伝承ー9
え?
なんで俺、こいつ等と敵対してるんだ?
確かに祭壇前で騒いだのをきっかけに俺は村人共から追われてはいたが……。
今の村人共は、その時とは明らかに様子がおかしい。
捕まえて厳重注意をしようとしているわけではないらしい。
具体的に言えば、こいつ等は俺を殺そうとしている。
そう思わせる程に鬼気迫っていた。
助けてやったっていうのにどういう事だよ。
「ちっ…… 腐れ信者共め……」
俺はどうする事もできず、後ずさった。
その時。
「みんなやめて!!」
リンが両手を広げて俺を守るかの様に、連中の前に立ちふさがった。
おぉ……。
リン、天使かこいつ。
リンの行動に。
「リンちゃん!?」
ランが驚き。
「え?」
「なんだこの子供」
「どういうつもりかな?」
連中は、その行動の意味を尋ねた。
リンは訴える。
「みんな、おかしいよ! デゼルさんは村の人達を守ってくれたんだよ!?
ヤミビトだからって、デゼルさんが悪い人なわけない!!」
俺の弁護、傷み入るぜ。
だが所詮は子供だ。
発言力がない。
連中は反論する。
「ヤミビトは悪よ これは世界の真理なの」
「その人間が俺達を助けただと? 馬鹿か
そいつは、自分の為だけに❝黒獄獣❞≪ヘルヴォルグ≫を殺したに過ぎないんだよ」
そんな発言を受けても、リンも負けじと涙目になりながら反論する。
「それでも、結果的には私達はデゼルさんに助けられた!!
ニルヴァーナ様はちっとも助けてくれなかった!!」
しかし、その発言がまずかった。
「今のは聞き捨てならないな」
連中の男の1人がそう言ってリンを睨んだ。
「え……」
怯えるリンに、男は続ける。
「君は今、ニルヴァーナ様を冒涜したんだ 神のご加護を信じない異端者め
さては…… 君もヤミビトだな?」
おっと、そうきたか。
これはよろしくないな。
リンが俺同様に悪者扱いされている。
男の発言を受けて、ランが慌てていた。
「ちょっと待って!! その子は関係ない!!」
しかし。
「ラン君 そういえば君は、あの人間を匿っていたね? あれは一体、どういう事だ?」
次はランが悪者の烙印を押されかけている。
うーん……。
俺のせいで助けてくれたリンとランが不遇されるのはなんか嫌だな。
仕方ない。
この手を使うか。
俺はとある手段にでた。
「くくく…… 子供は洗脳し易くて便利だ」
俺のその発言を受けて、連中は反応した。
「なに? 洗脳ですって?」
「どういう事だ?」
「まさか……」
良い反応だ。
俺の思惑はこうだ。
リンが疑われているのは、ニルヴァーナを冒涜した発言が原因。
だったら、その発言を俺の命令で言わされた事にすればいい。
俺がリンを洗脳していると、連中に思わせればリンにかけられている疑いは晴れるというわけだ。
まぁ実際に、リンがそんな事を言ってしまったのは、祭壇前で俺がリンに話した事も要因になっているだろうしな。
洗脳は言い過ぎだったが、言い得て妙なたとえだったな。
さて、もう少し誘導するか。
「リン、偉いぞ よくぞ俺を庇ってくれた 思惑通りだ」
「え? 思惑?」
俺の言った事に、リンはきょとんとした表情をしていた。
そりゃそうか。
実際に洗脳されているわけじゃないからな。
だが周りは。
「あいつ! やっぱりだわ!」
「なんだ? どういう事だ?」
叡人の女性は理解した様子だったが、獣人の男性は理解していなかった。
獣人はどいつも馬鹿らしい。
男が説明する。
「あの人間は、リンちゃんの純粋な心を弄んで、ニルヴァーナ様に対する信仰心を低下させたんだ」
「なんだと!? って事は、子供はあの人間に操られていたって事かよ!?」
「あぁ そういう事だ」
「じゃあ、ランさんがあの人間を匿っていたってのは?」
「うん 妹を溺愛しているラン君だからこそ、リンちゃんの事をずっと信じていた
あの人間に騙されているとも知らずに、良いように利用されていたんだろう」
「要するに、こいつ等はあの人間に脅されていたってわけかよ!?」
「そういう事になるね」
「あの人間…… 最低ね!!」
あれ?
なんか、リンだけじゃなくランの疑いまで晴れたな。
それは嬉しい誤算だ。
でも、俺への敵意は健在か。
いや、むしろ増したか?
まぁ、仕方ないのかもしれないが……。
心外だぜ。
その時。
「みんな待って!! 違うよ!! 私は操られてなんか――」
リンが周りの雰囲気を感じ取って、誤解を解く為に叫ぼうとした。
ちょっと待て!
せっかく、お前等の無実を証明してやったのに、俺の努力を無駄にする気か!?
ちっ……。
やむを得ない。
俺はリンの口を塞ぐ事にした。
「闇術――❝闇の御手❞」
❝闇の御手❞は、俺の失われた左腕から展開できる義手の様なものだ。
闇を手として形成し、自由自在に動かす事が可能。
形は手そのものだが、大きさや長さなどは既存の手と比較して、2倍はでかい。
闇の放出量次第では、もっとでかくできそうだ。
そして、❝闇の御手❞には質量があり、対象に物理的に触れる事ができる。
いらぬ弁明を述べているリンを、俺は❝闇の御手❞で鷲掴んだ。
突然どす黒い煙に体を巻き付かれたリンは焦っていた。
「え!? なにこれ!?」
余計な事を喋られても困るので、俺はリンの口も覆った。
「ん!? んー!!」
リンがなにか言っている。
ははは。
なにを言っているのか、さっぱり分からねぇな。
呼吸はできるはずだ。
少し黙ってな。
そんな様子に周りの連中は。
「リンちゃん!!」
「なにあれ!? あれも闇術なの!?」
「あの人間…… 子供をどうするつもりだ!?」
「まさか…… 人質をとったのか!?」
…………。
なんか、すげぇ不本意な勘違いをされているな。
人質って、なんだよ。
俺がそんな姑息な手段を使う汚ねぇ人間だとでも思っているのか?
「人質!? くっ……!! どこまで汚い人間なの!?」
「姑息な手段を使いやがって、このクズが!!」
「これがヤミビトの本性か!!」
…………。
思ってんのかよ。
辛い、辛すぎるぜ。
俺は別に、そんなつもりじゃなかったんだが……。
まぁ、状況が状況だけに、弁解の余地はなさそうだな。
仕方ない。
どうせ、こいつ等とはおさらばするつもりだし。
その勘違いを利用させてもらうか。
「お前等、動くな この子供を無事に返して欲しかったら、俺を見逃せ
さもなくば…… 分かるな?」
さぁ、俺の迫真の演技に連中の反応は?
「デゼル…… あんた……」
ふむ……。
どうやら、ランには見抜かれているみたいだ。
リンの表情だけで、色々と察したのか?
それよりも。
「くっ……!! なんて事を!!」
「ちっ……!! これじゃあ、手出しができねぇ!!」
「落ち着くんだ皆!! きっと好機はある!!」
他の連中は見事に引っかかっていた。
くくく……。
馬鹿な連中だ。
さて、じゃあ……。
逃げるか。
逃げる場所の見当はついている。
村の端に位置している、禁足地への入り口だ。
封鎖処置は、鎖だけで仕切られている簡素なものだ。
あそこまで逃げ切れば、後は禁足地へと向かえばいい。
俺の目的も、元々は禁足地だしな。
よし。
俺は、じりじりと後ずさり、連中から距離を取る。
リンを人質にとっている以上、連中も下手に手が出せないでいた。
「くっ……!! 待ちなさい!!」
「どこに行く!?」
「リンちゃんを解放するんだ!!」
ふん。
言われなくても、リンは解放するつもりだよ。
まぁそれは、お前等から逃げ切れるだけの距離を、確保したらだけどな。
「うるせぇ そこを動くなって言ってんだよ」
俺は連中の説得を無視し、徐々にだが着実に、連中から離れていった。
しばらくして……。
さて、そろそろいいかな。
今の位置なら、連中に捕まる事なく、禁足地まで逃げ切る事ができるだろう。
そう確信して、俺はリンを離す事にした。
まぁ、今の俺のイメージを崩すわけにはいかないから、多少の手荒さは我慢してくれよ?
「すまんなリン」
俺は、連中に聞き取られないぐらいの声量で呟く。
俺の謝罪に、リンは困惑していた。
「ん……!?」
俺は、今度は大声で叫んだ。
「ラン!! ちゃんと受け取れよ!!」
「え!?」
ランが慌てるのも無理はないか。
だって、俺は。
「おらぁ!!」
リンを投げ飛ばした。
❝闇の御手❞は、力の概念など影響しない。
どんなに重たい物体でも、軽々と持ち上げる事ができた。
そんな❝闇の御手❞によって投げ飛ばされたリンは。
「きゃ!!」
悲鳴を上げて、宙を舞った。
それを。
「リンちゃん!!」
ランが必死に受け止めていた。
ナイスキャッチ!
ランならリンを受け止めてくれると信じていたぜ。
リンを手離した事により、俺は単独での行動が可能になった。
後は、禁足地に向けて力いっぱい走るだけだ。
俺は勢いよく方向転換すると、逃げる為に走り出した。
「じゃ、お疲れ!!」
しかし。
「今よ!!」
「逃がすか!!」
「あの人間を必ず捕らえるんだ!!」
リンという人質が解放された事をきっかけに、連中も俺を捕まえる為に動きを始めた。
自身強化魔法――魔術❝風の助力❞
風属性の自身強化魔法。 自身を力を風に補助してもらう。
身体に風を纏い、負荷がかかる部位を補助する。
風とは一切の実体がなく、しかし地に根を張る大木をも倒す力を持つ。
非力な者でも、重量物を軽々しく持つ事が可能になる。
しかし、身に纏う風の気流を乱されると、途端に出力が低下する為、過信は禁物である。




