幽霊騒ぎの大元
夜に幽霊の出る棟に行くことに決めたので、ライセル家に宿泊になってしまった。
ライセル家では、豪華な寛ぎ着を幾つかマティマナのために用意してくれているし、客間ではなく一室、普段使いの部屋も整えてくれた。
昼間のための衣装も夜間のための衣装も、何気に種類が多い。その都度、侍女たちが着替えを手伝い、髪も結ってくれる。
「程良く夜も更けたし、出かけてみようか」
ルードランに連れられ、マティマナは幽霊がでると密かに噂されている別棟へと向かった。
「鬼火って、話ができるのですかね?」
渡り廊下を、ふたりで歩きながらマティマナは呟くように訊いた。夜間だが、渡り廊下は淡く光が灯っている。王家由来の大貴族であるライセル家の魔法は、あらゆる所に行き渡っていた。
こんなに魔法が行き渡っているのに、呪いの品が効力を持つことが怖い。
「話ができると助かるのだけど」
ルードランは切実そうだ。
鬼火に関してマティマナは、嫌な予感がするとか、そういうことは全くなかった。
とはいえ別棟に着いたら怖い気持ちが湧いてきている。
ただ、自然に灯りが点るし、建物のなかに入っても暗くはないので少し安心だ。
「あら? なんだか、埃が多いですね」
一階の床は、少しざらつく感じだった。
「本当だ。やはり、呪いの品がどこかにあるのだろうね」
バザックスや、ディアートの部屋とは違い、別棟全体に影響がでているのかもしれない。
「これ、掃除は後回しのほうが良いですかね?」
最も汚れの酷い部屋なりに、幽霊がいるのだろう。幽霊に逢う前に掃除してしまったら、逢えない可能性がある。幽霊に逢いたいルードランとしては、掃除は困るだろう。
「そうだね。マティマナが掃除したら、幽霊が消えそうだからね。話を聞いてからにしよう」
ルードランは、すっかり幽霊と話ができると思っているようだ。
好奇心というよりは、何か事情がありそうな気がする。
何か知りたがっているのかな? マティマナは、そっと見守ることにした。
埃だらけの一階の広間から、階段を上がって行く。
二階から見上げると三階への階段のほうが、かなり埃が積もっている。注意深く階段を上がる。歩くたびに、埃が舞い上がった。
埃は、三階の一室の開いた扉からあふれているようだ。
部屋のなかから、ゆらめく灯りが漏れている? 廊下に灯りが漏れて、舞い上がる埃を照らしていた。
部屋に近づき、入り口の前に、ふたりで立つと、なかで鬼火が燃えている。
「訊きたいことがある」
ルードランは室内へと入り、歩み寄りながら鬼火に語りかけた。
鬼火は怒ったように、ボワっと、燃え盛る。だが、物質を燃やせるような炎ではないらしく、部屋の調度や窓帷に燃え移りはしない。
ただ、鬼火は暴れて、ルードランへと襲い掛かってきた。ルードランは身を翻して鬼火の攻撃を除けている。
「ルーさま、危険です! 呪いの品、探して片づけて良いですか」
会話のできる幽霊とは思えない。
「そうだね。ぜひ、頼む」
会話ができる幽霊ではないと、ルードランも判断したようだ。
マティマナは頷いて、鬼火に向けて魔法を浴びせかけた。だが、効果は余りない。部屋全体に軽い魔法をかけ、まず腐った食品のようなものを片づけた。
鬼火の勢いが少し弱まって、藻掻くような動きになる。
マティマナは、すぐに地道な一区画ずつの掃除に切り換えた。
じんわりと魔法を働かせ、埃を除去して行く。
やがて、猫足の調度の下に埃の塊を見つけた。
「あ、これ、きっと呪いの品です」
屈み込み、埃を除けずに魔法の布で包み込んだ。
ひゅるっ、と、鬼火はあっけなく縮まって消えた。
「あ、鬼火が消えた。どうやら、それが呪いの元のようだね」
ルードランは感心した響きの声をたてている。
マティマナは、手早く、鬼火のいた部屋の残りを片づけたが、しかし、一棟丸々、掃除が必要そうだ。
「ちょっと、明日、改めて掃除に来ますね。普通に掃除するのは危険かもしれないですから」
一階まで降り、棟の入り口の扉を、ルードランに一時封鎖にしてもらった。
「話ができなくて、残念だったよ」
呪いの元が見つかりホッとしながらも、ルードランは残念そうにしている。やはり何か事情がありそうだ。
「こんな感じで、密かに呪いが進行してる場所ありそうです。話せる幽霊もいるかも?」
マティマナは、ルードランの希望をつなぐように呟いた。
マティマナの雑用魔法がなぜかバレたらしく、外部から苦情や苦言が次々にライセル家へと舞い込んで来ているらしいと洩れ聞いた。
『下賤な魔法を使うものをライセル家に入れるつもりか』
と、息巻くような内容が多く寄せられているらしい。
ログス家は上級貴族に格上げになったので、下級貴族だからと攻撃することはできなくなった。その代わりに相応しくない、と、使う魔法を貶めようとしている。
だが、ライセル家の面々は、そんな苦情には呆れていて取り合うつもりもないようだ。
「ヘンですね、どうしてライセル家の外の方々に雑用魔法がバレたんでしょう?」
マティマナはずっと魔法を隠してきたし、密かに使うときも、雑用魔法などとは言わず黙って使う。
「マティマナの魔法が不都合な者たちの仕業だろうね」
ルードランは思案気にしながら可能性を探っているようだ。
「あ、呪いの品を仕掛けている方々ですか」
「そうそう。使用人か侍女のなかに、外部と通じている者がいるのだろう。間者が入り込んでいるのかもしれないね」
ライセル家ほどの大貴族となれば、良くある話なのかもしれない。
首尾良く効果をあげていた呪いの品を、次々に見つけられて焦っている証拠かもしれなかった。
「……片づけられると困るのでしょうね」
通じる者にしろ、入り込んだ者にしろ、マティマナが魔法で呪いの品を片づけたら、きっと嫌がるのだろう。いっそ、侍女なり使用人なりがいる前で魔法を使えば、反応で分かるかもしれない。
しかし、それでは証拠は得られない。当分は、品を仕掛ける前の所持の状態で見つけるのが最良なので、呪いの品を探すために魔法を撒いているとは知られないほうが良いだろう。
「まあ、悪い者たちの言葉など気にする必要はないからね?」
ルードランは、マティマナの魔法を気に入ってくれているし、それはライセル家の者たちは皆同意見のようでありがたい。
「ルーさま、なぜ、幽霊に逢いたいのですか?」
マティマナは気になっていたので、つい訊いてしまった。
あ、無理して応えなくて良いですよ、と、慌てて言葉を足した。ルードランは優しい笑みを浮かべてマティマナを見詰めた。
「お告げは、ふたつあった。旅のことだけじゃなかったんだ」
ルードランは、そう前置きすると、お告げの内容について語り出した。
お告げは、夢のなかではあるが、天人の言葉だったようだ。
旅は日付を指定され、徒歩での旅を勧められた。戻る予定の日に夜会を開き、婚約者のお披露目をすることも。
「内々に、と言うか、父母には、お告げの話をしたけれど、婚約者が見つからなくても夜会で旅からの帰還を祝うつもりだったようだよ」
なので、間際まで、なんのための夜会なのかは正式には知らされなかった。とはいえ、しっかり裏方では噂になっていたが。
「けれど、僕は旅の終わりに素晴らしい出逢いを得た」
マティマナの手を取りながらルードランは嬉しそうに微笑する。
「であれば、もう一つのお告げも、正しいのだろう」
「どのような内容なのですか? 幽霊……に遭う必要があるのでしょうか?」
「そう。幽霊が、ライセル家の跡取りに必要な大いなる助言を与えてくれる……という内容だったよ」
幽霊に逢う方法なんてないと思ったら、今回の鬼火事件だ。
俄然、幽霊からの助言というお告げも、真実味を帯びてきた。
「わかりました! 魔法を撒いて呪いの首謀者を捜しながら、幽霊も捜しましょう!」
マティマナは、ルードランの手を握り返し、励ますように宣言した。