無礼講での慰労会
慰労会は、皆で楽しく準備した。マティマナも厨房に入れてもらい、夜会の手伝いに来ていたときのように少しだけ仕事をしている。
魔法での手伝いをさせてもらえるのは嬉しかった。
貴族用の気取ったものではなく、慰労会ではもっと庶民的な料理が並ぶ。
その上で、夜会の定番料理なども特別に振る舞われるので、皆愉しみにしているようだ。
「久しぶりの厨房、愉しかったです!」
マティマナは着替えのために呼ばれ、厨房の皆に挨拶し、後ろ髪引かれながら支度に向かった。
無礼講での慰労会とは言っても、さすがライセル城の使用人や侍女たちだ。何気に、皆、品が良い。大夜会で下級貴族までもが招かれているときのほうが、余程、無礼講めいていたようにマティマナは思う。
キーラも、ライリラウンも参加してくれていた。
ライリラウンには、ディアートが異界で購入してきた衣装のひとつを貸し出したようだ。
マティマナも、ディアートも、異界のドレス。
いつの間にか、異界へと渡っていたギノバマリサも、密かに買ってきたらしきドレス姿になっている。
「まあまあ、皆、とても素敵よ! 異界のドレス、華やぐわね」
ライセル夫人リサーナは、女性陣の姿を眺めてとても嬉しそうに声を掛けてきた。
戦いの最中、現当主も、ライセル夫人も、ディアートも、ライセル城の護りを強めるための働きをしてくれていた。
ライセル家の者たちの力が、あの城壁の上の魔法陣を造り出していたようなものだ。
「宝石がキラキラで、とても嬉しいの!」
宝石魔法を使うギノバマリサは、小さめな身体にピッタリの宝石飾りが鏤められた豪華ドレスだ。
「ちょっと落ち着きませんが、貴重な体験をありがとうございます」
ライリラウンは慣れないドレスに緊張しているようだが、何気に着こなしている。
「異界のドレスは、種類が豊富でとても素敵ね」
ディアートは四人のドレスが皆それぞれ個性的なものであることを、とても喜んでいた。
「まず、三組の方々に踊りを披露していただいてから、無礼講による慰労会を開始いたします」
司会役の家令が告げた。
ルードランとマティマナ、バザックスとギノバマリサ、ディアートとライリラウンが組んで踊る。
まずは、貴族たちの定番曲だ。
語り合っていた女性陣へと、ルードランとバザックスが混ざる。
「ああ! ルーさま、素敵です! 異界での衣装! まあ、バザックスさまも!」
マティマナは驚いて瞠目する。いつの間にか、仕入れていたらしく、兄弟揃って優雅な佇まいだ。
「バズ様、素敵! とても良いです」
ギノバマリサは素早く、バザックスの腕のなか。マティマナも、ルードランに腰を捉えられて踊りの準備を整える。
ディアートとライリラウンは、踊りの練習を頻繁にしていたので何気に良い雰囲気だ。ドレス同士でも、全く違和感はない。
楽団による華やかな演奏が始まり、三組は滑るように踊り出した。
「異界のドレス、踊りやすいです!」
「良く似合っているよ、マティマナ」
「ルーさまこそ! なんて、お似合いなんでしょう!」
踊りながら囁きあう。
途中からの女性だけが踊る場面は、四人の異界のドレスが、キラキラと宝石を煌めかせながら極上の華やかさだ。四人とも、まったく違う振り付けなのに、とても調和している。
三組の状態にもどって少し踊り曲が終了すると、今度は都の祭りなどで踊る曲が演奏されはじめた。
貴族の夜会では、有り得ない都や港街で流行の踊りだ。
マティマナたちと交代に、それぞれおめかしした使用人や侍女や騎士たちが踊りの輪を造った。
「こういう雰囲気もステキね!」
キーラは、食べられそうな果物らしきを抱えながらマティマナの近くへ舞ってきて告げた。充分に愉しんでくれているような、表情を見てマティマナはホッとする。
「キーラには、すっかりお世話になったわね。戦いまで手伝わせてしまったし、色々教えてもらえたし、本当に助かりました」
丁寧な礼をしながらマティマナは、キーラへとしみじみと告げた。
「何を仰いますやら、ね! 聖女マティ。あなたの進化し続ける技を見させてもらえて、滅茶苦茶楽しかったわ!」
「本当に! 素晴らしかったです、聖女マティさま!」
ライリラウンの呼び方が、いつの間にかマティになっている。どちらの呼ばれ方も、それぞれ好きなので呼びやすい響きで呼んでもらえると嬉しい。
「鑑定に来てもらったのに、戦いに巻き込んでしまって申し訳なかったです」
「いいえ! とても素晴らしい経験をさせていただきました! 異界の通行証も手に入りましたし、実地の戦闘経験も貴重です。ありがとうございました」
深々と頭をさげるライリラウンへと、ルードランが近づいてきた。
「そう言ってもらえると、嬉しいよ。ライリには、とても助けられた」
ルードランは、話を聞いていたようで、そう告げて笑みを深める。
「ライリの鑑定、本当に助かってます。自分で造っておいて、何なのか分からないなんて困りものね」
マティマナは造るのが楽しいだけに、何が出来上がったか分からないことによる困惑も大きかった。
「お役に立てて良かったです。わたしは、明日には聖王院へと戻りますが、鑑定は専任の方が来てくださるそうですからご安心を」
「わたしも、明日、カルパムに戻るわ。ようやく、城壁が開けられるものね」
そうだった。ライリラウンもキーラも、元より少しの滞在のはずだった。
「ああ! それはもの凄く名残惜しいです! ぜひ、また、お会いしたい……」
マティマナは瞳が潤むのを感じながら告げた。いつの間にか、キーラやライリラウンが居ることが、日常になっていた。
寂しくなっちゃうなぁ、と、心の中でだけ呟く。
キーラにはキーラの、ライリラウンにはライリラウンの道がある。
じゃあ、わたしは?
ふと、マティマナは思案する。ルードランと婚姻し、ライセル城を、ルルジェの都を護る道だ。
それは、不相応なほどに大それた役割だった。
「マティマナ様、せっかくですから踊りましょう?」
侍女頭のコニーが、誘いに来た。最近は、ログス令嬢とは呼ばなくなっている。
「あ、わたしも良いかしら」
流れている曲を聴きながら、ライリラウンが訊いてくる。
「もちろんですよ! 一緒に踊ってくださいませ」
マティマナも知る曲だった。気楽な下級貴族だったころは繁華街に住んでいたこともあり、良くコッソリ踊りに行っていた。ライリラウンにも馴染みの曲らしく、皆に交じって楽しそうに踊っている。
懐かしさを感じながら、滅多にない身分を忘れた交流の機会をマティマナは存分に楽しむことにした。






