消失ー5
"無属性"の魔術だと?
うーん……。
それ強いの?
なんかパッとしないな。
無属性なんて言われてもインパクトがないぞ。
全然強そうじゃないんだが……。
まさか、それがウォーレンの強さの所以だと言いたいのか?
それが最強である所以だと、そう言いたいのか?
ご冗談を。
俺は、ウォーレンの説明を聞いても、無属性の魔術なんてものが強いなんて到底思えなかった。
ウォーレンは続ける。
「無属性は一見すると地味な属性かも知れない 長所もなければ、短所もないからね」
「それが強いとは思えないな」
「いいや それこそが無属性の強さなのさ」
「なに?」
「さっきも言ったけど 魔術に付与されている属性は、その優劣によって危機を招く事もある
でもね、無属性はそんな危機に陥る事はない それ以上でも、それ以下でもないんだ」
「つまり?」
「つまり、どんな魔物にも、分け隔てなく平等にダメージを与える事ができる
これが僕の強さの所以なのさ」
ふむ……。
なるほどな。
要はなんにでも対応する事ができる汎用性の高い術ってわけか。
魔術の属性は、ある意味で自分の強さを縛ってしまう事になる。
だが無属性は、属性そのものがない事によって、その縛りから解放されるってわけか。
確かに、無属性ならどんな場面でも、属性の相性など考えなくても即座に対応する事ができる。
ウォーレンの言っている事は、そういう事だろう。
なんとなく理解できた。
それが、ウォーレンの強さの所以か。
と、思った時。
「まぁ、僕の強さはそれだけじゃないんだけどね……」
ウォーレンが、聞き取りにくい小さな声で呟いた。
っていうか聞き取れなかった。
「なんだって?」
俺が聞き返すと。
「いや、なんでもないよ」
誤魔化すかの様にそう言って、ウォーレンはそのまま話し続ける。
「いずれにせよ これでカズ君が、どんな属性の魔術を扱おうが、僕が不利になる事はない
それどころか、魔力量と魔術の多様性や、戦闘経験等々を加味してカズ君が僕に勝てる要素は皆無だ
さぁ、降参してくれないかい?」
…………。
話は終わりだな。
そして、ウォーレンの頼みに対する俺の返答は勿論……。
「嫌だね」
「そうか 仕方ない」
そして、戦闘は再開された。
確かにウォーレンは強いのだろう。
だが、それはあくまでも魔術に頼った話だ。
弱点のない無属性の魔術を扱うが故の強さであって、それとは別に、ウォーレン自身に弱点は存在している。
それを俺は既に見抜いていた。
結論を言おう。
ウォーレンの弱点。
それは、他ならぬ❝叡人❞という人種だ。
同種のティナを間近で見てきていたから分かるが、叡人という人種は極端に身体能力がない。
それはウォーレンだって、例外ではない筈だ。
つまり、接近戦はあまり得意ではないと推察した。
その弱点をついてやる。
「その自惚れが命取りになるぜ 来いリコ! 援護しろ!」
言って、俺はウォーレンに突っ込んだ。
「は、はい!」
リコも付いて来たな。
よし。
リコの助言を仰ぎながら、ウォーレンの攻撃を先読みして回避する。
そして、ウォーレンに迫る事ができれば、思いっきり顔面を殴ってやる。
自衛隊で鍛えられた俺の拳は、一般人よりかは強い筈だ。
身体能力、耐久力共に底辺な叡人がそれを受けると、気絶ぐらいはしてくれるだろう。
そんな目論見をしながら、俺はウォーレンに向かって走る。
するとウォーレンは。
「哀れな…… 魔術――❝魔残光波❞」
呆れ顔で、杖を横に振るい白い光波を放った。
その直後。
「光波の軌道を予測しました! マスター! そのまま飛び込んで下さい!」
「了解!!」
リコの指示になんの違和感も感じず、俺は光波に向かって飛び込んだ。
すると、光波は飛んだ俺と、地面の間を通過した。
「な!?」
ウォーレンが驚いている頃には、俺は地面に受け身をとって前転、着地した。
その勢いのまま、ウォーレンに迫る。
もう目前だ。
「覚悟しろ!!」
俺は拳を握りしめた。
が。
「マスター!! ストップ!!」
「――!!」
リコが突然叫んだ為、俺はピタリと自分の体を止めた。
すると、ピッと、俺の頬に裂け傷が走った。
浅い傷だ。
唾でも付けとけば治る程度の軽傷。
傷は大した事なかったが、俺は驚いていた。
「防御魔法 魔術――❝針障壁❞」
見ると、そう言ったウォーレンを白い光が覆っていた。
光には、トゲトゲしたものが無数に生えている。
まるで剣山の殻の様だ。
いや、格好良く表現しなくてもいいか。
要は栗だな。
ウォーレンは、光で形成した巨大な毬栗で身を守っていた。
つーと、俺の頬に負った傷から血が垂れる。
この傷は、この針によって負ったものだと気付いた時、俺はゾクッとした。
もしあのまま突っ込んでいたら、俺の体は全身穴だらけになっていただろう。
リコの咄嗟の判断に感謝だな。
「危ねぇ……」
だが解せんな。
ウォーレンは、俺を殺す気がない筈だろ?
なのに、今の魔法は明らかに俺を殺そうとしていた。
そんな疑問を抱いている時。
「ふぅ…… 驚いたな 正直言って、カズ君をなめていたよ」
ウォーレンは呼吸を整えると、そう言った。
「どういう意味だ?」
「カズ君がそんなに動けるとは思ってなかったって事さ
思わず、高位の防御魔法を発動してしまう程にね」
言って、ウォーレンは自らが纏っている光の毬栗を解除した。
光の毬栗ってなんだよ。
自分で表現しておいてあれだが……。
意味不明な固有名詞に、疑問を感じずにはいられない今日この頃。
まぁ、ともかくウォーレンは俺の動きに驚いていたらしい。
その故に発動した魔法だったわけか。
でだ。
「だったらなぜ防御魔法を解除した? まだ俺をなめているのか?」
俺はウォーレンが光の毬栗を解除した理由について尋ねた。
するとウォーレンは。
「もう油断はしないさ
❝針障壁❞を解除したのは、単純に針の形状維持が難しいからだよ」
理由を説明した後、なにやら雰囲気が変わった。
「油断していた 今度は本気で行こう」
次の瞬間。
ウォーレンは、アクロバティックな動きを見せる。
杖を棍棒の様に振り回し、棒術の円舞を披露していた。
まるで自分を鼓舞している様だった。
っていうか……。
あれ?
俺の知っている叡人の動きじゃねぇ……。
叡人は運動神経が低い人種の筈だろ?
だが、ウォーレンの動きは、まるで体操選手を彷彿とさせるかの様な、軽やか且つ豪快な動きだ。
間違っても運動神経の悪い叡人にできる動き方ではない。
頭が良いだけの叡人なんぞにできる芸当ではない筈……。
ん?
待てよ?
頭の良い?
そうか!
すっかり忘れてた。
叡人は、身体能力が低いという自らの弱点に対策を講じていたんだったな。
その対策こそ、自身強化魔法だったか?
確かティナもこの魔法を駆使して、人並みに動ける様になっていたな。
間違いない。
ウォーレンのやつは、今その魔法を使っているんだ。
だったら、ウォーレンのアクロバティックな動きに説明がつく。
俺はそう思い、ウォーレンに確認してみた。
「弱点に対策を講じているのは流石だな」
しかし、ウォーレンは。
「? なんの事だい?」
そう言って、きょとん顔をしていた。
え?
なにその反応?
「身体能力を上げる魔法を、自身に付与していたんだろ?」
俺は、詳細を再確認してみる。
するとウォーレンは、凡そ理解し難い事を言い出した。
「そんな魔法は使ってないさ これが僕自身の本来の身体能力だよ」
は?
はぁ!?
叡人のくせに、素でその動きができるのか?
にわかには信じられないが……。
ウォーレンのやつ、どこまで強いんだ。
俺は、ウォーレンの驚愕的な発言にたじろいでいた。
そんな時。
「でもカズ君の見解は間違いではないよ
僕は今まさに、身体能力を上げるつもりだったからね」
ウォーレンが、とんでもない事を言い出す。
そこから更に、身体能力を上げるだと?
おいおいおい。
マジかよ。
勘弁してくれ。
なんて、俺の願いが届く筈もなく。
ウォーレンは円舞をしながら、杖に白い光を纏わせる。
そして。
「自身強化魔法 魔術――❝活性❞」
そう言ったウォーレンは、頭上に掲げた杖を、ヘリのプロペラの様にクルクルと横に回していた。
杖から白い光がウォーレンに舞い散る。
ウォーレンはその光を浴びると、体中に光のオーラを纏った。
そして、そんな動作を終了させると。
「カズ君 今度こそ終わりだ」
言って、その直後。
ウォーレンが俺の視界から消えた。
え?
あれ!?
消えた!?
いや、違う!!
凄まじい速さで移動したんだ。
俺がそれに気付いた時。
「マスター!! 直上です!!」
リコがすかさず反応した。
やはりか。
リコの情報を受け、俺は横に飛んで回避す。
前転して受け身を取った俺は、さっきまで自分がいた場所を確認する。
すると。
杖を振り下ろしながら、ウォーレンが降ってきた。
杖には白い光が纏っており、地面を切り裂いた杖からはキィンと金属製の音が響いていた。
くそっ……!
逃げてばかりじゃだめだ。
俺は着地したばかりのウォーレンに殴りかかった。
しかし。
「よく避けたね でも無駄だよ」
ウォーレンは余裕をひけらかし、その場からすごい速さで離脱した。
振り下ろした俺の拳が、宙を空振る。
畜生が!
速過ぎんだろ!
全然見えない!
これじゃあ、獣人並みか、それ以上の身体能力だ。
その時。
「――!! マスター危ない!!」
「なっ!?」
リコの警告に反応が遅れてしまった。
その直後。
スパッと、俺の左肩が切り裂かれた。
「痛っ……!!」
ウォーレンか。
離脱ざまに、俺に攻撃を与えていたのか。
浅い傷だが何度も負っていいような傷ではない。
なんて思う反面でも。
「くっ……!!」
俺は姿を捉える事のできないウォーレンから、次々と斬撃を浴びていた。
どの攻撃も擦り傷を深くしたようなもので、俺を殺す気がないのは明確だった。
その狙いすました攻撃から、ウォーレンの剣術がいかに見事である事が分かる。
くっそ……。
じっとしていたじ、ウォーレンの恰好の的だ。
俺は動きながらウォーレンの攻撃を見切る事を試みた。
だが、今度はどこからともなく光波が飛んでくる。
その光波によっても、体を切り裂かれる。
近接、遠距離共に隙のない攻撃だ。
なんて感心している暇じゃない。
ウォーレンが強過ぎて、まじでやばい。
さて、どうしたものか……。
無数の切り傷を体中に負って、俺は動きが悪くなっていた。
体を動かそうと思えば動かせる。
だが、動かした事によって伴う痛みが、俺の俊敏さを阻害していた。
その阻害がある事によって、リコがウォーレンの攻撃を警告してくるのに、反応ができないでいた。
❝痛み❞というのは体の異常を察知する為に大事なものではあるが……。
正直、邪魔で仕方ない。
くっそ……。
成す術が……。
ん?
いや、待てよ。
リコには、ウォーレンの動きが見えている。
そのリコの警告から、ウォーレンの攻撃に、何らかの法則性を見いだせる事ができれば……。
うまく反撃する事ができるかも知れない。
痛みのせいで咄嗟の行動ができない以上、こうなったら予めこちらから攻撃を仕掛けるしかない。
早い話、俺の狙いは❝カウンター❞だ。
決闘の際、ガルムに仕掛けた事を思い出せ。
俺は、何度も何度も警告してくるリコの発言を聞き、その内容を思考した。
すると、ウォーレンが仕掛ける攻撃の特徴に気付いた。
それは、戦いにおいて定石且つ単純な事だった。
ウォーレンの攻撃は、全て俺の隙をついていた。
動いている時は光波で、立ち止まっている時は斬撃で、と攻撃方法に使い分けはあったが、いずれの攻撃もウォーレンは俺の意識が及んでいない箇所を攻撃している。
勿論リコの警告によって、直ぐに俺の意識は移り変わるが、それは攻撃された後の祭りだ。
そうと決まれば、俺はわざと隙を作る。
ウォーレンにその隙を狙わせ、近接で攻撃してきたところを返り討ちしてやるぜ。
動いてくれよ、俺の体!
俺はわざと背後の警戒を解いた。
その時。
「マス――」
リコが警告を言いかけたの合図に、俺は無理やり体を動かした。
右足を上げて、左足を軸にしてその場で回り、背後へと体の向きを変える。
その際に、上げた右足を伸ばして後ろに向かって思いっきり振るった。
単純な回し蹴りだ。
すると。
「ぐっ――!?」
ウォーレンの悶え声と共に、俺の右足はなにかを捉えていた。
見ると、ウォーレンの脇腹に俺の右足がめり込んでいた。
よし、思惑通りだ。
そのままの勢いで、俺は右足を振り回す。
すると、ウォーレンは吹っ飛び、周りに原生している木の1本に体をぶつけた。
作戦成功。
さて、反撃開始だ。
「ぐはっ――!!」
背に受けた衝撃によって、肺の空気が一気に排出されている。
「ごほっ……ごほっ……!」
木を背に座り込んだウォーレンは、一時的な呼吸困難に陥り、せき込んでいた。
直ぐに動けそうもないな。
そこそこのダメージは与えられたみたいだ。
隙だらけのウォーレンは、攻めるにはまさに絶好の好機だった。
「くくく…… やっと姿を見せたな ちょこまかとしやがって」
「くっ…… 見事だよ」
「こんなに痛みつけやがって 覚悟はできてるんだろうな!!」
叫んで、俺はウォーレンに走り寄った。
拳を握り締め、飛びかかった。
すると。
「くっ……! ❝魔残光波❞!!」
ウォーレンは、俺の追撃を阻止しようとしたのだろう。
杖を振るって、光波を放った。
が。
狙いが見え見えだ。
放たれた光波は、俺の足を狙っていた。
俺の機動力を奪うのが目的みたいだが、そんな狙いは容易に察する事ができた。
だから、俺は避ける身構えができていた。
俺は光波を避けようと、脚を踏み込んでジャンプをしようとした。
だが。
「――!?」
俺の体は、急に力が抜けてしまった。
な、なんだ!?
ウォーレンのやつが、なにかしたのか!?
いや、違う……!
この感じ……。
吸生による反動だ。
くっそ!!
このタイミングでくるのかよ!!
間の悪い!!
闇術が使えれば、直ぐに吸生を使って回復できるのに……。
俺は、急激に体が重くなり、倦怠感や嫌悪感を感じ、動いているどころではなくなった。
体が動かない……。
俺は走った勢いのまま、その場に倒れ込む。
その時。
体が倒れた事によって、光波が俺の顔面に向かってきていた。
ま、まずい!!!
このまま直撃してしまえば、死――。
俺が絶体絶命に陥った時。
「マスター!! 危ない!!」
リコの叫び声が聞こえた直後、俺の目前をなにかが横切り、それは光波の前に立ちふさがった。
俺の顔面と迫り来る光波の間に割って入ってきたもの。
それは……。
「リコ!?」
そう理解した瞬間。
光波がリコに直撃した。
俺の目前で、機械部品が飛び散った。
防御魔法 魔術――❝針障壁❞
魔力で身を守る魔法。 魔力を棘形状にする。
放出した魔力を自らを守る盾として使う障壁系防御魔法の1つ。
魔力の形状を変質させ、棘の様にさせる事で襲ってきた相手に傷を負わせる。
攻守両用の優れた防御魔法であるが、棘の形質変化の操作は難易度が高い。




