死霊使いの放つ闇
異界棟から、死霊鴉に死霊鷲といった鳥系が多数舞い上がった。死霊鳥たちは、飛びながら闇を吐く。
城壁の魔法陣より高くは上がれないようではある。
「ライセル城の者どもよ、覚悟はできたか?」
大量の死霊鳥の舞い立った後の異界棟の屋根に、シェルモギが立ちはだかり不気味な声を城中に響かせている。
いよいよベルドベル国王シェルモギ本人がライセル城へと現れた。
巨大な王冠をかぶり、骨の姿に擬態したような仮面。豪華で威厳ある闇めいた外套は屋根も棟も包み込むように拡がっていた。
偉大さを、全面に押し出そうとしているようだ。
宙を移動しているルードランとマティマナに向けて、シェルモギは死霊の闇を浴びせようとした。ふたりを乗せた空間は、巧みに除ける。冷やっとはするが、急に方向を変えても揺れないので、マティマナは魔法を撒き続けられた。
「ああっ、危ない」
死霊鷲が別方向から闇を吐きかけ、マティマナが悲鳴めいた声をあげるとルードランは急上昇で除けた。
「くくくっ」
シェルモギは不気味な嗤い声をたてると、戦う騎士たちに闇を振りかけた。防具の隙間から入り込む闇に触れられた騎士たちから生気が奪われて行く。体力が激減して行くようだ。シェルモギは騎士たちの生気を、闇の力に変換して死霊たちに与えている。
「うっ、くうぅ!」
足を突いて倒れそうになる騎士もいるが、死霊蟲が居るので耐えているようだ。
「死霊蟲の中には毒を持つものがいるから、気をつけて」
ライリラウンが声を飛ばす。種類が増えてきた死霊蟲の鑑定も随時しているようだ。巨大ではないが、湧いてきた死霊蛆蟲は毒性らしい。
「倒れたら死を注がれ、生きながら死霊にされてしまいます!」
切迫したようなライリラウンの声が続く。毒で倒れたら即、死霊にされる。
そんな状態になれば、そのうち死んでしまう。
マティマナが撒いた魔法を、シェルモギの闇が上書きして行く。核は再び見えなくなり、闇を啜った死霊たちは、勢いよく動き出した。
「ダメよ、ダメ、そんなの!」
マティマナは、撒く量を増やすが、イタチごっこだ。その間にも、死霊たちは増えていた。
騎士たちも、他の攻撃担当も、核が見えなくなり倒す速度が落ちている。体力も魔気も、こんなことが続けば尽きてしまう。
法師は宙を駆けながら、騎士たちへと小まめに体力回復の術を施してくれていた。危うい状態の騎士は回収している。
マティマナは、量を増やして混ぜた雑用魔法を撒く。シェルモギの闇が上書きされなければ、核は視える。
地面には毒を持つ死霊蟲がのろのろと蠢く。骨騎士は速い速度で武器をもって闊歩し、宙には闇を吐く死霊鳥。
「核が視えたら、すかさず倒せ!」
ルードランの鼓舞する声が響き渡る。
闇を縫うように、移動する空間からマティマナは魔法を広範囲に大量に撒き続けた。
法師が、死霊鳥たちを除けながら、雷技で広範囲の闇を消去する。マティマナは、雷に続けるように魔法を撒いた。
闇を剥がれた死霊に、マティマナの魔法が当たると直ぐに核は視えた。
シェルモギは何気に悠然と、ライセルの者たちの戦いを観察しながら、死霊全体に闇めいた力を降り注がせていた。
「聖なる力は、そんな程度か」
哄笑と共に、シェルモギは嘲るような声を轟かせた。
「このままじゃ、太刀打ちできなくなるかも」
焦燥感に駆られ、マティマナは小さく呟いた。
騎士たちへの死霊たちの攻撃は、今のところ防具に弾かれている。
だが、闇の侵蝕が増しているように感じる。
死霊鳥たちの吐く闇と、シェルモギが広範囲へと浴びせる闇がどんどん拡がっていた。
「鉱石で、魔法を強めて撒いたらどうだろう?」
矢を打つ手も、空間を動かすのも止めずに、ルードランは提案する。
ルードランは、核が視えるときは、それを的確に矢で打ち抜く。核が視えなくても、闇を弾かせるように光の矢を打ち込んでいた。
「あ、それ良いかもです! でも、取りに戻っている余裕はなさそうね」
魔法を撒きに二階に上がったとき、鉱石は持たずに駆け上がってしまった。
応えながらマティマナも魔法を撒き続けている。少しでも魔法を撒くのが止まれば、シェルモギの闇が深く押し寄せそうだ。
「キーラには重すぎるね」
ルードランは一緒に思案してくれている。宙を跳んで運べそうだと想定したようだが、小さなキーラにはちょっと無理だろう。法師は、だいぶ離れた場所にいる。だが、法師も攻撃の手は緩めないほうがいい。
「……イチかバチか取り寄せてみます!」
「取り寄せ?」
ルードランは次々に矢を射かけながら不思議そうに問った。
「練習する余裕はありませんでしたが、食器片づけの要領?」
片づけの逆ではある。が、片づけるために、と考えれば、取り寄せられる気がした。
「試してみる価値あるよ!」
ルードランの言葉に励まされ、マティマナは気合いを入れる。
魔法を撒くのは止めずに作業部屋の、ふたつの鉱石に意識を集中させた。
(片づけたいの。その大卓の上から、この籠に入って!)
手元に鉱石をいれる籠を用意しながら、マティマナは大卓の上から鉱石を片づけて、籠に収納させようと遠隔で雑用魔法を働かせる。
マティマナの作業部屋で、何か光ったように感じた。
次の瞬間には、マティマナの手元の籠に、ふたつの鉱石が転移されて現れた。
「できました!」
「マティマナ! すごいね! やっぱり小物の転移、可能なんだ!」
「驚きです! でも、これで少しは強い魔法が撒けるかも?」
いっそ、ふたつの鉱石の両方を触媒にしたい。でも、両手が塞がるのは不自由だ。より強力な魔法を撒くなら、聖女の杖を腕輪から戻し手に握って使うのが良い。
ぐるぐる考えるうちに撒き散らしていた魔法の影響を受けたらしく、鉱石を入れたままの籠が形を変えて行った。
「ああっ、籠も鉱石も形を変えてる……!」
籠は豪華で繊細な金細工めいた首飾りと化してマティマナを飾っている。鉱石は、小さくなって金細工のなかに埋め込まれていた。身体に、ぴったりと沿うから手に持たずに鉱石を触媒として使える。
「とても、綺麗な飾りだよ!」
「あああっ、元の鉱石に戻せますかね?」
「戻らなくても、効果が一緒なら問題ないのでは?」
「そ、そうね。ふたつの鉱石を触媒にした魔法、撒きます!」
マティマナは腕輪を聖女の杖に戻して握る。さまざまな雑用魔法を混ぜ合わせたものを鉱石を触媒にし、聖女の杖で増幅させながら広範囲に撒き散らした。
強烈な聖なる光があふれて行く。
聖なる光は、死霊鳥たちの吐く闇を引き剥がしながら死霊たちに降り注いだ。
「死霊の核が、鮮明に見えます!」
ライリラウンの声が響いてきた。
「こちらもです!」
宙を移動する法師の声も聞こえる。
高機能になった聖なる光をあびた騎士たちは士気があがり、体力も回復したようだ。
核が視えずに止まっていた攻撃を、一斉に再開し始めた。
しかし倒せど倒せど、異界棟からどんどん死霊が湧いてくる。
「怯むな! いずれ、死霊の数は尽きる」
それがいつかは分からないが、永遠ではないだろう。
マティマナの新たな魔法と、ルードランの声に鼓舞されて騎士たちの攻撃は激しくなった。
「うぬぅ、おのれ、マティマナ!」
先に捕まえてやる、と、シェルモギは空を舞う死霊蟲たちを大量に放った。
転移させる力を付与してあるに違いない。






