シェルモギの消滅
「ルーさま、城壁上の魔法陣……」
マティマナは小声で囁く。魔法陣による防御壁は、元より強烈な魔法の品だ。
「あの防御壁に聖なる魔法を混ぜてシェルモギを攻撃できないでしょうか?」
防御壁に攻撃力はないかもしれないが、霊鉱石の力が混じれば攻撃力をつけられる。防御壁全体に魔法を付けるには、全員の力が必要かもしれない。皆で魔法を撒いて、聖なる力で城の敷地を満たし、その力を防御壁の魔法陣に注ぐ。そして全方位から一点集中でシェルモギに注ぎかける。
「わたしの力だけじゃ、不十分ですが、みなさんの協力が得られれば……」
確信を込め、マティマナは更にルードランに告げた。
「そういう使い方は初めてだろうけど、マティマナの思うようにやってみるといい」
ルードランは完全に信頼した眼差しを向けてくれている。
「はい! では、みなさんに協力していただきます!」
決意したようにマティマナは深呼吸した。
「みなさん! どうか、わたしに力を貸して! 聖なる武器や道具で、城中を、もっともっと光で満たしてほしいの!」
ライセル城の全体へと言葉を響かせる方法へと言葉を乗せる。城中に、マティマナの声は響き渡った。
「聖女さま! もちろん協力します!」
「任せてください!」
あちこちから頼もしい声が響く。騎士たちだけでなく、侍女や使用人たちも、皆協力する声を上げてくれている。
皆が魔法の道具を使うことで、聖なる光はどんどん増えた。
マティマナは、更に応援するように鉱石を触媒にした強い雑用魔法を撒きまくる。
魔法の品も、庭園の花も、聖なる光を放つ。主城からも光があふれた。
聖なる光が、聖なる光を呼び、城の地面は光の海のような状態になっている。
ルードランも、法師も、ライリラウンも、バザックスも、聖なる攻撃を放っていた。キーラも、魔法具を手にあちこち飛び回っている。それにギノバマリサも魔法の品を手に入れ、光を撒いてくれていた。
誰もが、マティマナの魔法の品を手にすることができ、それぞれの使い方で聖なる光を増やしてくれている。
「おのれっ! 何を企んでいる……!」
シェルモギが怒りに満ちた声で、城を揺らしながら光を打ち消すように捻れた闇を滴らせた。闇は、光の中へと流れこむが光の渦に巻かれて打ち消されて行く。
「地面に満ちた光が、どんどん城壁を上がって行きます!」
法師の声が響いてきた。
死霊たちは消滅してはいないが、聖なる光の下敷きになり動きは止まっている。光が満ちあふれ、最早闇が滞るのは、シェルモギの周囲だけだ。
わたしの雑用魔法はライセル家の由来なのだから、きっとできる!
マティマナは、脳裡にひらめく導きのままに、地に満ちた光に魔法を降り注がせた。もう一度、鉱石で強化させた状態だ。目映さを増した聖なる光は、城壁を追って駆け上る。そして魔法陣めいた防御壁全体へと吸い込まれ、一体化して行く。
ごごごごっ、と、光の渦が轟音を立てているような気配だ。
防御壁の魔法陣は、強烈で清浄なる光で構成し直されていた。
全方位の防御壁は、聖なる光の魔法陣と化す。
「おのれ……っ、なにを……? なにをする気だ!」
シェルモギは、異界棟の上に聳えたように立ち闇を厚くまとう。だが、聖なる光の魔法陣に取り囲まれ焦燥した気配を漂わせた。
逃げ場はない。死霊たちも、シェルモギも、恐らく異界棟の中には戻れないのだ。シェルモギは、ライセル城を根城にする気でいたから、退路など必要はなかった。
「マティマナ、今だ!」
ルードランは、力が満ちて攻撃力が最大限になった絶妙の一瞬がわかったようだ。
「はい!」
マティマナは頷いて応えた。聖女の杖を更に巨大化させ、導くように振り回す。
「みなさんの力をひとつに!」
叫ぶようにマティマナは声を上げ、全方位の魔法陣に指示する。魔法陣に充満した光は、聖女の杖に導かれ、膨大な数の光の魔法陣となり、一斉にシェルモギ目指して激突して行った。
シェルモギに当たると、魔法陣は解けて光の糸めく。あらゆる方向からシェルモギに巻き付き締め付けている。
「ぎやああああっ!」
聖なる光の糸が、異界棟を包み込む闇の外套を切り裂いた。
鋭い光の刃と化した糸が、ベルドベル王シェルモギを包み込み締め付けながらズタズタに切り裂いている。
淀む闇は光に切り刻まれ、聖なる光に包み込まれ消滅して行く。
(おのれ、おのれ、おのれ……っ)
シェルモギの身体は、残骸めいてバラバラだ。
呪詛するようなシェルモギの声も次第に小さくなり、ぷつりと途切れた。
ぱああああっ、と、聖なる光が麗しい煌めきを宿しライセル城を包み込む――!
闇のカケラも残さずに、シェルモギは消滅していた。
一瞬、マティマナは、小さな蟲のような塊が城壁を貫いたような錯覚を覚える。魔法でその場所を調べたが、穴はなかった。
気のせいだったかな?
気掛かりではあるが、シェルモギの存在は感じられない。
全ての闇が晴れ、ライセル城は光に満ちていた。
「やった! 勝ったぞ!」
「勝利だ!」
「ライセル城の勝利だ!」
あちこちから歓声が沸き上がり、響き渡っている。
「すごいよ、マティマナ! 聖なる光は、シェルモギを倒したね!」
「はい、みなさんのお陰です!」
脱力しルードランの空間にへたり込みながら、マティマナは危機が去ったことは確信できていた。
しかし、シェルモギは倒したが、大量の各種死霊たちが目的もない状態で残されている。
「シェルモギを倒せば消えると思ったのに!」
宙から下りてきたマティマナは思わずぼやく。魔法を撒いて死霊たちの核を分かりやすくしながら、ルードランと、あちこち確認して歩いた。
これは、死霊の後片付けが大変だ。
ただ、もう増えないし、強化もされない。
ひたすら倒し、浄化を続ければいい。
「あと一息だ。片づけてしまおう!」
ルードランが、皆へと声を掛ける。何気に高揚感に包まれている城の者たちは、気合いを入れた声で応えながら、残った死霊を倒している。
幸い、誰もがマティマナの聖なる品を手にしていた。
花から造られた品々にも、さまざまな効能がある。侍女たちは素晴らしい活躍をしてくれたので、後始末のためでもあるし飾りを配って使ってもらうことにした。
それぞれの効能に合わせて、役割を果たしてもらう形だ。後始末にはピッタリの品々だった。
「城も、別棟も、結構、壊されましたね」
マティマナは惨状に心を痛めながら呟く。勝手に動きだしていた調度類などは、戦闘が終わったのを悟ったのか大人しく元の配置に戻ってくれている。
ただ魔法の箱やら、魔法の雑貨類たちは、まだ死霊退治を自動で続けていた。
「この壁は、修繕に時間が掛かりそうだ」
城の壊された壁を眺めながら、ルードランは思案気だ。
「少し、修繕してみましょうか?」
マティマナは呟くと同時に、聖女の杖から魔法を放っている。戦闘中に、何度も強化され進化した聖女の杖から放たれた修繕の魔法は、思ったよりも広範囲の壁を一瞬で直していた。
修繕というよりは、復元だ。
「凄いねマティマナ! 魔法、使いすぎていない?」
ルードランが心配して訊いてくるが、魔気の消費は少なかった。
「全然平気みたいです! これなら、全部、直せそるかも?」
ルードランと見回りしながら、マティマナは修繕に力を注いだ。






