メリッサの誘拐
さまざまな品から聖なる宝飾品を造るようになってきていた。
品を造りながら以前見せてもらったライセル家の宝物庫を思いだすと、無意識に記憶のなかの品を再現できたりする。もちろん、同じ物ができるわけでは全くなかった。
特に異界から貰った小箱のなかの、綺麗な宝石のような小石は華やかな宝飾品に変化する。小石はたくさんあった。地味なものから派手なものまで、さまざまな宝飾品ができあがっている。
「はい、これ。マティマナ用に、集めてもらったよ」
工房へと訪れたルードランが、綺麗で小振りな宝石箱を手渡してくれた。
「開けてみても良いですか?」
どきどきしながら、訊く。やはり中で小さな物が微かな音を立てていた。
「もちろん。異界とは、ひと味違う品が集まっているといいね」
ルードランも何気に愉しみにしている気配だ。
蝶番が付けられた一辺でフタは箱に繋がっていた。フタを開くと、カチッと小さな音がする。上品な濃い灰色の天鵞絨ばりの箱のなかには、小さな真珠や、色とりどりの極小さい宝石がたくさん入っていた。
金や銀だと思われる小さな金属片、絹の飾り紐の切れ端、小さな糸巻に絡められた錦糸、綺麗な紙の切れ端。植物の種のようなものも入っている。
「まあ、綺麗! それと、なんだか面白い物がたくさん!」
「もう一箱。これは、乾燥させた花らしいよ」
簡素な小箱も追加で渡された。それも開けてみると、色とりどりの貝殻草のようだ。花の部分が詰め込まれていた。
「貝殻草! わぁ、とても綺麗です!」
元より乾燥されたような花だから、鮮やかな色が残っている。かさかさした花びらの感触が良い感じだ。
「興味深い品が造れるようなら、たくさん集めさせるよ?」
「あ……わかりました。それだと、品を何から造ったか覚えていないといけないですね」
なぜか、忘れてしまうのですよね、最近。と、少し困惑気に呟き足した。
「それなら! 私、記録します!」
メリッサが灰色の瞳をキラキラさせながら申し出てくる。
「それは助かるよ。ぜひ、お願いいたいな」
ルードランの言葉に、「はい!」と、メリッサは元気に応えてくれた。マティマナは感謝で一杯の気持ちになり、ありがとう、とメリッサへと告げる。
ひとりで頑張らなくっていいんだよ、と、ルードランがそっと囁いてくれた。
マティマナはルードランと手を繋ぎ、リジャンとメリッサは寄り添って城門近くの庭園を散歩していた。
このくらいの刻は、邪教の被害者が連れられてくることが多い。門から邪教の被害者が飛び込んできたら、すぐに対応するための散歩だ。
やはり今日も、次々に被害者が飛び込んできていた。マティマナが必要になるのは、城の敷地に入っても邪教の洗脳が解けない場合だ。
その兆候があればルードランと共に駆け寄る。
荷車で大人数が運ばれる音が聞こえてきた。
ライセル城に入っても、正気が戻らないらしき者の喚く声が響いている。
「魔法かけに行きます!」
ルードランとマティマナが駆け出すと、反射的に、世話をする役割を担うメリッサも駆けて着いてきた。慌ててリジャンも追いかけてくる。
喚く者へと駆け寄り、マティマナは魔法をかける。
そのとき、背後から近づいてくる気配を感じた。
「マティマナ、この機会を待っていた」
不意に、低く潜めた調子の、綺麗で可愛い声が響いた。
(え?)
吃驚してマティマナが振り向くと、華奢な美少女が突進してきている。マティマナに抱きつこうとしているようで腕は開きぎみだ。
「マティさま、危ない!」
庇うようにマティマナの前に立ちはだかったメリッサは、その美少女に抱きつかれて瞬時に消えた。
「メリッサ!」
皆が驚いて名を呼ぶ。
どういうこと?
マティマナを奪取して転移するつもりだったようだ。ただ間違えて庇いに入ったメリッサを連れて転移してしまっている。
「もしや、黒曜教の教祖レュネライだったか?」
ルードランが訝しげに呟いた。
信者のふりをして荷車に乗りライセル城へと運ばれてきたのだろう。邪の症状が抜けない者がいれば、聖女マティマナがでてきて魔法をかけると都中に知られている。
メリッサに聖なる魔法を掛けている暇はなかった。
だが、姿は掻き消えたが、メリッサはマティマナの髪飾りをつけていたはず。
あの髪飾りで、転移の軌跡が追えるかも?
「ああ、ルーさま!」
動揺しながらも、魔法で軌跡を追った。
「視えてる?」
マティマナがメリッサの転移先を探していると分かったのだろう。手を繋いだままのルードランが訊く。
「メリッサの髪飾り、視えてきてます!」
邪教の気配のなかだ。だが、呪いのなかより、ずっとマシに感じられた。
ルードランは、人眼も憚らずマティマナを抱きしめる。
「本当だ。視えているね。じゃあ、追うよ!」
「リジャン、待ってて。連れ戻すから!」
リジャンへと声を掛けるのと同時、ルードランは転移を始めている。
「待って!」
ルードランとマティマナは、リジャンの声を聞いたけれど、その瞬間にはメリッサの居る場所に辿り着いていた。
教祖レュネライの魔法なのか、メリッサの周囲をたくさんの蒼白い蝶が舞っている。メリッサの身体は蒼白い鎖に巻きつかれ宙に拘束されていた。
レュネライの魔法では、メリッサを洗脳できていないのだろう。魔法が効けば鎖で拘束する必要などないはずだ。
髪飾りから、薄らと聖なる力が膜のように身体を包んでいる。
「メリッサ!」
マティマナは叫ぶように名を呼んだ。まだ拐われて少しの刻しか経っていないのに、ぐったりとしてみえる。
「ああ、どうして来てしまったのです?」
マティマナとルードランが追ってきたと気づき、メリッサは朦朧とした様子ながら絶望的な表情で呟いた。
「何を言ってるの。メリッサを助けにきたに決まっているでしょう?」
「せっかく、マティさまを助けられたのに」
「ダメよ! しっかりして! 一緒に帰るの。リジャンが待ってる!」
「ああ、でも、意識が遠のくの……」
眩んでいるらしく、目蓋が伏せられた。
「がううっ!」
抱きしめあったままだったマティマナとルードランの間から、半透明な灰色の子犬が飛び出してくる。
「え? 雅狼ちゃん?」
マティマナは驚くが、リジャンは居ない。雅狼だけ着いてきたようだ。ルードランは抱きしめの腕をとき、マティマナと手を繋ぐ。
子犬はメリッサに駆け寄り、飛び上がると鎖を噛みちぎり始めた。
マティマナは、雅狼の手助けをするように、メリッサへと聖なる魔法を次々に浴びせかける。
「雅狼さま? リジャンさまは?」
メリッサは雅狼の気配に灰色の瞳を見開いた。まさか、リジャンまで来てしまったのか? と案ずる様子だ。蒼白い鎖に巻かれて苦しそうにしながら訊く。
「リジャンまでは転移で運べなかったのだけど、雅狼君を送りこんでくれたようだね」
ルードランが応えてくれている。
「ちっ、なぜここが分かった?」
レュネライの綺麗で可愛らしい少女の声が、呟いている。
呟きながら、邪の魔法であるらしきを、引っ切りなしにかけていた。次々に繰り出される魔法に、辺りは蒼白い蝶だらけになっている。
だが幸いマティマナもルードランもメリッサも、教祖が信徒を増やす魔法は効かないようだ。
ごうを煮やしたように、教祖は大量の鎖の魔法をマティマナへと放ってきた。ルードランが、腕輪から変えた剣を手にし鎖を断ち落としている。
「マティマナ、レュネライに魔法を浴びせてみて」
ルードランの言葉にマティマナは頷いた。






