塔の上で
慌ただしいなかマティマナはルードランと共に食事も済ませることができ、人心地がついた。
早々に眠りに落ちた者も多いが、賑わいも続いている。
疲労していても皆が活躍しての勝利に話題は尽きないらしく、活気に満ちあふれていた。
マティマナはルードランに連れられ、塔の最上階にいる。
塔から見下ろすと、夜の城はあちこちに聖なる光が滞っていた。
「地面に星空があるみたい!」
「皆んなの働きの痕跡だね。とても綺麗だ!」
「徐々に消えるとは思いますが、かなり派手ですね」
自動で動いて死霊退治していた魔法の道具たちは、どうなるのかな? と、ちょっと心配ではある。光が薄れるように、少しずつ消えて行くのかもしれない。
「眠ってしまう前に、マティマナと一緒に過ごしたかった」
背後から抱きしめられ、耳元近くで囁かれた。身体に絡められる腕へと軽く腕を絡め返しながらマティマナは頷く。
「わたしも、ルーさまと、ふたりで過ごしたかったです。とても嬉しいです!」
じんわりと身体の温もりが伝わってくる。甘美な感覚に包まれ、疲労感など吹き飛んで行った。
「マティマナ、大活躍だったね」
「そんな! ルーさまこそ、とても素敵でした!」
少しも怯まず麗しかったルードランの勇姿を思いだしながら、改めて胸が熱くなる。
「ずっと、ふたり一緒だったから、戦い続けられたよ」
ギュと抱きしめの腕に力が籠もり、マティマナは安堵めく吐息をこぼす。
「はい! わたしも! ルーさまと一緒だったから、魔法が尽きる感じが全くなかったです」
マティマナは腕のなかクルッと身体を回転させ、ルードランの背へと腕を回して抱きついた。
「……抱きしめ合えるの嬉しいよ」
改めて背を抱き留める手の感触と、ルードランの囁きに頬が熱くなる。腕のなかにいる安堵感が、ずっとマティマナを密かに畏怖させていた感覚を解いてくれる。ひとりで抱えるには気掛かりな思いが、心に甦った。
「シェルモギが消えたとき、錯覚かもしれないのですけど、何かが城壁を突き抜けて行ったみたいで気がかりです」
魔法で確認しましたが痕跡はなかったです、と、言葉を足した。
ルードランに聞いてほしかった。小さな気掛かりではあるし、心配させたくないという思いもあるが、心にしまい込むのは、きっと良くない。
「それは気になるね。都で異変がないか、極秘の警邏を増やそうか」
ルードランは即座に対策を考えてくれている。マティマナは、心底ホッとした。
「ありがとうございます、ルーさま!」
思わず抱きつく腕にギュっと力を込めていた。何より言葉を信じてもらえて嬉しい。
「ずっと一緒にいたのに、抱きしめることもできなかった……」
そんな状況ではなかったけど、と、笑みながら、ルードランは少し身体を離す。マティマナの頤を、そっと指先で捉えて上向かせた。
唇が淡く重ねられる。キスの衝撃に、くらくらしてマティマナはしがみつく手に力をこめた。
「後片づけが終わったら、城で働くみなさんに、お礼がしたいです」
ルードランの腕のなかに抱きしめられ甘い刻を過ごしているのだが、マティマナは、そっと呟く。
皆の協力がなかったら、太刀打ちできない強敵だった。
「それは良いね。内輪の祝賀会を開こうか」
ルードランは抱きしめの腕を腰へと移動させ、踊るときのような体勢になりながら弾んだ声を響かせる。
「あ、それ良いですね! 慰労なのに皆さんには準備やらで、ちょっと苦労させちゃいますけど……」
塔の最上階で、ゆったりと踊る仕草に合わせながらマティマナも、パッと華やいだ表情になった。
「皆で準備して、皆で愉しむのが良いよ。無礼講で良いのじゃないかな?」
「ライセル城で、無礼講だなんて破格ですね!」
「皆の働きが素晴らしかった」
全くです、と、マティマナは笑みを深める。
ゆったりと塔の上で踊りながら、激動の成り行きに思いが巡る。
「ルーさまは、フェレルドさまの作戦を読んでらしたようですね」
きっと、フェレルドとクラリッサがライセル城へ訪れ、遣り取りしている頃から察していたに違いない。
「何か事情はあったのだろうけど、一石二鳥を狙っている感じだった」
きっとクラリッサ殿のために一肌脱いだというところではないかな? と、ルードランは小さく言葉を足した。供も連れずに来ていたし、何か訳ありそうな気配だった。
「わたしの造った品の大半は、ベルドベル国へと攻め入らせる者たちへの装備だったのですね」
シェルモギがライセル城に攻め入ることを、フェレルドは随分と早くから確信して準備を始めていたに違いない。
「グウィク公爵城には、最前線なのに、ほとんど渡されていなかったからね。もとより、グウィク公爵領で戦闘させるつもりはなかったのだろう」
辺境を護るグウィク公爵レタングを、フェレルドは信頼している気配だった。それに比べて、第一王子と、もうひとつの公爵家に関しては、噂通りの冷徹ぶりを発揮している。
「もうひとつの公爵家は、令息もろともベルドベル国に飛ばされてしまったから、残された領地が大変ですね」
公爵領ともなれば広いだろう。統治させるアテがあるか、ずっと以前から領地を取り上げる気で準備していたのかもしれない。
「フェレルド殿の策略のうちだろうね、その辺りも。良い統治者の候補があるのだと思うよ? 一見、穏やかそうでも、ガナイテール国は権力争いが熾烈だったのかもしれないね」
フェレルドは上機嫌だったから、何か企んでいたのなら全て思い通りに行ったのだろう。
今後のガナイテール国は、ライセル城からの交易先としては治安の良い場所となって行くような予感をマティマナは感じていた。
「このまま、僕の部屋に連れて行きたくなるよ」
踊りの仕草を止め、ルードランはマティマナを抱きしめ直しながら深くため息をついた。
「ルーさまに拐われるのなら……」
嬉しいのですけど、と、呟いてしまってから、真っ赤になり、どきどきが止まらなくなってしまった。
ああ、こんなに抱きついてしまっていたら、鼓動が伝わっちゃってる……!
思いながらも、しがみつく手は離せない。
「忍耐力が試されているなぁ……。今回の件で、また少し、結婚式が先延ばしになった」
戦闘に巻き込まれたこと、というより、異界通路が開いてしまったことで、さまざまな手続きが増えてしまったからのようだ。
「待ち遠しいです……」
小さく呟きながら、もうしばらくの間、抱きしめあったままでいたいと、マティマナは願っていた。
いつも、お読み頂きありがとうございます!
ガナイテール国の第二王子フェレルドと、クラリッサとの出逢いの短編を書きました!
本作二章の、ガナイテール側の一幕でもあります。
「初夜に前世を思い出した悪役令嬢は、冷徹王子に拾われる。」
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