛は、その電気信号を遮断し、筋組織に常時電気を流し続け、動き膠着させる。
地に接地している相手に対しては、常に魔術を行使し続けないと効果時間が短い。
一方で、水に濡れている相手にはより効果が望めるだろう。




