ルルジェ外から忍びよる翳り
マティマナは、小箱に入れられた贈り物を、ひとつひとつ慎重に聖なる品に変えていた。
ふたつの鉱石を同時に触媒としているので、聖なる力による防御と攻撃が適宜付くことが多い。
品を造った後は、マティマナは何を元にして造ったのか忘れてしまうことが増えた。辛うじて花から造られた品は、異界の花か、庭園の花かの区別くらいはつく。
「これは、『聖域の腕輪』とでも言うべき聖なる装飾品ですね。身につけた者の周囲に聖域を作り出すことができるようです。聖域内では敵の攻撃や干渉を受けなくなります」
鑑定士ダウゼは、極特殊な品だった場合には直接品を持ちマティマナに報告してくれていた。
金属のようだが淡い虹めく輝きの白で、曲線が美しい。繊細な彫刻が施された細工物のよう。透明な宝石めいたものが多数鏤められた感じだ。
「その品は、たしか歪んだ形の真珠めいたものから造ったような記憶が……。随分と、強力な護りの品のようですね」
虹を含む白さから、辛うじて造ったときの記憶を引き出せた。
「かなり魔気を消費しますが、使用する者によっては広範囲を護ることも可能でしょう。素晴らしい品です!」
「良かった。特別な魔法の付く宝飾品は、なかなかできないですものね」
マティマナはホッとしたように呟いた。
「いえいえ! マティマナ様のお造りになった品は、どれひとつとして特別でない物はありませんですよ!」
ダウゼは力説してくれる。確かに、鳳永境で最も人気があるのは、聖なる布だった。
それこそ、雑用魔法によって造られる雑巾や布巾の類いだ。品を変えるのではなく、マティマナが造り出す。
「聖なる品、というだけでも、そんなに価値が高いものなのでしょうか?」
余りにも簡単に造れてしまうので、マティマナはきょとんとしてしまう。
「マティマナ様の品のなかでも、基礎である聖なる布は本当に素晴らしいです。ロガの呪いも包み込んで洩らしませんし、呪いを少しずつ消去しています」
ロガの呪いは、他の被害に遭った都などでも扱いに苦心しているらしく、時折、噂を聞きつけて聖なる布を買いつけにくるようになっていた。ダウゼも、その噂を知っているようだ。
「それなら、やっぱり、どんどん造るのが良いですよね」
「勿論です! 日々、驚きの連発で素晴らしいです」
愉しんで鑑定をしてくれているようで嬉しくなる。マティマナは、物を変化させて造るばかりではなく雑用魔法で造る品も少しずつ変化させてみると良いのかな、と、考え始めていた。
ルルジェの都内での根城が次々と摘発されて行くせいか、黒曜教は布教場所を変えていた。
教祖レュネライは都から少し離れた村や町、ようするに都外で布教活動をしている。
ルルジェの都を離れた領地外の者たちは、ライセル家に助けを求めることができず途方にくれているらしい。
自警団も悉く信者にされてしまい、墓荒らしも増えた。
ただ、訴えに来るものはいるし、境を超えて被害者を連れ込むこともある。そうした者からの必死の訴えが続いていた。
「どうか、村をルルジェに組み込んでください」
近隣の村長や町長が、たまりかねて駆け込んでくる。
「領地がだいぶ広がってしまうから許可されるかわからないけれど、王宮に申し出て、ルルジェの都に組み込む手続きをするしかないね」
手を繋いで主城のなかを歩きながら、ルードランはマティマナに告げた。
ルードランは思案気にしながらも、それしか道はないと判断した様子だ。
ルルジェに近い町や村を領地にしないと、更に離れた町や村は領地にできない。飛び地は許可されないのだ。なので、少しずつルルジェに近い側から領地に組み入れるか、続きの町や村を一気に組み入れるかどちらになるということだ。
「そんなことが可能なのですか?」
そんな風に領地を増やすことが可能だとは知らなかった。今回、申し入れてきている町や村は、かなり広範囲だ。ルルジェの都は、一気に領地が増える。
家令や執事たちの執務室業務が格段に増えることだろう。
「王宮の考え方次第だよ。ただ、許可されれば、即座に対処可能になる」
王宮からの領地許可がでれば、魔法的な方法なので瞬時で適用されるとのことだ。許可を願い出る方法も、魔法的な申請書を転移で飛ばす。だから、緊急時には即時対応されるのだという。
深刻な事情を鑑み、王宮は即座に許可を出した。許可され領地が一気に拡大し、その分ライセル家の守りの力を広範囲に及ばさねばならなくなる。
「大丈夫なのですか? 負担が増えるのでは?」
かなりの領地が増えた。ライセル家からの強固な護りの魔法は、一気に新たな土地も全部包みこむ。
挙式が遅れ、マティマナはまだルードランの婚約者のままだ。護りを担うライセル家の者としてまだ組み込まれていないので、とても心配だった。
組み込まれたとしても、たいして役には立たないかもしれないのだけど……。
マティマナは、それでも及ばずながらライセル家の者として都の護りに早く加わりたいと希望していた。
「平気よ? たいして変わってないわね」
工房を訪ねてきていたギノバマリサは、心配するマティマナへと、コッソリ教えてくれた。
「本当に……? それなら良かった」
深く安堵の吐息だ。
都の領地となった町や村から、黒曜教の被害者はどんどん運ばれてきている。黒曜教の根城を手早く処理するため、都境だった各所に中継地が造られた。騎士たちは対応に追われている。
教祖レュネライは移動が早い。転移を使うのだろう。
「あら、これ面白いわね!」
棚に飾られている品を眺め、ギノバマリサは弾んだ声を上げた。
「『翼飾』というのですって。白い羽根の飾り、背中につけるみたいね」
試してはいないが、付けると空中に浮遊できるらしい。使用者の能力にもよるだろうが、敵の攻撃をかわしやすくなる。聖なる品なので、邪に対する防御力もあるはずだ。一応、攻撃能力をつける鉱石も同時に触媒に使っているから、何らかの攻撃能力が発揮できる可能性も秘めている。
「ちょっと興味深い感じがしてるの。そのうち、良ければ試させてくださいな」
宝石魔法を使うギノバマリサにしては珍しいことを呟いている。
「あ、それなら、ルーさまに確認しておくわね。惹かれた方に使ってもらうのが良いと思うの」
花冠のような髪飾りが、応えているマティマナの手にできあがっている。
頭に装着する宝飾品のようだ。色鮮やかな花を乾燥させたものから造れたようだ。
「『花冠の髪飾り』とでも言うところですね。聖なる魔法の効果で、精神攻撃を防ぐようです」
気配に惹かれたか、歩み寄ってきた鑑定士ダウゼが鑑定してくれた。
花冠なので、ちょっと派手ではあるが、黒曜教の魔法の影響を受けずに済むかもしれない。
「マティお義姉さまの宝飾品、ルルジェの都に普及すると良さそうね」
ギノバマリサは、グルッと工房の棚を見回しながら小さく呟いていた。
確かに。異界での需要が多いけれど、今は都に行き渡らせる品が必要なのかもしれない。マティマナは大量生産できそうな品を、模索してみようと考え始めていた。






