商家の娘メリッサ
ライセル家の馬車は元ログス家の隣を目指していた。ルードランとマティマナ、リジャンを乗せている。
「ルーさま、ありがとうございます! というか、申し訳ありません。弟の恋愛事情で煩わせてしまって」
ルードランはとても愉しそうなのだが、はたと我に返ればとんでもない事態かもしれない。色々と整えて貰いながらも、よくよく考えれば蒼ざめてしまう状況だ。
「ん? マティマナの家族は、僕の家族だよ? リジャン君は、大事な義弟だからね」
マティマナの焦燥を知ってか知らずか、ルードランは笑みを深める。
「あ、そうでした! ルーさま、リジャンのお義兄さまになるのですよね」
実家のログス家は、ライセル家の親族になる。よくよく考えなくても、おこがましいかもしれない。
そう考えると、メリッサが侯爵家の令息になってしまったリジャンを雲の上の存在と感じても無理もない。
マティマナは、リジャンのためよりメリッサのことを支えなくては、と、密かに思っていた。
「あああ、兄上さま?」
かなり挙動不審な気配でリジャンは慌てている。
「まあ、後はメリッサの言い分を聞いてみないとだね」
ルードランも、メリッサのことを気にかけてくれていた。安堵しつつ、マティマナは嬉しい思いだ。
以前のログス家の隣、といっても広い道を挟んでいる。
角地の雑貨屋ナギは、繁華街からは少し外れているがそれなり栄えていた。
ログス家寄りに馬車を停め、三人は雑貨屋へと向かう。
メリッサ・ナギは店の手伝いのため、外に積み上げてある品を整えている最中だった。
長い黒髪は背で一纏めに、ゆるく三つ編みにされている。
「リジャンさま、それにマティ姉さま? あ、いけない! なんて失礼なことを……」
メリッサは気配に気づいたのか、振り向いて声を上げ、マティ姉さま、と、呼んでしまったことに青くなっている。
ああ、なんて畏れ多いことを、と、呟きながら今にも平伏しそうな気配だ。明るい子だったのに、しゅんとして、すっかり塞ぎ込んでいるように見えた。
「良いのよ、メリッサちゃん、義姉になるのだし」
「あ……! でも、私、貴族になるなんて、とても、とても無理です!」
ふるふると首を横に振りながら、困惑を隠せない表情だ。
「メリッサ、お願いだから婚約破棄しないで! ボクはメリッサ以外の婚約者なんて考えられない」
ずっと思い悩んでいたのだろう。リジャンは人目も憚らず、必死に告げている。とても切実な響きだ。
「あ……皆様いらっしゃるのに」
メリッサは小さく呟いたが、マティマナの隣にいるのがルードラン・ライセルだとは気づいていない。というか、そんなことはカケラも頭に浮かばないに違いない。
リジャンは必死な形相だが、言葉に詰まっている。
「貴族の教育が受けられるとしたら、どう? ちゃんと立派な令嬢になれるなら」
マティマナの隣で聞いていたルードランが訊いた。
誰なのか、メリッサは分からないようで困惑気に瞬きしている。
「メリッサちゃん、こちらは、ルーさま、いえ、ライセル家のルードランさまです。婚約者の」
マティマナは、慌ててしまって変な紹介になってしまった。
ルードランは楽しそうに笑みを深める。
「マティマナと結婚する、ルードラン・ライセルだよ」
丁寧な礼をしながら、裏腹に、くだけた口調でルードランは名乗った。
「えっ、えええっ!」
メリッサは、すっかり頭が真っ白になってしまったように固まっている。
「ライセル家で、侍女として働きながら貴族教育を受けるってのはどう?」
マティマナは、なんとか告げた。わたしの先生が先生になってくれるのよ、と、言葉を足した。
メリッサのためにも、メリッサ自身が婚約破棄してしまうのを阻止したい。
「私、とても貴族として生活なんてできそうにないです……ああ、でも、本当に? できるのかしら……」
灰色の瞳が、不安そうに揺れている。弟のリジャンより年下だから、幼い身での決断は大変だろう。
「メリッサ、お願い。ボクと結婚して!」
リジャンは、なりふり構わず思いをぶつけて繰り返す。
「義妹が増えるの嬉しいよ!」
ルードランは優しい笑みを向けて歓迎の意を示していた。メリッサはこくんと頷いた。
ルードランはリジャンをつれてナギ雑貨店へと両親の了承を取り付けに行く。
「リジャンさまも、マティ姉さまも大好きだから。でも、いきなり遠い人たちになってしまって寂しかったの」
メリッサは、マティマナへと、コッソリと告げた。
「リジャンのこと、思ってくれてて嬉しい。大変だろうけど、わたしも協力するから」
マティマナはメリッサへと笑みを向けた。
「どんな試練でも、諦めるよりずっといいです! マティ姉さま、ありがとうございます!」
メリッサは少しずつ、本来の調子に戻ってきている。おとなしそうに見えて前向きなのが良いところ。無邪気で奔放なところもあるが、気立の良い善良な子だ。
ひとり戻ってきたリジャンに言われ、今度はメリッサが家へ入って行った。
「真面目な堅物だと思ってたわよ。隅に置けないわね」
リジャンへとマティマナは耳打ちするように囁く。下級貴族の気楽さで、リジャンは身分などあまり深く考えてなかったろう。姉ふたりに家の注目は集まっていたし、リジャンは堅実に我が道を行く感じだった。
いつから付き合ってたの?
幼馴染だし……
姉弟でぼそぼそ会話を少ししていると、ルードランがメリッサを連れて戻ってきた。
「リジャン君も、侯爵家を継ぐ令息なのだから、それなりの教養なりは必要だよね?」
ルードランは、メリッサとリジャンと両方とも引き受けるつもりらしい。
「えっ? あ、ありがとうございます!」
若干、やぶ蛇めいた狼狽を見せたが、リジャンは即答した。聡明なリジャンのことだ。うかうかしていると、メリッサはどんどん立派な令嬢となり、自分が下級貴族のままの認識では取り残されてしまうと考えたのだろう。
「ルーさま、なにからなにまで、ありがとうございます!」
ナギ家は兄弟姉妹が多いから、メリッサが侍女としてライセル家へ行儀見習いに入っても手は足りる。
「ログス家には、後で伝令を届けておくよ」
ルードランは、リジャンとメリッサを馬車に誘導し、マティマナを連れて乗り込む。
帰りは四人で、ライセル城へと馬車を走らせた。






