伝承ー3
さて、夜までどうやって時間を潰そうかな。
今は昼だ。
うーん……。
短いようで長いな。
まぁ、せっかくだからこの祭壇をもう少し眺めてみるか。
俺は祭壇の周りを歩きながら、その周辺を探索した。
祭壇の周りには、相変わらず大勢の人々が跪き祈りを捧げていた。
人間に、叡人に、獣人。
女に男。
大人に子供。
色々居るな。
ってか、子供まで祈ってんのかよ。
なんか、ニルヴァーナに対する信仰心が強過ぎて狂気すら感じる。
その様子を引き気味で眺めている時。
「あれ? お兄ちゃんそのお手てどうしたの?」
祈りを捧げている人間の女の子が俺に気付いて、無邪気に尋ねてきた。
5歳くらいか?
邪気などない無邪気な疑問だが。
聞き難い事をなんの気なしに聞いてくるところは、流石は子供だな。
俺はこの女の子に応えた。
「恐いやつにやられちゃったんだよ」
「へぇー お兄ちゃんも、ニルヴァーナ様にお願い事をしに来たの?」
ふむ……。
子供にまで嘘をつく必要はないだろう。
「いや、違うよ」
「変なの」
「よく言われる で? お嬢ちゃんはなにか願い事か?」
俺が話の流れで、なんとなく聞いた事に女の子は元気に答えた。
「うん! 私は、お母さんを助ける為に祈ってるの!」
ん?
「お母さんを助ける?」
「そうなの! 私のお母さんは昔から体が弱くて、医術師さんも治せないお病気なの!
だから私がニルヴァーナ様にお母さんを治してもらえる様にお願いしているの!」
うーん……。
なんだかなぁ……。
この子供の気概は立派だが、それに伴う行動は馬鹿の極みだな。
俺は、少し大人気ない気はしたが、その話を聞いて黙っているわけにはいかなかったので、女の子を諭した。
「おい、お嬢ちゃん それは本気で言っているのか?」
俺の問いかけに、女の子は。
「え……?」
言葉を詰まらせていた。
俺は構わず続ける。
「ニルヴァーナが、お前の母親を助けてくれると本気で思っているのか?」
俺の容赦ない問いかけに女の子は。
「当たり前でしょ!」
ムキになって膨れっ面をした。
まじか、この子供。
本気で神とやらの奇跡を信じてやがる。
いくら子供だからといっても、内容が内容だけにそれを信じているのは実に残酷だ。
俺は、余計なお世話だと思ったが、女の子の考え方を否定した。
「お嬢ちゃん 君は母親思いの優しいやつだよ でもな、ニルヴァーナは人を助けたりしない」
俺が突きつけた現実に、女の子は。
「そ、そんな事ないもん!」
根拠もなく反論してくる。
所詮子供に、言い負かされる俺ではない。
「そうか? なら、祈りを捧げて奇跡を起こしたやつを知っているのか?」
「そ、それは……」
女の子は、反論できないでいた。
よしよし。
思った通りの反応だ。
ニルヴァーナが奇跡を起こすなど有り得ないからな。
俺は、奇跡が起きた事など一度もないのだと確信していた。
「ほらな? 祈りを捧げる行為自体が無駄なんだよ
そんな事をしても、母親の容態は良くならんぞ?」
矢継ぎ早に責める俺。
子供相手に大人気ないぞ25歳。
女の子は涙目になって、せめてもの反論をしてきた。
「でも、ニルヴァーナ様は❝世界の理を統べる存在❞だって、おじいちゃんが言っていたんだもん!
きっと、お母さんの体を治せる力を持っているって!」
ほう……。
子供だな。
自分言っている矛盾に気が付いていないのか?
俺は女の子に、矛盾を指摘した。
「❝世界の理を統べる❞ねぇ……
その話によると、母親の体を病弱にしたのもニルヴァーナって事にならないか?」
「え……?」
戸惑う女の子。
「だってそうだろう?
なんで、ニルヴァーナの行いが良い事だけだと決めつけているんだ?
そもそも、ニルヴァーナが世界の理を統べる存在なのだとしたら、世界で起きている悪い事もニルヴァーナの仕業って事になるだろ?
例えば、お嬢ちゃんの母親の体に起きている悪い事とかもな」
「そんな事ない! ニルヴァーナ様は良い神様だもん!」
「お嬢ちゃん
良いところだけを信じて、それにすがり大事な事が見えなくなってないか?」
「え?」
どうやらこの子供、俺の言いたい事が分からないみたいだ。
俺は、伝えたい事を言葉に出した。
「こんなところで馬鹿みたいに祈りを捧げに来る暇があったら、1秒でも長くお母さんと一緒に過ごす時間を大事にした方が良いって言ってんだよ」
俺が言った事を聞いた女の子は。
「え……? う、うん……」
きょとんとした表情を見せて、なんだか納得した様子だった。
まぁ、俺の言った事は真っ当な正論だからな。
自分の意見に信念など持たない子供など、簡単に籠絡できたわけだ。
「良い子だ お母さんを大事にしろよ?」
言って、俺は女の子の頭にポンッと右手を乗せると、そのまま撫でた。
ちょっと俺、イケメン過ぎねぇか?
我ながら惚れ惚れするわ。
俺が撫で終わり手をどけると、女の子は涙を拭った。
「うん!」
良い笑顔だ。
女の子は続ける。
「でも…… なんでお兄ちゃんはニルヴァーナ様の事を悪く言うの?」
あ?
愚問だな。
俺にとってニルヴァーナは悪そのものだ。
なんてたって、住んでいた場所を奪われたんだからな。
俺はそう言おうとした。
「あぁ…… 実はな――」
その時。
「おい、あんた!!」
ん?
俺は、誰かに呼ばれた。
男性の声だったが、なにやら雰囲気が穏やかではないな。
「え?」
声がした方向を見てみると、男性が怒り心頭だった。
男性だけじゃない。
その周りに居る人々も、鬼の様な形相を俺に向けて睨んでいた。
え?
なになに?
恐い恐い。
「な、なに?」
ビクビクしながら、聞いてみると。
「❝なに❞じゃねぇよ!! さっきから聞いていりゃあ
ニルヴァーナ様に対する暴言ばかり垂れやがって!!
どういうつもりだ!?」
…………。
あー。
なるほどな。
さっき女の子に話していた内容が、ニルヴァーナの信者共に聞かれたのか。
そりゃあ、怒るのも無理はないか。
だが……。
俺は間違った事は言っていない。
俺が怒られる正当な理由があったのであれば、素直に謝罪はしただろうが。
これに関して言えば、俺が責められる云われは一切ない。
だから……。
「はぁ? うるせぇよ」
俺は悪態をついた。
俺の態度に男性は。
「う、うるさいだと!? この無礼者め!!
貴様、先ほどの話は一体どういう了見だ!! 返答次第では査問会行きだぞ!!」
顔を真っ赤にして、喚いていた。
おー、おー。
狂信的な信仰心の強さ、痛みいるぜ。
「ふん たかが神を悪く言われたぐらいで喚くなよ みっともねぇ」
「なんだと!?」
「お前らみたいな大人が、子供に迷信を信じ込ませているから、このお嬢ちゃんは報われない努力をする羽目になっていたんだぞ?」
「ニルヴァーナ様に対する祈りは無駄ではない!!
皆、信じる者があるから希望を持てるのだ!!」
「奇麗事だけで浮かばれる程、お前らの願いは安いものなのか?」
「奇麗事などではない!!
ニルヴァーナ様はきっと、我々の願いを聞き入れて下さる!!
かつて世界をお救い下さった、ニルヴァーナ様ならきっと!!」
男性の喚く事に、周りの人々はうんうんと首肯していた。
どいつもこいつも、ニルヴァーナ、ニルヴァーナ……。
反吐がでる。
「そうかよ だったら気の済むまで精々祈りを捧げておくんだな
だが布教活動は止めろ このお嬢ちゃんみたいな犠牲者がでるからな」
俺がそう言うと。
「犠牲者だと!? 貴様……!!
それ以上下らない事を言ってみろ!! さもなくば……」
言って、男性は腕まくりをしながら俺に近付いてきた。
男性だけじゃない。
周りの血の気の多そうな連中もゾロゾロと俺に迫り来る。
お?
やる気か?
信者って恐い。
だがまぁ、上等だよ。
そっちがその気なら、正当防衛だ。
人間の恐ろしさを味あわせてやる!
返り討ちにしてやるぜ!!
と、少し思ったが止めておこう。
面倒を起こす気はない。
なので俺は。
「やる気か? 止めておけ子供の前だぞ?」
理由を付けて、もめ事を回避しようとした。
「うっ……」
男性は我に返ったかの様な反応を見せる。
良い反応だ。
俺は続けざまに言った。
「それに、俺1人相手するのにこんな大人数は卑怯だろ?
ましてや俺は、片腕を失っている人間だぞ? お前等恥を知れ」
俺は自分の弱さを逆に盾として使った。
こんな芸当ができるのもまた、人間ぐらいのものだからな。
俺の言った事に対して男性は。
「ちっ!」
と、悔しそうに舌打ちをすると腕を下ろした。
周りの連中も同様だ。
どうやらやる気は失せてくれたみたいだな。
しかし。
「だが、あんたの発言は見過ごせない
どういうつもりであんな事を言ったのか、小一時間尋問させてもらうぞ!」
男性は俺を連行しようとした。
くっそ!
結局、見逃してはくれないのか!
尋問なんぞ悠長に受けてる暇はないぞ!
さて、どうするか……。
と、俺が考えた時。
突然、俺の右手を誰かが掴んだ。
ん?
なんて、疑問に思う暇もなく。
「お兄ちゃん、こっち!!」
言って女の子が俺の右手を掴んで、走り出した。
「あ、あぁ!」
一瞬困惑したが、俺は直ぐに女の子の行動の意味を理解して、ついて行く。
女の子は、どうやら俺の味方らしかった。
つまり逃げるつもりだな?
グッジョブだお嬢ちゃん!
逃げるのは俺の十八番だからな。
任せろ!
俺は女の子に連れられ駆け出した。
すると。
「な!? に、逃げただと!?」
「追え!!」
当然、信者共が俺達を追ってくる。
しつこいやつらだ。
だが、同じ村の中で逃げていたんじゃあ、いつか捕まるんじゃねぇか?
そんな不安を抱きながら、女の子について行った時。
曲がり角を左折した時だ。
「お兄ちゃん!! ここに入って!!」
信者共の目が及んでいない間に、女の子がそう指示をしてきた。
女の子は俺に、とある建造物の中に入る様に促していた。
「え……? でも、ここって……」
俺は困惑した。
だってその建物は……。
「祭壇の裏?」
祭壇の裏側には、中に入れる様に扉が設けられていた。
「早く!」
女の子が急かす。
「お、おう!」
俺は言われるがままその扉を開けて、祭壇の中に進入した。
中は狭く、薄暗い。
女の子も、俺に続いて中に入ってくると早々に扉を閉めた。
息を潜める。
すると、外から。
「くそ! どこに行った!?」
「そう遠くには行ってない筈だ! 手分けして捜そう!」
「ニルヴァーナ様に対する数々の無礼…… 絶対に逃がさないわ!」
等々の声が聞こえてきた。
おー、恐い。
そして。
足音が段々と、遠のいていく。
すると、それを確認して女の子が俺に話しかけてきた。
「ここは祭事の時しか開かれない扉なんだけど、実は鍵が壊れちゃってるんだ
村の人達はその事知らないみたいだし、ここまで捜しに来ないと思うよ」
なるほど。
隠れるのに最適な場所って事か。
「助かったよ ありがとうな」
俺が礼を言うと。
「ううん 村の人達は、悪気があるわけじゃないんだけど……
ただ、ニルヴァーナ様の悪口が許せなかったみたい」
女の子は、なんだか申し訳なさそうな顔をした。
なんでお前が沈むんだよ。
村人を庇っている風にも感じ取れる。
全く、心優しいお嬢ちゃんだぜ。
俺は女の子の頭を撫でて、ついでに尋ねてみた。
「お嬢ちゃんが気にする事じゃねぇよ ところで、、なんで俺を助けてくれたんだ?」
俺の問いかけに、女の子は少し考える素振りを見せて答えた。
「うーん…… だって、お兄ちゃんが悪い人には思えなかったし それに……」
「それに?」
「なんだか、お兄ちゃんが言ってくれた事に納得できたんだ
お母さんの側にいてあげる事が、なにより大事だって」
ほう……。
なかなか、見所のあるお嬢ちゃんだ。
名前ぐらい、聞いておくか。
「お嬢ちゃん、名前は?」
「私? 私はリン! お兄ちゃんのお名前は?」
「ん? 俺は――」
カズ、だと言おうとした。
しかし、その名前は俺自身という存在と共に捨てたものだ。
だから俺の返答は……。
「俺はデゼルだ」
「デゼルさん? 良い名前だね!」
お。
変わった名前とは言わないのか。
まぁ、この世界で違和感ない名前だからな。
「そいつはどうも ありがとうな、リン」
俺は改めて礼を言った。
続けて、この場所について聞いてみる事にした。
祭壇の中みたいだが……。
祭事の時にしか開かれないと言っていたな。
一体どういう事だ?
「ところでリン この場所はなんなんだ?」
俺の聞いた事にリンは答えてくれた。
「ここはねー ❝ニルヴァーナ様の言伝❞を収めている場所なんだ」
「❝ニルヴァーナの言伝❞?」
「そ! あれだよ」
言ってリンは、上を指差した。
「ん?」
リンの指差した場所を見てみると、そこには額縁に入れられた文言が飾ってあった。
それも1つだけじゃない。
かなりの数が飾ってある。
「あれは?」
「あれがニルヴァーナ様の言伝なの ニルヴァーナ様の教えとも呼ばれていてね
世界の調和を築く為の、約束事が書かれているの」
ふむ。
なるほど。
要はあれか?
神社が神輿を収めている場所みたいなニュアンスか?
ニルヴァーナの教えとやらは、以前ノエルが言っていたな。
ルペス村まで遠征に行った時だ。
俺が餓鬼を殲滅してしまった時に、それを出されて注意してきたっけ。
で?
「❝ニルヴァーナの言伝❞とやらには、どんなものがあるんだ?」
「うん 魔物を殺し過ぎない様にしよう!
とか 自然の実りを大事にしよう!
とか 自然から離れず、一緒に生きよう!
とか、かな! 他にもまだまだあるんだけど
世界の皆はそれを守って自然に感謝しながら生きているんだ!」
ふむ。
自然との調和ねぇ。
立派な事を言っているが、それは理想論だろ。
人がいる限り、自然との調和など成り立つ筈がない。
それは俺が断言できる。
所詮は奇麗事だ。
「ふーん」
俺は、そのニルヴァーナの言伝に批判的だった。
そんな時。
「でもね ニルヴァーナ様は、心配事をしていたみたいなの」
リンがそう言って、1つの額縁を指差した。
「心配事?」
その額縁を見ながら、尋ねると。
「うん
この、❝ニルヴァーナ様の言伝❞を破る❝なにか❞が現れるかも知れないって、あそこに記されているの」
「❝なにか❞……か」
どれどれ……。
俺はそこに記されていた文言を読んでみた。
そこには、こう記してあった。
――――――――――――
――その者
――❝人❞として
――❝人❞に成り
――❝人❞故に
――❝人❞を捨てる
――❝闇❞を宿し
――❝闇❞を纏い
――❝闇❞に堕ち
――❝闇❞を統べる
――❝闇❞を操りし❝人❞現る時
――世に災いがもたらされるであろう
――――――――――――
なんだありゃ?
❝闇❞だと記してあるが……。
まさか……。
いや、そう結論付けるのは軽率だ。
俺は嫌な予感が頭をよぎったが、その事にはあえて触れず、ひとまず詳細をリンに聞く事にした。
「リン あれは一体、どういう意味だ?」
俺の問いかけを受けて、リンは説明をしてくれた。
「あれがニルヴァーナ様の心配事なの」
「と、言うと?」
「うん
あそこに記してある❝その者❞っていうのが、ニルヴァーナ様の言伝を破って、世界を壊しちゃうんだってさ」
世界を壊すって……。
世界を滅亡に追い込んだのはニルヴァーナそのものだろうが。
「よく分からんな」
「そうなの ニルヴァーナ様ほどの存在を怖がらせちゃうものって、なんなのかな?」
「さぁな」
「でも、あの言伝の内容は、皆も気を張っているみたいなの
❝その者❞が現れたいつの日か、この世界が終わっちゃうんじゃないかってね」
「世界滅亡の予言って事か?」
「そんな感じ でね? あの言伝には別名があるの」
ん?
「別名?」
「そう! 通称❝災厄の伝承❞だってさ」
………。
は?
ちょっと待て。
❝災厄の伝承❞だと?
その言葉は聞いた事があるぞ。
しかもついさっきだ。
確か、ウォーレンがそんな事を口走っていた。
なんでも、俺がその❝災厄❞だと言っていたな……。
…………。
いや。
待て待て。
そんな筈はない。
もう一度よくあの文言を読んでみよう。
なになに?
❝人として、人に成り、人故に、人を捨てる❞……か。
内容的に察すると、❝人❞ってのは❝人間❞の事だよな?
つまり、人間らしいが、それ故に自らを捨てたって内容か。
次は。
❝闇を宿し、闇を纏い、闇に堕ち、闇を統べる❞……か。
❝闇❞に関しては❝闇術❞の事かな?
つまり、❝闇術❞を扱えるやつって事だ。
…………。
闇術を習得して、自らを捨てた人間?
あー。
これ、俺の事じゃねぇか。
闇術――❝闇の波動❞
闇を辺り一面に広げる。 闇が浸透した場所はしばらく荒む。
闇は人間の業である。
闇の波動とは、つまり人間の領域を展開する事である。
人間の領域に、他の生物は居心地が悪く、生物を寄せ付けなくし、また効果内にいる者の気分を害するという。
人間の住む居場所とは、斯くも快適であり、しかし生きるのにも難儀する。




