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教祖との対決

 転移で辿り着いた瞬間から蒼白い蝶の乱舞で、どんな場所に居るのか全く周囲の景色が見えない。

 

 メリッサがマティマナを庇って誘拐されても、居場所までの道筋は視えていた。だが、場所がどこなのかマティマナもルードランも分かってはいない。

 

 マティマナは腕輪を聖なる杖に変え、レュネライに向けて混ぜ合わせた雑用魔法をかける。きらきらと光は周囲にも飛び散り、蝶の乱舞が少し薄れた。

 乗り込んだのは、わりとマシな廃墟だとわかる。神殿らしきの地下部分なのだろう。比較的広く、人が暮らせる程度の堅牢な部屋になっていた。

 

「おのれ、マティマナっ、奇妙な魔法を使うんじゃない!」

 

 レュネライは蝶が薄れて消えかけているのを見て激昂している。可愛らしい美少女の顔に、憎々しげな表情を浮かべて叫んだ。

 

「メリッサを返して!」

 

 マティマナは声を返す。

 メリッサの身体は宙に邪悪な鎖で縛りつけられたような状態だ。だが髪飾りからの魔法の光が、淡く全身を包みこんでいるから、邪の影響は受けていないようだ。しかしメリッサに巻き付いた鎖は、じわじわと魔気を奪い続けている。

 雅狼が必死になって鎖を噛み千切りつづけていた。

 ルードランは繋いだマティマナの手を引きながら、じりじりとメリッサへと近づいて行く。

 

「丁度良い。みな、まとめて餌となれ!」

 

 美少女めいたレュネライはメリッサを仲間にできず焦れているようだ。追加で蝶を放ち、鎖も四方八方から繰り出してきた。

 

「なぜ、こんなことを?」

 

 マティマナは何か良い手段はないものか思案しながら時間稼ぎに訊く。

 レュネライは、鈍い輝きの黒い石も取りだした。黒い石を掲げながら短い呪文を呟く。別の魔法が発動し、黒い石は全員の魔気を奪い始めている。

 メリッサは、鎖と黒い石の両方から魔気を奪われていた。

 ただ、聖なる力を含む魔気を奪っていることになるが、邪教のものたちにとって危険はないのだろうか?

 

「ふふふ。お前にはわかるまい! 憎っくきマティマナめ!」

 

 レュネライは、何度も憎しみを込めてマティマナの名を口にする。

 美しい少女の貌を歪めて高嗤いするような表情に、心が痛んだ。

 

「どうして、わたしを知ってるの?」

 

 続けて雑用魔法をつけながら、たまりかねて訊く。レュネライは最初からマティマナの名を口にしていたし、姿も認識しているようだった。それに、自分へと注意を引きつけておく必要がありそうだ。会話に引きつけながら、ルードランと雅狼がメリッサを鎖から救い出すのを待った。

 ルードランは、雅狼と一緒になってメリッサの鎖を断ち切り始めている。身体にぴったり巻きついているので、慎重な仕草だ。

 

「シェルさまが夢中だからな。ああ、美しく愛しき司祭さま! マティマナ、お前のむくろを持って行けば……、いや、瀕死が良いか? さぞ、喜ぶことだろう」

 

 シェルさま?

 まさか、シェルモギ?

 脳裡を駆け巡る不吉な思いに、気が遠くなりそうだった。

 やはり、シェルモギが関わっているのだと確信してしまい、マティマナは蒼白だ。生きていたのだ。ライセル城から脱出して行ったのは見間違いではなかった。

 

「シェルモギの手下か!」

 

 メリッサを宙から抱き下ろしながらルードランが問う。鎖はなんとか外れたようだ。

 雅狼はレュネライに向けて盛んに吼え、灰色の炎めいた攻撃を仕掛けていた。

 

「手下? いや? 命を捧げ、シェルさまの一部となった」

 

 妖艶な笑み。だが、どこか幼さ感じる無邪気さも含む。なんとも不均衡な印象だ。

 引っ切りなしに邪の魔法を発動させ、鎖で絡め取ろうとしてきていた。マティマナは雑用魔法を混ぜてかけ、次々に消す。巻きついてしまう前の鎖は、消しやすい。

 

「シェルモギ……やっぱり生きていたのね?」

 

 黒い石へと、皆の魔気が吸い込まれて行く。

 シェルモギならば、聖なる成分を含む魔気を効率的に闇の力へと変換できる。却って聖なる力が混じるほうが好都合だろう。

 マティマナの聖なる魔法のどこかにも、邪や呪いの力を聖なる力へと変換させ強めることを可能にする兆候がある。シェルモギとやり合ったときには、無意識に発動してしまっていた。

 

「死をつかさどるものが、死を恐れるものか!」

 

 にまりと美少女の貌が笑う。禍々(まがまが)しく、美しく、邪気と共に闇めいて光る蒼白い蝶が舞い散る。

 とはいえシェルモギが自由に動けないのを、レュネライは隠している気がする。少なくとも、シェルモギのために大量の魔気が必要なのだろう。

 

 メリッサと雅狼を連れ、さっさと転移で逃げるのが良さそうな気がする。

 互いに力を打ち消し合うだけで、戦闘にもなっていない。同じ空間にいるだけで魔気を与えてしまっているのが気掛かりだ。

 しかし、転移の瞬間に邪魔をされるのは避けたい。転移の失敗は、どんな事態になるか想像するだけで恐ろしい。

 

 

 

うるさいな……」

 

 不意に、少年めいた声が不機嫌そうに響いた。降って湧いたように、レュネライの背後にいる。

 

「あ、ああ、シェルさま! 申し訳ございません!」

 

 黒曜教の教祖レュネライは、必死の声をあげた。

 シェルさまと呼んでいるからシェルモギなのだろうが、聞いたことのない声。高めの少年の声だ。

 

「間違えて別の娘をさらってしまいましたが、ですが今からマティマナは囚われの身になります」

 

 マティマナたちを牽制(けんせい)しながら、レュネライは背後へと切実そうに訴えている。

 

「無駄なことはやめておけ。我を連れて早く逃げるのだ」

 

 少年は、レュネライへと命じるように告げた。

 ちらりと垣間見た少年は、長め黒髪の暗い眼をした美少年――。

 億劫(おっくう)そうな表情だ。十歳くらいだろうか? 物憂げな印象のなかに、わずかにシェルモギの素顔の面影が在った。

 

「シェルモギ……やはり、生きていたのね」

 

 マティマナは震えを隠し、シェルモギ本人であることを確認するように呟く。レュネライが邪の魔法を掛け続けているように、マティマナもずっと、聖なる魔法を撒き続けていた。

 

「死を司る者が、死を恐れたりするものか」

 

 少年は、口の端に不敵な微笑を浮かべ、レュネライと同じ台詞を口にした。シェルモギの口癖なのだろう。

 

 シェルモギは、気怠げで憂いた気配だった。小さいのに、奇妙な色香と魅惑の塊だ。だが、その魅力は、忌まわしくも穢れている。それ故に醸しだされる頽廃的な美貌に、レュネライは夢見心地で恋焦がれているのだろう。多分、シェルモギは、見る者によって印象が違うに違いない。

 

 ただ、マティマナはいまだに固執されているようだと感じた。聖なる力を取り込んで無敵になりたいのだろう。

 

「とはいえ、完全な復活はできていないようだね」

 

 ルードランが指摘する。マティマナと同じで、何やら確認する気配だ。

 挑発に乗ることなく、にまりと美少年はわらう。

 レュネライは焦燥した気配ながら迅速に少年を抱きしめ姿を消した。

 

 取り残された蒼白い蝶たちはマティマナの魔法を受け、徐々に薄れて消えて行く。シェルモギの根城だったらしき廃墟は、マティマナの魔法の光が残り明るい景色となった。

 

 



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