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透明を描く  作者: 水縹
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プロローグ

その日の夕暮れの空は鈍色で、大粒の雨が降っていた。

「雨だ。」

スイは背中のギターを背負い直し、駅のエントランスから、外へ足を踏み出した。

その途端、スイの肩を雨が濡らし、パーカーに染みを作る。

眼前には広場が広がっており、白いタイルの地面は、ブルーやレモンイエローの人工的な光を、鈍く反射し揺らしていた。広場の向こうにはこじんまりしたビルやコンビニが立ち並んでいる。

風の向きが変わり、湿った雨の匂いがした。いつも現れる、パフォーマーや宗教関係者などは一人もいない。今日はいつもより閑散としている。


広場の一角でスイは立ち止まる。背中のギターを下ろし、カバーを外す。カバーに雨粒が落ち、水滴を作った。スイは首にギターを掛ける。道行く人は誰も目に止めない。

スイはパーカーのフードを被り、ギターを軽く鳴らした。左手で弦を弾き、右手でペグというネジを回して調節する。湿度の高い空気中に、ギターの音が響く。空気は冷え込み、指の先が冷たくなる。スイは一つ深呼吸した。


語りかけ、優しく手をとるような、ギターの前奏が奏でられる。ギターは一定のリズムを重ね、雨の広場によく響いた。スイは短く息を吸う。


刹那、水のように透明な声が広場に響いた。心地良く耳に馴染み、溶けていく。

曲がサビに入ると、ギターはリズミカルに和音を奏で、スイの透き通る声に力強さが重なった。スイの髪から水が滴り、頬の縁を伝う。

眼前を通りすぎる何人かの人影が足を止めた。


スイが歌ったのはプリシラ・アーンのレインという曲だった。


歌い終えたスイに小さな拍手が沸き起こった。軽く頭を下げたスイは、ギターにカバーをかけ、去ろうとした。その瞬間、頭上に透明な傘がかかった。

スイが顔を上げると、黒髪の青年が傘を傾けたまま、こちらを見つめ返した。

「ありがとうございます。」

スイは慌ててそう言い、ギターのカバーを閉じた。

「あの、演奏感動しました。」

青年の言葉にスイは首を横に振り、呟いた。

「本当に大したことないので。観客もあまり集まらなかったですし。」

今度は青年が首を振る。彼は何か言葉を言いかけようとしたが、それを呑み込んだ。

「どうかされましたか。」

スイが聞くと、青年の目が小さく揺れた。

一拍置いて、青年はこう言った。

「もし良ければ、僕とタッグを組みませんか。」

スイは驚いたように、青年を見つめた。

「歌ったり、楽器を弾かれたりするのですか。」

青年は目を見開き、慌てたように付け足した。

「僕は音楽は聞くのが専門ですから。」

スイは少し困惑した。しかし、少年は構わずに続けた。

「僕はあなたの舞台を描きたいんです。」

スイは瞬きをした。

「舞台というのは一体どういうことですか。」

傘に当たる雨音が強くなったため、スイは少し声を張る。

「ライブに行ったことがありますか。」

青年の問いかけに、スイは頷く。一度好きなバンドのライブに行ったことがある。そのライブは、森の音楽会をコンセプトに、会場には大樹が建てられ、楽器演奏者は動物の被り物をしていた。表現力ある豊かな音楽と舞台のデザインによって、世界観が見事に作りこまれていた。

「僕は大学で舞台美術を専攻しています、アーティストの表現したいことに合わせて、会場をデザインし、彩る。これが僕の学んでいることです。」

青年はそう説明した。

「僕はあなたの音楽を舞台美術で表現してみたいんです。」

スイは少し考えた後、こう答えた。

「分かりました。」

そう言って手を差し出した。一瞬思考が止まった青年は、理解が及び、スイの手を握った。二人は握手を交わした。

「まだ名前を聞いていませんでした。伺っていいですか。」

青年はスイに聞いた。

「私はスイです。あなたは?」

「僕はアオと言います。」

アオは朗らかな笑みを浮かべた。スイもつられて微笑んだ。








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