墓荒らしの噂
ライセル家へと嫁いだ際に受け持つ役割としては、自動的に城とルルジェの都の護りに組み込まれることが大きいらしい。そういう意味では、先にバザックスへと嫁いできたギノバマリサは、既にその役割を担っている。
「レノキ家に比べれば、全く問題ないわね。とても楽になったの」
マティマナが護りに組み込まれた感覚を訊くと、ギノバマリサはそんな風に応えた。
「マリサがレノキ家から出てしまったし、レノキ家の者は当主さまだけよね? 護りが大変になったのじゃない?」
「ナタットは大丈夫。護られているから」
ギノバマリサは笑みを深めて断言した。
ライセル城には護りの役割が多数いるから負担はとても軽いわね、と、ギノバマリサは安心したように呟き足した。
「かなり、どきどきしているのよね」
マティマナの独り言めいた言葉に、ギノバマリサは笑みを向けた。
ルードランとの婚姻とともに、ライセル城とルルジェの都を護る魔法のなかに組み込まれる。それは、勿論、マティマナの望みでもある。
「マティお義姉さまたちの挙式が、今からとても愉しみなの」
ギノバマリサはうきうきした表情で、新居へと戻って行った。
ルードランと共に、法師の部屋を訪ねた。日課となっている呪いの品の浄化のためだ。
「手強いですよね、この呪い。イハナ家の呪いの残存も気掛かりです」
マティマナは呪いの品に魔法を浴びせながら呟いた。
死霊との戦いの最中に進化して力を増した聖なる魔法でも、一気に呪いを消去することはできない。地道に魔法を浴びせるしかなさそうだ。
「気掛かりといえば、ルルジェ外れの村で墓荒しが頻発しているらしいのです。都外の周辺も被害に遭っているようですね」
法師ウレン・ソビは、思案気に呟いた。
聖王院の法師たちは、各地でさまざまな活動をしている。不穏な動きがあれば法師たちの間で伝達されあうから情報は早い。
「え? やはりシェルモギ……生きていたのでしょうか?」
マティマナは、壁を突きぬけて行った小さな黒いものを思い起こし不安そうに訊く。
異界でも、シェルモギは周辺で墓荒しをしていた。
「いえ、シェルモギが関わっているのかは謎です。目撃報告や噂では、どの墓荒しの場でも絶世の美女を見掛けた、とのことです」
法師は微妙そうな表情だ。
シェルモギじゃないのかしら?
マティマナは少しホッとはするが、安心できる話でもない。物騒だ。
「実害は、何かあったのかな?」
ルードランが確認するように訊く。
「骨が盗まれているようです。後は、比較的新しい死体が持ち出されています。都外れは土葬が多いですから」
絶世の美女が運び出したのだろうか? 何か魔法的な力を使うなら、女性でも不可能な話ではない。
「絶世の美女、というのが気掛かりだね。最近、ルルジェのあちこちで、黒曜教を名乗る者が活動しているようなんだ。それがやはり絶世の美女だという噂だけれど、邪教の類いらしい」
ルードランは、都への警邏を増やしてくれると言っていたから、その方面からの情報だろう。
「邪教? なにか怪しげなことをしているのでしょうか?」
邪教ということはユグナルガの国で、民間に根付いているグノーフ教とは別種の宗教なのだろう。グノーフ教は、葬儀関係を任されている古い宗教だ。
天女から続く王家は、天の者を神として祀り神託を求める。神への信仰は王宮の神殿巫女や、聖王院の法師たちの力の源でもある。
自然にユグナルガの者たちは、神を敬い祀り信仰している。それと同時に、グノーフ教の檀家となっていた。役割によって分担されているし、持ちつ持たれつの関係だ。
「怪しげな儀式で幻惑し、死後の生活を夢見させるとか? てい良く生け贄を手にいれる方法のようだね」
ルルジェの都に邪教が蔓延り始めているというのは、マティマナをかなり不安にさせた。シェルモギが関わっているのかは謎だが。
「墓荒しと同じ者なのでしょうか?」
「どうでしょう? 墓荒しは都の僻地や都の外。ルードラン様からの話では、邪教はルルジェの都で広範囲なようです」
マティマナの言葉に、法師は半分否定的な様子だ。
「どちらも絶世の美女絡み、というだけで安易に結びつけるわけにはいかないけれど。とはいえ同時期に始まっているのは気になるところだよ」
ルードランは関連がありそうだと考えているようだ。
シェルモギが生きているなら、生け贄は不要だろうが死体や骨は手にいれたいところだろう。
法師は邪教の話を聖王院経由で伝達し、ルードランは警邏の者たちに墓荒しの件を伝えることにした。
「墓荒し……防ごうにも、墓地があるのは人里離れた丘などに多いですし相当数ありますよね?」
ルードランに手を引かれて階段を下りながらマティマナは、途轍もない出来事のような気がして呟いた。
「そうだね。都の中心地には少ないから城からの警邏だけでは無理がある」
「ですが、放置するのは拙いです」
「ルルジェの都は王宮からの護りが届く範囲ではあるし、ライセル家の力の範囲を拡げてみようか」
マティマナが余程、不安そうな表情をしたのだろう。ルードランは少し決意めいてそんな風に告げた。
「ライセル家の力を拡げるのは、護りの皆さまに負担なのでは?」
ギノバマリサはレノキ家に比べたらとても楽だと言っていたが、都全体を護るのは相当な力が必要だろう。
「元より、都全体を護るのが役目でもあるし。ああ、そうだ。分家にも手伝って貰うことにしようか」
ライセルの分家である、ク・ヴィク公爵家と、ドヴァ公爵家は、どちらも領地外れにある。周辺の護りが増すのは心強い。
「ディアートさまのご両親と、ルーさまのご祖父母さま?」
「そう。今も、領地周辺は護っているから、少し範囲を拡げることを伝令しておくよ」
ルードランは頷きながら、即座に対処する気配で笑みを向けた。
「わたしも、早く護りに加われると良いのに……」
マティマナの言葉に、ルードランは不意に階段の踊り場で立ち止まる。
「マティマナのお陰で、僕の護りの力はとても強まっているんだよ? だから、マティマナが護りに入ってくれているのと同じだ」
ふわりと向かい合うようにして抱きしめられ、囁かれた。
早く結婚したいけどね、と、言葉が足される。
ああっ、こんな人通りの多いところで!
幸いにも、近くには誰もいないのだが、かなりマティマナは焦った。しかし、言葉と抱きしめの感触で、ずっと不安に震えていたのだと気づいた。
「ありがとうございます。少しでも力になれるように頑張ります」
軽く抱きつき返しながら小さく呟く。
「頑張りすぎは禁物だよ?」
唇に、ちゅ、と軽く触れるキスを届けながらルードランは囁いた。






