ライセル家の侍女で花嫁修行
メリッサを連れてライセル城に戻ると、侍女頭のコニーが、手ぐすね引いて待っていた。
「メリッサさんね? 侍女頭のコニーです。まずは、侍女としての基礎だけ叩き込むわよ! あなたがしばらく使用する部屋にも案内するわね!」
張り切っているようだ。大急ぎで基礎を教え込むらしい。
「はい! メリッサ・ナギです。よろしくお願いします!」
勢いに押され気味になりながらも、メリッサも必死の様子で侍女頭へとお辞儀をする。
「メリッサちゃんは、基礎が終わったら何の仕事をするのかしら?」
マティマナは、少し首を傾げながら侍女頭へと訊いた。
「はい。マティマナ様付きの侍女見習いとなる予定です」
侍女頭は、にっこりと笑みを向けて応えた。だからこそ、急いでいるのだとマティマナは納得する。
「まぁ、それは嬉しい!」
マティマナとしては馴染みのメリッサと一緒にいられるのは心強い。メリッサもホッとはしているようだ。ただ、他の人目に付かない場所での気楽な侍女とは違う。かなり特殊な立ち位置での仕事となる。
貴族教育が目的なので、侍女の雑用を教えるのは序の口ということだろう。
「ふふ。貴族見習いにはぴったりな職務ばかりです。期待してますよ、メリッサさん」
侍女頭は、とても張り切った気配だが愉しそうだ。
マティマナは余り自覚していないが、何しろ次期当主夫人になる。しかもライセル家の。そのマティマナ付きの侍女となれば、役割はとても多岐にわたる。
「さあ、こちらに来て」
メリッサは、侍女頭に連れられて不安そうながら、決意した表情で歩いて行った。
「リジャン君には、踊りや教育の予定表を届けさせよう。そのうち、しばらく泊まり込みとか、そういうことにもなると思うよ」
今から泊まり込みでも良いけれど。メリッサの準備が整ってからのほうが良さそうだ、と、ルードランは言葉を足していた。
「何から何まで、ありがとうございます。ボクのことまで気づかってくださって恐縮です」
ルードランへと応えるリジャンは婚約破棄の危機は一先ず去ったという認識なのか、だいぶ軽やかな雰囲気になっている。
「ログス家へは僕からの伝令も送っておくけれど、詳細はリジャン君が話してくれると良い」
「ディアートさまの教育は、とてもタメになるから愉しみにするといいわよ! 踊りもすごいんだから!」
ルードランが居るけれど、弟に対する口調は少し砕けたものになってしまっている。
リジャンは、ライセル家が用意した馬車でログス城へと戻って行った。
「本当に、なんとお礼を言ったらいいんでしょう! ルーさま、ありがとうございます! あっという間にリジャンを助けてくださいました」
リジャンを見送った後で、マティマナはルードランへと何度も礼を告げた。即座に馬車での遠出をし、各方面の手配も済んだ。
「僕の義弟に義妹だからね。とはいえマティマナの役に立てたなら嬉しいよ」
ルードランは笑みを深めマティマナと手を繋ぐと、どこかへ向かって歩いて行く。
「弟はまだ小さいから、ずっと先の話だと思っていました」
広間に入って行き、ルードランはマティマナの腰に手を触れ、ゆっくりと踊り始めた。
「僕とふたりのときは、砕けた口調で大丈夫だよ?」
無理せず楽なほうで良いけれど。と、言葉が足される。
ひゃああ、そんなに違ってたかな?
マティマナは、ちょっと冷や汗だ。
「ああっ、申し訳ないです。ルーさま居るのに、つい実家の者が一緒だと……」
「ここがマティマナの実家になるのだから、繕わなくて大丈夫だよ?」
「ですが、一応、ルーさまに相応しい存在でいたいです!」
下級貴族の気楽さが抜けないのは拙いな、と、マティマナは改めて思うが、ルードランは踊りながら顔を覗き込んでくる。
「ん。でも、ちょっとマティマナに気安くしてもらえるのもいいな、って思ったよ」
何気に羨ましそうな気配でルードランは囁いた。
「あああっ、なんて畏れ多いことを……っ」
「結婚するのだから、楽にしてほしいし。安らいでほしい」
「……今、そんなことしたら、せっかく教育していただいているのに台無しですよ?」
「もっと甘やかしたいし、甘えてほしいよ」
ひゃあ、と、だいぶ心の中は焦燥しているが、ルードランの言葉はとても嬉しい。
「じゃあ、ふたりきりのときは、ちょっと甘えてみます」
「それはいいね! 愉しみにするよ」
わぁぁ、却って難易度を上げてしまったみたい!
マティマナは、ルードランに誘導されてくるくる踊りながら焦りが増して行くのを感じていた。
メリッサが侍女見習いとしてマティマナの面倒を見てくれる。といっても、最初は飲み物を運んだり、着替えの衣装の準備や片付けといった、小さなことから始めるようだ。
数日で、メリッサはマティマナ付きの侍女見習いになった。
基礎を身につけたメリッサは、ライセル家の侍女に相応しい別人のような優雅な身のこなしになっている。
「マティさま、宜しくお願いします」
「あら、マティ姉さまでいいのに」
「はい。侍女見習いの間だけのようです」
メリッサが何気に愉しそうなので、マティマナは安堵していた。
ディアートの教育は、マティマナも一緒に受けることになっている。
時々、緊張したリジャンも一緒に指導を受けていた。
踊りは、ディアートがメリッサとリジャンのふたりに教えている。
マティマナは、ディアートを相手に基本を踊ってみせながら、おさらいをしている感じだ。だが、たいていマティマナは好き放題に踊るし、時にはルードランが加わって華やかな踊りの時間になる。
メリッサもリジャンも、できるだけライセル城での雰囲気に慣れてもらう必要があるようだ。
「とても、勉強になって嬉しいです」
マティマナは、ディアートへと告げる。さまざまな教養の反復ができて有り難かった。
「ああ、頭が混乱してしまう」
ぎこちなく踊りを練習しながら、リジャンは呟く。
「大丈夫よ、ちゃんと出来てるから」
ディアートは、優しく笑み含みで励ました。ディアートは厳しいのだが、厳しいと感じさせない雰囲気がある。
「メリッサちゃんは、覚えが早いね」
ルードランはマティマナと踊りながら、感心した様子で呟いた。
リジャンも必死で勉強と踊りを頑張っている。
いずれログス侯爵家の当主になるリジャンを、ルードランはあちこち連れ回してくれていた。人脈や、家令とのやりとり、執事の扱いかた、必要なことを教えてくれているようだ。
「ルーさま、本当にありがとうございます」
一緒に踊りの練習ができる機会が、前より増えたのは何気に嬉しい。
メリッサもリジャンも覚えが早く、あっという間に貴族に相応しい所作を身につけ頼もしい限りだ。
ルードランとマティマナの結婚準備も、着実に進んでいる。
わたしも、気合いいれないとね、と、マティマナはふたりを眺め励みにしながら心で呟いた。






