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ログス侯爵令息の婚約事情

 死霊の痕跡はすっかり消えたが、聖なる光の痕跡はまだ残っている頃合い。マティマナはルードランと手をつなぎ、主城から庭園へと向かおうとしていた。

 すると、城門で受け付けを済ませた者が、もの凄い速度で主城へと歩みよって来ている。

 

「姉上!」

 

 不意に聞き覚えのある声が響いた。不機嫌極まりない雰囲気だ。

 

「え? リジャン? 一体どうしたの?」

 

 マティマナの弟、リジャン・ログスは上等な衣装に身を包み、マティマナをにらみつけている。隣にルードランがいることにも気づいていない様子だ。

 

「おや、リジャン君。ようこそ」

 

 ルードランは、弟の名をしっかり名を認識してくれているようだ。丁寧な礼をしながら、ルードランは興味深げな表情だ。

 リジャンは慌ててルードランへと畏まった礼をする。

 

「勘弁してくれ、姉上!」

 

 短めな薄茶の髪は、走ってきたせいで乱れ、薄緑の眼は今にも泣きそうな色合いだ。

 

「あら? わたし、何かやらかしてしまった?」

 

 いつもは冷静でしっかり者の弟なのだが。マティマナは理由に思い当たらず首を傾げた。

 

「姉上の婚約でログス家が侯爵になって以来、婚約者候補が押し寄せてきて大変なんです」

 

 リジャンは必死で訴える。

 

「あら、もうそんな話が?」

 

 リジャンに婚約者候補とは吃驚(びっくり)だ。まだ若すぎる気がする。リジャンは今年十四になる。

 

「全部、姉上のせいですよ?」

 

 恨みがましい表情を浮かべ、マティマナによく似た形の眼で睨んでいた。

 

「適当にお断りすればいいじゃない」

「全部断ってますよ! ボクにはもう婚約者がいるし。でも、このままだと、身を引かれて婚約破棄されそうだ」

「え? どうして? あなたを婚約破棄するなんて、どこの令嬢なの?」

 

 既に婚約していたことにも驚いたが、婚約破棄されそう、との言葉にもっと吃驚してしまった。

 身分も高くなったし、姉が言うのもなんだが容姿も性格も良い。申し分のない婚約相手だと思う。

 

「……商家のメリッサちゃん。姉上も知ってるでしょう? 前のログス家の隣のナギって雑貨屋」

「あ、メリッサちゃん? あなたたち付き合ってたの?」

「前は、近所ですぐ逢えたのに、今は全然逢えないし、身分差がついてしまっておくしてる。ボクのところに婚約者候補が押し寄せてるから比較してしまうみたいで。身をひくつもりだ……! ボクはどうすれば良いんだ!」

 

 リジャンは絶望感に、膝から砕けて落ちそうになっている。

 

「あ~、それは考えてもみなかったわね」

 

 隣のルードランは、姉弟の会話を、とても優しい眼差しで見守ってくれていた。

 メリッサは大人しいが、笑顔の可愛い気立ての良い娘だ。

 

「ああ、でも、メリッサを貴族の世界に押し込めるのは……!」

 

 下級貴族だった頃は、特に身分差など気にする必要もなかったろう。婚約者は商家の娘でも問題はなかったはずだ。だが、姉がライセル家の一員となれば、社交が違ってくる。

 

「父上だって認めてくれていたのに。せめて下級貴族にしろとか、うるさい人も増えてきて」

 

 おろおろとリジャンの言葉は止まらない。

 

「わたしは、愛し合ってるなら身分なんてどうでも良いと思うんだけど……」

 

 問題のある娘ではない。リジャンがこんなに必死になるほど好きなのだったら結婚すれば良いと思う。

 

「僕もそう思うよ。何がそんなに問題なんだい?」

 

 ルードランも不思議そうに訊いている。

 

「メリッサは、貴族の所作も礼儀も知らないし、街の音楽でしか踊れないし、引け目を感じてる」

 

 身分差に悩んでいる、というよりも、貴族としての生活に不安を感じている、ということだろうか?

 確かに、以前の下級貴族のログス家であれば、事情は良く知っていたろうし緊張もしていなかったのだろう。植物が好きな娘で、街の祭りではマティマナとも一緒に良く踊っていた。ただ商家の生まれなので、貴族的な教育は皆無だ。

 

「それなら、ライセル家で行儀見習いしたらどうかな? まずは侍女として働く感じで。ディアートを教育係にしてあげるよ?」

 

 リジャンの言葉を吟味していたらしきルードランは、不意にそんな風に提案してきた。

 

「あ、ルーさま、それは素晴らしいです! ディアートさまは、ルーさまの従姉妹で、わたしの先生なのよ?」

 

 ルードランが采配してくれるなら、話は早い。

 マティマナはリジャンへと、自慢するようにディアートが先生なのだと告げた。

 

「わっ、もしかして、姉上が急にすっかりライセル家に相応しい令嬢になったのは、その先生のお陰?」

「そうよ!」

 

 あら、今までリジャンは、わたしのこと、どんな風にみてたのよ?

 と、マティマナはちょっと思ったが黙っておいた。今は、ちゃんとライセル家に相応しい令嬢だと、リジャンも認めてくれているようだ。

 

 

 

 ルードランは一緒に立ち話をしていたマティマナとリジャンを、一旦、控え室に招いて座らせた。

 

「ボクだって覚えないといけないことが大量だよ」

 

 ルードランが少し席を外すと、リジャンはボソリと呟く。その後、姉弟は、なんとなく気まずい雰囲気で黙りこんでいた。

 

「じゃあ、早速(さっそく)、ナギ家に行ってみようか」

 

 ルードランは戻ってくるなり、笑みを深めて、ふたりに告げる。侍女として行儀見習いさせるための手配や、ディアートを教育係にする件など整えてきたのだろう。

 

「えっ! ルードラン様が、ご一緒に?」

「そう。メリッサの気持ちを確認したら、そのままライセル城に連れてこよう」

「そうね。早いほうがいいと思う」

 

 急がないと、メリッサは周囲の慌ただしさに耐え兼ね、勝手に婚約破棄しようと思い詰めるに違いない。

 四人乗りの馬車が用意されていた。リジャンはルードランに指示され、ログス家の馬車は帰していた。

 ルードランとマティマナが並んで座り、対面にリジャンが座る。

 

「リジャン君も、時々、ディアートに習いに来るといい」

「そうね! 特に踊りは、メリッサちゃんと一緒に練習したほうがいいものね」

 

 メリッサがディアートに習うなら、うかうかしているとリジャンのほうが置いて行かれかねない。

 

「ディアートなら、王宮でも通用する男性用の所作や教養も教えることが可能だよ」

 

 にっこりと笑みを深め、ルードランはリジャンの悩みを知っているかのように囁いた。

 

「あ! ありがとうございます! ぜひ、お願いします!」

 

 メリッサが了承してくれたら……ですけど、と、リジャンは自信なさげに呟いた。

 

 


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