花嫁修業の片手間で
ルードランとマティマナは正式な婚約となったが、困難が山なことは自覚している。
まずは、ライセル家に降りかかってる呪いの品による混乱だ。
それと、ライセル家に嫁ぐなら、それなりの魔法を使えないと務まらない、などと陰口としてだが断言されている点。
逆に後に引けないし、選んでくれたルードランに恥をかかせるわけにはいかない。
マティマナとしては、雑用魔法のなかに、なにか良い魔法が隠れていないかなぁ? と、考えていた。
ルードランは、マティマナの雑用魔法に対し、とても好意的だ。面白がってくれている。
「きっとマティマナの魔法は、ライセル家を助けてくれると思うんだ?」
ルードランは、にこにこと笑みを向けながら囁く。下賤な魔法だなどとカケラも思っていないようだし、むしろ、すごく良いものだと感じている感じだ。
雑用しかできませんよ? と、心で呟くものの、雑用魔法はお気に入りなので、褒められればやはり嬉しい。
実際、片づけで呪いの品を見つけ出せたし、お役に立てた。
今は、ライセル家の全体に魔法を仕掛け、呪いの品と、それを仕掛ける者とを探し出そうと待ち構えている。
ルードランの従姉妹であるディアートは、片づけをして呪いの品を取り除いたことで、元気を取り戻してきている。
「ディアートは、王宮仕込みで、踊りや作法を習っているから、教えてもらうといいよ」
ルードランは、起き上がれるようになったディアートを連れ、マティマナに引き合わせながら告げた。
ディアートは食欲も徐々に戻っているらしい。
「ええ。もっと元気になったら踊りも教えるわね。まずは、簡単な作法からいきましょう」
ディアートは、にっこり笑って親しみを込めた声で告げた。
「まあ! ディアートさまに教えていただけるなんて、嬉しいです」
マティマナは呪いの件もあり、ライセル家にいる機会が増えている。泊まり込みも多い。
なので、ライセル家の方々と食事する機会が増えそうで、冷や冷やだったところだ。
ディアートとマティマナは、設えてもらった別室で、実際の食事をしながらの作法教室となっている。
そこそこ厳しいが、ライセル家の者として一定期間の王宮勤めをしていたディアートの教え方は的確だ。わかりやすく作法を習うことができマティマナとしては幸運なことだと思う。
「マティマナは、とても筋が良いわね。これなら、すぐに皆と一緒の食事も大丈夫になるわよ」
かちこちになりながらも、なんとかこなせているようだ。
ディアートは挨拶のしかたも、ちょっとした所作も、王宮仕込みの作法をさりげなく教えこんでくれた。
雑用魔法は使うほどに、使える魔法が増えて行くことにマティマナは気づいた。
更に、マティマナが雑用魔法で拭き清めると、その効果は意外に長く続くと分かった。
マティマナは、ディアートから作法を習う花嫁修業をしながら、広いライセル城を歩いて探し物の魔法を撒くことも続けている。
歩きながら、ついつい小さな修繕の魔法も施していた。
「ルーさま、こんなに歩いて大丈夫ですか?」
ルードランは、何かとマティマナと一緒に城内を歩いてる。ふたりきりで過ごせるのは、とても幸せな気分だったが、かなりの距離を歩く。
「とても愉しいよ。丁度、城の点検をしたかったから、一石二鳥だね」
ルードランは、マティマナが魔法を使うと、手に取るように分かるらしい。
雑用魔法を使いまくっているマティマナの隣を、うきうきとした気配をさせながら歩いていた。
一緒にいてくれれば、呪いの品を見つけてしまったときに安心だ。
「ルードラン様!」
長い渡り廊下を歩き、別棟のひとつへ入って行こうとすると、使用人が慌てて飛んできて止めるように声を掛けた。
「どうかしたか?」
焦燥した気配の使用人に、ルードランは訊く。
「その棟は……幽霊がでるのだそうで……危険でございます」
「幽霊? そんな話は初めて聞くが?」
「誰からともなく、ライセル家の方々に知らせてはダメだと口止めし合っておりまして」
使用人は汗だくになりながら、もう隠し立てはできない、といった表情だ。
まるで不祥事をひた隠しにする気配。
といって、幽霊問題をなんとかして解決しようとしている気配は皆無だった。ただ、恐れ、隠すことを選択している感じだ。
「誰がそんなことを? 何かあれば即座に知らせるように、お達しがでていたはずだよ?」
ルードランは咎める風ではなく、不思議そうに訊いている。
幽霊がでるという事実を知らせたところで、誰かが御咎めを受けるわけでもない。
「それが……言いだしたのが誰だったのか、誰も分からない有様でして」
幽霊がでる事実よりも、何としても隠し通さなくてはいけないと思い込んでいた様子なのが奇妙だ。
来客用の別棟で、長いこと誰も使用していない棟のようだが、担当の使用人や侍女は、いつでも使用可能な状態に整える役割を担っている。
「どんな幽霊がでるの?」
マティマナは、焦りまくっている使用人へと訊いた。
「鬼火のようなものだという噂です」
直接見たわけではなさそうだ。しかし、目撃情報的なものはあったのだろう。
「いつでも、でるのかい?」
「いえ、幽霊がでるのは暗くなってからのようです」
「暗くなってから無人の別棟に何の用があるんだい?」
「……あ、それは……」
話をしてくれていた使用人は、困ったように口籠もった。使用されていない別棟を逢い引き目的で使っているのかしら? マティマナは、ちょっと思ったが口にはしなかった。
「昼間ならでないのですよね?」
代わりにマティマナは、そんな風に訊いてみた。呪いの品があるから、それで鬼火のような幽霊騒動になってるのでは? と、考えた。だから、先に呪いの品を探してしまえば、幽霊などでなくなる可能性が高い。
「せっかくなら、幽霊に逢ってみよう。何か伝えたいことがあるのかもしれないよ?」
しかし、ルードランは、怖いことを言い始めた。
「あ、えーと、ルーさま、本気ですか?」
「ああ、怖いなら、マティマナは無理して付き合わなくていいよ」
ルードランはにっこり笑って言うが、呪いがライセル家のものを病なりに落とすことが目的なのだとしたら、危険すぎる。ルードランを引き込むための罠だとしたら、巧みがすぎる。準備万端すぎるではないか。
「ダメです、ルーさま! ひとりでなんて危険すぎます」
「じゃあ、一緒に行こうか」
ルードランは、散歩にでも誘うような調子で笑みを向けてきた。マティマナが一緒なら、切り抜けられると本気で信じているようだ。
「え? わたし、幽霊退治なんてできませんよ?」
「退治なんて不要だよ。話がしたい」
幽霊と話せば、呪いの大元が判明すると考えているのかな?
それとも、ただの好奇心?
ルードランは、のんびりとした気配のままだ。怖がってもいない。
「わかりました。一緒に行きます」
呪いの品が原因なら、品を除去すればいい。呪いの品が原因でなかったら……危険になったら一緒に逃げよう。ルードランをひとりで行かせるのだけはダメ、と、何かが心の中で騒いでいた。
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