メリッサの魔法
内職のようにコツコツと造っている聖なる品はどんどん増えている。
マティマナは当然、無料奉仕のつもりで造り続けていた。だが異界の通貨代わりに購入希望が多く、相当額の売り上げになっているらしい。
「品代は、ちゃんと金銭換算されて、マティマナが個人で使える財産として使用可能な状態になっているよ」
ルードランの言葉にマティマナは瞠目する。
財産? しかも、ライセル家で管理してくれているらしい。
「え? そうなのですか?」
「高額取り引きされているし、ただ働きはダメだよ? だからって、働きすぎもダメだからね?」
ルードランは愉しそうに念を押す。一体、どのくらいの金額がマティマナ用に管理されているのか訊くのが怖い。
だが、まあ、都になにかあったときに備え、使える資金があるのは良いのかもしれない。
リジャンがマティマナの工房を訪ねてきた。
「姉上、これ……全部、造ったのですか?」
広大な部屋の棚に大量の聖なる品が置かれている。見回しながら、リジャンは聖なる気配に呑まれたような表情だ。
「そうよ。愉しくて、つい造りすぎてしまうけれど。わたしの品は、異界で通貨の代わりになるみたいなの」
今は、魔法を思う存分使うことができる。日々は愉しく充実していた。
「魔法。ボクも何か使えると良いのですが」
リジャンは溜息交じりに呟く。
「魔法は使えなくても問題ないと思うけど?」
マティマナも魔法はずっと使えなかった。雑用魔法が使えるようになってからは、今度は延々隠し通すはめになった。今でこそ、聖なる魔法と認定され思う存分使えるけれど。下賤の魔法と噂され大変だった。
「マティさまの魔法は、とても綺麗で憧れます」
リジャンとマティマナに茶を用意しながら、メリッサも呟く。魔法が使いたいらしき雰囲気はひしひしと感じられた。
そんな折り、バザックスとギノバマリサがふたりで工房を訪れた。
広い工房なので問題はないし、メリッサもいるから一気に場が賑やぐ。
マティマナは、バザックスとギノバマリサに弟のリジャンと婚約者メリッサを紹介し、逆の紹介も済ませた。どちらも既に噂を聞いていたようだった。
ギノバマリサは、義弟に義妹ができると大歓迎だ。
「マリサはいつから宝石魔法を使うようになったのかしら?」
マティマナは好奇心もあるが、魔法を使いたいらしきリジャンとメリッサのために訊いてみた。
「レノキ家では、時々、宝石に反応する子が産まれるの。ナタットは使えないわね」
ナタットはギノバマリサの歳上の甥で、現レノキ家当主だ。
「私は、マティ義姉上からの土産の魔石で、魔法を使うことができるようになった。つい最近のことだよ。魔石を買うのは良いかもしれない」
バザックスはマティマナが骨董市で見つけて贈った魔石を、とても気に入ってくれているようだ。魔法を使いたいらしきリジャンへと、バザックスは魔石と骨董市を薦めていた。
「宝石魔法は、ちょっと不経済だから、お薦めはできないわねぇ」
ギノバマリサは溜息交じりに呟く。
「わたしの魔法もライセル家由来の、この飾りが源ですし。なにがキッカケになるかは分からないですよね」
マティマナは右耳の上縁に付けられている金細工めいた飾りを示しながら呟いた。
「なんだか、希望がわいてきました!」
メリッサは魔法が生まれもって備わったものばかりではないと知り、表情がより明るくなっている。
「メリッサは、どんな魔法を使いたいの?」
「リジャンさまの、お役に立てる魔法です!」
「ボクは、メリッサを護れる魔法が必要です」
リジャンとメリッサは、互いのために魔法を使いたいと思っているようだ。リジャンは程なくログス家へと帰って行った。
「また骨董市に行ったからって、魔石が手に入るわけじゃないですよね?」
マティマナは工房に入ってきたルードランに相談するように訊いてみた。リジャンとマティマナが魔法を使いたいらしい話は、コソッと告げてある。
「まぁ必要なら、当人が手に入れることができるよ」
ルードランは確信しているように応えた。
マティマナは同意して頷く。魔法が使いたい思いが強ければ、必ずリジャンもメリッサも何らかの縁が働くだろう。
「そうですね。自分の手で手に入れるほうが愛着も湧きますよね」
ルードランは公務へと出かけて行った。
少しの刻ができると、小まめにマティマナに逢いにきてくれるのが、とても嬉しい。
マティマナは異界の花が散ってしまわないうちに、鉱石を使い次々に聖なる品へと変える作業に入った。
造られた品を、メリッサはひとつひとつ丁寧に鑑定待ちの卓へと移動させている。
と、メリッサが宝飾品めいた品を手にした途端、目映い光が迸った――!
聖なる品はメリッサに反応し、変容していた。
何種類かの宝石を鏤めたような、より豪華な髪飾りになっている。
「おおっ! すばらしい気配だ!」
鑑定士が、吃驚した声をあげて立ち上がり、歩みよってきた。
「おや、機能が増えたようです」
鑑定士は感動した様子だ。その言葉を聞いても、メリッサは何か失敗したのだと思ったらしく蒼白になっている。
慌ててメリッサは、聖なる品を鑑定士へと手渡した。しかし、メリッサの手を離れたとたんに、品は元の形に戻ってしまう。
「あら! それ、メリッサが使うための物のようね!」
マティマナは直感して告げる。
「えええ! そんな、マティさまの、貴重な品を申しわけありません!」
メリッサは聖なる品を壊してしまったと、考えてしまったようだ。
「ちょっと、持っててください。鑑定しましょう」
鑑定士がメリッサに品を戻すと、手のひらの上で派手な髪飾りに変身する。異界の花を使って出来た髪飾りだ。メリッサの黒髪によく似合う感じ。変容しても、聖なる品であるのは間違いない。
ふたつの鉱石を触媒にしているので、攻撃と防御、両方の効果が付いている可能性も高いと思う。
「今のところ守護の光で包み攻撃を防ぐ効果が備わっています。メリッサさんは、この魔法を進化させることができるようです」
震えるメリッサの手に乗せられた品を、ダウゼは鑑定して告げた。
「まぁ、それは楽しみね! ぜひ、使ってちょうだい!」
リジャンを護りたいなら丁度良い。
こういう形での品の変容も有り得るのだなぁ、と、マティマナは感心していた。
「そ、そんな、こんな高価なもの……」
いや、原価はタダのようなものよ? 異界では高額の価値があるでしょうけど。
と思ったが、それは言葉にはしなかった。
「ルーさまには、報告しておくわね。侍女さんたちも先日の異界の事件で、みんな、それぞれ聖なる飾りを持っているから、遠慮なくどうぞ!」
着けてみて、と、マティマナは急かすように囁く。きっと似合うに違いない。
「これは、とても興味深い事例です! ぜひ、進化の過程など、教えて頂けると嬉しいです」
鑑定士も稀有な出来事に浮き足立っているようだ。
「ああ、リジャンさまより先に魔法を手に入れてしまって、どうしましょう……」
首の後ろで長い黒髪を一纏めにしていたメリッサは、その纏めた部分に飾りを着けた。良い感じだ。淡い光が、ふわわっと、一瞬だけメリッサを包み込んた。
身につけながらもメリッサは狼狽している。
「リジャンなら、喜んでくれるわよ。それに、リジャンだって何か手に入るかも」
マティマナは半ば確信したように、笑みを深めて囁いた。






